今村猛

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今村 猛
広島東洋カープ #16
2012.04.15今村猛.jpg
2012年4月15日
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 長崎県佐世保市
生年月日 (1991-04-17) 1991年4月17日(26歳)
身長
体重
183 cm
98 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 ドラフト1位
初出場 2010年8月18日
年俸 6,100万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
WBC 2013年

今村 猛(いまむら たける、1991年4月17日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

長崎県佐世保市(旧北松浦郡小佐々町)の出身。小学3年生の時に楠栖クラブで一塁手として野球を始め、後に遊撃手投手を兼任。小佐々中学校では遊撃・三塁手としてプレー。2年時に九州大会で優勝し、全国大会に出場。この年には城島健司寺原隼人らがオフシーズンに開催した野球教室に参加して城島と対戦。今村は城島の内角を厳しくえぐった結果、脇腹に死球を当ててしまい、城島に笑いながら追いかけ回された[2]

清峰高校進学後は1年夏からベンチ入り。秋には球速が140km/hを突破するなど、徐々に成長する。2年の夏には第90回全国高等学校野球選手権記念大会に初出場し、2試合に登板した。その後も秋季長崎大会、九州地区高等学校野球大会を制する。

3年春の第81回選抜高等学校野球大会では安定した投球でチームを牽引し、決勝では菊池雄星を擁する花巻東高校と対戦。投手戦を1-0で勝利し優勝。長崎県勢としては春夏通じて初の全国優勝だった。大会では全5試合に先発し、44イニングを投げて47奪三振、4完投、3完封、1失点、防御率0.20と抜群の安定感だった。また、初戦の日本文理高校戦では、第1打席に選抜大会通算600号(甲子園)となる本塁打をバックスクリーン右へ放り込んだ。6月の練習試合で最速152km/hを記録し話題になるも、3年夏は長崎大会準々決勝で長崎日大高校と対戦し、大瀬良大地と投げ合ったが試合に敗れて甲子園出場はならなかった[3]

2009年10月29日に行われたドラフト会議で、広島東洋カープが単独1位指名して交渉権を獲得した。11月13日、広島では河内貴哉以来10年ぶりとなる高卒指名での契約金1億円、年俸は球団の高卒新人では最高額となる1000万円(金額は推定)で仮契約を結んだ[4]

プロ入り後[編集]

2010年、首脳陣の育成の方針により、シーズンの殆どを二軍で過ごした。ウエスタン・リーグでは、4月21日ソフトバンク戦で中継ぎとして初登板し、2回無失点の好投で初勝利をあげた。7月22日に行われたフレッシュオールスターゲームではウエスタンの先発を任され、ソロ本塁打を浴びたものの最速148km/hを記録、2イニングで3三振を奪う活躍を見せた。その後、8月18日、小島心二郎の抹消に伴い初の一軍登録を受け、当日のヤクルト戦でプロ初登板・初先発したものの、初回に味方の失策から畠山和洋に満塁本塁打を浴びるなど、2回5失点の黒星デビューとなった[5]。続く8月25日の阪神戦で再度先発したが、2回3失点で2試合連続の降板、その翌日に降格となり[6]、そのままシーズンを終えた。二軍ではシーズンを通じて先発ローテーションを任され、13試合・63回2/3を投げて4勝4敗、防御率4.81だった(被安打77と自責点34は共にチーム最多)。

2011年、オープン戦で先発要員として起用され好投を続けた。開幕ローテーション入りは逃したものの、4月16日の巨人戦で、先発のジオの負傷降板により急遽登板。3回1/3を無失点で切り抜け、プロ入り初勝利を挙げた[7]。5月20日のオリックス戦(京セラドーム大阪)では「7番・指名打者」として先発起用された。偵察要員としての起用のつもりであったが、監督の野村謙二郎公認野球規則・6-10(b)に明記されている「指名打者は相手チームの先発投手に対して、少なくとも一度は、打撃を完了しなければ交代できない」というルールを失念してしまい、今村はオリックス先発の木佐貫洋が降板しない限り最低1打席は入らなければならなくなった[8]。今村は2回表1死1塁の場面で打順が回り、送りバントを決める。その後、5回表の2打席目で代打(石井琢朗)が送られた。その後は、中継ぎ、セットアッパーとして起用され、守護神のデニス・サファテの離脱後は守護神に指名された[9]。10月8日の対東京ヤクルトスワローズ戦ではプロ初セーブを挙げ、1997年に横山竜士が21歳2カ月で記録した球団最年少セーブを20歳5カ月で更新した[10]

2012年、5月22日のソフトバンク戦から球団新記録となる29試合連続無失点を達成。最終的には自己最多となる69試合の登板でリーグ3位タイとなる26ホールドをマークした[11]。オフの11月6日に、「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」の日本代表が発表され[12]代表入りした[13]。12月4日に、第3回WBC日本代表候補選手34人が発表され[14]候補入りした[15]

2013年2月20日に、第3回WBC日本代表選手28人が発表され[16]代表入りした[17][18]。この大会では、2イニングで3失点を喫するなど精彩を欠いてしまう。レギュラーシーズンは、セットアッパーとして開幕を迎えるものの投球に本来のキレがなく、5敗を喫し終盤にはセットアッパーを永川勝浩に譲るなど悔しいシーズンとなってしまった。

2014年はキャンプから調子が上がらず、開幕一軍入りを逃した。6月15日の対千葉ロッテマリーンズ戦では投球中にトンボが帽子の後ろに付着する一場面もあった[19]。後半戦は二軍で先発としての登板も見られた。この年は中田廉一岡竜司がセットアッパーとして定着したこともあって、ホールド数は0に終わり、連続50試合登板も3年で途切れた。

2016年は8月の月間防御率1.15、9月の月間防御率0.90とシーズン後半に特に安定した成績を残した[20]。2012年シーズンに次ぐ67試合に登板し、ジェイ・ジャクソン中崎翔太と共に中継ぎの柱としてチームの25年ぶり優勝に大きく貢献した。日本シリーズでは6戦すべてに登板し、シリーズ最多となる4ホールドを挙げた。

選手としての特徴[編集]

スリークォーターから平均球速約146km/h[21]、最速154km/h[22]ストレートと切れ味鋭い縦と横のスライダーを投げ分ける本格派右腕。2010年秋からは上記の球種に加えてカーブの習得に取り組んだ[23]。また、2011年には上原浩治フォークボールを理想としたという高速フォークの練習を始め、2012年終盤に実戦で多投するようになった[24]

高い牽制の技術も有する[25]

人物[編集]

顔がカピバラによく似ている為、多くのファンからカピバラと呼ばれている。広島東洋カープのオフィシャルグッズショップが今村とカピバラをデザインした限定Tシャツを販売していた[26]。チームメイトで同郷の大瀬良大地と共にカピバラ兄弟と呼ばれている。また、2013年オフに一岡竜司大竹寛の人的保証で入団してからは彼も含めてカピバラ三兄弟と呼ばれるようになった。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2010 広島 2 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 26 4.0 7 1 6 0 1 0 0 0 8 7 15.75 3.25
2011 54 6 0 0 0 3 8 2 13 .273 399 94.0 97 10 30 3 1 76 6 0 50 49 4.69 1.35
2012 69 0 0 0 0 2 2 4 26 .500 344 85.2 73 4 18 2 4 89 0 0 21 18 1.89 1.06
2013 57 0 0 0 0 2 5 3 18 .286 283 65.1 70 2 28 2 2 56 2 1 26 24 3.31 1.50
2014 17 0 0 0 0 1 1 0 0 .500 88 20.2 17 3 9 0 0 16 0 0 10 10 4.35 1.26
2015 21 0 0 0 0 1 1 0 1 .500 115 26.0 24 1 13 0 0 22 1 0 14 10 3.46 1.42
2016 67 0 0 0 0 3 4 2 22 .429 299 73.2 60 3 22 0 0 87 4 0 20 20 2.44 1.11
通算:7年 287 8 0 0 0 12 22 11 80 .353 1554 369.1 348 24 126 7 8 346 13 1 149 138 3.36 1.28
  • 2016年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 16 (2010年 - )

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 広島 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2017年1月3日閲覧。
  2. ^ 『1軍に定着できるよう頑張ります!』 (PDF) - 広報させぼ(2010年2月)
  3. ^ 【広島】今村、ライバル大瀬良と共闘宣言 - 日刊スポーツ 2013年10月24日閲覧
  4. ^ 広島・今村「球団史上初」高卒新人で年俸1000万円 - スポーツニッポン(2009年11月14日)
  5. ^ “今村5失点デビュー…野村監督「かわいそうな初登板」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2010年8月19日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/08/19/kiji/K20100819Z00002180.html 2013年5月4日閲覧。 
  6. ^ “今村 2軍での再調整が決定「見ての通りです」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2010年8月25日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/08/25/kiji/K20100825Z00001280.html 2013年5月4日閲覧。 
  7. ^ 今村プロ初勝利!緊急登板でG斬り - ウェイバックマシン(2011年8月26日アーカイブ分) - デイリースポーツ(2011年4月16日)
  8. ^ DHに偵察要員…野村監督「完全なボーンヘッド」 - スポーツニッポン(2011年5月21日)
  9. ^ 今村ドキドキ抑えデビュー、満塁しのぐ - ウェイバックマシン(2011年10月13日アーカイブ分) - デイリースポーツ(2011年10月2日)
  10. ^ 中国新聞10月9日17版
  11. ^ 今村“マエケン超え”4年目で5000万円 - スポーツニッポン(2012年11月27日)
  12. ^ 侍ジャパンマッチ2012 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  13. ^ 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  14. ^ 2013WBC日本代表候補選手発表 日本野球機構 (2012年12月4日) 2015年4月3日閲覧
  15. ^ 2013 WORLD BASEBALL CLASSIC 日本代表候補選手 日本野球機構 (2012年12月4日) 2015年4月3日閲覧
  16. ^ 2013WBC日本代表28選手の発表 日本野球機構オフィシャルサイト (2013年2月20日) 2015年4月2日閲覧
  17. ^ 2013 Tournament Roster WBC公式サイト 英語 2015年4月2日閲覧
  18. ^ 2013 WORLD BASEBALL CLASSIC 日本代表メンバー 日本野球機構オフィシャルサイト (2013年2月20日) 2015年4月2日閲覧
  19. ^ “広島9連敗 早くも秋の気配?赤い帽子にトンボが…”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年6月15日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/06/15/kiji/K20140615008369750.html 2014年12月25日閲覧。 
  20. ^ [1] プロ野球 ヌルデータ置き場
  21. ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2013年、58頁。ISBN 978-4-905411-11-6
  22. ^ 2012年8月26日、マツダスタジアムにて
  23. ^ 今村G倒!3回3Kで開幕ローテ見えた - ウェイバックマシン(2011年2月22日アーカイブ分) - デイリースポーツ(2011年2月19日)
  24. ^ 広島今村“上原フォーク”でWBC本戦だ - 日刊スポーツ(2013年1月17日)
  25. ^ “けん制“達人”今村に今季2度目…西武 試合前から警戒も防げず”. Sponichi Annex. (2013年6月9日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/06/09/kiji/K20130609005974360.html 2013年6月9日閲覧。 
  26. ^ ファン感謝デー発売グッズについて

関連項目[編集]

外部リンク[編集]