ラウル・バルデス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はバルテス第二姓(母方の)はルビオです。
ラウル・バルデス
Raúl Valdés
サルティーヨ・サラペメーカーズ #59
Raul Valdes MLB Debut 2010-04-11.jpg
ニューヨーク・メッツ時代
(2010年4月11日)
基本情報
国籍ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国へ亡命)
出身地  キューバ
ハバナ州ハバナ
生年月日 (1977-11-27) 1977年11月27日(40歳)
身長
体重
180 cm
95 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2004年 アマチュア・フリーエージェントとしてシカゴ・カブスと契約
初出場 MLB / 2010年4月11日 ワシントン・ナショナルズ
NPB / 2015年3月28日 阪神タイガース
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ラウル・バルデス・ルビオRaúl Valdés Rubio, 1977年11月27日 - )は、キューバハバナ出身のプロ野球選手投手)。左投げ左打ち。現在はメキシカンリーグの サルティーヨ・サラペメーカーズに所属している。

経歴[編集]

キューバ時代[編集]

1998年から国内リーグ、セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボルのラ・ハバナでプレー。のちにドミニカ共和国に亡命する。

マイナー・独立リーグ時代[編集]

2004年3月31日シカゴ・カブスと契約。

2006年5月17日に放出された。その後、カナディアン・アメリカン・リーグナシュア・プライドニュージャージー・ジャッカルズでプレー。11月10日ニューヨーク・メッツと契約。

2007年はA-級セントルーシー・メッツとAA級ビンガムトン・メッツに在籍した。10月29日にFAとなった。

メッツ退団後[編集]

2008年は、リーガ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル・デ・ラ・レプブリカ・ドミニカーナヒガンテス・デル・シバオリーガ・ベネソラーナ・デ・ベイスボル・プロフェシオナルナベガンテス・デル・マガリャーネスで在籍した。

メッツ復帰[編集]

2010年3月27日に古巣・メッツと契約。傘下AAAバッファロー・バイソンズへ異動となった。その後、メジャーに昇格した。4月11日ワシントン・ナショナルズ戦でメジャーデビュー。5点ビハインドの6回から2番手で登板し、2回を無失点に抑えた。11月6日にFAとなった。

カージナルス時代[編集]

2010年11月19日セントルイス・カージナルスと契約。

2011年8月12日にDFAとなった。

ヤンキース時代[編集]

2011年8月16日にウェーバーでニューヨーク・ヤンキースへ移籍した[1]。18日にAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースへ降格した。10月11日にFAとなった。

フィリーズ時代[編集]

2011年11月10日フィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ。

2012年は開幕をAAA級リーハイバレー・アイアンピッグスで迎えた。5月11日にフィリーズとメジャー契約を結んだ。

アストロズ時代[編集]

2013年10月2日ウェイバー公示を経てヒューストン・アストロズへ移籍した[2]

2014年3月27日にDFAとなり[3]、4月2日にAAA級オクラホマシティ・レッドホークスへ降格した。4月17日にアストロズと再びメジャー契約を結んだ[4]。昇格後は8試合に登板し、防御率12.27と結果を残せず、5月4日に再びDFAとなり[5]、5月6日にAAA級オクラホマへ降格した。

ブルージェイズ傘下時代[編集]

2014年5月19日後日発表選手とのトレードで、トロント・ブルージェイズへ移籍した[6]。この年はAAA級バッファロー・バイソンズでプレー。9月29日にFAとなった。退団後はドミニカ共和国のリーガ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル・デ・ラ・レプブリカ・ドミニカーナに参加し、トロス・デル・エステでプレーした。12月1日までに6試合に登板し3勝1敗、リーグ2位の防御率1.89を記録した。

中日時代[編集]

2014年12月15日に中日ドラゴンズと契約を結んだことを発表した[7]

2015年3月28日の阪神タイガース戦で、初登板を果たした。その後は、援護点の少なさなどから勝利出来なかったが、5月19日の広島東洋カープ戦で10度目の先発登板にして初勝利を記録した[8]。この年は22試合に登板して5勝8敗と苦しんだが防御率3.18と特別不振というわけではなかった。

2016年は怪我などで出遅れたが20試合に登板し6勝7敗、103奪三振、勝率.462、防御率3.51、失点54、自責点49の成績だった。この年も規定投球回には到達しなかったもの、来シーズンも残留した[9]

2017年はチームが開幕から19試合連続で先発が未勝利という状況の中、4月23日の対横浜DeNAベイスターズ戦で8回を投げて無失点の好投を見せ、1回表に挙げた1点を守りきり、勝利投手となった。これが、チームでは開幕20試合目での先発初勝利となった[10]9月25日にまだシーズン中ながら母国・ドミニカ共和国に帰国。球団は契約更新をしないことを発表した。現役引退はせずドミニカ共和国のウインターリーグに参加する[11]

メキシカンリーグ時代[編集]

2018年4月3日にメキシカンリーグサルティーヨ・サラペメーカーズと契約した[12]

選手としての特徴[編集]

スリークォーターから平均球速133.6km/hのフォーシーム、平均118.7km/hのスライダー、平均119.2km/hのチェンジアップを投げ分ける。[14]。投球テンポが非常に早い。また、一見すると球速がないだけの投手のようにも思えるが、コントロールが非常に良く、見逃し三振の多さも特徴である。

尚、実際の球種はフォーシーム、ツーシームカーブ、チェンジアップの4球種で、日本でスライダーとして扱われているものは、MLBの記録ではカーブであり、握りやリリースの瞬間を見てもカーブだと見て取れる[15][16]

来日1年目の2015年は、なかなか勝ちに恵まれず、初勝利まで9度の先発登板で8度のQSを達成していたものの、登板時の平均援護率が1.91と極端に恵まれず、勝利投手の権利をもって降板した試合も、終盤にリリーフが逆転されることが多かったが、10度目の先発登板となった広島戦(浜松球場)で7回2失点と好投し、初勝利をおさめた。これに対し、バルデスはヒーローインタビューで、「本当にみなさん、ありがとうございます。なかなか勝てなくても応援してくれてありがとうございます。」と答えた。

また、疲労の回復が早く、2017年は開幕第2戦に登板した後、中4日での登板を2試合連続でこなしている。[17]。開幕から一気にスパートをかけてくる選手でもあり、シーズン序盤から中盤にかけては安定した投球を見せるが、秋口に入ると突然不安定になる傾向が2015年シーズンから続いている。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2010 NYM 38 1 0 0 0 3 3 1 1 .500 262 58.2 59 7 27 1 4 56 2 0 33 32 4.91 1.47
2011 STL 7 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 27 5.1 6 0 4 2 1 7 0 0 2 2 3.38 1.88
NYY 6 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 28 6.2 8 1 2 0 0 8 0 0 2 2 2.70 1.50
'11計 13 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 55 12.0 14 1 6 2 1 15 0 0 4 4 3.00 1.67
2012 PHI 27 1 0 0 0 3 2 0 2 .600 113 31.0 18 3 5 1 0 35 0 0 10 10 2.90 0.74
2013 17 1 0 0 0 1 1 0 0 .500 152 35.0 42 7 8 0 2 37 1 0 29 29 7.46 1.43
2014 HOU 8 0 0 0 0 0 0 1 1 ---- 19 3.2 5 2 3 0 0 4 0 0 5 5 12.27 2.18
2015 中日 22 21 1 0 0 5 8 0 0 .385 560 133.0 130 6 36 0 2 93 1 0 56 47 3.18 1.25
2016 20 20 0 0 0 6 7 0 0 .462 534 125.2 122 17 39 0 8 103 0 0 54 49 3.51 1.28
2017 23 23 1 0 0 6 9 0 0 .400 625 146.0 139 13 47 0 7 83 1 0 73 61 3.76 1.27
MLB:5年 103 3 0 0 0 7 7 2 4 .500 601 140.1 138 20 49 6 7 147 3 1 81 80 5.13 1.33
NPB:3年 65 64 2 0 0 17 24 0 0 .415 1719 404.2 391 36 122 0 17 279 2 0 183 157 3.49 1.27
  • 2017年度シーズン終了時

表彰[編集]

記録[編集]

NPB投手記録
NPB打撃記録
NPBその他記録

背番号[編集]

  • 22 (2010年)
  • 37 (2011年 - 同年途中)
  • 61 (2011年途中 - 同年終了)
  • 46 (2012年 - 2013年)
  • 44 (2014年 - 2017年)

脚注[編集]

  1. ^ Yankees claim LHP Valdes ESPN New York
  2. ^ “Astros add Singleton to 40-man, claim Valdes” (英語) (プレスリリース), MLB.com (Houston Astros), (2013年10月2日), http://m.astros.mlb.com/news/article/62351032/astros-add-singleton-to-40-man-claim-valdes/ 2016年10月4日閲覧。 
  3. ^ “Astros Claim OF Alex Presley” (英語) (プレスリリース), MLB.com (Houston Astros), (2014年3月27日), http://m.astros.mlb.com/news/article/70231422/astros-claim-of-alex-presley/ 2014年3月28日閲覧。 
  4. ^ Chris Abshire (2014年4月17日). “Astros option Chapman, call up Valdes” (英語). MLB.com. 2014年4月18日閲覧。
  5. ^ Chris Abshire (2014年5月4日). “Astros recall lefty Downs, designate Valdes” (英語). MLB.com. 2014年5月5日閲覧。
  6. ^ Toronto acquires P Valdes from Astros” (英語). Fox News (2014年5月19日). 2014年5月20日閲覧。
  7. ^ 新外国人選手獲得のお知らせ”. 中日ドラゴンズ (2014年12月15日). 2014年12月15日閲覧。
  8. ^ 中日3連勝で5割復帰、バルデス10度目先発でついに初勝利! スポニチアネックス (2015年5月19日) 2015年7月12日閲覧
  9. ^ “バルデス、残留濃厚 中4日OKのタフさ評価”. 中日スポーツWeb. (2016年9月28日). http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201609/CK2016092802000102.html 2016年9月28日閲覧。 
  10. ^ 中日バルデス、初勝利で不名誉記録止めた「やっと勝てました」 スポーツニッポン 2017年4月23日
  11. ^ “中日39歳バルデスがドミニカ帰国、来季は契約せず”. 日刊スポーツ. (2017年9月26日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201709260000343.html 2017年9月28日閲覧。 
  12. ^ MLB公式プロフィール参照。2018年6月27日閲覧。
  13. ^ Pitching Stats ≫ Pitch Type”. 1.02 Essence of Baseball, DELTA Inc. 2017年9月28日閲覧。
  14. ^ 平均球速は2017年シーズンに基づく。[13]
  15. ^ Raul Valdes Pitch Data”. The Baseball Cube. 2017年9月28日閲覧。
  16. ^ 中日ドラゴンズ2017 6月23日 vs巨人 今日の奪三振 バルデス 6奪三振”. YouTube (2017年6月23日). 2017年9月28日閲覧。
  17. ^ “【中日】激務の投手陣に恵みの雨「助かる。宝くじに当たったみたい」”. スポーツ報知. (2017年4月11日). http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20170411-OHT1T50157.html 2017年4月11日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]