ブランドン・レアード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ブランドン・レアード
Brandon Laird
北海道日本ハムファイターズ #5
Fighters Brandon Laird.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サイプレス
生年月日 1987年9月11日(28歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手一塁手
プロ入り 2007年 MLBドラフト27巡目
初出場 MLB / 2011年7月20日
NPB / 2015年3月27日 東北楽天ゴールデンイーグルス
年俸 1億円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ブランドン・J・レアードBrandon J. Laird, 1987年9月11日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サイプレス出身のプロ野球選手内野手)。現在は、北海道日本ハムファイターズに所属している。

兄のジェラルド・レアードもプロ野球選手(捕手[1]

経歴[編集]

アマチュア時代[編集]

ウエストイニスターのラ・クインタ高校出身で2005年MLBドラフトクリーブランド・インディアンズから27巡目で指名されるが拒否し、サイプレス大学に進学。

ヤンキース時代[編集]

2007年MLBドラフトニューヨーク・ヤンキースから27巡目で指名され入団した。

2011年7月22日、本拠地ヤンキー・スタジアムでメジャーデビューを果たす。

アストロズ時代[編集]

2012年9月1日にヒューストン・アストロズへ移籍。

2013年10月4日、FAとなる。

ナショナルズ傘下時代[編集]

2013年11月23日、カンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結んだ[2]

2014年3月15日にトレードでワシントン・ナショナルズへ移籍した[3]

日本ハム時代[編集]

2014年11月18日に、北海道日本ハムファイターズとの獲得が合意に達したことが発表された[4]

2015年は6月頃まで2割を下回る打率しか残せなかったが、三塁手としての守備は堅実だったことから監督の栗山英樹は彼を先発メンバーとして起用し続けた。7月以降に打棒が爆発し、閉幕までに22本塁打を量産して、リーグ3位タイのシーズン34本塁打を記録した。その活躍ぶりや伸び代を評価され、8月の段階で2016年度の契約が確定した[5]

人物[編集]

2009年の12月に、兄のジェラルドと2人で、NBAフェニックス・サンズボストン・セルティックスの試合をUSエアウェイズ・センターで観戦しに行った際、乱闘騒ぎを起こし警察に逮捕された[6]

寿司が好物であり、本塁打を打った際には寿司を握る仕草をするというパフォーマンスを行う。これは白井一幸コーチに紹介された寿司店の店主からレアードが依頼されて始めたものだという[7]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2011 NYY 11 25 21 3 4 0 0 0 4 1 0 0 1 0 3 0 0 4 1 .190 .292 .190 .482
2012 HOU 17 37 35 2 9 1 0 1 13 4 0 0 0 0 2 0 0 8 1 .257 .297 .371 .668
2013 25 76 71 7 12 3 0 5 30 11 0 0 0 0 3 0 2 26 2 .169 .224 .423 .647
2015 日本ハム 143 554 498 62 115 22 2 34 243 97 1 0 0 4 43 0 9 129 18 .231 .301 .488 .789
MLB:3年 53 138 127 12 25 4 0 6 47 16 0 0 1 0 8 0 2 38 4 .197 .255 .370 .625
NPB:1年 143 554 498 62 115 22 2 34 243 97 1 0 0 4 43 0 9 129 18 .231 .301 .488 .789
  • 2015年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

NPB

記録[編集]

NPB初記録
NPBその他記録

背番号[編集]

  • 60 (2011年)
  • 13 (2012年)
  • 4 (2013年)
  • 5[8] (2015年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]