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上園啓史

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上園 啓史
K uezono20140525.jpg
楽天時代(2014年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県福岡市
生年月日 (1984-06-30) 1984年6月30日(37歳)
身長
体重
184 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 大学生・社会人ドラフト3巡目
初出場 2007年6月8日
最終出場 2014年8月16日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

上園 啓史(うえぞの けいじ、1984年6月30日 - )は、日本出身の元プロ野球選手投手、右投右打)。

経歴

プロ入り前

大阪府茨木市で出生。2歳の時に福岡県福岡市へ移住する[注 1]と、小学校3年時に「香椎オリオンズ」でソフトボールを始めた。中学1年時から野球を始めると、フレッシュリーグ「福岡東コンドル」の投手兼内野手としてプレー。東福岡高校への進学後は、2年時の春に第74回選抜高等学校野球大会に出場したが、自身の登板機会はなかった。同期生に吉村裕基がいる。

高校からの卒業後に、武蔵大学へ進学したが、3年時の春までは首都大学野球の2部リーグでのプレーを余儀なくされた。2年の春季リーグ戦では、チームの2部優勝を受けて、1部で最下位だった帝京大学との入れ替え戦全3試合に登板。しかし、1勝2敗という結果で1部昇格を逃した。翌年の秋季2部リーグではチーム9勝中の7勝、6完投を挙げて優勝すると、2部の最優秀選手、ベストナインで獨協大学との入れ替え戦で再び全3試合に登板。2勝1敗という成績でチームを1部昇格に導いた。在学中には、1部リーグ戦で通算8勝11敗、2部リーグ戦で通算20勝7敗をマーク。4年時には、第35回日米大学野球選手権大会日本代表にも選ばれた。

2006年のNPB大学・社会人ドラフト会議で、阪神タイガースから3巡目で指名。 契約金7,000万円、年俸1,000万円(年俸は推定)という条件で入団した。入団当初の背番号41

阪神時代

阪神時代(2008年7月16日、阪神甲子園球場)

2007年 開幕を二軍で迎えるが先発投手陣の不調から6月上旬に一軍へ昇格。3試合目に登板した6月20日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(阪神甲子園球場)では田中将大と先発で投げ合いプロ初勝利を挙げた。以降も先発ローテーションに定着すると、この年のセントラル・リーグ(セ・リーグ)新人投手では最も多い8勝をマーク。規定投球回には到達しなかったが17試合の登板で防御率2.42という好成績を残したことから田中と並んで新人王を受賞した。阪神のルーキー投手がセ・リーグ新人王を受賞したのは1994年藪恵壹以来13年振りだった。

2008年 春季キャンプで「カーブの割合を増やしながら投球の幅を広げたい」と公言。しかしオープン戦から不調で開幕一軍を逃したばかりか、ウエスタン・リーグの公式戦でも打ち込まれることが多かった。5月下旬に一軍に昇格して9試合に登板。4勝無敗でシーズンを終えたが7月下旬以降は振るわず一軍から遠ざかった。

2009年 シーズン序盤から一軍での登板機会に恵まれず9月19日の対広島東洋カープ戦(甲子園)に先発投手として登板しただけだった。

2010年 先発要員として獲得した左投手のケーシー・フォッサムがオープン戦で不調だったことを受け、開幕から先発ローテーションに復帰。当初は好投しても勝ち星に恵まれない状態が続いていたが、4月10日の対東京ヤクルトスワローズ戦(甲子園)で一軍公式戦633日ぶりの勝利を挙げた。自己最多の25試合に登板。救援登板も経験し3勝4敗1ホールド 防御率4.75という成績を残した。

2011年 背番号を47に変更。海外FA権行使で千葉ロッテマリーンズから移籍した小林宏之がロッテ時代に続いて背番号41の着用を希望したことによる。ウエスタン・リーグで16試合に登板したが入団後初めて一軍での登板機会がなかった。

楽天時代

2011年12月8日に、松崎伸吾との交換トレードで東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍することを発表[3][4]。松崎が着用していた背番号47を引き継いだ。

2012年には、4月に一軍公式戦で1試合だけ登板。イースタン・リーグ公式戦では、18試合の登板で、2勝4敗、防御率3.07という成績を残した。シーズンの終了後には、背番号を61に変更している[5]

2013年には、一軍公式戦5試合に登板。自身1年振りの登板であった4月17日の対福岡ソフトバンクホークス戦(クリネックススタジアム宮城)では、先発で6回途中まで2失点と好投した[6]。一軍では0勝3敗に終わったものの、二軍での防御率は2.54で、イースタン・リーグ最優秀防御率投手のタイトルを獲得した[7]

2014年には、「今年ダメならもう終わり」という危機感を抱きながら、春季キャンプから早めに調整[8]。しかし、古巣・阪神と対した6月4日セ・パ交流戦楽天koboスタジアム宮城)での救援登板で4失点を喫する[9]など、一軍公式戦では集中打や突然の制球難[10]に見舞われることが相次いだ。結局、一軍では9試合に登板。救援で2ホールドを記録したが、0勝1敗、防御率5.87という成績でシーズンを終えた。

2015年には、公式戦の開幕前に左ふくらはぎの肉離れで、長期にわたって戦線を離脱[11]。その影響で、一軍公式戦での登板機会がなく、10月2日に球団から戦力外通告を受けた。なお、シーズン終了後の11月10日には、12球団合同トライアウト草薙球場)に参加。シートバッティング形式で打者3人と対戦したところ、3人とも無安打に抑えた[12]MLBサンディエゴ・パドレスでは、この結果を受けて、11月22日に高知東部球場で開催した日本国内初のトライアウトに招待選手として上園を参加させた[13]。しかし、いずれのトライアウトでも移籍に至らなかったため、現役からの引退をいったん決意した。

楽天退団後

野球生活に区切りを付けるべく、2015年12月下旬から2016年1月下旬までオーストラリアウィンターリーグに参加した[11][14]。その一方で、プロ野球経験者による高校・大学の硬式野球部の指導に必要な学生野球資格の回復に向けて、ウィンターリーグへの参加を前に研修会を受講した。

2016年2月2日付で、日本学生野球協会から資格回復の適性認定を受けた(修了認証番号:S-0997)[15]。この認定を機に、阪神の地元・関西地方の一般企業に勤務[16]しながら、関メディベースボール学院で野球選手科(社会人野球チーム)と中等部の統括投手アドバイザー(コーチ)を務めた[注 2]

オランダ球界での現役復帰

2016年5月、語学留学を目的としてオランダへ渡り、アムステルダム・ベースボール(ユーロリーグベースボールへ加盟するチーム)に投手兼任コーチとして入団[注 3][注 4]。しかし、チームがこの年のリーグ戦に参加しなかったため、プレーには至らなかった。また、フーフトクラッセのデ・フラスコニンフ・ツインズにも掛け持ちという形で入団(選手)[14]。この年限りで現役を退いた。

BCリーグ滋賀監督時代

その後日本へ帰国。2016年の秋、独立リーグベースボール・チャレンジ・リーグ」(BCリーグ)に加盟する滋賀ユナイテッドベースボールクラブの初代監督へ就任[22][注 5]。チームの投手の頭数が少なく、所属投手の登板過多による故障を避けるために2017年5月12日より選手登録し、選手兼任監督として再度現役復帰している[23][注 6]。公式戦での登板は1試合・1回で被安打2であったが失点・自責点はつかなかった[25]。監督としては2017年の前期を4位、後期を5位で終え、1年限りで退任となった[26]

滋賀監督退任後

2018年は阪神に戻り、振興部アカデミー担当の専属コーチを務めた[注 7]

2019年2月5日、プロ球団への所属から喪失していた学生野球資格を再回復[15]。同年からは実業家として大阪市内でスポーツジムや中学生向け野球チームの運営を計画していた[30][注 8]が、事業の実施には至らなかった[32]

2020年からはMGスポーツ[注 9]が運営するYouTubeチャンネルによるライブ配信動画へ度々出演している[33]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2007 阪神 17 16 1 0 0 8 5 0 0 .615 348 85.2 70 9 32 2 1 83 4 0 28 23 2.42 1.21
2008 9 9 0 0 0 4 0 0 0 1.000 185 43.0 47 2 11 0 3 38 2 0 20 15 3.14 1.35
2009 1 1 0 0 0 0 0 0 0 ---- 27 5.2 8 1 3 0 0 2 0 0 3 3 4.76 1.94
2010 25 8 0 0 0 3 4 0 0 .429 265 60.2 60 8 27 1 1 39 3 2 36 32 4.75 1.43
2012 楽天 1 1 0 0 0 0 1 0 0 .000 21 4.2 7 0 2 0 1 2 1 1 3 3 5.79 1.93
2013 5 2 0 0 0 0 3 0 0 .000 62 13.2 16 1 5 0 1 11 3 0 11 11 7.24 1.54
2014 9 2 0 0 0 0 1 0 2 .000 104 23.0 28 0 7 0 2 14 1 0 15 15 5.87 1.52
通算:7年 67 39 1 0 0 15 14 0 2 .517 1012 236.1 236 21 87 3 9 189 14 3 116 102 3.88 1.37

表彰

記録

投手記録
打撃記録

背番号

  • 41 (2007年 - 2010年)
  • 47 (2011年 - 2012年)
  • 61 (2013年 - 2015年)

登場曲

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 参考:
    • 大阪府茨木市で生まれ、生後すぐに福岡へ移住という旨の情報あり[1]
    • 大阪府茨木市生まれ、福岡市育ちという旨の記述あり[2]
  2. ^ 参考:
    • 2016年2月6日付のデイリースポーツ電子版記事より、関メディベースボール学院野球選手科と中等部統括投手アドバイザーへ就任することが5日に分かったという旨で報道[17]
    • 2016年4月5日付の上園本人によるブログより、コーチとして同学院のチーム壮行会に参加したことがつづられている[18]
    • 関メディベースボール学院ウェブサイトより
      • 2016年当時の野球選手科スタッフ紹介ページより、コーチとして紹介[19]
      • 2017年当時の中等部指導者紹介ページより、技術顧問として紹介[20]
  3. ^ 参考:
    • 2016年5月3日付日刊スポーツ電子版記事より、同月中旬にヨーロッパへ渡りアムステルダム・ベースボールへ選手兼指導者として入団する旨が報じられている[21]
  4. ^ なお、2016年5月12日付で日本学生野球協会における学生野球資格を喪失している[15]
  5. ^ なお、2016年10月21日付で日本学生野球協会における学生野球資格を再回復したが、同年12月31日付で再び喪失している[15]
  6. ^ 参考:
    • 2016年5月12日付BCリーグ公式サイト内ニュースでも、選手兼任監督へ就任したことが伝えられている[24]
  7. ^ 参考:
    • 阪神の振興部アカデミーコーチ就任を報じた記事[27][28][29]
  8. ^ 参考:
    • 公式サイトでは、野球クラブ事業とRegalia× HYPOXICO事業(高地トレーニング等に対応したジムの運営)という2つの事業を掲げていた[31]
  9. ^ MBSメディアホールディングスの連結子会社。

出典

  1. ^ 【この人物のオモテとウラ】【野球】上園啓史(阪神) - 『ゲンダイネット』(『日刊ゲンダイ』ウェブ版)より、2007年6月25日掲載分 ※インターネットアーカイブ同11月12日付保存キャッシュ
  2. ^ vol.2006-36 夢もビッグだ!7つの新星誕生!! - 阪神タイガース公式サイト内コラム ※インターネットアーカイブ2007年1月29日付保存キャッシュ
  3. ^ 交換トレードに関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2011年12月8日). 2011年12月8日閲覧。
  4. ^ トレードの成立について”. 阪神タイガース (2011年12月8日). 2011年12月8日閲覧。
  5. ^ 背番号変更のお知らせ2012年11月28日 東北楽天ゴールデンイーグルス オフィシャルサイト
  6. ^ 楽天上園好投、使える!荒ぶる直球”. 日刊スポーツ (2013年4月18日). 2015年11月6日閲覧。
  7. ^ 2013年度 表彰選手(イースタン・リーグ)日本野球機構(NPB)オフィシャルサイト
  8. ^ 楽天上園、背水のキャンプ「ダメなら最後」”. 日刊スポーツ (2014年2月2日). 2015年11月6日閲覧。
  9. ^ 阪神打線、元同僚楽天上園に無慈悲な猛攻”. 日刊スポーツ (2014年6月4日). 2015年11月6日閲覧。
  10. ^ 楽天上園5回まで0封、6回突然…四球病”. 日刊スポーツ (2014年5月7日). 2015年11月6日閲覧。
  11. ^ a b “楽天戦力外、上園が引退意思 2007年阪神で新人王”. 日刊スポーツ. (2015年12月21日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1582043.html 
  12. ^ “2015年合同トライアウト速報”. 日刊スポーツ. (2015年11月10日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1562569.html 
  13. ^ “元燕・江村がサイドスロー!パドレス入団テストでキラリ”. サンケイスポーツ. (2015年11月23日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20151123/npb15112305020001-n1.html 
  14. ^ a b 土井麻由実 (2016年5月6日). “2007年の新人王がオランダリーグへ!―元阪神タイガース・上園啓史投手の挑戦”. Yahoo!ニュース 個人コーナー. http://bylines.news.yahoo.co.jp/doimayumi/20160506-00057386/ 2016年10月21日閲覧。 
  15. ^ a b c d 学生野球資格回復に関する規則第4条による適性認定者 - 日本学生野球協会公式サイト ※825番を参照。
  16. ^ デイリースポーツ2015年12月28日付特集記事「第二の人生、プレーボール」
  17. ^ “元阪神上園氏 野球学校で「恩返し」”. デイリースポーツ. (2016年2月6日). http://www.daily.co.jp/baseball/2016/02/06/0008782133.shtml 
  18. ^ 関メディ - 『上園啓史のブログ』2016年4月5日
  19. ^ 関メディベースボール学院ウェブサイト内野球選手科スタッフ紹介ページ(インターネットアーカイブ2016年8月8日付保存キャッシュ) ※表示が崩れているが、コーチとして上園のプロフィールが掲載。
  20. ^ 関メディベースボール学院ウェブサイト内中等部指導者紹介ページ(インターネットアーカイブ2017年8月5日付保存キャッシュ)
  21. ^ “元楽天上園がオランダのプロ球団へ”. 日刊スポーツ. (2016年5月3日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/1641075.html 2016年5月3日閲覧。 
  22. ^ 元虎戦士の上園、桜井氏がBC滋賀でタッグ/コラム - 野球 : 日刊スポーツ” (日本語). nikkansports.com. 2019年5月8日閲覧。
  23. ^ 土井麻由実 (2017年6月27日). “BCリーグ、前期終了。滋賀ユナイテッド・上園啓史監督(もと阪神タイガース)の自己採点”. 個人 - Yahoo!ニュース. 2020年8月21日閲覧。
  24. ^ 上園啓史監督 選手登録のお知らせ - ベースボール・チャレンジ・リーグ(2017年5月12日)
  25. ^ 過去の成績 個人投手成績2017年 - ベースボール・チャレンジ・リーグ
  26. ^ 上園監督・桜井コーチ・平野コーチ退任のお知らせ - BCリーグ” (日本語). archive.bc-l.jp. 2019年5月8日閲覧。
  27. ^ 上園啓史、柴田講平両氏がアカデミー担当に 来年1月1日付人事異動を発表/デイリースポーツ online” (日本語). デイリースポーツ online. 2019年5月8日閲覧。
  28. ^ 阪神、球団機構改正と人事異動発表 新たに「振興部」設置へ - 野球 - SANSPO.COM(サンスポ) 2017年12月21日5時1分
  29. ^ 上園、柴田両氏が古巣阪神振興部アカデミーコーチに - プロ野球 : 日刊スポーツ 2018年1月5日19時42分
  30. ^ “(スポーツ好奇心)元プロ野球選手、今度は実業家へ転身?”. 朝日新聞デジタル. (2019年2月13日). https://www.asahi.com/articles/ASM296TP7M29PTQP00B.html 2020年8月21日閲覧。 
  31. ^ 企業概要”. KJ office Co., Ltd.. 2019年5月8日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2021年4月22日閲覧。
  32. ^ 上園啓史 (2021年3月14日). “訂正 上園啓史のブログ”. 2021年4月4日閲覧。
  33. ^ MGスポーツ公式 [@MGsports_JAPAN] (2020年7月7日). "ゲストOB #上園啓史 MC #土井麻由実 是非ご覧ください。" (ツイート). Twitterより2021年2月13日閲覧
  34. ^ “【ファン交歓会一問一答】原口、関西弁の女性「いいと思います」(画像6)歴代サンスポMVP大賞、新人賞の受賞者”. SANSPO.COM (産業経済新聞社). (2016年11月23日). http://www.sanspo.com/baseball/photos/20161123/tig16112305040011-p6.html 2017年9月8日閲覧。 

関連項目

外部リンク