佐藤世那

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佐藤 世那
横浜球友クラブ
Satoh-sena67.jpg
オリックス時代の2018年4月20日 タマホームスタジアム筑後
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 宮城県仙台市
生年月日 (1997-06-02) 1997年6月2日(22歳)
身長
体重
181 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2015年 ドラフト6位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

佐藤 世那(さとう せな、1997年6月2日 - )は、宮城県仙台市出身の野球選手投手)。右投右打。

2016年から2018年までは、NPBオリックス・バファローズに在籍。在籍期間中には本名で登録していたが、ユニフォームの背ネームに名前(SENA)だけを入れていた[1]2019年シーズンからは、クラブチーム (社会人野球)の横浜球友クラブでプレーを続ける[2]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

仙台市立南光台東小学校の2年時から野球を始め[3][4]ると、地元球団の東北楽天ゴールデンイーグルスが運営する「楽天イーグルスベースボールスクール」に所属した[5]

小学校からの卒業後は、仙台育英学園系列の中学校・高校に在籍。秀光中等教育学校時代には、軟式野球部のエースとして活躍した。

仙台育英学園高等学校への進学後は、同学年のチームメイト・平沢大河などと共に、2年秋の第45回明治神宮野球大会で優勝[6]。3年時には、春の第87回選抜高等学校野球大会・夏の第97回全国高等学校野球選手権大会に続けて出場。選抜大会では2回戦で平沼翔太を擁する敦賀気比[7]に敗れたが、選手権全国大会では、初戦から決勝までの5試合を1人で投げ抜いた。東海大相模高校との決勝では、小笠原慎之介と投げ合いながら139球で完投したものの、6 - 10というスコアで敗退[8]。大会直後の2015 WBSC U-18ワールドカップ日本代表の一員として出場すると、チームの準優勝に貢献するとともに、大会のベストナインに選ばれた。

2015年度NPBドラフト会議にてオリックス・バファローズから6巡目指名を受け、契約金3,000万円、年俸500万円(金額は推定)という条件で入団した[1]背番号67で、チームに同姓の先輩投手(佐藤達也佐藤峻一)がいたことなどから、ユニフォームの背ネームには名前の「SENA」だけを入れることになった[9]

プロ入り後[編集]

2016年には、ウエスタン・リーグ公式戦12試合に登板し4勝4敗、防御率5.37[10]、一軍公式戦登板はなかった。

2017年には、ウエスタン・リーグ公式戦12試合に登板し2勝1敗、防御率5.00、9月27日に入団後初めて出場選手登録されるが、一軍公式戦登板はなし[11]。シーズン終了後、台湾でのアジアウインターベースボールリーグに、NPBウエスタン選抜の一員として参加した(詳細後述[12]

2018年には、ウエスタン・リーグ公式戦8試合に登板し2勝0敗、防御率4.15、入団以来一軍公式戦登板がないまま、10月4日に戦力外通告を受ける[13]。11月13日のトライアウトタマスタ筑後)に参加し、シートバッティング方式で3人の打者と対戦し1与四球1被安打[14]、終了後に横浜球友クラブとBCリーグ富山からオファーを受ける[2]

オリックス退団後[編集]

2019年からは、数年後のNPB復帰を視野に、横浜球友クラブでプレーを続ける(詳細後述[2]

選手としての特徴[編集]

シュート回転気味ながら球速が140km/h台に達するストレートや、投球の軌道がストレートとほとんど変わらないフォークが持ち味。肩甲骨の柔軟性が高く、高校時代には、テークバックの大きなアーム式の投球フォームで知られた[15]

オリックスへの入団1年目には、このようなオーバースローのフォームを維持したまま、高校時代にほとんど投げていなかったカーブで打者のタイミングを外すことも試みていた[16]。2年目まで一軍公式戦へ登板できず、制球面でも課題を残した。このため、2年目に参加したアジアウインターリーグでは、終盤2試合の登板でサイドスローを披露した。オリックスの二軍から投手コーチとしてNPBウエスタン選抜チームへ派遣されていた小松聖からの発案による試み[17]で、同リーグの終了を機に台湾から日本へ帰国してからは、アンダースローでの投球練習にも挑戦[3]2018年の春季キャンプからサイドスローへ本格的に転向した[18]が、ストレートの球速が130km/h程度にまで低下した[2]。結局、一軍公式戦のマウンドを踏めないまま戦力外通告を受けたため、通告後の合同トライアウト以降はオーバースローに戻している[19]

佐藤を指導した酒井勉は、佐藤の退団後に「彼の一番の持ち球であるフォークが、NPBの打者には全然通用しなかった。そこで何とかしてやれなかったことが(コーチとして)心残り」と述懐している[2]

家族[編集]

世那(せな)」という名前は、F1ドライバーのアイルトン・セナと、テレビドラマロングバケーション』で木村拓哉が演じた「瀬名秀俊」が由来[20]。実父の名前を外国人が上手に発音できないことを背景に、実父が「外国の人でも発音しやすい2文字の名前」という条件で付けたという[21]

上記の条件で「令央(レオ)」という名前を付けられた3歳下の弟も、世那と同じ右投手で、秀光中等教育学校から仙台育英高校へ進学[20]。仙台育英高校への入学直後(2016年4月19日)には、春季宮城県中部地区大会の2回戦・対仙台市立仙台商業高等学校の9回表に公式戦デビューを果たすと、新3年生として選抜大会で登板したばかりの世那への継投も実現した[22]。さらに、2年生だった2017年夏[23]から、3季連続で甲子園球場の全国大会に出場。投手として同球場のマウンドへ立つ機会はなかった[24]ものの、2018年3月に卒業してからも、進学先の城西国際大学でプレーを続けている。

人物・エピソード[編集]

オリックスからの戦力外通告後から横浜球友クラブへの参加を決断するまでの期間には、『バース・デイ』(TBSテレビ制作)のスタッフが佐藤に密着取材。その模様が、2019年の初回放送(TBS1月5日放送分)で紹介された。佐藤が取材中に語ったところによれば、独立リーグ(BCリーグ)に加盟する富山球団がシーズン中の半年間しか月給を支払わないのに対して、富山よりプレーのレベルが落ちる横浜球友クラブでは、年間を通じて月給の支払いが保障されているという。このような待遇の違いと、自身のトライアウト参加時点での実力を客観的に分析した結果、自身のレベルアップを目標に横浜球友クラブ入りを決意。2- 3年以内にNPBへ戻れるレベルに至れば、NPBの合同トライアウトへ再び挑戦する意向があることも明かした[2]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]

一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 67 (2016年 - 2018年)

代表歴[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b オリのドラ6佐藤が仮契約 ユニの名前は「SENA」、色紙に「Speed Star」”. Full-count (2015年12月1日). 2017年6月3日閲覧。
  2. ^ a b c d e f 甲子園準優勝投手がわずか3年で戦力外「行きづれー…」元同僚に声かけられず”. スポーツニッポン (2019年1月5日). 2019年1月5日閲覧。
  3. ^ a b オリックス佐藤世那「今しかできない」下手投げ挑戦”. 日刊スポーツ. 2018年1月26日閲覧。
  4. ^ 仙台育英・世那&平沢、プロ志望届提出スポーツ報知 2015年10月2日配信
  5. ^ 楽天イーグルス ベースボールスクール
  6. ^ 佐藤世那が決めた仙台育英日本一日刊スポーツ 2014年11月19日配信
  7. ^ 第87回選抜高校野球大会 敦賀気比―仙台育英(2回戦)”. 朝日新聞デジタル バーチャル高校野球 (2015年3月27日). 2017年11月20日閲覧。
  8. ^ 第97回全国高校野球選手権大会 東海大相模―仙台育英(決勝)”. 朝日新聞デジタル バーチャル高校野球 (2015年8月20日). 2017年11月20日閲覧。 世那 東北魂680球も…仙台育英26年ぶりの再挑戦夢散スポニチアネックス 2015年8月21日配信
  9. ^ オリックスはこの会議で、東海大相模高校の投手・吉田凌を5巡目で指名。吉田は前述した選手権全国大会の決勝に登板しなかったため、佐藤と対戦しなかったが、オリックスでチームメイトになった。吉田も入団後は、佐藤と同じ理由で、ユニフォームの背ネームを名前の「RYO」だけで記している。また、仙台育英高校でのチームメイトだった平沢に対しては、1巡目で楽天と千葉ロッテマリーンズが重複指名。結局、抽選によって独占交渉権を得たロッテへ入団している。
  10. ^ 2016年度 オリックス・バファローズ 個人投手成績(ウエスタン・リーグ)”. NPB.jp. 2017年11月20日閲覧。
  11. ^ 2017年度 オリックス・バファローズ 個人投手成績(ウエスタン・リーグ)”. NPB.jp. 2017年11月20日閲覧。 2017年9月27日の出場選手登録、登録抹消”. NPB.jp (2017年9月27日). 2017年11月20日閲覧。
  12. ^ a b 2017アジアウインターベースボールリーグ(AWB)NPBメンバー一覧”. NPB.jp (2017年11月17日). 2017年11月20日閲覧。
  13. ^ 来季の選手契約について”. オリックス・バファローズ (2018年10月4日). 2018年11月16日閲覧。
  14. ^ 48人が参加 プロ野球合同トライアウト/詳細”. 日刊スポーツ (2018年11月13日). 2018年11月16日閲覧。
  15. ^ 【ドラフト特集】ドラフト候補怪物図鑑・佐藤世那(仙台育英高)”. マイナビニュース. 2018年1月26日閲覧。
  16. ^ オリックス佐藤世那の理想は“汚い”直球?思い出の地・舞洲を巣立つために。(2)”. Number Web. 2018年1月26日閲覧。
  17. ^ オリックス世那 サイドスロー挑戦 飛躍のきっかけに”. スポーツニッポン. 2018年1月26日閲覧。
  18. ^ 元甲子園準V投手の決断 サイドスローを選んだオリックス・佐藤世那の今”. スポーツ報知. 2018年2月6日閲覧。
  19. ^ 佐藤世那、3年目21歳での戦力外。トライアウトは上手投げで勝負。(3)”. Number. 2018年11月16日閲覧。
  20. ^ a b “佐藤世那6安打完封 V候補仙台育英大勝発進”. 日刊スポーツ. (2015年3月23日). http://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/1450905.html 
  21. ^ “仙台育英・佐藤世那 名前とキムタクとの因縁”. 東京スポーツ新聞. (2015年3月24日). http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/380886/ 
  22. ^ “仙台育英、佐藤令央→世那の兄弟リレーが実現”. 日刊スポーツ. (2015年4月19日). https://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/1464020.html 
  23. ^ 仙台育英 オリックス佐藤世那の弟令央が代打出場”. 日刊スポーツ. 2018年1月26日閲覧。
  24. ^ 仙台育英・佐藤「いつかは兄を超えてみせる」 兄のオリックス・世那超え誓う”. デイリースポーツ. 2019年1月6日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]