フェルナンド・バレンズエラ

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はバレンズエラ第二姓(母方の)はアングアメアです。
フェルナンド・バレンズエラ
Fernando Valenzuela
Fernando Valenzuela 2007.jpg
2007年のバレンズエラ
基本情報
国籍 メキシコの旗 メキシコ
出身地 ソノラ州エッチョワキーラ
生年月日 (1960-11-01) 1960年11月1日(56歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
初出場 MLB / 1980年9月15日
最終出場 MLB / 1997年7月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

フェルナンド・バレンズエラ・アングアメアFernando Valenzuela Anguamea1960年11月1日 - )は、メキシコ合衆国ソノラ州ナボホア出身の元プロ野球選手投手)。左投左打。

1980年代(1980年 - 1989年)の10年間で128勝をあげた。メジャー全体で、ジャック・モリス(当時タイガース)の162勝、デーブ・スティーブ(当時ブルージェイズ)の140勝に次ぎ3位だが、左腕投手としては第1位であった。

経歴[編集]

メキシコの農場を経営する一家の12人兄弟の末っ子として生まれる。生年月日は公式には1960年11月1日とされているが、1955年生まれともいわれる。メキシカンリーグで投げている時にメジャーのスカウトから注目され、1979年ロサンゼルス・ドジャースと契約。しばらくマイナーリーグで過ごし、1980年9月15日にメジャーデビュー。1年目はリリーフで10試合に投げ2勝1セーブを挙げる。メジャーデビュー当時は「Food」、「Drink」、「Beer」しか英単語を知らない状態であった。

1981年、4月9日の開幕戦で登板予定だったジェリー・ロイスが怪我で回避となり、急遽開幕投手を務めるとヒューストン・アストロズ相手に5安打完封勝利を収め、そのまま先発ローテーション入りし、スクリューボールを武器に新人としてはMLB最長となる開幕8連勝を記録。オールスターにも出場し、新人ながらナショナルリーグの先発を務めた。その年は13勝7敗、防御率2.48で、新人王サイ・ヤング賞を史上初めてダブル受賞した。チームもワールドシリーズに進出し、ニューヨーク・ヤンキースを破りワールドチャンピオンに輝いた。彼も第3戦で完投勝利を挙げ優勝に貢献した。

1986年には21勝11敗で最多勝のタイトルを獲得。同年のオールスターでは、1934年カール・ハッベルニューヨーク・ジャイアンツ)以来の5者連続奪三振を記録した。1983年には史上初の100万ドルプレーヤーとなった。1990年6月29日セントルイス・カージナルス戦でノーヒットノーランを達成。彼の熱狂的なファンは「フェルナンド・マニア」と呼ばれた。

チームが7年ぶりにワールドシリーズを制した1988年以後は故障がちとなり、1991年のスプリング・トレーニング中にドジャースを解雇され、カリフォルニア・エンゼルスに移籍するが、ここでも結果を残せず、シーズン途中に解雇され、メキシカンリーグに復帰。投手の他、登板しない試合では一塁を守り、1993年ボルチモア・オリオールズでメジャーに復帰。その後、フィラデルフィア・フィリーズを経て、サンディエゴ・パドレス在籍時の1996年には13勝を挙げた。翌1997年途中にセントルイス・カージナルスに移籍して、その年限りでメジャーでの現役を引退。その後もメキシカンリーグで投げた。

2006年ワールド・ベースボール・クラシックではメキシコ代表のコーチを務めた。

現在は古巣・ドジャースの解説者の一人として活動中である。また、現役時代につけていた背番号34」は、野茂英雄が入団した1995年当時より空き番号だが、現在までにドジャースでこの背番号をつけてプレーした選手はない。

息子のフェルナンドJrもサンディエゴ・パドレスのマイナーでプレー経験がある野球選手である(2008年終了時点でメジャーでの出場なし)。

2006年 - 2007年ウィンターリーグに息子と共に出場した。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1980 LAD 10 0 0 0 0 2 0 1 -- 1.000 66 17.2 8 0 5 0 0 16 0 1 2 0 0.00 0.74
1981 25 25 11 8 1 13 7 0 -- .650 758 192.1 140 11 61 4 1 180 4 0 55 53 2.48 1.05
1982 37 37 18 4 4 19 13 0 -- .594 1156 285.0 247 13 83 12 2 199 4 0 105 91 2.87 1.16
1983 35 35 9 4 1 15 10 0 -- .600 1094 257.0 245 16 99 10 3 189 12 1 122 107 3.75 1.34
1984 34 34 12 2 0 12 17 0 -- .414 1078 261.0 218 14 106 4 2 240 11 1 109 88 3.03 1.24
1985 35 35 14 5 0 17 10 0 -- .630 1109 272.1 211 14 101 5 1 208 10 1 92 74 2.45 1.15
1986 34 34 20 3 0 21 11 0 -- .656 1102 269.1 226 18 85 5 1 242 13 0 104 94 3.14 1.15
1987 34 34 12 1 0 14 14 0 -- .500 1116 251.0 254 25 124 4 4 190 14 1 120 111 3.98 1.51
1988 23 22 3 0 0 5 8 1 -- .385 626 142.1 142 11 76 4 0 64 7 1 71 67 4.24 1.53
1989 31 31 3 0 0 10 13 0 -- .435 852 196.2 185 11 98 6 2 116 6 4 89 75 3.43 1.44
1990 33 33 5 2 1 13 13 0 -- .500 900 204.0 223 19 77 4 0 115 13 1 112 104 4.59 1.47
1991 CAL 2 2 0 0 0 0 2 0 -- .000 36 6.2 14 3 3 0 0 5 1 0 10 9 12.15 2.55
1993 BAL 32 31 5 2 1 8 10 0 -- .444 768 178.2 179 18 79 2 4 78 8 0 104 98 4.94 1.44
1994 PHI 8 7 0 0 0 1 2 0 -- .333 182 45.0 42 8 7 1 0 19 1 0 16 15 3.00 1.09
1995 SD 29 15 0 0 0 8 3 0 -- .727 395 90.1 101 16 34 2 0 57 4 0 53 50 4.98 1.49
1996 33 31 0 0 0 13 8 0 -- .619 741 171.2 177 17 67 2 0 95 7 0 78 69 3.62 1.42
1997 13 13 1 0 0 2 8 0 -- .200 313 66.1 84 10 32 0 4 51 2 0 42 35 4.75 1.75
STL 5 5 0 0 0 0 4 0 -- .000 106 22.2 22 2 14 0 1 10 2 0 19 14 5.56 1.59
'97計 18 18 1 0 0 2 12 0 -- .143 419 89.0 106 12 46 0 5 61 4 0 61 49 4.96 1.71
MLB:17年 453 424 113 31 8 173 153 2 -- .531 12398 2930.0 2718 226 1151 65 25 2074 119 11 1303 1154 3.54 1.32
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

  • 最多勝1回(1986年)
  • 最多奪三振1回(1981年)

表彰[編集]

記録[編集]

  • オールスター出場6回(1981年 - 1986年)
  • 173勝はメキシコ出身投手の中で最多勝

関連項目[編集]

外部リンク[編集]