完全試合

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メジャーリーグベースボールで史上18人目の完全試合をマーク・バーリーが達成し、喜ぶシカゴ・ホワイトソックスの選手たち

完全試合(かんぜんじあい、かんぜんしあい)とは、野球ソフトボールの試合における記録のひとつで、相手チームの打者を一度も出塁させずに勝利することである[† 1]パーフェクトゲーム: perfect game[† 2])やパーフェクト西: perfecto[1][2][† 3][† 4])とも呼ばれる。

少なくとも野球では9イニング27人、ソフトボールでは7イニング21人の打者を全て凡退させる必要がある。安打はもちろんのこと、四死球失策なども許されない。延長戦に突入した場合は、試合に勝つまで継続して走者を出さないことが達成条件となる。コールドゲームによる勝利や、完全を継続したまま引き分けた場合は公式の記録とは認められず、参考記録として扱われる。四死球や失策などで出塁を許しながらも無安打無失点に抑えた場合はノーヒットノーラン、安打で出塁を許しても一人も生還させなかった場合は完封となる。

本項目では、主に野球で達成された完全試合について述べる。

メジャーリーグベースボール[編集]

メジャーリーグベースボール(MLB)は、完全試合を以下のように定義している。

An official perfect game occurs when a pitcher (or pitchers) retires each batter on the opposing team during the entire course of a game, which consists of at least nine innings. In a perfect game, no batter reaches any base during the course of the game.[3]
訳:完全試合は、9イニング以上の試合を通して一人(あるいは複数)の投手が、相手チームの打者を凡退させ続けることで公式に認められる。完全試合においては、試合の開始から終了まで打者は一人も出塁できない。

この条件を満たした完全試合は19世紀に2度、20世紀に14度、21世紀に7度の計23度が記録されている。1876年に最初のメジャーリーグとしてナショナルリーグが創設されて以来137シーズンで23度ということは、単純計算では6年ほどに一度の割合ということになる。ただし1980年代に入ってからは、それ以前より達成頻度が上がっている[4]。1922年にチャーリー・ロバートソンが達成してから30年以上完全試合が出なかった時期がある一方で、2009年から2012年にかけての4年間で6度も達成されたこともある。特に2012年には1年で3度の完全試合があり、これは史上最多である。完全試合数が達成されやすくなってきている原因としては、三振数が増加傾向にあるため打球がインプレイになりにくくなり、守備のミスによる出塁の機会が減っていることや、1961年以降のエクスパンションによって球団数が16から30まで増えたことで試合数も増加する一方、優れた実力を持つ選手が1球団に集中しにくくなったことなどが挙げられる[5]

上記の定義のとおり継投による完全試合も認められるが、これまでMLBで達成されたものはいずれも一人の投手によるものであり、継投によるものはない。達成者の顔ぶれを見ても、アメリカ野球殿堂入りした投手もいれば、通算勝利数が50に満たないうえに負け越してる投手もいて、彼らの実績は一定していない[4]。2010年にはニュージャージー工科大学准教授のBruce Bukietが数理モデルを用いた分析をしており、その結果によれば通算311勝で殿堂入りのトム・シーバーは完全試合達成の可能性が史上7番目に高かったというが、シーバーも彼より上の6投手も実際には達成できていない[5]。史上唯一となるポストシーズンでの完全試合を1956年のワールドシリーズ第5戦で成し遂げたドン・ラーセンも、殿堂入りはおろかオールスター選出経験すら一度もない投手である[6]。また、同じ投手が複数回達成したこともない。審判員ではテッド・バレットが、完全試合での球審を2度(1999年のデビッド・コーンによるものと、2012年のマット・ケインによるもの)務めたことがある[7]

2010年に完全試合を成し遂げたダラス・ブレイデンは、自分の前に達成したマーク・バーリーから「これがしきたりかどうかは分からないんだけど、ようこそ(完全試合)クラブへ」と祝福の電話をもらったという[8]

達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場
1880年06月12日 アメリカ合衆国の旗 リー・リッチモンド ウースター・ルビーレッグス 1-0 クリーブランド・ブルース ウースター・アグリカルチュラル・フェアグラウンズ
1880年06月17日 アメリカ合衆国の旗 モンテ・ウォード プロビデンス・グレイズ 5-0 バッファロー・バイソンズ メッサー・ストリート・グラウンズ
1904年05月05日 アメリカ合衆国の旗 サイ・ヤング ボストン・アメリカンズ 3-0 フィラデルフィア・アスレチックス ハンティントン・アベニュー・グラウンズ
1908年10月02日 アメリカ合衆国の旗 アディ・ジョス クリーブランド・ナップス 1-0 シカゴ・ホワイトソックス リーグ・パーク
1922年04月30日 アメリカ合衆国の旗 チャーリー・ロバートソン シカゴ・ホワイトソックス 2-0 デトロイト・タイガース ネビン・フィールド
1956年10月08日 アメリカ合衆国の旗 ドン・ラーセン ニューヨーク・ヤンキース 2-0 ブルックリン・ドジャース ヤンキー・スタジアム
1964年06月21日 アメリカ合衆国の旗 ジム・バニング フィラデルフィア・フィリーズ 6-0 ニューヨーク・メッツ シェイ・スタジアム
1965年09月09日 アメリカ合衆国の旗 サンディー・コーファックス ロサンゼルス・ドジャース 1-0 シカゴ・カブス ドジャー・スタジアム
1968年05月08日 アメリカ合衆国の旗 キャットフィッシュ・ハンター オークランド・アスレチックス 4-0 ミネソタ・ツインズ オークランド=アラメダ・カウンティ・コロシアム
1981年05月15日 アメリカ合衆国の旗 レン・バーカー クリーブランド・インディアンス 3-0 トロント・ブルージェイズ クリーブランド・スタジアム
1984年09月30日 アメリカ合衆国の旗 マイク・ウィット カリフォルニア・エンゼルス 1-0 テキサス・レンジャーズ アーリントン・スタジアム
1988年09月16日 アメリカ合衆国の旗 トム・ブラウニング シンシナティ・レッズ 3-0 ロサンゼルス・ドジャース リバーフロント・スタジアム
1991年07月28日 ニカラグアの旗 デニス・マルティネス モントリオール・エクスポズ 3-0 ロサンゼルス・ドジャース ドジャー・スタジアム
1994年07月28日 アメリカ合衆国の旗 ケニー・ロジャース テキサス・レンジャーズ 4-0 カリフォルニア・エンゼルス ザ・ボールパーク・イン・アーリントン
1998年05月17日 アメリカ合衆国の旗 デビッド・ウェルズ ニューヨーク・ヤンキース 4-0 ミネソタ・ツインズ ヤンキー・スタジアム
1999年07月18日 アメリカ合衆国の旗 デビッド・コーン ニューヨーク・ヤンキース 6-0 モントリオール・エクスポズ ヤンキー・スタジアム
2004年05月18日 アメリカ合衆国の旗 ランディ・ジョンソン アリゾナ・ダイヤモンドバックス 2-0 アトランタ・ブレーブス ターナー・フィールド
2009年07月23日 アメリカ合衆国の旗 マーク・バーリー シカゴ・ホワイトソックス 5-0 タンパベイ・レイズ USセルラー・フィールド
2010年05月09日 アメリカ合衆国の旗 ダラス・ブレイデン オークランド・アスレチックス 4-0 タンパベイ・レイズ オークランド=アラメダ・カウンティ・コロシアム
2010年05月29日 アメリカ合衆国の旗 ロイ・ハラデイ フィラデルフィア・フィリーズ 1-0 フロリダ・マーリンズ サンライフ・スタジアム
2012年04月21日 アメリカ合衆国の旗 フィリップ・ハンバー シカゴ・ホワイトソックス 4-0 シアトル・マリナーズ セーフコ・フィールド
2012年06月13日 アメリカ合衆国の旗 マット・ケイン サンフランシスコ・ジャイアンツ 10-0 ヒューストン・アストロズ AT&Tパーク
2012年08月15日 ベネズエラの旗 フェリックス・ヘルナンデス シアトル・マリナーズ 1-0 タンパベイ・レイズ セーフコ・フィールド

その他[編集]

さまざまな理由で完全試合を逃した例がある。

一度は完全試合として認定されながら後に取り消された例

以前は完全試合として認められていながら、条件を満たしていなかったとして後に認定取り消しになった事例が2つある。

9回終了まで完全に抑えながら延長で完全試合を逃した例
達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1959年05月26日 アメリカ合衆国の旗 ハービー・ハディックス ピッツバーグ・パイレーツ 0-1 ミルウォーキー・ブレーブス カウンティ・スタジアム 詳細は上記
1995年06月03日 ドミニカ共和国の旗 ペドロ・マルティネス モントリオール・エクスポズ 1-0 サンディエゴ・パドレス ジャック・マーフィー・スタジアム 10回無死からビップ・ロバーツに初安打
9回2死まで完全に抑えながら完全試合を逃した例
達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1908年07月04日 アメリカ合衆国の旗 フックス・ワイルズ ニューヨーク・ジャイアンツ 1-0 フィラデルフィア・フィリーズ 不明 ジョージ・マッキランに初死球
ノーヒットノーランは達成(延長10回)
1932年08月05日 アメリカ合衆国の旗 トミー・ブリッジス デトロイト・タイガース 13-0 ワシントン・セネターズ ネビン・フィールド デーブ・ハリスに初安打
1958年06月27日 アメリカ合衆国の旗 ビリー・ピアース シカゴ・ホワイトソックス 3-0 ワシントン・セネターズ コミスキー・パーク エド・フィッツ・ジェラルドに初安打
1972年09月02日 アメリカ合衆国の旗 ミルト・パパス シカゴ・カブス 8-0 サンディエゴ・パドレス リグレー・フィールド ラリー・スタールに初四球
ノーヒットノーランは達成
1983年04月15日 アメリカ合衆国の旗 ミルト・ウィルコックス デトロイト・タイガース 6-0 シカゴ・ホワイトソックス コミスキー・パーク ジェリー・ヘアストン・シニアに初安打
1988年05月02日 アメリカ合衆国の旗 ロン・ロビンソン シンシナティ・レッズ 3-2 モントリオール・エクスポズ リバーフロント・スタジアム ウォレス・ジョンソンに初安打
後続にも打たれ降板
1989年08月04日 アメリカ合衆国の旗 デーブ・スティーブ トロント・ブルージェイズ 2-1 ニューヨーク・ヤンキース スカイドーム ロベルト・ケリーに初安打
後続にも打たれ完封も逃す
1990年04月20日 アメリカ合衆国の旗 ブライアン・ホルマン シアトル・マリナーズ 6-1 オークランド・アスレチックス オークランド=アラメダ・
カウンティ・コロシアム
ケン・フェルプスに初本塁打
完封も逃す
2001年09月02日 アメリカ合衆国の旗 マイク・ムッシーナ ニューヨーク・ヤンキース 1-0 ボストン・レッドソックス フェンウェイ・パーク カール・エバレットに初安打
2010年06月02日 ベネズエラの旗 アーマンド・ガララーガ デトロイト・タイガース 3-0 クリーブランド・インディアンス コメリカ・パーク ジェイソン・ドナルドに初安打
(安打の判定を下した一塁塁審が後に誤審を認める)
2013年04月02日 日本の旗 ダルビッシュ有 テキサス・レンジャーズ 7-0 ヒューストン・アストロズ ミニッツメイド・パーク マーウィン・ゴンザレスに初安打
直後に降板
2013年09月06日 ベネズエラの旗 ヤスメイロ・ペティット サンフランシスコ・ジャイアンツ 3-0 アリゾナ・ダイヤモンドバックス AT&Tパーク エリック・チャベスに初安打
2015年06月20日 アメリカ合衆国の旗 マックス・シャーザー ワシントン・ナショナルズ 6-0 ピッツバーグ・パイレーツ ナショナルズ・パーク ホセ・タバタに初死球
ノーヒットノーランは達成

日本野球[編集]

プロ野球[編集]

日本プロ野球では、これまで15度記録されている[11]

チーム名・球場名は達成当時のもの。

達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1950年06月28日 藤本英雄 巨人 4-0 西日本 青森市営野球場 NPB史上最年長記録(32歳1ヶ月)、かつ史上初
1955年06月19日 武智文雄 近鉄 1-0 大映 大阪球場 同年8月30日の大映戦でも9回1死までパーフェクトに抑えている。
1956年09月19日 宮地惟友 国鉄 6-0 広島 石川県営兼六園野球場 最小投球数(79球)
1957年08月21日 金田正一 国鉄 1-0 中日 中日球場 抗議と観客乱入で9回1死から43分間中断。NPBでの達成者では唯一の左腕投手。
1958年07月19日 西村貞朗 西鉄 1-0 東映 駒澤野球場
1960年08月11日 島田源太郎 大洋 1-0 阪神 川崎球場 NPB史上最年少記録(20歳11ヶ月)
1961年06月20日 森滝義巳 国鉄 1-0 中日 後楽園球場
1966年05月01日 佐々木吉郎 大洋 1-0 広島 広島市民球場 元々はアテ馬で1回終了時点で交代の予定だった。
1966年05月12日 田中勉 西鉄 2-0 南海 大阪球場 1シーズン2人目の達成を果たした唯一の例
1968年09月14日 外木場義郎 広島 2-0 大洋 広島市民球場 セ・リーグタイ記録の1試合16奪三振も記録
1970年10月06日 佐々木宏一郎 近鉄 3-0 南海 大阪球場 大阪球場でのプロ野球の完全試合は3度目(最多)
1971年08月21日 高橋善正 東映 4-0 西鉄 後楽園球場
1973年10月10日 八木沢荘六 ロッテ 1-0 太平洋 宮城球場 カウントボール3までいかなかった唯一のケース
1978年08月31日 今井雄太郎 阪急[11] 5-0 ロッテ 宮城球場 NPB史上初と同時に現在でも唯一の指名打者制度での達成 昭和最後の完全試合 現時点パ・リーグ最後の完全試合でもある。
1994年05月18日 槙原寛己 巨人[11] 6-0 広島 福岡ドーム NPB史上初のドーム球場人工芝グラウンドでの達成。

備考[編集]

  • ファウルフライ落球による失策を含む試合を完全試合とするかどうかについて、日本において完全試合はチームの記録ではなく投手の記録であると考えている面もあり、日本プロ野球のルール上では曖昧になっているが、1981年のセ・パ記録部申し合わせ事項でファウルフライの失策があっても完全試合は成立することが確認されている。メジャーリーグでは「チームの記録」との側面もあり、失策が記録されれば完全試合とは見なされなかったが、1991年以降は定義が緩和されて完全試合として認められている。


継投による記録[編集]

日本プロ野球(NPB)では継投による完全試合の達成例が1例ある[12]。ただし日本では先発投手1人による記録のみが完全試合と定義されているため、完全試合の記録対象とはなっていない。

達成日 達成チーム 登板した投手 スコア 対戦相手 球場 備考
2007年11月01日 中日ドラゴンズ 山井大介(1-8回)
岩瀬仁紀(9回)
1-0 日本ハム ナゴヤドーム 日本シリーズ第5戦、シリーズ優勝決定試合
この継投が物議を醸した[12]

参考[編集]

以上の他、さまざまな理由で完全試合を逃した例がある。

無四死球のノーヒットノーラン達成ながら失策で完全試合を逃した例
年月日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1948年09月06日 真田重男 大陽 3-0 阪神 阪神甲子園球場 2回に遊撃手・松本和雄が失策
2006年09月16日 山本昌 中日 3-0 阪神 ナゴヤドーム 4回に三塁手・森野将彦が失策[13]
9回終了まで完全に抑えながら延長で完全試合を逃した例
年月日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
2005年08月27日 西口文也 西武 1-0 楽天 西武ドーム 10回無死から沖原佳典に初安打[11]
9回2死まで完全に抑えながら完全試合を逃した例
年月日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1950年03月15日 田宮謙次郎 阪神 7-0 国鉄 倉敷市営球場 中村栄に初安打
1952年06月15日 別所毅彦 巨人 9-0 松竹 大阪球場 神崎安隆に初安打(神崎はプロ通算1安打)
1962年07月12日 村田元一 国鉄 1-0 阪神 後楽園球場 西山和良に初安打
2012年05月30日 杉内俊哉 巨人 2-0 楽天 東京ドーム 中島俊哉に2ストライクから初四球
ノーヒットノーランは達成[14]
初回先頭打者に出塁を許し、その後を完全に抑えた例
年月日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1956年06月06日 小山正明 阪神 2-0 大洋 阪神甲子園球場 沖山光利に安打
1957年07月06日 稲尾和久 西鉄 2-1 阪急 平和台球場 ロベルト・バルボンに本塁打
1981年04月11日 定岡正二 巨人 1-0 阪神 阪神甲子園球場 北村照文に二塁打
連続27人以上をパーフェクトに抑えながらも敗戦投手になった例
年月日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1970年09月26日 江夏豊 阪神 0-1 中日 阪神甲子園球場 2回2死から延長13回まで連続34人を抑える。14回先頭の木俣達彦に本塁打を打たれ、敗戦投手に

二軍[編集]

日本プロ野球の二軍(イースタン・リーグウエスタン・リーグ)では、4度記録されている[15]

年月日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1962年05月27日 山崎正之 巨人 1-0 大洋 銚子市野球場 ノーヒットノーラン含めて二軍両リーグ公式戦史上初の無安打無得点試合
1967年05月10日 鵜狩道夫 広島 6-0 近鉄 広島市民球場 ウエスタン初の達成者
1987年05月30日 増本宏 大洋 1-0 日本ハム 平塚球場
2005年07月02日 加藤康介 ロッテ 3-0 ヤクルト ロッテ浦和球場 [16]
参考記録
1998年、ヤクルトは9月26日のロッテ戦(ロッテ浦和球場)に勝利しイースタン・リーグで優勝したが、この試合で6回参考記録ながらヤクルトの五十嵐亮太が完全試合を記録している。
9回二死まで完全試合も、危険球退場処分で達成を逃す
2007年5月2日、サーパスの近藤一樹はウエスタン・リーグの対広島戦で9回二死まで走者を一人も出さずに抑えていたが、27人目の打者の會澤翼に対し、頭部へ死球を与えたために危険球退場処分となった。試合はこの後登板した加藤大輔が28人目の打者の中東直己を二ゴロに抑え、近藤と加藤による継投での無安打無得点試合(チーム記録)となった[17]

社会人野球[編集]

社会人野球の全国大会では都市対抗野球大会で2度記録されている[18]

都市対抗野球[編集]

開催年 投手 所属 スコア 対戦相手 試合 球場
1957年 第28回 村上峻介 二瀬町日鉄二瀬[18] 1-0 高砂市鐘化カネカロン 1回戦 後楽園球場
2011年 第82回 森内壽春 仙台市JR東日本東北 4-0 横浜市三菱重工横浜 1回戦 京セラドーム大阪[18]

大学野球[編集]

全日本大学野球選手権[編集]

全日本大学野球選手権大会では、これまで4度記録されている[19]

開催年 投手 所属大学(所属連盟) スコア 対戦校(所属連盟) 試合
1965年 第14回 芝池博明 専修大学東都 6-0 東海大学首都 準決勝[20]
1969年 第18回 久保田美郎 関西大学関西 5-0 千葉商科大学千葉 1回戦
1976年 第25回 森繁和 駒澤大学(東都) 2-0 近大工学部広島六 1回戦[20]
2004年 第53回 一場靖弘 明治大学東京六 2-0 広島経済大学(広島六) 2回戦[19]

東京六大学野球[編集]

東京六大学野球では、これまで3度記録されている[21]

開催年 開催 投手 所属大学 スコア 対戦校
1964年 春季リーグ 渡辺泰輔 慶應義塾大学[22] 1-0 立教大学
2000年 秋季リーグ 上重聡 立教大学 7-0 東京大学[22]
2013年 春季リーグ 高梨雄平 早稲田大学 3-0 東京大学[21]


東都大学野球[編集]

東都大学野球では、1部リーグ・2部リーグ・3部リーグでそれぞれ2回ずつ記録されている[20]

1部リーグ戦[編集]
開催年 開催 投手 所属大学 対戦校
1953年 秋季リーグ 河内忠吾 日本大学 駒澤大学[20]
1955年 春季リーグ 島津四郎 日本大学 駒澤大学[20]
2部リーグ戦[編集]
開催年 開催 投手 所属大学 対戦校
1965年 秋季リーグ 渡辺一雄 東京農業大学 不明[20]
2002年 秋季リーグ 梅津智弘 國學院大學 拓殖大学[20]
3部リーグ戦[編集]
開催年 開催 投手 所属大学 対戦校
1955年 秋季リーグ 林茂 青山学院大学 不明[20]
1961年 春季リーグ 大石泰章 亜細亜大学 不明[20]

首都大学野球[編集]

首都大学野球リーグ戦では、これまで2度記録されている。

開催年 開催 投手 所属大学 スコア 対戦校
1969年 春季リーグ 上田二郎[23][24] 東海大学 不明 成城大学
2015年 春季リーグ 丸山泰資[23][24] 東海大学 5-0 日本体育大学

関西学生野球連盟[編集]

関西学生野球連盟のリーグ戦では、1度記録されている[25]

開催年 開催 投手 所属大学 対戦校
2004年 春季リーグ 染田賢作 同志社大学 京都大学[25]

高校野球[編集]

甲子園球場で行われる高校野球(硬式)の全国大会では選抜高等学校野球大会で2度記録されているが、全国高等学校野球選手権大会ではいまだ達成者がいない[26]

このほか、全国高等学校軟式野球選手権大会でも2度記録されている[27]

選抜高等学校野球大会[編集]

開催年 投手 所属校 スコア 対戦校 試合
1978年 第50回 松本稔 前橋群馬 1-0 比叡山滋賀 1回戦
1994年 第66回 中野真博 金沢石川 3-0 江の川島根 1回戦

全国高等学校軟式野球選手権大会[編集]

開催年 投手 所属校 スコア 対戦校 試合 球場
2009年 第54回 小林雄太 名城大付愛知 7-0 初芝富田林大阪 1回戦 高砂市野球場[28]
2011年 第56回 下田巧 中京岐阜 4-0 河浦熊本[27] 2回戦 高砂市野球場

リトルリーグ[編集]

6回制で行われるリトルリーグでは、ザバスカップ第46回全日本リトルリーグ野球選手権大会で1度記録されているのが確認できる[29][30]。ただし、これ以外にも達成者がいる可能性はある。

年月日 投手 所属 スコア 対戦相手 試合 球場 備考
2012年06月30日 第46回 伊藤英二 仙台東リーグ
(東北連盟1)
1-0 広島佐伯リーグ
(中国連盟)
1回戦 江戸川区臨海第2球技場 18アウトすべてを三振で達成

キューバの野球[編集]

セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル[編集]

国内リーグ"セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル"では、マエルス・ロドリゲスが唯一の完全試合を達成している。

達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場
1999年12月22日 マエルス・ロドリゲス[31] ガジョス・デ・サンクティ・スピリトゥス 1-0 レニャドレス・デ・ラス・トゥーナス エスタディオ・ホセ・アントニオ・ウエルガ

準完全試合[編集]

  • 安打・四死球・失策にかかわらず、走者を1人だけ出した完封試合は「準完全試合」と呼ばれる。2014年6月現在、日本プロ野球の公式戦では完投によるものが43人によって46回[32]、継投によるものが2回記録されている。そのうち、ノーヒットノーランは13回(うち無四球で1失策の試合が2回)である。

日本プロ野球[編集]

  • 2012年以降
年月日 人物 所属 相手 球場 許した走者
2012年5月30日 杉内俊哉 巨人 楽天 東京ドーム 9回中島俊哉に四球
2012年10月8日 西勇輝 オリックス ソフトバンク ヤフードーム 5回松中信彦に四球
2014年5月2日 岸孝之 西武 ロッテ 千葉マリンスタジアム 1回井口資仁に四球
2014年8月15日 則本昂大 楽天 ロッテ コボスタ宮城 7回加藤翔平に安打
2015年3月28日 クリス・ジョンソン 広島 ヤクルト マツダスタジアム 7回山田哲人に安打

選抜高校野球[編集]

年月日 人物 所属 相手 試合 許した走者
1991年3月28日 和田友貴彦 大阪桐蔭 仙台育英 1回戦 無安打
1992年4月2日 吉田道 東海大相模 南部 2回戦 5回に安打

他競技での用法[編集]

本来は野球用語であるが、「完全なる勝利」という意味合いで他のスポーツでも使用されることがある。

  • サッカーにおいて相手にシュートを1本も撃たせず勝利した試合を完全試合と呼ぶ場合もある。2009年11月8日のJ1リーグ鹿島アントラーズVSモンテディオ山形戦で鹿島がJリーグ史上初となる被シュートゼロで2-0勝利を挙げた試合を日刊スポーツが「完全試合」と表現した[33]
  • プロボクシングにおいても、3人のジャッジがいずれもフルマーク(全ラウンド10点。12回戦なら120点)の判定勝利だった場合に、完全試合と表現することもある[34]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 日本プロ野球で1950年に初めて達成された際に、同年6月29日付の読売新聞は、用語の説明とともに「投手としては最大の快記録である」と報じた。『巨人軍5000勝の記憶読売新聞社ベースボールマガジン社、2007年。ISBN 9784583100296。p.22~
  2. ^ アメリカ英語発音:[ˈpɜːrfɪkt ɡeɪm] パーフェクト・イム
  3. ^ スペイン語発音: [peɾfekto] ペルフェクト
  4. ^ アメリカ英語発音:[pərˈfɛktoʊ] パーフェクトウ

出典[編集]

  1. ^ "Perfecto," Dictionary.com. 2012年8月14日閲覧。
  2. ^ Alden Gonzalez / MLB.com, "Phils' Halladay throws MLB's 20th perfecto / Doc strikes out 11 Marlins batters during first career no-hitter," phillies.com, May 30, 2010. 2012年8月14日閲覧。
  3. ^ "MLB Miscellany: Rules, regulations and statistics," MLB.com. 2012年7月14日閲覧。
  4. ^ a b 芝山幹郎D・ブレイデンと完全試合後の人生。~20世紀以降MLB17人目の偉業~」 『Number Web』、2010年5月25日。2012年7月14日閲覧。
  5. ^ a b Sam Miller, "The enemy of good," ESPN.com, January 24, 2013. 2013年9月8日閲覧。
  6. ^ Jorge L. Ortiz, USA TODAY, "Philip Humber's perfecto a randomness example," USATODAY.com, April 22, 2012. 2013年9月8日閲覧。
  7. ^ Associated Press, "For Ted Barrett, first Cone, now Cain," ESPN.com, June 14, 2012. 2013年9月8日閲覧。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]