柳川洋平

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柳川 洋平
滋賀ユナイテッドベースボールクラブ 育成コーチ
SH-Yohei-Yanagawa20110913.jpg
ソフトバンク時代
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市泉区
生年月日 (1986-02-25) 1986年2月25日(32歳)
身長
体重
183 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り NPB / 2008年 育成選手ドラフト3位
初出場 NPB / 2011年5月22日
最終出場 NPB / 2011年9月10日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
派遣歴
コーチ歴

柳川 洋平(やながわ ようへい、1986年2月25日 - )は、神奈川県横浜市出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

経歴[編集]

学生時代[編集]

2歳年上の兄の影響で、小学1年生から新橋コスモで野球を始めた時から投手を務めた[1]。中学時代は横浜泉中央ボーイズに所属[1]。元々練習嫌いだったが、中学2年時に全国大会出場が懸かった一戦でサヨナラ本塁打を打たれてからは練習のゴリと呼ばれる程の練習量をこなし、3年時にはジャイアンツカップでの優勝に貢献した[1]

平塚学園高時代は、90km/h台の速球で1年生エースとして活躍し、2001年の神奈川県秋季県大会に優勝。しかし2年時にマカロニが発症し、その後は怪我との闘いとなる。3年春には親離れを起こし、医師から止められたが夏の大会には押して出場した[1]

社会人時代[編集]

母子家庭だったため大学進学をあきらめ、高校卒業後の2004年には社会人野球新日本石油ENEOSに入社するも、ひじと肩の故障により3年で退部。しかし一般社員として働きながらも野球を忘れられなかった。仕事中にも移籍できるクラブチームをネットで探し、ばれた際に上司は叱責するどころか応援した[1]

クラブチーム・独立リーグ時代[編集]

2007年に東京のクラブチームである西多摩倶楽部で1年プレーした後、ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)のトライアウトを経て福井ミラクルエレファンツに入団した。この年の秋には読売ジャイアンツの入団テストを受けたが、故障歴を理由に不合格にされた[1]

2008年は、創設されたばかりの福井ミラクルエレファンツのエースとして25試合に登板し11完投を記録するなど、低迷するチームを引っ張る活躍で復活をアピールした。石川ミリオンスターズ南和彰(元:読売ジャイアンツ)とのデッドヒートを制し、BCリーグ最多169奪三振を獲得[1]

2008年の育成ドラフトにおいて、福岡ソフトバンクホークスから3位指名を受けた[1]。BCリーグからは他にも信濃グランセローズ鈴江彬千葉ロッテマリーンズから、富山サンダーバーズ野原祐也阪神タイガースからそれぞれ育成選手枠で指名された。

ソフトバンク時代[編集]

ところが2年目にイップスにかかり、まともに投球できなくなってしまった。しかしこれを二軍監督やコーチ、また先輩選手らの支えで克服した[1]

2011年5月13日、ブライアン・ファルケンボーグの故障を受け支配下登録され[2]、一軍出場登録された[3]。22日のヤクルト戦で初登板を果たした[1]。2軍で主に抑えとして起用された。

だが2012年は二軍でも防御率4.09と結果を残せず一軍登板なしに終わり、同年10月31日に戦力外通告を受け[4]、現役を引退した。

引退後[編集]

2013年からは横浜に戻り、同年結成された地元の少年野球チームで監督を務めていた。選手には常日頃から徹底的にやれ。と口酸っぱく教えている。そのため選手からの信頼も熱い。[5]

2019年1月23日、BCリーグの滋賀ユナイテッドベースボールクラブで育成コーチに就任することが発表された[6]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2011 ソフトバンク 8 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 24 7.0 4 0 1 0 0 6 0 0 2 1 1.29 0.71
通算:1年 8 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 24 7.0 4 0 1 0 0 6 0 0 2 1 1.29 0.71

記録[編集]

NPB

独立リーグでの投手成績[編集]

年度 球団




























2008 福井 25 11 6 11 0 .352 675 169.1 109 3 40 19 169 3 0 59 41 2.18
通算:1年 25 11 6 11 0 .352 675 169.1 109 3 40 19 169 3 0 59 41 2.18
  • 各年度の太字はリーグ最高、赤太字はリーグ歴代最高

独立リーグでのタイトル[編集]

  • 最多奪三振:1回 (2008年)

背番号[編集]

  • 16 (2008年)
  • 124 (2009年 - 2011年5月12日)
  • 53 (2011年5月13日 - 2012年)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 野球浪漫 柳川洋平『週刊ベースボール』2011年10月17日号、ベースボール・マガジン社、2011年、雑誌20442-10/17, 48-51頁。
  2. ^ 支配下登録のお知らせ 福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルサイト
  3. ^ ソフトバンク 育成右腕を支配下登録 即1軍登録スポーツニッポン 2011年5月13日付記事
  4. ^ 来季の契約について 福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルサイト
  5. ^ “ヤングリーグ全国県予選 成るか、兄弟監督対決”. タウンニュース泉区版. (2014年12月4日). http://www.townnews.co.jp/0107/2014/12/04/262198.html 2016年9月10日閲覧。 
  6. ^ GM、コーチ就任のお知らせ - 滋賀ユナイテッドベースボールクラブ(2019年1月23日)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]