トニー・ソレイタ

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トニー・ソレイタ
Tony Solaita
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ領サモアの旗 アメリカ領サモア準州ヌーリ
生年月日 (1947-01-15) 1947年1月15日
没年月日 (1990-02-10) 1990年2月10日(43歳没)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手外野手指名打者
プロ入り 1965年
初出場 MLB / 1968年9月16日
NPB / 1980年4月5日
最終出場 MLB / 1979年9月30日
NPB / 1983年10月20日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

トニー・ソレイタTolia "Tony" Solaita , 1947年1月15日 - 1990年2月10日)は、アメリカ領サモア出身の元プロ野球選手一塁手外野手指名打者)。通称:「サモアの怪人」。

過去の選手名鑑などの書物には、サモア独立国ソロモン諸島の出身とする誤りの記述もある。

経歴[編集]

幼少期~メジャーリーグ時代[編集]

9歳の時に事情により、サモアからアメリカ合衆国のハワイ諸島に移る。1965年ニューヨーク・ヤンキースと契約。1968年9月16日にメジャー初昇格。その後は長いマイナーリーグ生活を経て、1974年カンザスシティ・ロイヤルズでメジャー再昇格を果たす。その後は、カリフォルニア・エンゼルスモントリオール・エクスポズトロント・ブルージェイズと渡り歩いた。

日本での活躍[編集]

1980年に来日し、日本ハムファイターズに入団。主に指名打者として活躍。来日1年目は5番を打ち、打率が.239と低迷するものの45本塁打を放ち、数々の日本記録を残した。大阪球場での対南海ホークス3回戦(ダブルヘッダー第2試合)の1回、佐々木宏一郎から3号3点本塁打を左中間に放つと、3回にも同投手から中堅へソロ、5回には三浦政基からまた左中間に3点本塁打、8回藤田学のストレートを右翼スタンドにライナーで入る6号本塁打を放った。6回に死球があったものの、4打数連続本塁打はパ・リーグ新記録。1試合での4打数連続は読売ジャイアンツ王貞治が1964年に記録して以来、16年ぶりの日本プロ野球界タイ記録。この日を境に「打てないポンコツ外国人」から「サモアの怪人」に変身した。ソレイタは「1試合3本はメジャーでも打ったことがあるが、4本は初めてだ。今まで沈む球を強引に引っ張りすぎて失敗していたからね。なので、今日はセンター方向に打ち返すようにしたんだ。」と得意げに話した。9月4日、日生球場での対近鉄バファローズ後期11回戦の9回に柳田豊から32号ソロを放つと、翌日には西武球場での対西武ライオンズ後期7回戦で第1打席から3連発。2日がかりの4打席連続本塁打でシーズン2回の日本新記録を樹立した。アドバイスをくれたのは、メジャー時代からの友人、近鉄のチャーリー・マニエルだった。

1981年には4番を打ち、打率.300、44本塁打、108打点という素晴らしい成績を残し、本塁打王打点王の二冠に輝き、同期入団のトミー・クルーズと共に日本ハムの19年ぶりとなるリーグ優勝の立役者となった。しかし、MVPは、3勝6敗25S防2.85の江夏豊、.310・16本・81打点の柏原純一に次いで3位という結果であった。「ソレイタが日本人だったらMVPだっただろう」と言われていた。

1982年には指名打者部門のベストナインを受賞。

1983年まで4年連続30本塁打以上を記録。1983年限りで退団して現役を引退。

引退後[編集]

故郷のサモアへ帰ると公務員となり第2の人生をスタートさせる一方、熱心な野球への支援をし数多くの後輩を育てていた。

銃殺[編集]

しかし1990年2月10日、土地取引のトラブルに巻き込まれ、路上で住民の手によりで射殺された。43歳没。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1968 NYY 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
1974 KC 96 279 239 31 64 12 0 7 97 30 0 3 0 2 35 5 1 70 2 .268 .361 .406 .767
1975 93 275 231 35 60 11 0 16 119 44 0 1 1 2 39 2 2 79 6 .260 .369 .515 .884
1976 31 77 68 4 16 4 0 0 20 9 0 0 0 3 6 0 0 17 0 .235 .286 .294 .580
CAL 63 252 215 25 58 9 0 9 94 33 1 1 1 2 34 3 0 44 4 .270 .367 .437 .804
'76計 94 329 283 29 74 13 0 9 114 42 1 1 1 5 40 3 0 61 4 .261 .348 .403 .750
1977 116 386 324 40 78 15 0 14 135 53 1 3 2 4 56 6 0 77 6 .241 .349 .417 .766
1978 60 110 94 10 21 3 0 1 27 14 0 0 0 0 16 3 0 25 2 .223 .336 .287 .624
1979 MON 29 53 42 5 12 4 0 1 19 7 0 0 0 0 11 0 0 16 0 .286 .434 .452 .886
TOR 36 121 102 14 27 8 1 2 43 13 0 0 0 2 17 0 0 16 2 .265 .364 .422 .785
'79計 65 174 144 19 39 12 1 3 62 20 0 0 0 2 28 0 0 32 2 .271 .385 .431 .816
1980 日本ハム 125 524 447 62 107 9 0 45 251 95 0 1 0 3 68 3 6 121 7 .239 .345 .562 .907
1981 128 545 454 86 136 23 1 44 293 108 0 2 0 3 81 13 6 102 14 .300 .410 .645 1.055
1982 130 527 449 65 126 22 1 30 240 84 2 2 0 5 71 8 2 77 6 .281 .378 .535 .912
1983 127 516 436 64 110 16 1 36 236 84 0 2 0 6 72 8 2 71 14 .252 .357 .541 .898
MLB:7年 525 1554 1316 164 336 66 1 50 554 203 2 8 4 15 214 18 3 345 22 .255 .357 .421 .778
NPB:4年 510 2112 1786 277 479 70 3 155 1020 371 2 7 0 17 292 32 16 371 41 .268 .373 .571 .944
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

NPB

表彰[編集]

NPB

記録[編集]

NPB初記録
NPB節目の記録
NPBその他の記録

背番号[編集]

  • 51 (1968年)
  • 8 (1974年 - 1976年途中)
  • 27 (1976年途中 - 1978年、1979年途中 - 同年終了)
  • 25 (1979年 - 同年途中)
  • 39 (1980年 - 1983年)

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]