香月良仁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

Ĝ

香月 良仁
鮮ど市場ゴールデンラークス
Ryoji Katsuki 2011.jpg
2011年
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県久留米市
生年月日 (1984-01-22) 1984年1月22日(33歳)
身長
体重
180 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 ドラフト6位
初出場 2010年4月29日
最終出場 2016年8月17日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

香月 良仁(かつき りょうじ、1984年1月22日 - )は、福岡県久留米市出身の元プロ野球選手投手)。社会人野球鮮ど市場ゴールデンラークス所属[1]

元プロ野球選手の香月良太は実兄。

経歴[ソースを編集]

アマチュア球界時代[ソースを編集]

良山中では久留米明球クラブで投手。柳川高校2年生時の2000年春には、兄の良太とともに、第72回選抜高等学校野球大会へ出場した。チームは夏の第82回全国高等学校野球選手権大会でも福岡県代表として本大会へ出場したが、良仁自身はベンチ登録から外れた。

高校卒業後に第一経済大学へ進学すると、硬式野球部でプレーを続けた。しかし、在学中に右ひじを故障した影響で、プロ野球ドラフト会議での指名には至らなかった。

大学卒業後の2006年に、鮮ど市場へ入社。同社が発足させたばかりの硬式野球部・熊本ゴールデンラークスにも入部したため、鮮ど市場店舗の惣菜売場で毎日コロッケを8時間揚げながら、野球を続けた。同年は右ひじの回復が遅れ、登板機会がほとんどなかったが、翌2007年からは同僚の川畑正明と左右2枚看板として活躍。第78回都市対抗、第34回日本選手権初出場の原動力となった。2008年もエースとしてチームを第79回都市対抗に導いた。

2008年のNPBドラフト会議で、千葉ロッテマリーンズから6巡目で指名。契約金3,000万円、年俸900万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は42で、熊本ゴールデンラークスの選手がNPBの球団へ入団した事例は初めてであった。

ロッテ時代[ソースを編集]

2009年には、イースタン・リーグ公式戦で9勝を記録。最多勝利のタイトルを獲得したが、一軍公式戦へのデビューには至らなかった。

2010年には、4月29日の対埼玉西武ライオンズ9回戦(西武ドーム)で、先発投手として一軍公式戦にデビュー。5回4失点という内容ながら、一軍での初勝利を挙げた。一軍公式戦全体では、3試合の登板で、1勝1敗、防御率10.45を記録した。

2011年には、イースタン・リーグ公式戦13試合で、4勝4敗、防御率5.47をマーク。しかし、一軍公式戦への登板機会はなかった。

2012年には、イースタン・リーグ公式戦18試合に登板。6勝無敗、防御率1.21という好成績を残した。一軍公式戦にも2年振りに登板すると、2試合で1勝1敗、防御率5.40を記録した。

2013年には、一軍公式戦7試合で1勝0敗、防御率3.72を記録。イースタン・リーグ公式戦では、35試合に登板すると、チームで最も多い11セーブを挙げた。

2014年には、イースタン・リーグ公式戦で42試合に登板。4勝2敗、防御率3.27を記録するとともに、リーグ最多の19セーブを挙げた。一軍公式戦では、2試合に登板すると、通算投球回数3イニングながら無失点でシーズンを終えた。

2015年には、香月一也外野手の入団を機に、スコアボードの表記を「香月良」に変更。一軍公式戦では、ビハインドの場面を中心に、入団後最多の40試合に登板した。シーズン通算の防御率は2.92で、1勝1敗2ホールドをマーク。10月5日の対北海道日本ハムファイターズ戦(QVCマリンフィールド)では、一軍での初セーブも記録した。

2016年は前年のオフシーズンを左足靭帯断裂のリハビリに費やしたこともあり、前半戦は思うような投球が出来ず苦しんだ[2]。最終的に一軍公式戦11試合の登板で1ホールドを記録したが、10月1日に球団から戦力外通告を受けた[3]12月2日付で、NPBから自由契約選手として公示[4]。この年には、兄の良太も、読売ジャイアンツから戦力外通告を受けている。

熊本への復帰[ソースを編集]

2017年からは、ロッテへの入団前に所属していた鮮ど市場ゴールデンラークス(旧「熊本ゴールデンラークス」)に9年振りに復帰[1]。当初はコーチ兼任選手の予定であったが、田中敏弘監督の意向で投手に専念することとなった[5]

選手としての特徴[ソースを編集]

ストレートの球速は140km/h前後だが、縦のカーブチェンジアップといった緩急を使い、打者を打ち取っていくスタイル。

詳細情報[ソースを編集]

年度別投手成績[ソースを編集]





















































W
H
I
P
2010 ロッテ 3 3 0 0 0 1 1 0 0 .500 57 10.1 23 1 4 0 1 6 0 0 12 12 10.45 2.62
2012 2 2 0 0 0 1 1 0 0 .500 40 8.1 10 0 6 0 0 5 0 0 8 5 5.40 1.98
2013 7 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 43 9.2 13 1 2 1 0 1 0 0 5 4 3.72 1.55
2014 2 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 11 3.0 1 0 0 0 0 3 0 0 0 0 0.00 0.33
2015 40 0 0 0 0 1 1 1 2 .500 221 52.1 51 4 16 0 2 36 0 0 18 17 2.92 1.28
2016 11 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 51 10.2 16 2 4 0 0 4 0 0 11 10 8.44 1.87
通算:6年 65 5 0 0 0 4 3 1 3 .571 423 94.1 114 8 32 1 3 55 0 0 54 48 4.58 1.55

記録[ソースを編集]

投手記録
打撃記録

背番号[ソースを編集]

  • 42 (2009年 - 2016年)

登場曲[ソースを編集]

  • 「Now That We Found Love」Heavy D and the Boyz

脚注[ソースを編集]

  1. ^ a b “元ロッテ香月良仁が古巣・鮮ど市場で兼任コーチ就任”. 日刊スポーツ. (2016年12月6日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1747893.html 2016年12月6日閲覧。 
  2. ^ 永田遼太郎 (2016年11月23日). “元ロッテ・香月良仁のプロ野球人生#2 隠していた左足の靭帯断裂、トライアウトを受けなかった理由”. ベースボールチャンネル. https://www.baseballchannel.jp/npb/25055/ 2017年3月16日閲覧。 
  3. ^ 来季契約について”. 千葉ロッテマリーンズ公式サイト (2016年10月1日). 2016年10月1日閲覧。
  4. ^ 自由契約選手|2016年度公示”. NPB.jp 日本野球機構 (2016年12月2日). 2016年12月3日閲覧。
  5. ^ “ラークスにロッテ香月が復帰「熊本は故郷」”. 毎日新聞社. (2017年3月16日). http://mainichi.jp/ama-baseball/articles/20170316/k00/00e/050/298000c 2017年3月16日閲覧。 

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]