香田勲男

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香田 勲男
阪神タイガース コーチ #90
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 長崎県東彼杵郡東彼杵町
生年月日 (1965-05-29) 1965年5月29日(52歳)
身長
体重
180 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 1983年 ドラフト2位
初出場 1985年6月9日
最終出場 2001年10月23日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

香田 勲男(こうだ いさお、1965年5月29日 - )は、長崎県東彼杵郡東彼杵町出身の元プロ野球選手投手)、プロ野球指導者。現在は、阪神タイガース一軍投手コーチを務める。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

1982年佐世保工業高校の2年生エースとして第64回全国高等学校野球選手権大会に出場、翌年の春夏まで3季連続で甲子園出場を果たし、3回とも初戦に勝利した。1983年、3年生の春の第55回選抜高等学校野球大会ではベスト8に進出するなど、甲子園通算4勝を挙げた。また3年生の夏、甲子園出場を決めた長崎大会の決勝戦(五島高校戦)ではノーヒットノーランを達成。

巨人時代[編集]

1983年のドラフト巨人に2位指名を受け、入団。プロ入り2年目の1985年、6月9日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤ球場)で初登板を果たし、翌1986年にプロ初勝利を挙げる。

1988年、プロ初先発を務めた6月14日の対ヤクルトスワローズ戦(神宮)でプロ初完封を挙げた[1]。この年は先発を中心に27試合に登板して4勝を挙げた。

1989年の日本シリーズではチームが3連敗で迎えた第4戦の先発が、日本シリーズ初登板となった。その前日は報道陣の前では顔色が真っ青であったというが[2]スローカーブなどの球種を駆使して完封勝利を挙げた[3]。この香田の快投は大きくシリーズの流れを変えた[4]。両チーム3勝3敗となって迎えた第7戦にも香田は先発登板して勝利投手となり、岡崎郁や後に「トレード相手」となる阿波野秀幸と共にシリーズ優秀選手に選ばれた[5]。なお、第4戦のときは、過去に香田が受けた肩の手術を執刀したフランク・ジョーブと香田の婚約者も観戦していた[6]

1990年、自身初の規定投球回数到達を果たし、初の二桁勝利となる11勝をあげ、巨人投手黄金期の先発陣の一角を担った。8月には月間MVPを受賞した。しかし、1991年は6勝に留まると、1992年は5年ぶりに未勝利に終わった。1993年は2年ぶりに完投を記録するなど復調して8勝したが、1994年は2勝に終わり日本シリーズでも第1戦での敗戦処理の登板のみにとどまった。シーズン終了後、阿波野との交換トレードで近鉄へ移籍。香田自身は、こうした経緯を、元々先発ローテーションの「谷間」という意識だったがローテーションの柱の投手と並んだと勘違いして成績が伸びなくなったと振り返っている[7]

近鉄時代[編集]

近鉄でも1995年は2勝、1996年は4試合の先発で未勝利[8]、と移籍後しばらくは目立った成績を残していなかったが、1997年に9勝を挙げるなど復調し、同年のオールスターゲームに監督推薦で出場した。トレードから1996年までの時期について、香田自身は「転換期」だったと振り返っている[9]

1999年はリリーフに転向して55試合に登板。大塚晶文の故障や、開幕当初は抑えを務めたカルロス・バルデスが不安定だったのを受け、抑えを務めるなど5勝8セーブを記録し、最下位で苦闘したチームのリリーフの柱として活躍した。2001年、近鉄の優勝に貢献し、日本シリーズにも登板したが、シーズンオフに現役を引退。

香田同様に巨人からトレードで近鉄へ移籍してきた、両チームで香田と同僚だったことのある選手に石毛博史らがいるが、香田の姿勢は、石毛らと異なり、トレードに出されたことに感謝しているという[10]

引退後[編集]

2002年から2年間は近鉄の一軍投手コーチ(ブルペン)を務めた。2004年から8年間は巨人の投手コーチを務め、2004年・2006年から2007年までは二軍、2005年2008年から2011年までは一軍(ブルペン)を担当し、内海哲也山口鉄也を育て上げた[11]

2012年フジテレビONEの『プロ野球ニュース』解説者、スポーツ報知野球評論家を務めた。2013年に近鉄でコーチ、選手で9年間一緒だった石山一秀が二軍監督を務める韓国プロ野球斗山ベアーズの二軍投手コーチに就任[12]。石山の一軍監督に就任伴い2014年は斗山で一軍ブルペンコーチを務め、石山の解任に伴い退団した。

2015年に、阪神タイガースの二軍投手コーチへ就任[13][14]2016年からは、一軍の投手コーチを務める[15]岩貞祐太は「去年(2015年)の秋季キャンプ時に香田さんと一緒に投球フォームを改造しうまく自分の体にフィットし、コントロールが良くなりました。」と述べ、岩貞は同年は10勝を挙げた[16]

プレースタイル[編集]

巨人入団当初は速球とシュートを武器としていたが、1986年のプロ初勝利以降に肩を痛め、1988年に復帰後は縦に変化する90km/h前後のスローカーブと140km/h台前半の速球を投げ分けて活躍した。 1999年にリリーフ転向後は短いイニングだったことと球速アップを目指したトレーニングが効果的で、速球の球速は140km/h台後半を記録し緩急に更に磨きがかかった。

剣道の有段者(初段)でもある。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1985 巨人 1 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 4 1.0 1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00 1.00
1986 13 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 90 22.0 14 4 9 1 1 25 1 0 11 10 4.09 1.05
1988 27 11 2 1 0 4 3 1 -- .571 371 93.2 73 5 24 3 0 76 1 0 28 27 2.59 1.04
1989 19 12 2 2 1 7 3 0 -- .700 334 88.0 62 7 21 1 0 71 1 0 23 23 2.35 0.94
1990 23 19 4 1 0 11 5 0 -- .688 531 130.1 116 12 37 2 1 106 5 0 50 42 2.90 1.17
1991 27 13 3 0 0 6 5 0 -- .545 495 113.2 120 18 35 1 2 78 1 0 64 58 4.59 1.36
1992 13 3 0 0 0 0 2 0 -- .000 134 26.1 40 6 15 0 0 27 0 0 27 26 8.89 2.09
1993 22 16 2 0 0 8 7 0 -- .533 411 100.0 87 7 30 0 5 59 3 0 42 39 3.51 1.17
1994 21 11 1 1 0 2 3 1 -- .400 314 70.2 79 7 32 0 3 40 0 0 41 35 4.46 1.57
1995 近鉄 20 12 1 0 0 2 5 0 -- .286 307 69.2 84 5 25 2 3 39 1 0 42 38 4.91 1.56
1996 4 4 0 0 0 0 3 0 -- .000 72 14.0 27 5 4 0 0 6 0 0 15 15 9.64 2.21
1997 18 18 0 0 0 9 4 0 -- .692 463 107.1 123 7 26 0 3 58 1 0 45 44 3.69 1.39
1998 23 14 0 0 0 4 5 0 -- .444 402 89.0 110 15 28 1 3 40 1 3 54 49 4.96 1.55
1999 55 0 0 0 0 5 4 8 -- .556 408 99.2 98 4 18 5 3 67 1 0 33 27 2.44 1.16
2000 28 0 0 0 0 6 2 0 -- .750 166 37.2 43 2 9 2 1 21 1 0 19 17 4.06 1.38
2001 36 0 0 0 0 2 3 1 -- .400 188 47.2 41 10 7 0 1 24 0 0 24 21 3.97 1.01
通算:16年 350 133 15 5 1 67 54 11 -- .554 4690 1110.2 1118 114 320 18 26 738 17 3 518 471 3.82 1.29

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 48(1984年 - 1994年)
  • 12(1995年 - 2001年)
  • 70(2002年 - 2003年)
  • 89(2004年 - 2005年)
  • 72(2006年 - 2011年)
  • 87(2013年 - 2014年)
  • 90(2015年 - )

参考資料[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 1988年6月15日 読売新聞 19頁
  2. ^ 1989年10月25日 日刊スポーツ 2頁
  3. ^ 1989年10月26日 読売新聞18頁 -19頁
  4. ^ [1]
  5. ^ ベースボール・マガジン社 『プロ野球70年史』 ベースボール・マガジン社、2004年ISBN 978-4583038087572頁-573頁
  6. ^ 1989年10月26日 スポーツニッポン22頁
  7. ^ 矢崎『元・巨人』p.p.109~120
  8. ^ 同年のウエスタン・リーグでは投手三冠(勝率1位.854、防御率1位1.52、最多勝11勝)達成。
  9. ^ 矢崎『元・巨人』p.p.129~138
  10. ^ 矢崎『元・巨人』p.p.109~120
  11. ^ 阪神香田2軍コーチが1軍チーフ格投手コーチへ昇格
  12. ^ <インタビュー>球春到来 韓国・斗山の香田勲男投手コーチ聯合ニュース
  13. ^ 阪神、香田2軍投手コーチが就任会見日刊スポーツ
  14. ^ 2015年度 監督・コーチについて 阪神タイガース公式サイト 2014年11月6日閲覧。
  15. ^ 2016年度 監督及びコーチについて阪神公式サイト
  16. ^ 阪神・岩貞の安定感を作った新フォーム「良い意味の勘違い」が余裕を生む

関連項目[編集]

外部リンク[編集]