アシックス

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株式会社アシックス
ASICS Corporation
ASICS Corporation logo.png
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7936
1972年5月29日上場
本社所在地 日本の旗 日本
650-8555
兵庫県神戸市中央区港島中町七丁目1番1号
設立 1977年7月21日
(中央産業株式会社)(注1)
業種 その他製品
法人番号 8140001005877
事業内容 スポーツシューズ、用品の製造販売
代表者 代表取締役会長CEO 尾山基
代表取締役社長COO 廣田康人
資本金 239億72百万円
発行済株式総数 1億9996万2千株
売上高 連結:4001億57百万円
(2017年12月期)
営業利益 連結:195億71百万円
(2017年12月期)
純利益 連結:129億70百万円
(2017年12月期)
純資産 連結:2013億2百万円
(2017年12月期)
総資産 連結:3482億32百万円
(2017年12月期)
従業員数 連結:8586人
(2017年12月31日現在)
決算期 12月末日
主要株主 日本マスタートラスト信託銀行(株)(信託口) 4.89%
(株)三菱東京UFJ銀行 3.93%
(株)三井住友銀行 3.30%
日本トラスティ・サービス信託銀行(株)(信託口) 3.19%
日本生命保険相互会社 2.84%
(2017年12月31日現在)
主要子会社 関連会社参照
外部リンク http://www.asics.co.jp/
特記事項:注1:1963年6月1日に(旧)オニツカ株式会社を株式額面変更目的で吸収合併。当社の事業のルーツは、(旧)オニツカ株式会社に1958年に合併された「鬼塚株式会社」(1949年9月1日設立)。
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株式会社アシックス: ASICS Corporation)は、兵庫県神戸市中央区に本社を置く、大手総合スポーツ用品メーカーである。

概要[編集]

アシックス(ASICS)のブランドで競技用シューズやスニーカー、アスレチックウェアなどを製造、販売する。スポーツシューズに強みを持ち、とりわけマラソン競技、バレーボールなどでは高いブランド力を持つ。

現在では国内の同業界内で、売上高一位を誇り、業界屈指の総合スポーツ用品企業の座に君臨する。

海外売上は年々拡大しており、2015年には海外売上比率76%を達成する等、グローバル企業として高い知名度を誇る。

ブランドコンサルティング会社インターブランドが発表した、日本発のグローバル・ブランド価値評価ランキング「Japan’s Best Global Brands 2016」では、17位に選出された。

アシックスに社名・商標を変更する以前のブランドであるオニツカタイガー(en)は、レトロ雰囲気からファッションアイテムとしての人気を呼び、現在では再び一般向けシューズのブランドとして製造販売されている。また1980年代1990年代にスポーツシューズの代名詞として使われたアシックスタイガーも2015年に復活し、当時使われたハイテク素材に加えファッション製の高さで人気を集める。

海外にも進出しており、オニツカタイガーが、特に欧米とタイ[1]で人気を集めている。シューズの他、スポーツウェア、アウトドア用品等の製造販売、輸入等も行っている。

東京五輪が開催される2020年末まで、国内最高位スポンサーである「ゴールドパートナー」の契約を東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会と結んだ。

2015年3月期の連結売上構成はスポーツシューズ81%、スポーツウエア14%、スポーツ用品5%となっている。

1980年代にはサイクルウェア(レーサージャージやツーリング用シューズ)も手がけていたがのちに撤退。

社名の由来[編集]

社名の由来は、前身となる鬼塚商会起業のきっかけとなった、古代ローマの作家ユウェナリスが唱えた「健全なる精神は健全なる身体にこそ宿るべし (Mens Sana in Corpore Sano)」という言葉から着想を得ている。Mens(才知、精神)をAnima(生命)に置き換え、「Anima Sana in Corpore Sano」の各文字の頭文字A・S・I・C・Sを並べたものである[2]

1977年(昭和52年)の合併時に、3社の代表が集まる際に足が6本ある(人が3人)から「アシックス」(脚 six)になったという説や[3]、「足」と「靴」で「アシクツ」→「アシックス」になった、という説があるが、事実ではない(合併前からアシックスというブランド名は存在していた)。

沿革[編集]

旧・アシックス関東支社社屋(東京都墨田区錦糸
アシックスジャパン本社社屋(東京都江東区新砂

鬼塚喜八郎1949年(昭和24年)に神戸で興した鬼塚商会[4]バスケットシューズの製造販売をしたことに始まる。その年9月に法人組織の鬼塚株式会社とした。

鬼塚は選手や監督に直接意見を聞き、シューズの改良を進めながら全国を営業して歩き、高校の運動部を中心に徐々にオニツカの製品が売れていった。鬼塚は、シューズのブランドを、新鮮で印象に残り、スポーツシューズにふさわしい強さと敏捷性を表すものとして「虎印」とした。虎印の商標権はすでに他社に取得されていたため[5]、鬼塚と組み合わせて「ONITUKA TIGER」印を横につけ、虎の絵の下にTigerの文字を入れたマークを靴底につけた。

  • 1953年(昭和28年)、マラソンシューズの開発を開始。1959年には靴底に針ほどの小さな穴を開け、空気と熱を外に逃がすエアーベント式を開発しマラソンランナーにとって最大の敵だった足のマメができにくい魔法の靴として絶賛されたマジックランナーを発売。
  • 1956年(昭和31年)、オニツカタイガーがメルボルンオリンピック日本選手団用のトレーニングシューズとして正式採用され、スポーツ界での知名度はさらに高まった。
  • 1958年(昭和33年)、生産子会社のオニツカ株式会社が存続会社となり、鬼塚株式会社、販売子会社の東京鬼塚株式会社を合併。
  • 1961年(昭和36年)、毎日マラソン出場のために来日したアベベ・ビキラを鬼塚はホテルまで訪問し「裸足と同じぐらい軽い靴を提供するからぜひ履いてくれ」と説得し、シューズを提供。アベベはその靴を履いて毎日マラソンで優勝。1964年(昭和39年)の東京オリンピックでは、オニツカの靴を履いた選手が体操、レスリング、バレーボール、マラソンなどの競技で金メダル20個、銀メダル16個、銅メダル10個の合計46個を獲得[6]
  • 1963年(昭和38年)、当時休眠会社の中央産業株式会社が、オニツカ株式会社を吸収合併し「オニツカ株式会社」に商号変更(株式額面変更目的)。現在の株式会社アシックスは、この会社である。
  • 1964年(昭和39年)、2月に神戸証券取引所、同4月には大阪証券取引所第2部に上場を果たすが、オリンピック景気の落ち込みに対し経営危機となり、1966年(昭和41年)には取引先に対し約束手形の支払を繰り延べてもらう事態も生じていたと後に鬼塚は語っている。またこの年、現在まで使用される「タイガーライン」が初めてシューズに装着された。
  • 1972年(昭和47年)、5月に東京証券取引所第2部、1974年(昭和49年)には同1部に指定替えとなった。1975年(昭和50年)にヨーロッパ市場に進出。
  • 1976年(昭和51年)、モントリオール・オリンピックにて5,000mでの優勝後、ミリ単位でソールの微調整を依頼し10,000mでも金メダルを獲得したフィンランド代表のラッセ・ビレン選手が脱いだシューズに感謝するかのように両手に掲げてウイニングランを行い、この一件が世界各国で報じられ大きなPR効果をもたらした。
  • 1977年(昭和52年)、自社の不足部分を補うため、スポーツウェア・用具メーカーの株式会社ジィティオ、ニットウェアメーカーのジェレンク株式会社と合併し、社名を株式会社アシックスに変更、スポーツ用品総合メーカーとなった。
  • 1985年(昭和60年)、神戸市ポートアイランドに地下1階から地上8階建て敷地面積6,600㎡の新本社ビルを建設。
  • 1990年(平成2年)、アシックススポーツ工学研究所・人財開発センターが竣工。敷地面積は1万6,000㎡で、研究所内には陸上トラックやプールの他、二種類のテニスコートや実験用体育館など生体工学の見地からスポーツを研究する設備と約100人分の宿泊施設と各種研究施設を完備。黒岩守が入社。
  • 2002年(平成14年)、アシックスの誕生と同時にワンブランド制が導入され封印されていたオニツカタイガーブランドが当時のトレンドだったレトロブームの過熱とファンの要望により復刻され再ブレイク。2003年公開の映画「キル・ビル」では主演のユマ・サーマンが劇中で着用しており、大きな話題を呼んだ。現在でも海外市場において重要なスポーツファッション分野を牽引している。
  • 2007年(平成19年)、ブランドマークを現在のタイプに変更。2008年(平成20年)に世界統一のブランドスローガン「sound mind sound body(サウンド・マインド・サウンド・ボディ)」を制定し、2009年(平成21年)には創業60周年を迎えた。
  • 同年2月、皇居前を走る一般ランナー達を中心にショップやシャワーなどの施設を提供し、正しいランニングの指導や最新計測機器による最適なシューズ選びのサポートを行うアシックスストア東京銀座にオープン。店舗内では走行中の足の運びや三次元の足形計測が可能で、シューズのカスタムオーダーも出来るなど、これまでアシックスが蓄積したノウハウや最新技術の提供を受けられる。
  • 2010年(平成22年)、スウェーデンの大手アウトドア用品メーカー「ホグロフス」を買収し子会社化[7]
  • 2013年(平成25年)にアシックスジャパン株式会社を設立して国内事業を移管し、アシックス関越販売などの販売子会社をアシックス販売株式会社に統合して、アシックスジャパン株式会社の100%子会社にした(2016年1月、アシックス販売はアシックスジャパンへ吸収合併)[8][9]。同年ブランドの再編が行われ、野球用品において長年結ばれていたローリングスとのライセンス契約を解消し、グラブ・バットなどの全野球用品を「アシックス」ブランドに統一し[10]、「タラスブルバ」[11]「ジェーンリバー」「メスカリート」等の自社アウトドアブランドの販売も終了した。
  • 2014年(平成26年)、全国高等学校7人制ラグビーフットボール大会にアシックスカップとして冠協賛。
  • 2015年(平成27年)、アシックスアパレル工業大牟田工場の経営権を帝人の子会社に譲渡[12]
  • 2017年より3年間、国際陸上競技連盟(IAAF)のオフィシャルパートナーとなる[13]

ナイキとの関係[編集]

ナイキの前身であるBRS社は、アメリカにおけるオニツカタイガーの販売代理店となっていた。スタンフォード大学で経済学を学んだ後、1963年(昭和38年)に卒業旅行で日本に立ち寄ったフィル・ナイトは、オニツカシューズの品質の高さと価格の安さに感銘を受けた。ナイトはすぐさまオニツカ社を訪ね、アメリカでのオニツカシューズの販売をやらせてほしいと依頼。オレゴン大学の陸上コーチだったビル・バウワーマンと共同でブルーリボンスポーツ(BRS)を設立し、オニツカの輸入販売代理業務を開始した。

アメリカ西海岸地域を中心に販売は好調だったが、その後BRSはナイキブランドを創設。初期のナイキシューズ(コルテッツ等)は日本製のものがほとんどだが、これらはオニツカ社から技術者の引き抜きなどを行い、福岡のアサヒコーポレーションで生産されたものであり、事実上ライバルメーカーへの仕入の切り替えであった。その後、オニツカ側がバウワーマンが考案したデザインやモデル名をそのまま使用し続けたためにBRS社から訴訟を提起され、和解金として1億数千万円を支払ったという[14]

水着[編集]

アシックスは自社で水着など水泳用品も積極的に手がけており、日本水泳連盟から代表選手のための各種用品を提供するオフィシャルサプライヤー企業の一社に指定されている。

もともとはイタリアのディアナ社と提携関係にあり、競泳用もディアナブランドで出していたが、1980年代以降順次自社ブランドに切り替えた。しかし、SPEEDOと袂を分かったミズノとは異なり、ディアナ社との関係は完全に解消したわけではなく、ファッション性も重視される女性向けフィットネス用の分野では現在もディアナブランドで商品が発売されている。

日本のメーカーだけに特にアジア人の身体的特徴に合った水着開発能力が評価されており、中国などアジア圏では一定のシェアを誇る。専門の社員選手がいるというわけではないが、背泳ぎの中村礼子東京スイミングセンター)と各種サポート契約を結んでおり、中村も商品開発に一定の協力を行っている。

主な商品(一部ブランドのみ)[編集]

なお、前述のとおり野球用品はグラブの一流ブランド、米ローリングス社と2012年まで提携[15]していた。

  • オニツカタイガー - 「オニツカ」時代の主力スポーツシューズ。現在は60-70年代をイメージしたシューズ、バッグ、アパレルなどを展開。
  • ASICS TIGER - 80年代-90年代に主力だったスポーツシューズ。2015年にブランド復活、「asics」ロゴも当時のものが使われている。
  • SEED - 自然環境を配慮したシューズ。
  • WHIZZER
  • CHIMERA
  • SALUTIS(サルティス) - フィットネスウォーキング用シューズ
  • GIRO(ジーロ) - ウォーキング用オシャレ靴
  • PEDALA(ペダラ) - ウォーキング用シューズ
  • WALLAGE(ワラッジ) - ウォーキング用ビジネスシューズ
  • TARAS BOULBA(タラスブルバ)[16] - アウトドア・ライフスタイル・ウェア
  • BUMDEEP(バムディープ) - スノーボードウェア
  • スクスク・ワンテン - (キッズ用スニーカー)
  • ナースウォーカー - (看護士用スニーカー)
  • はだしウォーカー - (ウォーキング用シューズ、ショップ・マニフィカ(旧住商ホームショッピング)通販限定))
  • ウィンジョブ - 安全靴(ワーキングシューズ)
  • Runwalk - (走れるビジネスシューズ)

他にエアボーンなどと提携している。

陸上競技 及び長距離種目、マラソン駅伝用ブランドとして金剛力士像歌舞伎隈取といった和柄、あるいはギリシャ神話のケーリュケイオンを用いた GONA (Great Originality of Noble Athlete の略。1987年から2000年代半ば頃まで存続) 、さらにはトレーニングウェア用ブランド∂BEZAが在り、 ユーザーにも好評だったにも関わらず、終了している。これらの復活を待望しているファンは存在する。

主な契約選手[編集]

ユニフォームサプライチーム[編集]

陸上

クリケット

ラグビー

野球

サッカー

バスケットボール

バレーボール

ハンドボール

フットサル

研究機関[編集]

  • アシックス スポーツ工学研究所 - 1985年(昭和60年)設立

関連会社[編集]

日本[編集]

  • アシックスジャパン株式会社[18]東京都江東区
  • アシックスキャピタル株式会社[18]神戸市中央区
  • アシックスアパレル工業[18]福井県越前市)(スポーツウエア等の製造)
  • 山陰アシックス工業[18]鳥取県境港市)(スポーツシューズ等の製造)
  • アシックス商事[18](神戸市須磨区)(シューズ製品の製造・販売、物資の販売・輸出入)
    • 主にジュニア向けの靴として有名な「TIGON」「DASH」シリーズはアシックス商事で取り扱っている。
    • 同社で製造・販売しているビジネスシューズ「texcy luxe」シリーズは、アシックスが製造・販売している「Runwalk」と同様に”走れるビジネスシューズ”を謳った商品であるが、「Runwalk」よりは低価格帯の商品が多い。
    • 2009年(平成21年)4月以降、ヤッターマンのスポンサーでもある。
  • 株式会社ニシ・スポーツ[18]東京都江東区

世界[編集]

通信販売[編集]

脚注[編集]

  1. ^ タイ人に大人気の「オニツカタイガー」、その理由は王様にあり【TVウォッチング】”. タイランドハイパーリンクス (2015年9月16日). 2017年6月26日閲覧。
  2. ^ アシックス公式サイト
  3. ^ 鬼塚喜八郎も『「三人のオーナーが集まって足が六本、アシックス」といわれたのには参った。』と著書「私の履歴書」に書いている。
  4. ^ この当時から社名の読みは「おにか」であり、「おにか」とは濁らない。
  5. ^ 後の1957年(昭和32年)に商標権を譲り受けている。
  6. ^ 但しマラソン優勝のアベベは、このときはプーマを履いていた
  7. ^ アシックス、スウェーデンアウトドア大手ホグロフス買収 Fashionsnap.com、2010年7月13日。
  8. ^ 沿革”. 株式会社アシックス. 2015年8月19日閲覧。
  9. ^ 国内のグループ組織再編(吸収分割および吸収合併)に関するお知らせ”. 株式会社アシックス (2012年7月19日). 2015年8月19日閲覧。
  10. ^ 野球用品「ローリングス」との契約終了 アシックス”. 日本経済新聞 (2012年6月18日). 2015年8月19日閲覧。
  11. ^ お客さまへの重要なお知らせ アウトドア商品販売終了に伴う修理対応についてのお知らせ”. 株式会社アシックス (2013年6月24日). 2015年8月19日閲覧。
  12. ^ “アシックス、工場を譲渡 帝人子会社に”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 朝刊 9面. (2015年11月19日) 
  13. ^ IAAF AND ASICS ANNOUNCE NEW PARTNERSHIP - 国際陸上競技連盟公式HP(英語)、2016年12月3日
  14. ^ 出典:1990年7月24日 日本経済新聞私の履歴書 鬼塚喜八郎』
  15. ^ 合併前は株式会社ジィティオが国内代理店となっていた。
  16. ^ アウトドア商品(TARAS BOULBA)は2013年に終了した。
  17. ^ 男子プロテニスプレーヤー ノバク・ジョコビッチ選手とアドバイザリースタッフ契約を締結
  18. ^ a b c d e f 会社概要 国内関係会社”. 株式会社アシックス. 2018年3月31日閲覧。

外部リンク[編集]