阪本敏三

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阪本 敏三
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府京都市伏見区
生年月日 (1943-07-13) 1943年7月13日(74歳)
身長
体重
170 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手遊撃手
プロ入り 1966年 ドラフト5位
初出場 1967年4月25日
最終出場 1980年10月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 南海ホークス (1980)
  • 近鉄バファローズ (1984 - 1996)

阪本 敏三(さかもと としぞう、1943年7月13日 - )は、京都府京都市伏見区出身の元プロ野球選手内野手)・コーチ解説者

経歴[編集]

平安高校では1961年春の選抜遊撃手として出場。準決勝に進出するが、柴田勲投手のいた法政二高に敗れる。高校同期に捕手の林健造がいる。高校卒業後は立命館大学へ進学。旧関西六大学リーグでは3度優勝、1965年全日本大学野球選手権大会では準優勝。リーグ通算60盗塁で7シーズン連続盗塁王となる。大学卒業後は東映フライヤーズからドラフト5位指名を受けるも入団せず、河合楽器へ入社。1966年都市対抗野球に出場。

同年のドラフト5位で阪急ブレーブスへ入団。入団2年目の1968年から遊撃手のレギュラーとして定着。1967年の阪急初優勝を皮切りに続いた第1次黄金時代の遊撃手として活躍。生涯盗塁数243の俊足を活かし、1968年から1971年まで4年連続でベストナインに選ばれるなど活躍。1969年にはパ・リーグ盗塁王(47盗塁)に輝いている。また、1968年から1972年には5回連続でオールスターに出場した。しかし、1971年の日本シリーズ王貞治の逆転サヨナラ3ランのきっかけとなる長嶋茂雄に打たれたセンター前ヒットを阪本が止めることができなかったプレーがきっかけとなり、大橋穣種茂雅之とのトレードで佐々木誠吾岡村浩二と共に東映へ移籍。1975年には日本プロ野球史上初めて指名打者として公式戦の打席に立った。その後1976年八重沢憲一と共に、服部敏和永淵洋三との交換トレードで近鉄バファローズへ移籍。1979年南海ホークスへ移籍し、1980年からはコーチを兼任。1981年開幕直前に現役引退。

引退後はKBS京都近鉄エキサイトアワー解説者1982年 - 1983年)を経て、近鉄に復帰。一軍守備・走塁コーチ(1984年)、二軍守備・走塁コーチ(1985年 - 1987年)、二軍走塁コーチ(1988年 - 1989年)、二軍打撃・走塁コーチ(1990年 - 1991年)、二軍打撃兼トレーニングコーチ(1992年 - 1993年)、一軍打撃コーチ(1994年 - 1995年)、二軍打撃コーチ(1986年)、育成担当(1997年 - 1998年)、編成部課長(1999年 - 2000年)、「球友寮」寮監(2001年 - 2003年)を歴任。現在は京都府K-Ball少年野球連盟の常務理事を努める。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1967 阪急 102 357 323 50 88 17 7 9 146 24 9 8 7 0 26 0 1 23 2 .272 .329 .452 .781
1968 130 562 493 74 137 24 5 7 192 48 50 7 18 2 44 0 5 44 8 .278 .342 .389 .731
1969 129 558 504 75 143 25 3 13 213 40 47 10 17 4 31 1 2 40 10 .284 .325 .423 .748
1970 127 517 447 67 109 23 1 7 155 44 28 6 12 3 53 0 2 30 6 .244 .325 .347 .672
1971 127 550 479 72 135 16 1 15 198 56 36 6 23 5 41 2 2 24 6 .282 .338 .413 .751
1972 東映
日拓
日本ハム
126 566 496 75 138 13 1 16 201 62 6 6 21 4 41 0 4 30 12 .278 .336 .405 .741
1973 130 530 478 60 128 20 0 10 178 41 7 7 8 4 37 1 3 32 6 .268 .322 .372 .694
1974 109 433 393 38 110 20 2 10 164 47 16 6 8 3 26 0 3 41 8 .280 .327 .417 .744
1975 96 403 353 47 92 16 1 6 128 27 10 4 11 1 38 2 0 27 4 .261 .332 .363 .694
1976 近鉄 109 335 299 25 75 12 1 1 92 19 5 4 7 1 25 2 3 21 8 .251 .314 .308 .622
1977 93 237 212 19 61 6 2 1 74 12 16 3 6 0 16 2 3 16 5 .288 .346 .349 .695
1978 43 59 54 5 10 1 0 0 11 5 7 1 2 0 3 1 0 7 2 .185 .228 .204 .432
1979 南海 61 150 135 22 42 7 0 0 49 12 5 2 1 1 13 0 0 10 3 .311 .369 .363 .732
1980 65 150 130 20 35 4 0 2 45 12 1 3 3 1 12 0 4 10 3 .269 .347 .346 .693
通算:14年 1447 5407 4796 649 1303 204 24 97 1846 449 243 73 144 29 406 11 32 355 83 .272 .331 .385 .716
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 東映(東映フライヤーズ)は、1973年に日拓(日拓ホームフライヤーズ)に、1974年に日本ハム(日本ハムファイターズ)に球団名を変更

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
  • 1000本安打:1975年4月26日、対阪急ブレーブス前期6回戦(阪急西宮球場)、7回表に米田哲也から右翼線二塁打 ※史上88人目
  • 1000試合出場:1975年4月29日、対南海ホークス前期4回戦(後楽園球場)、1番・二塁手として先発出場 ※史上179人目

背番号[編集]

  • 4 (1967年 - 1971年、1976年 - 1978年)
  • 2 (1972年 - 1975年)
  • 29 (1979年 - 1980年)
  • 62 (1984年 - 1985年)
  • 82 (1986年 - 1996年)

関連項目[編集]