高橋重行

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高橋 重行
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 千葉県旭市
生年月日 (1945-05-16) 1945年5月16日
没年月日 (2010-03-01) 2010年3月1日(64歳没)
身長
体重
183 cm
87 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1962年
初出場 1964年3月26日
最終出場 1980年9月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

高橋 重行(たかはし しげゆき、1945年5月16日 - 2010年3月1日)は、千葉県旭市出身のプロ野球選手投手、右投右打)・コーチ

経歴[編集]

千葉商業高校では監督に見込まれ、千葉市内に下宿していた。エース、四番打者として1962年夏の甲子園千葉県予選準決勝に進出するが、習志野高に敗退。大会後に高校を中退し、大洋ホエールズへ入団。入団して2年間は一軍では投げられず、整理対象選手であった。1964年別所毅彦一軍投手コーチから認められ、先発として速球と大きなカーブ(稀にシュートも投げたが、長い現役生活でほとんどこの2種類が武器であった)を武器にして17勝をマークし、3年目で新人王を受賞。翌1965年も21勝し、その後も二度の2桁勝利を記録。1972年サンフランシスコ・ジャイアンツ3Aに野球留学し、1勝3敗、防御率4.80を記録する。翌1973年に大洋に復帰し、9勝を挙げる。1978年スピードガンが導入され、スピードガンの申し子といわれた小松辰雄が150km/hの快速球を投げる中で、高橋は「時速30km/hを出す」と公言した。その言葉どおり、ものすごく遅いスローボールを使い、大洋の中継ぎの中心選手(時には谷間の先発もこなした)として活躍する。1980年に現役引退。

現役時代は対巨人戦を苦手としていたが、対阪神戦には滅法強かった。その才能を他球団に取られたくないという球団の思惑もあり、引退後は阪神で二軍投手コーチ(1981年 - 1984年, 1986年 - 1991年, 1995年)・一軍投手コーチ補佐(1985年)・一軍投手コーチ(1996年 - 1997年)・編成部企画調査担当(1998年 - 2001年)を歴任。主に二軍を14年間指導していたが、一軍に初昇格した1985年はブルペン担当で、21年ぶりのリーグ優勝と初の日本一に貢献。継投が基本の投手陣を的確に調整して送り出し、先発陣の駒不足をカバーした。二軍では変化球の指導が得意で、御子柴進中込伸麦倉洋一古里泰隆井上貴朗ら高卒投手を育てた。

2010年3月1日午前4時頃、心不全のため、旭市の自宅で死去。満64歳没[1]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1964 大洋 38 34 12 4 0 17 11 -- -- .607 890 214.2 179 13 78 2 12 154 2 2 78 66 2.77 1.20
1965 59 30 11 5 2 21 17 -- -- .553 1099 277.1 219 14 69 6 12 173 5 1 83 74 2.40 1.04
1966 34 17 3 1 0 4 11 -- -- .267 526 125.0 122 17 34 4 8 54 0 0 71 61 4.39 1.25
1967 56 22 4 2 1 12 9 -- -- .571 836 207.0 172 15 58 3 4 117 5 0 72 63 2.74 1.11
1968 49 30 8 3 1 12 15 -- -- .444 927 226.1 207 25 56 4 11 143 3 0 98 93 3.70 1.16
1969 28 16 5 1 3 5 7 -- -- .417 506 124.2 113 20 37 5 5 90 2 0 62 60 4.33 1.20
1970 21 2 0 0 0 0 1 -- -- .000 185 47.2 35 6 12 1 3 35 0 0 13 12 2.27 0.99
1971 15 2 0 0 0 0 1 -- -- .000 102 23.1 20 4 11 0 1 11 0 0 14 9 3.47 1.33
1973 44 25 10 4 3 9 11 -- -- .450 826 206.1 173 18 43 6 6 129 1 3 71 62 2.70 1.05
1974 35 19 3 0 0 7 9 2 -- .438 541 125.0 144 17 32 2 11 68 0 1 77 69 4.97 1.41
1975 30 20 1 0 0 5 12 1 -- .294 566 135.1 135 13 43 4 5 54 2 1 52 48 3.19 1.32
1976 34 26 4 0 0 5 11 0 -- .313 660 153.1 153 17 55 5 6 97 0 0 79 65 3.82 1.36
1977 56 12 1 1 1 6 6 4 -- .500 655 152.1 158 22 55 5 2 90 1 0 78 70 4.14 1.40
1978 35 16 1 0 0 8 5 1 -- .615 559 130.0 129 9 53 7 4 57 1 2 59 49 3.39 1.40
1979 33 17 1 0 0 7 4 0 -- .636 426 92.1 99 8 54 1 6 52 3 0 47 42 4.09 1.66
1980 14 11 0 0 0 3 5 0 -- .375 254 54.1 57 5 37 2 2 39 5 0 29 27 4.47 1.73
通算:16年 581 299 64 21 11 121 135 8 -- .473 9558 2295.0 2115 223 727 57 98 1363 30 10 983 870 3.41 1.24
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
  • 初登板・初先発登板:1964年3月26日、対広島カープ2回戦(広島市民球場)、3回0/3を2失点
  • 初奪三振:同上、2回裏に小坂佳隆から
  • 初勝利・初先発勝利・初完投勝利・初完封勝利:1964年4月2日、対広島カープ5回戦(川崎球場
  • 初セーブ:1974年6月12日、対ヤクルトスワローズ9回戦(川崎球場)、7回表に3番手で救援登板・完了、3回無失点
節目の記録
  • 1000奪三振:1975年7月13日、対広島東洋カープ16回戦(草薙球場)、7回表に道原博幸から ※史上51人目
  • 100勝:1977年7月20日、対ヤクルトスワローズ13回戦(川崎球場)、3回表に2番手で救援登板・完了、7回無失点 ※史上71人目
  • 500試合登板:1978年4月2日、対中日ドラゴンズ2回戦(ナゴヤ球場)、4回裏1死に3番手で救援登板、1回1/3無失点 ※史上37人目
その他の記録

背番号[編集]

  • 40 (1963年)
  • 11 (1964年 - 1972年)
  • 33 (1973年 - 1980年)
  • 72 (1981年 - 1984年)
  • 85 (1985年)
  • 71 (1986年 - 1987年)
  • 83 (1988年)
  • 73 (1989年 - 1991年、1995年 - 1997年)

脚注[編集]

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  1. ^ 高橋重行さん死去…85年日本一阪神コーチ”. 日刊スポーツ. 2010年3月5日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]