熊原健人

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熊原 健人
東北楽天ゴールデンイーグルス #59
20160618 Kento Kumabara pitcher of the Yokohama DeNA BayStars, at Yokohama Stadium.jpg
DeNA時代の2016年6月18日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 宮城県角田市
生年月日 (1993-10-19) 1993年10月19日(25歳)
身長
体重
178 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2015年 ドラフト2位
初出場 2016年5月3日
年俸 1,000万円(2019年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

熊原 健人(くまばら けんと、1993年10月19日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属する宮城県角田市出身のプロ野球選手投手)。右投左打。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

実家は室町時代から18代にわたって続く深山(しんざん)神社で、長らく神主を務めていた実父の三男として出生[2]。幼稚園から北郷小学校5年時まで水泳を習っていたが、軟式野球チームの桜ドラゴンズの選手募集チラシを見たことがきっかけで、同チームへ入団した。ただし、入団3日目に右手首を骨折したため、実際にプレーを始めたのは6年時の春からである[3]

北角田中学校時代には軟式野球部で主に遊撃を守っていたが、柴田高校への入学を機に、自身の希望で投手へ本格的に転向[3]。高校では春夏とも甲子園球場での全国大会と無縁で、家族も実家で神職を継ぐことを望んでいたが、地元の仙台大学から入学の誘いを受けた末に同大学へ進んだ(詳細後述)。

大学時代には、2年時の春から仙台六大学野球のリーグ戦に登板したが、腰痛の発症によって秋季リーグ戦に登板できなかった[4]。3年時の春季リーグ戦では、エースとして4勝0敗、防御率1.71という好成績を残したことから、MVPとベストナインに選出。チームは67季振りのリーグ優勝によって、全国大会(第63回全日本大学野球選手権大会)へ初めて出場した[4]。3年時の秋季リーグでは、東北学院大学戦でノーヒットノーランを達成している[5]。4年時には、春季リーグ戦に4勝0敗、防御率0.63[6]という成績でMVP、秋季リーグ戦に2勝1敗、防御率1.05という成績で2度目のベストナインに選出。在学中には、リーグ戦通算23試合の登板で、171イニングを投げて13勝4敗、153奪三振、防御率1.42を記録した。

また、大学3年時から2年連続で全日本大学野球選手権大会へ出場。3年時の第63回大会では、福岡大学との初戦に9回2/3を投げて1失点で勝利を収めたものの、チームは次戦で濱口遥大擁する神奈川大学との投手戦に敗れた。4年時の第64回大会では、初戦で九州産業大学に敗れたものの、13奪三振を記録した。

さらに、第63回全日本大学野球選手権大会の直後に実施された第27回ハーレムベースボールウィークに、日本代表の一員として出場。大学3年時の11月には、NPB球団所属の若手選手などと共に日本代表として第1回21U野球ワールドカップ[7]へ参加すると、最速150km/hのストレートを武器に[8]救援投手として活躍した。

2015年のNPBドラフト会議で、横浜DeNAベイスターズから2巡目で指名。契約金7,500万円、年俸1,200万円(金額は推定)という条件[9]で、仙台大学出身者としては初めてのプロ野球選手になった。背番号は1

DeNA時代 [編集]

2016年には、春季キャンプの一軍メンバーに抜擢されたが、大学時代に発症した右脇腹痛がオープン戦の期間中に再発[10]。その影響で、公式戦の開幕を二軍で迎えた。5月3日の対東京ヤクルトスワローズ戦(横浜)で一軍公式戦に初めて登板する[11]と、6月4日の対千葉ロッテマリーンズ戦(横浜)まで全て救援で10試合連続無失点を記録する[12]など、前半戦はもっぱら救援投手として経験を積んだ。7月12日の対中日ドラゴンズ戦(横浜)から先発に転向。転向2試合目の登板になった7月20日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)で、5回を2失点に抑えて一軍初勝利を挙げた[13]。レギュラーシーズンでは、一軍公式戦で通算18試合(先発で3試合)に登板。1勝1敗、防御率4.97という成績を残した。7月29日の出場選手登録抹消後は一軍から遠ざかったため、チームのレギュラーシーズン3位で迎えたポストシーズンでも登板の機会がなかった。

2017年には、レギュラーシーズンの開幕からイースタン・リーグ公式戦4試合の登板で防御率1.08を記録したほどの好調を背景に、5月25日の対中日戦(横浜)に先発。一軍公式戦へのシーズン初登板で、5回5失点でシーズン初勝利を挙げた[14]。レギュラーシーズンでは、一軍公式戦4試合に全て先発で登板した末に、3勝1敗を記録。イースタン・リーグ公式戦全体では、13試合の登板でチームトップ(リーグ4位)の7勝を挙げた。チームはレギュラーシーズン3位・クライマックスシリーズ突破を経て19年振りに日本シリーズへ進出したが、熊原自身は前年に続いてポストシーズンで登板せず、日本シリーズの出場資格者名簿からも外れた[15]

2018年には、背番号を22に変更[16]。イースタン・リーグでは公式戦18試合の登板で2勝4敗、防御率3.29という成績を残したが、入団後初めて一軍の公式戦へ登板せずにシーズンを終えた。

楽天時代[編集]

2019年NPBレギュラーシーズン開幕3日前(3月26日)に、濱矢廣大との交換トレードによって、地元球団の東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍した。この両選手のトレードは、NPB12球団における平成最後のトレードとなった。仙台大学出身の選手としては初めての入団で、背番号は59[17]。開幕後の6月2日には、千葉ロッテマリーンズとのイースタン・リーグ公式戦(利府町中央公園野球場)に2番手投手として登板すると、由規(先発)・久保裕也(3番手)との継投による9回ノーヒットノーラン達成に貢献した[18]詳細後述)。 6月13日に一軍昇格し移籍後初登板初先発、2年ぶりの一軍公式戦となった。

選手としての特徴[編集]

最速152km/hのストレート[19]を軸に、落差の大きなカーブ、縦の高速スライダーフォークなどの変化球を織り交ぜる投球スタイル[20]で、DeNA入団後の2017年からはチェンジアップシンカーも用いている [21]

投手としては細身であることを背景に、仙台大学2年時の冬から独特の投球フォームを体得[3]。左足を一塁側へ引いたうえで、三塁方向へ投げ出すように臍のあたりにまで高く上げてから、右腕を上下方向に大きく動かしながら投げていた[22]。このフォームは、実家が神社であることにちなんで「神主投法」と呼ばれるほど注目されたほか、速球の威力や制球力の向上にも寄与していた[3]。DeNAへの入団後は調子や制球が安定しなかったため、2017年のシーズン終了後に大家友和が投手コーチへ就任してからは、大家の下でフォームの改造に取り組んでいた[23]

人物[編集]

中学生時代に憧れていた野球選手は、自身と同じ宮城県出身の右腕投手で、ヤクルトでも活躍した由規。大学生時代には、同県および仙台六大学野球(東北学院大学)出身の岸孝之や、日本福祉大学出身の浅尾拓也を目標に挙げていた。大学卒業後にNPBで活躍した岸や浅尾を目標に据えたのは、「自分と同じく細身で、高校時代までは無名だったにもかかわらず、『速球派の右腕投手』として大学球界で才能を開花させた」という理由による[3]

高校を卒業する際には、当時神主であった実父から、神主を継ぐべく神職養成所に通うことを再三にわたって勧められた。これに対して、熊原は仙台大学で野球を続けることを主張したことから、家族会議で進路を何度も検討。会社勤務の長男が19代目の神主を引き継ぐ意向を示したことや、実父が当時保有していた2台の自家用車から1台を売却して進学に必要な資金を確保したこと[9]から、熊原は仙台大学への進学を決めた[2][6]。2015年ドラフト会議の当日に全国ネットで放送された『ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう』(TBSテレビ制作)では、熊原および家族への密着取材を基に、再現ドラマや当事者のコメントを交えながら以上の経緯を紹介していた。熊原自身は、DeNAとの仮契約の際に、契約金の一部で両親に向けて乗用車を購入することを公言している[9]

DeNAへの入団から2年間着用していた背番号1は、前身の球団に所属した投手を含めても、大洋ホエールズ時代の1950年岩本信一が着用して以来2人目であった[24]。2018年に着用した背番号22は、宮城県および仙台六大学野球(東北福祉大学)出身の佐々木主浩が、DeNAの前身球団(横浜大洋ホエールズ・横浜ベイスターズ)およびMLBシアトル・マリナーズでの現役投手時代に付けていた。

2019年に移籍した楽天では、前述した岸や由規とチームメイトになっている。同年6月2日のイースタン・リーグ公式戦でロッテ打線を相手に達成した継投によるノーヒットノーランでは、先発投手として3イニングを1与四球のみで凌いだ由規に続いて4回表から登板。3つの四球を出しながらも、無安打無失点を続けたまま、9回表に交代するまで5イニングを投げ切った。結局、1 - 0というスコアで熊原を救援した久保がロッテ打線を三者凡退に抑えたことから、最も長いイニングを投げた熊原に白星が付いた[18]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2016 DeNA 18 3 0 0 0 1 1 0 0 .500 131 29.0 31 0 15 0 1 25 2 0 18 16 4.97 1.59
2017 4 4 0 0 0 3 1 0 0 .750 91 20.0 23 6 11 0 1 17 1 0 16 12 5.40 1.70
NPB:2年 22 7 0 0 0 4 2 0 0 .667 222 49.0 54 6 26 0 2 42 3 0 34 28 5.14 1.63
  • 2018年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 1 (2016年 - 2017年)
  • 22 (2018年 - 2019年3月28日[25]
  • 59 (2019年3月29日[25] -)

脚注[編集]

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  1. ^ DeNA - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2018年11月12日閲覧。
  2. ^ a b “【DeNA】ドラフト2位仙台大・熊原が“ハマの大明神”宣言!”. スポーツ報知. (2015年10月28日). http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20151028-OHT1T50184.html 2016年7月21日閲覧。 
  3. ^ a b c d e 全ては1枚のチラシから… 東北楽天移籍の熊原は故郷で躍動へ「特別な思いはある」”. パ・リーグインサイト (2019年3月28日). 2019年6月3日閲覧。
  4. ^ a b 仙台大67季ぶりV PO制し初の全国舞台 nikkansports 2014年5月30日配信
  5. ^ 仙台大・熊原がノーヒットノーラン達成 nikkansports 2014年10月11日配信
  6. ^ a b “第10回 仙台大学 熊原 健人投手「どうすればプロになれるかと自問自答を繰り返した大学4年間」”. ベースボールドットコム. http://bb-nippon.com/column/1235-intvw/9940-20151019intvw10 2015年10月19日閲覧。 
  7. ^ 第1回21U野球ワールドカップ日本代表 熊原健人野球日本代表オフィシャルサイト
  8. ^ “プロスカウト大注目!東北の152キロ異色右腕”. THE PAGE. (2015年2月20日). https://thepage.jp/detail/20150219-00000001-wordleafs 2016年7月21日閲覧。 
  9. ^ a b c “DeNAドラフト2位熊原契約金7500万、両親に車贈る”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2015年11月19日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1568319.html 2015年11月18日閲覧。 
  10. ^ “DeNA2位熊原が右脇腹痛で登板回避、2軍で調整”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2016年3月8日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1614186.html 2016年7月21日閲覧。 
  11. ^ “DeNAが熊原1軍に興奮「本物だ」2回0封デビュー”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2016年5月3日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1641459.html 2016年7月21日閲覧。 
  12. ^ “DeNA、ドラフト2位・熊原が11試合目で初失点「いずれ(失点は)あると思っていました」”. SANSPO.COM (サンケイスポーツ). (2016年6月7日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20160607/den16060722220004-n1.html 2016年7月21日閲覧。 
  13. ^ “DeNAドラ2熊原がプロ初勝利「ひと安心です」”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2016年7月20日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1681785.html 2016年7月21日閲覧。 
  14. ^ “DeNA熊原、今季初勝利!今季最多17安打で13点の大量援護”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2017年5月25日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/05/25/kiji/20170525s00001173423000c.html 2017年5月25日閲覧。 
  15. ^ “2017年日本シリーズ出場資格者名簿(横浜DeNAベイスターズ)”. 日本野球機構. (2017年10月26日). http://npb.jp/nippons/2017/roster_db.html 2017年11月17日閲覧。 
  16. ^ 背番号変更のお知らせ | 横浜DeNAベイスターズ” (2017年11月17日). 2017年11月17日閲覧。
  17. ^ 熊原健人選手と東北楽天ゴールデンイーグルス 濱矢廣大選手のトレードについて”. 横浜DeNAベイスターズ. 2019年3月26日閲覧。 楽天熊原が誕生トレードで「地元に帰ってこられた」”. 日刊スポーツ. 2019年3月27日閲覧。
  18. ^ a b 楽天 由規―熊原―久保の継投でノーヒットノーラン! イースタン・ロッテ戦”. スポーツニッポン. 2019年6月3日閲覧。
  19. ^ “仙台大・熊原 4年で球速10キロ増152キロ 創意工夫の右腕”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2015年10月18日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2015/10/18/kiji/K20151018011339200.html 2017年6月19日閲覧。 
  20. ^ “ドラフト1位指名濃厚の剛速球右腕。 熊原健人のストレートを受けてきた。”. Sports Graphic Number. (2015年10月16日). http://number.bunshun.jp/articles/-/824338 2017年6月19日閲覧。 
  21. ^ “DeNA・熊原健人インタビュー 荒々しく、自分らしく”. 週刊ベースボール. (2017年4月26日). http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=002-20170501-05 2017年6月19日閲覧。 
  22. ^ プロ野球新人。開幕から1軍で使える人、時間のかかる人。”. THE PAGE (2016年2月29日). 2017年6月19日閲覧。
  23. ^ DeNA・熊原、現状維持の1300万円でサイン 来季目標「まずは1年間一軍にいること」”. サンケイスポーツ (2017年11月20日). 2019年3月10日閲覧。
  24. ^ “DeNA2位熊原が夢プラン「子どもを試合に招待」”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2015年12月8日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1576648.html 2016年7月21日閲覧。 
  25. ^ a b トレード | 2019年度公示 | NPB.jp 日本野球機構”. 2019年3月30日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]