ジョージ・アルトマン

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ジョージ・アルトマン
George Altman
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ノースカロライナ州ゴールズボロ
生年月日 (1933-03-20) 1933年3月20日(85歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1955年
初出場 MLB / 1959年4月11日
NPB / 1968年4月6日
最終出場 MLB / 1967年10月1日
NPB / 1975年10月16日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジョージ・アルトマンGeorge Lee Altman , 1933年3月20日 - )は、アメリカ合衆国ノースカロライナ州出身の元プロ野球選手外野手)。

経歴[編集]

1955年シカゴ・カブスと契約。1959年4月11日にメジャーデビューし、すぐに主力選手として活躍する。1963年セントルイス・カージナルス1964年ニューヨーク・メッツに移籍。1965年に古巣カブスに復帰。カブス時代はアーニー・バンクスの後の5番を打ち、記録の援護をした選手として知られた。メジャーでの愛称は「ビッグジョージ」。

1968年、東京オリオンズ(現:千葉ロッテマリーンズ)に入団。同年は打率.320、34本塁打、100打点の好成績を挙げてチームの勝利に貢献。打点王ベストナインに輝いた。1970年1971年には2年連続ベストナインに輝いた。

1974年には6試合連続本塁打のリーグ記録を樹立。1974年まで常に20本塁打以上を放ち、チームの主砲として貢献した。1974年に試合中に倒れ、途中交代。その後、初期の大腸癌が発見され、オリオンズは本人の健康状態を考えて解雇した。しかし、1975年には阪神タイガースにテスト入団し、1シーズンプレーして帰国。日本プロ野球NPB)に在籍した外国人選手で初めて200本塁打を達成した。また、同年4月6日の中日戦ではセ・リーグ最年長(42歳0ヶ月)満塁本塁打を記録(2010年8月25日に金本知憲が4ヶ月更新)。5月6日にはセ・リーグ最年長(42歳1か月)で三塁打を放つ(2011年9月23日の巨人戦で金本知憲が43歳5か月で更新)[1]。勝負強いアルトマンが5番に入ることで、敬遠されることが少なくなった4番の田淵幸一はこの年、王貞治を抑えて本塁打王になった。

NPB通算205本塁打は当時(1975年シーズン終了時)の外国人最多。この記録は翌1976年近鉄クラレンス・ジョーンズに破られる(後にロッテのレロン・リーが記録を更新)が、アルトマンが帰国の際、見送りに来てくれたジョーンズに「俺の記録は君が一日でも早く破ってくれ」と依願している。

人物[編集]

敬虔なるキリスト教徒として知られ、酒・タバコなどの嗜好品は嗜まず日曜、祝日にはデーゲームがあろうと教会での礼拝を怠らなかった。また東京スタジアムにアルトマン・シートを設けてファンを招待し、190cm以上の風貌と積極的なチャリティー活動から「足長おじさん」と呼ばれて親しまれた。

引退後はシカゴ大豆相場師となった[2]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1959 CHC 135 468 420 54 103 14 4 12 161 47 1 0 6 1 34 4 7 80 8 .245 .312 .383 .695
1960 119 372 334 50 89 16 4 13 152 51 4 3 2 3 32 6 1 67 4 .266 .330 .455 .785
1961 138 573 518 77 157 28 12 27 290 96 6 2 4 7 40 3 4 92 4 .303 .353 .560 .913
1962 147 603 534 74 170 27 5 22 273 74 19 7 0 2 62 14 5 89 8 .318 .393 .511 .904
1963 STL 135 521 464 62 127 18 7 9 186 47 13 4 2 6 47 2 2 93 7 .274 .339 .401 .740
1964 NYM 124 445 422 48 97 14 1 9 140 47 4 2 2 2 18 4 1 70 8 .230 .262 .332 .594
1965 CHC 90 216 196 24 46 7 1 4 67 23 3 2 1 0 19 2 0 36 1 .235 .302 .342 .644
1966 88 201 185 19 41 6 0 5 62 17 2 2 2 0 14 3 0 37 3 .222 .276 .335 .612
1967 15 20 18 1 2 2 0 0 4 1 0 0 0 0 2 0 0 8 0 .111 .200 .222 .422
1968 東京
ロッテ
139 586 531 84 170 33 1 34 307 100 8 5 0 7 43 3 5 80 10 .320 .372 .578 .950
1969 129 500 457 65 123 25 2 21 215 82 9 1 0 7 33 2 3 64 8 .269 .318 .470 .788
1970 122 481 426 66 136 19 1 30 247 77 3 2 1 5 44 4 5 50 5 .319 .385 .580 .965
1971 114 435 388 56 124 15 2 39 260 103 2 2 1 6 38 15 2 53 5 .320 .378 .670 1.048
1972 112 449 384 46 126 27 1 21 218 90 4 1 0 7 55 19 3 29 4 .328 .410 .568 .978
1973 120 433 365 54 112 17 1 27 212 80 4 5 1 3 62 12 2 30 7 .307 .407 .581 .988
1974 85 327 271 48 95 15 2 21 177 67 1 6 1 6 48 7 1 17 4 .351 .442 .653 1.095
1975 阪神 114 397 361 33 99 12 1 12 149 57 0 2 0 4 30 2 2 37 7 .274 .330 .413 .743
MLB:9年 991 3419 3091 409 832 132 34 101 1335 403 52 22 19 21 268 38 20 572 43 .269 .329 .432 .761
NPB:8年 935 3608 3183 452 985 163 11 205 1785 656 31 24 4 45 353 64 23 360 50 .309 .378 .561 .938
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 東京(東京オリオンズ)は、1969年にロッテ(ロッテオリオンズ)に球団名を変更

タイトル[編集]

NPB
  • 打点王:1回 (1968年)
  • 最多安打(当時連盟表彰なし):1回 (1968年) ※1994年より表彰

表彰[編集]

NPB

記録[編集]

MLB
NPB初記録
NPBその他の記録
  • 6試合連続本塁打(1974年6月13日 - 6月23日)
  • オールスターゲーム出場:4回 (1970年、1971年、1973年、1974年)

背番号[編集]

  • 21 (1959年 - 1962年)
  • 26 (1963年)
  • 2 (1964年)
  • 21 (1965年 - 1967年)
  • 7 (1968年 - 1974年)
  • 44 (1975年)

脚注[編集]

  1. ^ 週刊ベースボール、2011年10月10日号、95頁
  2. ^ 日本経済新聞1976年10月27日19面「足長おじさんアルトマン 商品取引所で奮戦『日本の野球は新聞で見ている』」日本経済新聞社1976年10月p917


関連項目[編集]

外部リンク[編集]