大野久 (野球)

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大野 久
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 茨城県取手市
生年月日 (1960-08-15) 1960年8月15日(57歳)
身長
体重
176 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 外野手
プロ入り 1984年 ドラフト5位
初出場 1985年6月11日
最終出場 1995年10月10日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

大野 久(おおの ひさし、1960年8月15日 - )は、茨城県取手市[1]出身の元プロ野球選手外野手)、野球指導者、教員。

2014年 15歳以下および18歳以下の野球オーストラリア代表のコーチと、オーストラリア・ロビーナ高校(Robina High School)の野球科コーチに就任。 [2]

2015年 ヤングリーグ 全日本少年公式野球連盟 技術顧問

2016年 侍ジャパン U15コーチ就任

来歴・人物[編集]

プロ入りまで[編集]

取手二高では、2年生の時に中堅手として1977年夏の甲子園に出場。2回戦で宇都宮学園の見形仁一投手(専大)に抑えられ敗退。翌1978年はエースとして夏の甲子園に連続出場。1回戦で岡山東商に敗れる[1]東洋大学へ進学。東都大学リーグではエース仁村徹を擁し、1982年春季リーグで優勝。同年の全日本大学野球選手権大会では決勝で法大に敗れ準優勝。リーグ通算95試合出場、337打数96安打、打率.285、8本塁打、37打点。ベストナイン2回。卒業後は日産自動車に入社。1984年都市対抗に出場し、決勝で日本鋼管を降し優勝[1]。この試合では適時打、本塁打を放ち活躍した。同年の第28回アマチュア野球世界選手権の日本代表に選出されている。

現役時代[編集]

1984年のドラフト5位で阪神タイガースに入団[1]1987年から一軍に定着、俊足のスイッチヒッターとして活躍する。1988年に監督に就任した村山実から、中野佐資和田豊との3人で少年隊と呼ばれた。同年には、シーズン途中で移籍した北村照文の後継として、一番打者、中堅手の定位置を獲得、初めて規定打席(23位、打率.254)にも到達する。翌年は打率.303(7位)の好成績を記録、1990年までレギュラーの地位を守る。

1990年オフ、福岡ダイエーホークスとの4対5のトレードで池田親興らと移籍(阪神からは大野、池田の他、渡真利克則岩切英司が、ダイエーからは藤本修二吉田博之西川佳明近田豊年右田雅彦が移籍)[1]。移籍先のダイエーでも1991年はチャンスメーカーとして活躍し、初の盗塁王となった[1]。しかし翌年からは打撃面で精彩を欠き、1994年には一軍での出番がなくなる。同年オフに自由契約となり、中日ドラゴンズにテスト入団、しかしここでも出場機会は少なく、1995年限りで現役引退[1]

引退後[編集]

1996年から1997年は中日2軍外野守備走塁コーチ。退団後は中央学院大学へ入学し、教職資格を取得。卒業後、2000年からは東洋大牛久高にて社会の教師として教鞭を執る。規則に則った教職期間を終え、2003年から2013年3月まで同校の野球部監督を務めた。

2014年にオーストラリアで野球指導者のライセンスを取得。同年6月より、オーストラリア野球連盟主催の15歳以下オーストラリア代表のセレクションコーチ(外野手)、6月より18歳以下オーストラリア代表でコーチを務める。また、同年7月よりオーストラリアのロビーナ高等学校の野球科コーチも務めていた。

2015年 ヤングリーグ 全日本少年公式野球連盟 技術顧問就任

2016年 侍ジャパン U15コーチ就任

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1985 阪神 14 15 15 3 3 0 0 1 6 1 2 0 0 0 0 0 0 3 0 .200 .200 .400 .600
1986 24 13 13 4 2 0 0 1 5 1 1 1 0 0 0 0 0 6 0 .154 .154 .385 .538
1987 82 101 95 14 22 5 3 0 33 8 5 3 2 1 3 0 0 17 0 .232 .253 .347 .600
1988 130 571 512 64 130 23 5 7 184 42 24 12 10 4 39 0 6 103 4 .254 .312 .359 .671
1989 125 460 403 53 122 16 2 4 154 26 22 9 16 1 36 0 4 66 2 .303 .365 .382 .747
1990 117 403 360 48 89 17 4 4 126 26 16 4 11 2 26 1 4 73 7 .247 .304 .350 .654
1991 ダイエー 130 547 456 72 132 22 1 1 159 25 42 11 29 1 59 1 2 70 7 .289 .373 .349 .721
1992 96 298 245 30 51 11 1 3 73 17 18 4 28 2 22 0 1 54 2 .208 .274 .298 .572
1993 87 148 131 13 28 2 0 1 33 9 6 0 0 0 16 0 1 27 3 .214 .304 .252 .556
1995 中日 28 33 27 4 5 2 0 1 10 5 2 1 2 1 3 0 0 5 0 .185 .258 .370 .628
通算:10年 833 2589 2257 395 584 98 16 23 783 160 138 45 98 12 204 2 18 424 25 .259 .324 .347 .670
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

記録[編集]

初記録
その他の記録

背番号[編集]

  • 33 (1985年 - 1988年)
  • 2 (1989年 - 1994年)
  • 40 (1995年)
  • 89 (1996年 - 1997年)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、109ページ
  2. ^ http://www.caspo.jp/blog/ono-hisashi.html 2014年10月18日閲覧。
  3. ^ 過去20年で最高の外野手は誰だ?~記録で見る真実の「守備力」~プロ野球 - Number Web - ナンバー、2016年3月17日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]