坪井俊樹

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坪井 俊樹
Toshiki Tsuboi.jpg
2011年
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県西脇市
生年月日 (1986-07-07) 1986年7月7日(32歳)
身長
体重
186 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 ドラフト4位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

坪井 俊樹(つぼい としき、1986年7月7日 - )は、元プロ野球選手投手)。兵庫県西脇市出身。

来歴・人物[編集]

高校時代は、エースナンバーを付け3年春の甲子園に出場。その前年、秋の大会の途中から調子を崩し、1学年下の大前佑輔(元JR東日本)にエースの座を奪われる。甲子園でも大前が実質的にエースだったが、勝負どころのリリーフで先輩としての意地をみせ4強入りに貢献する。

筑波大学では体育専門学群に所属し、教職課程も履修していた。 大学2年秋に首都大学野球でシーズン8勝(1敗)を挙げてMVP、最優秀投手、ベストナインの3冠を獲得。そして関東地区選手権も勝ち抜いて明治神宮大会にも出場した。その後も活躍を続け最終的には3度の最優秀投手に輝き、歴代4位の通算34勝を挙げた。さらに日本代表として、2008年7月の世界大学野球選手権大会に出場した。首都大学リーグ通算68試合登板、34勝19敗、防御率2.09、350奪三振。

2008年ドラフトでロッテから4位指名を受け、11月19日に契約金4,000万円、年俸1,000万で仮契約。国公立大学では松家卓弘東大卒、元日本ハム)以来、4年ぶりのドラフト指名選手である。なお筑波大学では7人目(前身校を含む)。

2009年シーズンは、イースタン・リーグで13試合に登板するも、防御率5点台であった。2010年は、イースタン・リーグで15試合に登板し防御率は3点台に改善したが、翌2011年は30試合に登板したものの防御率4点台と結果を残せなかった。一軍での登板は無く、10月9日、戦力外通告を受け[1]、12月2日、自由契約公示された。

2013年4月より、筑波大学大学院人間総合科学研究科に進学し、2014年より筑波大学野球部のコーチに就任。
2015年1月より仙台大学野球部のコーチに就任[2]

選手としての特徴[編集]

最速144kmのストレートに加え、カーブチェンジアップなどの多彩な変化球が武器である。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]

  • 一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 35 (2009年 - 2011年)

脚注[編集]

  1. ^ 戦力外通告のお知らせ - 千葉ロッテマリーンズ・オフィシャルサイト 2011年10月9日
  2. ^ 仙台大コーチに元ロッテ坪井氏、プロでの経験生かす”. スポーツ報知. 2015年2月10日閲覧。

関連項目[編集]