加藤豪将

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加藤 豪将
Gosuke Katoh
FA
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
日本の旗 日本
二重国籍
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州ポーウェイ
生年月日 (1994-10-08) 1994年10月8日(25歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 二塁手三塁手一塁手遊撃手左翼手
プロ入り 2013年 ドラフト2巡目(全体66位)でニューヨーク・ヤンキースから指名
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
  • ランチョ・バーナード高等学校

加藤・ジョン・豪将(かとう ジョン ごうすけ、1994年10月8日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ポーウェイ出身のプロ野球選手内野手)。右投左打。現在はFA(前MLBニューヨーク・ヤンキース傘下所属)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

カリフォルニア州マウンテンビュー生まれ。1998年、3歳の時に神奈川県へ移り住む[1]。ともに日本人である両親の仕事の関係で2000年7月にアメリカのサンディエゴに移住し、6歳からリトルリーグで野球を始めた。2002年に家族でシアトル・マリナーズ戦を観戦しイチローを見て感動し、元々右打ちだったのをイチローをまねて左打ちを取り入れ両打ちになり、その後左打ち一本となった[2]

カリフォルニア州サンディエゴランチョ・バーナード高校[注釈 1]に進学し、在学中打率.411、25本塁打、114打点を記録。ルイビルスラッガー社が選ぶ全米ファーストチーム、ローリングス社が選ぶ全米セカンドチーム、ゴールデングラブ賞を受賞。2010年ロサンゼルスで開催された日米親善高校野球大会では、甲子園で春夏連覇した興南高校島袋洋奨から安打を打った[3]

ヤンキース傘下時代[編集]

高校卒業後はカリフォルニア大学ロサンゼルス校への推薦入学が内定していた[4]が、2013年6月6日に行われたメジャーリーグドラフト会議で、ニューヨーク・ヤンキースから2巡目(全体66番目)で指名された。日本国籍を持つ選手がMLBドラフトの全体100番目以内で指名されるのは史上初[注釈 2][4]。同19日に契約金84万5700ドルで契約した[5][6]

契約後はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ヤンキースに合流。6月21日、開幕戦のパイレーツ戦で本塁打を放った[7]。50試合の出場で打率.310、6本塁打、25打点、OPS.924、4盗塁を記録。ガルフコーストリーグのベストナインおよびベースボール・アメリカ誌選出の来季チーム有望株トップ10位に選ばれた[8]。12月2日にはMiLBとTopps社が選ぶ「Topps Short-Season/Rookie All-Star」に選出された[9]

2014年3月31日にA級チャールストン・リバードッグスへ昇格した[10]。前半戦は57試合の出場で打率.190、2本塁打、OPS.618、12盗塁と低迷したが、後半戦は64試合の出場で打率.251、1本塁打、OPS.719、8盗塁と打撃成績を上昇させてシーズンを終える。

2015年、A級チャールストンで開幕を迎えたが、39試合の出場で打率.161、1本塁打、9打点、OPS.466、8盗塁の成績で5月25日フロリダ州タンパで行われている延長キャンプに送られた[11]。その後、6月下旬にルーキーアドバンスド級プラスキ・ヤンキースへ合流。ここでは59試合の出場で打率.287、5本塁打、22打点、OPS.842、9盗塁の成績でアパラチアンリーグのベストナインに選ばれた[12]

2016年は、ルーキーアドバンスド級プラスキで開幕を迎えたが、5月23日にA級チャールストンに昇格した[13]。前年までは二塁手専門だったが、当シーズンからはユーティリティープレイヤーとして他のポジションも守るようになる。

2017年は、A級チャールストンで開幕を迎え、4月2日にタンパの延長キャンプに送られ、5月2日にA+級タンパ・ヤンキースに昇格した[13]

2018年は、キャリアで初めて招待選手としてメジャーのスプリングトレーニングに参加(オープン戦は出場なし)。開幕はAA級トレントンで迎え、シーズン終了までプレーした[13]

2019年は、前年同様に招待選手としてスプリングトレーニングに参加、オープン戦にも初出場した。開幕は初めてAAA級スクラントンで迎え、5月3日に自己最高の第7号本塁打を放つなど好調だったが、5月中旬ごろから調子を落とし、下位打線や途中出場が目立った。開幕当初ヤンキースに怪我人が続出していたこともあり、AAA級の主力組が続々とメジャー昇格を決めたが、その選手たちも怪我人復帰に伴ってマイナー降格。飽和状態となり、それに押し出される形で、加藤も2Aで過ごす期間も増えていき、以降はAA級トレントンとの昇降格を繰り返した[14][13]。しかし夏場に再び調子を上げ、スクラントンのポストシーズン進出に貢献。ポストシーズン第1戦では、レイズ傘下ダーラム・ブルズとの第1試合で本塁打を含む2長打を放つ活躍をみせた。AAA級で83試合に出場し、打率.279、11本塁打、39打点、OPS.825の好成績を残した[15]11月7日マイナーリーグFAとなった。

人物[編集]

生まれ自体はアメリカだが、5歳で再渡米した時点では英会話ができず、野球を始めるようになってから英語スペイン語を上達させていった[16]。また、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の代表に選ばれる機会があれば日本代表で出場したいと述べている[17]

かつてサンディエゴ・パドレスに在籍した大塚晶文とはサンディエゴで同じ治療院に通った間柄で、両親共に面識がある[3]

尊敬するイチローとは神戸で練習や食事を共にしたことがある[18]。イチローが引退した際には「The Players' Tribune」上で感謝の思いを綴った[16]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ コール・ハメルズハンク・ブレイロックビリー・ビーンらを輩出した名門校。
  2. ^ 2009年の鷲谷修也(14巡目、全体492番目)が過去の最上位。

出典[編集]

  1. ^ “ヤ軍2巡目指名、加藤「死ぬほど頑張る」”. DAILY SPORTS ONLINE: p. 2. (2013年6月15日). http://www.daily.co.jp/mlb/2013/06/15/1p_0006077774.shtml 2013年6月22日閲覧。 
  2. ^ “ヤンキースが指名の18歳加藤 米紙「猫のような素早いグラブさばき」”. Sponichi Annex. (2013年6月8日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/06/08/kiji/K20130608005966090.html 2013年6月22日閲覧。 
  3. ^ a b “野球教室で目を引いた…大塚、加藤豪将を祝福「鳥肌立った」”. Sponichi Annex. (2013年6月9日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/06/09/kiji/K20130609005976260.html 2013年6月22日閲覧。 
  4. ^ a b “ヤンキース指名の加藤 UCLA進学内定も心はプロ入りへ”. Sponichi Annex. (2013年6月8日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/06/08/kiji/K20130608005969660.html 2013年6月22日閲覧。 
  5. ^ “超一流に堂々挨拶”. nikkansports.com. (2013年6月20日). http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/p-bb-tp2-20130620-1144976.html 2013年6月22日閲覧。 
  6. ^ “2巡目の加藤 ヤ軍とマイナー契約”. Sponichi Annex. (2013年6月20日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/06/20/kiji/K20130620006046610.html 2013年6月22日閲覧。 
  7. ^ “ヤンキース加藤豪将が本塁打デビュー”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2013年6月22日). http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/f-bb-tp2-20130622-1145810.html 
  8. ^ “ヤ軍加藤、ルーキー1年目で本塁打王”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2013年8月31日). http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/p-bb-tp2-20130831-1181601.html 
  9. ^ Two Rockies among Short Season stars”. MiLB (2013年12月2日). 2014年4月2日閲覧。
  10. ^ RiverDogs Announce 2014 Opening Day Roster”. MiLB (2014年3月31日). 2014年4月2日閲覧。
  11. ^ “加藤、不調で1Aの選手登録外れ延長キャンプへ”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2015年5月26日). http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/1482522.html 
  12. ^ “ヤ軍マイナー加藤豪将がレギュラーシーズン終了報告”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2015年9月3日). http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/1532519.html 
  13. ^ a b c d MLB公式プロフィール参照。2017年9月12日閲覧。
  14. ^ “加藤豪将、3Aから2A降格 監督は「成績が問題ではない」”. Full-Count. (2019年5月18日). https://full-count.jp/2019/05/18/post378906/ 
  15. ^ 順調にキャリアアップした加藤豪将、日本復帰視野の牧田和久、来季に期待の田澤純一…マイナーでプレーした日本人選手の今季は?” (日本語). ベースボールチャンネル(BaseBall Channel). 2019年9月16日閲覧。
  16. ^ a b “加藤豪将が綴った、イチローへの溢れる思い「人生が変わった」「雲の上の存在」”. Full-Count. (2019年4月6日). https://full-count.jp/2019/04/06/post339255/ 
  17. ^ “加藤豪将、WBCで日の丸背負いたい”. DAILY SPORTS ONLINE. (2014年1月7日). http://www.daily.co.jp/mlb/2014/01/07/2p_0006620241.shtml 
  18. ^ “加藤豪将「イチローさんが人生変えた」”. デイリースポーツ. (2013年12月30日). http://www.daily.co.jp/opinion-d/2013/12/30/2p_0006606395.shtml 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]