屋宜照悟

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屋宜 照悟
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 沖縄県うるま市
生年月日 (1989-03-29) 1989年3月29日(31歳)
身長
体重
178 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2012年 ドラフト6位
初出場 2013年7月15日
最終出場 2019年5月19日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

屋宜 照悟(やぎ しょうご、1989年3月29日 - )は、沖縄県うるま市出身の元プロ野球選手投手)。右投左打。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

中部商業高校時代には甲子園球場の全国大会と無縁で、3年夏の選手権沖縄大会決勝では、大嶺祐太擁する八重山商工高校に3 - 7というスコアで敗れた。

国士舘大学への進学後は、1年時の春から、東都大学野球の2部リーグ戦に登板。3年時には、春季に2部で最下位を経験しながら、秋季には2部優勝と入れ替え戦での勝利によって、チーム30季振りの1部昇格を果たした[1]。4年時には、春季に1部で5位にとどまったものの、秋季の最下位と入れ替え戦での敗北によって、チームは1年で2部へ降格した。

大学卒業後にJX-ENEOSへ入社すると、1年目の2011年から公式戦に登板したが、チームがこの年から2年連続で出場した都市対抗野球大会では登板機会がなかった。当時のチームメイトに、自身と同じ沖縄県出身の大城基志嘉弥真新也らがいる。

2012年のNPBドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズから6巡目で指名[2]。契約金3,200万円、年俸840万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は57

なお、ドラフト会議の指名後に開かれた第38回社会人野球日本選手権大会では、ニチダイとの2回戦に先発投手として社会人野球の全国大会にデビュー。6回2失点7奪三振という内容でこの試合に勝利する[3]と、JR東日本との決勝戦でも、6回2/3を1失点と好投し、チームの優勝に貢献した[4]

日本ハム時代[編集]

2013年には、7月15日の対埼玉西武ライオンズ戦(札幌ドーム)9回表に、救援投手として一軍公式戦にデビュー。8月1日の対千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリンフィールド)で、一軍公式戦初勝利を挙げた。一軍公式戦では通算で3試合の登板にとどまったが、イースタン・リーグ公式戦には27試合の登板で3勝4敗1セーブ、防御率3.53を記録した。

2014年には、一軍公式戦への登板機会がなく、イースタン・リーグ公式戦でも11試合の登板で1勝3敗、防御率11.74と振るわなかった。

2015年には、一軍公式戦で自己最多の18試合に登板。防御率は3.96ながら、2勝と1ホールドを挙げた。JX-ENEOS時代から4年間にわたって交際していた横浜市在住の一般女性と、シーズン終了後の12月に結婚。

2016年には、イースタン・リーグ公式戦37試合の登板で2勝4敗3セーブ、防御率4.87を記録したが、二軍生活に終始した。

2017年には、一軍公式戦への登板機会がなかったものの、イースタン・リーグ公式戦で7月中旬までに27試合へ登板。防御率2.59を記録するなど好投を続けた。

ヤクルト時代[編集]

2017年7月24日に、杉浦稔大との交換トレードで東京ヤクルトスワローズへ移籍することが発表[5]。日本ハム時代の背番号と1番違いである58番を、杉浦から引き継いだ。移籍後は救援で一軍公式戦2試合に登板したものの、いずれも3失点を喫した。

2018年には、イースタン・リーグ公式戦でチーム2位の41試合に登板。1勝3敗、防御率3.97を記録したが、一軍公式戦での登板機会はなかった。

2019年には、一軍公式戦では5月19日の対横浜DeNAベイスターズ戦(明治神宮野球場)の8回表から1イニングを投げたのみに終わった。イースタン・リーグ公式戦では、前年に続いてチーム2位の41試合に登板。防御率4.74、4勝3敗1セーブという成績を残した。シーズン終了後の10月23日に球団から戦力外通告を受けた。NPB他球団での現役続行を希望し、11月12日には12球団合同トライアウト大阪シティ信金スタジアム)へ参加。3人の打者との対戦で、最初に対戦した森越祐人に安打を許したが、残り2人を凡退させた[6]。しかし、他球団から現役選手としての獲得のオファーはなく、引退を決意した[7]12月2日付で、NPBから自由契約選手として公示[8]

現役引退後[編集]

2020年からは、阪神タイガース打撃投手に転身する[7]

選手としての特徴[編集]

大胆なフォームから繰り出す最速150km/hのクセのあるストレートと、スライダーカットボールチェンジアップなどの多彩な変化球が持ち味[9][10]。日本ハム時代の2016年夏までオーバースローで投げていたが、以降はサイドスローに転向している[11]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2013 日本ハム 3 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 26 4.2 10 0 4 0 0 3 1 0 6 6 11.57 3.00
2015 18 0 0 0 0 2 0 0 1 1.000 104 25.0 24 3 6 0 1 11 0 0 15 11 3.96 1.20
2017 ヤクルト 2 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 9 1.0 6 1 0 0 0 0 0 0 6 6 54.00 6.00
2019 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 5 1.0 2 1 0 0 0 1 0 0 2 2 18.00 2.00
NPB:4年 24 0 0 0 0 3 0 0 1 1.000 144 31.2 42 5 10 0 1 15 1 0 29 25 7.11 1.65

年度別守備成績[編集]



投手












2013 日本ハム 3 0 0 0 0 ----
2015 18 1 2 1 0 .750
2017 ヤクルト 2 0 0 0 0 ----
2019 1 0 0 0 0 ----
通算 24 1 2 1 0 .750

記録[編集]

背番号[編集]

  • 57 (2013年 - 2017年途中)
  • 58 (2017年途中 - 2019年)
  • 102(2020年 - )

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 30季ぶりの歓喜!国士舘大1部昇格決めた!!”. スポニチ Sponichi Annex (2009年11月9日). 2013年2月27日閲覧。
  2. ^ 「2012年新人選手選択会議」交渉権獲得選手のお知らせ”. 北海道日本ハムファイターズ (2012年10月25日). 2013年2月27日閲覧。
  3. ^ 屋宜 JX-ENEOS置き土産!全国初登板1勝”. スポニチ Sponichi Annex (2012年11月11日). 2013年2月27日閲覧。
  4. ^ JX-ENEOSが2冠!屋宜 天国の祖母に贈る快投”. スポニチ Sponichi Annex (2012年11月14日). 2013年2月27日閲覧。
  5. ^ 東京ヤクルトスワローズとトレードが成立北海道日本ハムファイターズ公式サイト 2017年7月24日閲覧
  6. ^ 43人が参加/12球団合同トライアウト詳細日刊スポーツ 2019年11月12日配信
  7. ^ a b ヤクルト戦力外の屋宜が引退 来季阪神の打撃投手日刊スポーツ 2019年11月29日配信
  8. ^ 2019年度自由契約選手NPB日本野球機構
  9. ^ 東浜と幼なじみ 屋宜「まさか自分が指名されるとは」”. スポニチ Sponichi Annex (2012年10月26日). 2013年2月27日閲覧。
  10. ^ 社会人野球選手名鑑 屋宜照悟”. スポニチ Sponichi Annex. 2013年2月27日閲覧。
  11. ^ 『2017スポニチプロ野球選手名鑑』毎日新聞出版、19頁。ISBN 978-4-620-79426-6

関連項目[編集]

外部リンク[編集]