レッドブル・レーシング

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オーストリアの旗 レッドブル・タグ・ホイヤー
エントリー名 レッドブル・レーシング
Red Bull Racing
チーム国籍  オーストリア
チーム本拠地 イギリスの旗 イギリス
イングランドの旗 イングランド
バッキンガムシャー州
ミルトン・キーンズ
チーム代表者 ヘルムート・マルコ
レッドブル・GmbH アドバイザー)
クリスチャン・ホーナー
(チーム代表)
ディートリヒ・マテシッツ
(創業者)
テクニカルディレクター エイドリアン・ニューウェイ
(チーフテクニカルオフィサー)
2017年のF1世界選手権
ドライバー 3. オーストラリアの旗 ダニエル・リカルド
33. オランダの旗 マックス・フェルスタッペン
テストドライバー スイスの旗 セバスチャン・ブエミ
フランスの旗 ピエール・ガスリー
シャーシ RB13
エンジン タグ・ホイヤールノー
タイヤ ピレリ
F1世界選手権におけるチーム履歴
参戦年度 2005-
出走回数 224
コンストラクターズ
タイトル
4 (2010, 2011, 2012, 2013)
ドライバーズ
タイトル
4 (2010, 2011, 2012, 2013)
優勝回数 52
ポールポジション 58
ファステストラップ 52
F1デビュー戦 2005年オーストラリアGP
初勝利 2009年中国GP
2016年順位 2位 (468ポイント)
(記録は2016年最終戦アブダビGP終了時)
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レッドブル・レーシングRed Bull Racing)は、2005年からF1に参戦しているレーシングコンストラクター。イギリスに本拠を置くが、国籍登録はオーストリアとなっている。

概要[編集]

オーストリア資本の飲料メーカーレッドブルは、1995年から2004年までザウバーの、2002年アロウズのスポンサーとしてF1との関わりを深めていた。特にメインスポンサーであったザウバーでは1995年から2001年までチームエントリー名はレッドブル・ザウバー・ペトロナスであった。

元ワールドチャンピオンのジャッキー・スチュワートが率いて1997年からF1に参戦していたスチュワートからの歴史を持つジャガー・レーシングは、2004年11月15日フォードグループの再編によりF1から撤退することを宣言した。フォードはチームをレッドブルに売却し(金額は1ドルと言われた)、レッドブル・レーシングが設立された。

プライベートチームながら、限られたF1のエントリー枠を、兄弟チームであるスクーデリア・トロ・ロッソとともに2つも占有するなど、F1界の新興勢力として新進著しい存在となっている。親会社であるレッドブルの豊富な資金力を背景に、トップドライバーや有力デザイナーを獲得して短期間でチームの戦力を上げつつ、多数ある下部組織(F3などのジュニアチーム)から若手の育成ドライバーを参戦させるチーム方針を執っており、自動車メーカーが闊歩するモータースポーツ界でも異色の存在として一大勢力を形成している。

2009年にセバスチャン・ベッテルが加入すると、チーム力も常に優勝を争うレベルまで向上する。エイドリアン・ニューウェイが手掛ける斬新な空力設計、ルノーエンジンとの強固なパートナーシップなどを武器に、2010年から2013年にかけてドライバーズ・コンストラクターズ両部門4連覇を達成する成功を収めた。

歴史[編集]

2005年[編集]

F1参戦初年度となる2005年は、旧ジャガーから引き続きコスワースエンジンを搭載、シャシも旧ジャガーで「R6」として開発されたものを「RB1」と名称を変えて使用した。

ドライバーは、2004年までマクラーレンに在籍していたデビッド・クルサードをエース待遇で獲得。セカンドドライバーには、旧ジャガーから残留のクリスチャン・クリエンと共に、レッドブル社のスポンサードのもと2004年国際F3000チャンピオンを獲得したヴィタントニオ・リウッツィとも契約。第3戦のバーレーンGPまではクリエンが出走し、リウッツィはサードドライバーとして金曜日のフリー走行に参加、第4戦サンマリノGPから4戦はリウッツィが出走し、クリエンがサードドライバーとしてフリー走行に参加し、その後も交互に参戦レースを決めることとしていた。しかし2005年レギュレーションでは、前戦に出走していないドライバーは予選セッションの走行順が1番目となることから不利になるとして、第8戦以降は開幕時と同様にクリエンをレースに出走させ、リウッツィはサードドライバーの役目を務めた。ただし、マーケティング上の理由からカナダアメリカの両GPではサードドライバーに、同じくレッドブルのスポンサードを受けているアメリカ人のスコット・スピードを起用した。

2004年シーズンオフ、レッドブルは買収に関する話題はともかく、マシン性能面においてはほとんど注目されていなかったが、開幕からクルサードは3戦連続、クリエンは2戦連続でポイントを獲得し周囲を驚かせた。その後もクルサードを中心にシーズンを通してコンスタントにポイント獲得を続け、最終的にB・A・Rの38ポイントに迫る34ポイントを獲得し、コンストラクターズランキング7位となった。

2006年[編集]

2006年からはフェラーリと2年間のエンジン供給契約を結んだ。ドライバーは前年からのクルサード、クリエンに加え、ロバート・ドーンボスを起用しサードドライバーに据えた。また、マクラーレンより移籍したエイドリアン・ニューウェイがチーフテクニカルオフィサーに就いた。シャシはフェラーリV8エンジンに対応して製作された「RB2」を投入。

第7戦モナコGPにおいてクルサードが3位に入賞し、チーム初の表彰台を獲得した。第16戦から残り3戦はセカンドドライバーをクリエンからドーンボスに代えた(クリエンはレッドブル陣営から離脱し、2007年からホンダF1のテストドライバーとなった)。それと同時に、レッドブルの育成ドライバーとして、テストドライバーを務めながらGP2に参戦していたミハエル・アメルミューラーがドーンボスに代わってサードドライバーに昇格した。

2007年[編集]

2007年はフェラーリとのエンジン供給契約が継続していたが、これをジュニアチームであるトロ・ロッソヘ移譲。レッドブルはルノーのエンジンを搭載した。マシンは「RB3」。レギュラードライバーはクルサードに加え、新たにマーク・ウェバーを起用。リザーブドライバーには、テストドライバーのアマミューラー、ドーンボス、セバスチャン・ブエミを、各レース毎に変則起用した。

今季途中から導入したクイックシフトタイプのトランスミッションなどの信頼性不足もあって、速さはあるものの結果が出ない状態が続いていた。しかし、第10戦ヨーロッパGPでは、豪雨で赤旗中断などの混乱の中で見事に走り切り、ウェバーがレッドブルで初めての表彰台3位(チームとしては2度目)、クルサードも5位に入賞した。

2008年[編集]

ドライバーは引き続きクルサードとウェバーが務め、テストドライバー兼リザーブドライバーにブエミを起用。マシンは「RB4」。カナダGPでは、クルサードが2008年シーズン唯一となる表彰台(3位)を獲得した。

クルサードはこの年をもって現役を引退することを7月3日にシルバーストンで発表した。最終戦となる第18戦ブラジルGPでは、脊髄損傷を受けた人々をサポートするチャリティー団体「Wings for Life」の特別カラーリングを纏ったマシンをドライブした。その後、2009年以降もアドバイザーとしてチームに残留することが発表された。

2009年[編集]

2009年日本GPでのRB5(ドライバーはベッテル)

2008年イタリアGPで史上最年少で初優勝を遂げたセバスチャン・ベッテルがトロ・ロッソから移籍。ウェバーが残留している。

マシンは「RB5」。少々タイヤに厳しいマシンとの評価があるが、スタートから終盤まで安定した速さをもっているのが特徴であった。

リザーブドライバーにはブレンドン・ハートレイを起用する予定だったが、スーパーライセンスが発給されなかったため、第2戦までは2008年いっぱいで引退したクルサードが登録される。

第3戦中国GPにおいてウェットコンディションの中、ベッテルがポール・トゥ・ウィンで自身2勝目となる優勝を飾り、チームに初優勝をもたらした[1]。なお、この時の表彰式では、本来なら優勝したベッテルの出身国であるドイツの国歌の後、チームの国籍であるオーストリアの国歌が流されるはずであったが、主催者の手違いでドイツ国歌のあとチームの本拠地のあるイギリスの国歌が流されてしまう、という珍事があった。

また、ニュルブルクリンクで開催されたドイツGPではマーク・ウェバーが自身にとって初優勝を獲得した。

第15戦日本GPにおいて、セバスチャン・ベッテルがポール・トゥ・ウィン。マーク・ウェバーはピットスタートで最下位に終わったが、ファステストラップを記録するなど、チームとして好成績を収めた。

2010年[編集]

2010年カナダGPでのRB6(ドライバーはベッテル)

ドライバーは前年に引き続きウェバーベッテル

マシンは「RB6」。RB6に採り入れられた「ブロウンディフューザー」(吹き付けディフューザー)は、マクラーレンMP4-25が搭載したFダクトとともに2010年のトレンドとなった。

第7戦トルコGPにおいて、チームメイト同士のクラッシュを演じた(ベッテルはリタイア、ウェバーは3位)。また第10戦イギリスGPにおいて、チームは新型のフロントウイングを2つ用意していたが、そのうちの1つをベッテルが金曜日のフリー走行時に破損し、決勝でチームが残り1つの新型ウイングをウェバー車から外しベッテル車に装着する。しかし、結果はポールのベッテルをスタート後の1コーナーでパスしたウェバーが優勝。快勝後のウィニングランで「ナンバー2ドライバーにとっては悪くない結果だね」と無線で皮肉った。波風の立つ話題が目立ったGPだった。

マレーシアGP、モナコGP、日本GP、ブラジルGPではワンツーフィニッシュを達成している。また第18戦ブラジルGPにおいて、チーム初となるコンストラクターズタイトル獲得を決めた。続く最終戦アブダビGPにてセバスチャン・ベッテルがポールトゥウィンを獲得。チャンピオン争いで前戦まで首位に立っていたフェルナンド・アロンソが7位入賞に終わった為、ポイントランキングを逆転しドライバーズチャンピオンに輝き、ダブルタイトルを獲得した。

2011年[編集]

2011年イタリアGPでのRB7(ドライバーはベッテル)

ドライバーは変わらずウェバーとベッテル。マシンはRB7を使用する。

シーズン開幕前には、エンジン供給元のルノーと連合を組む日産自動車インフィニティ部門とマーケティング契約を交わしたことを発表した。当初噂されていた「エンジン名のバッジネーム」契約ではなかったものの、マシンやドライバーのレーシングスーツ等に「Infiniti」のロゴが掲出される[2]。将来的にはレッドブル・テクノロジーとインフィニティの研究開発部門との間での技術供与等に発展する可能性も示唆した[3]

前半戦はベッテルがオーストラリアGPとマレーシアGPをポール・トゥ・ウィンで連勝し勢いに乗ると、抜群の安定感と速さを発揮。ウェバーも安定して2桁ポイントを獲得し続けた。ドイツGP以降の後半戦はライバルのマクラーレンフェラーリの戦闘力が増したことで苦戦する場面もあったが、ベッテルはその後も勝利を重ね日本GPで史上最年少2年連続ワールドチャンピオンを獲得、韓国GPでチームの2年連続コンストラクターズチャンピオンが決定した。勝ち星に恵まれなかったウェバーもブラジルGPで優勝し、ドライバーズポイント3位を獲得した。

この年は優勝12回(ベッテル11回、ウェバー1回)、表彰台18回(ベッテル17回、ウェバー10回)と前年を大きく上回る好成績を残した。

2012年[編集]

この年もドライバーはベッテルとウェバーで、マシンは段差ノーズが特徴のRB8を使用する。

この年からエンジン排気の空力的利用(ブロウンディフューザー)が規制され、この分野をリードしていたレッドブルは不利になった。

ベッテルはシーズン序盤はブロウンディフューザーの禁止などのレギュレーションの変更の影響もあり、レッドブルは不調が続いたが、確実にポイントを獲得していった。シーズン後半は徐々に巻き返し、コアンダエキゾーストの導入やダブルDRSの導入を契機として、強さを取り戻し、フェルナンド・アロンソを逆転。最終的に優勝5回、ポールポジション6回、ファステストラップ6回(内ハットトリック2回)を記録し、281ポイントでシーズンを終えた。

ウェバーは開幕戦オーストラリアGPでは4位入賞を果たす。 第2戦マレーシアGP、第3戦中国GP、第4戦バーレーンGPにおいてもベッテルが苦戦するのに対し、安定した走りを見せ開幕から4戦連続4位入賞を果たした。 第6戦モナコGPではポールスタートからロズベルグやアロンソらの追撃を振り切りモナコ2勝目を達成した。また、モナコ2勝以上達成した初のオーストラリア人ドライバーとなった。ヨーロッパGPは予選19番手に沈んだが、そこから追い上げを見せ4位を獲得した。イギリスGPではトップのアロンソを残り5周で抜きシーズン2勝目を挙げたが、これがF1での最終勝利となる。同グランプリ後、チームとの契約を2013年まで延長し残留を決めた。

2013年[編集]

ベッテルとウェバーによるチーム内バトルが繰り広げられた2013年マレーシアGP

ドライバーはこの年もウェバーとベッテルで、マシンは段差ノーズを隠す短いバニティパネルが装着されたRB9を使用する。

ベッテルは第11戦ベルギーGPから最終戦ブラジルGPまでのグランプリ9連勝という記録を打ち立てた。第9戦ドイツGPでは悲願の母国初制覇を果たした。   第2戦マレーシアGPでは終盤に差し掛かりピット戦略でベッテルをかわし首位を走行。レッドブルの2台に争わないようチームオーダーが出るが、従ったウェバーに対し無視したベッテルが暖まらないタイヤで走るウェバーに勝負を仕掛け、ウェバーは優勝をさらわれる。

ウェバーはイギリスGP前に今シーズン限りの引退・及び来年からポルシェからWECに参戦する事を発表。その後は度々表彰台に上るも勝利には至らず、終盤9連勝を達成したベッテルの影に隠れる形でF1のキャリアを終えた。ラストレースとなった最終戦ブラジルGPではレース後のインラップでヘルメットを外して走行し、観衆の声援に応えた。

2014年[編集]

リカルドがRB10で3勝(2014年シンガポールGP

ドライバーはベッテルとトロ・ロッソから昇格したダニエル・リカルドで、マシンはV6シングルターボエンジンが搭載されたRB10を使用する。

しかしこの年のレッドブルは昨年までの勢いは一気に無くなってしまい、ほとんどのレースでメルセデスの後塵を拝することとなった。ベッテルにおいてはパワーユニットのトラブルが多発し終盤にはエンジン交換ペナルティを受けた。結局、レッドブル加入以来はじめて、1勝もあげることができないままシーズンを終えた。一方、リカルドは母国での開幕戦オーストラリアGPで2位を獲得しながら失格となる屈辱も味わいながらも、カナダGPで初優勝。その後さらに2勝をあげる活躍をみせ、この年のメルセデス以外のドライバーで唯一勝利をあげた。最終的にリカルドはランキング3位、ベッテルはランキング5位となった。コンストラクターズランキングは2位を確保したがメルセデスには大きく差をつけられる結果となった。

この年限りでベッテルはレッドブルを離れ、フェラーリへ移籍した。

2015年[編集]

クビアトとリカルド(2015年マレーシアGP

ドライバーはリカルドとトロ・ロッソから昇格したダニール・クビアトで、マシンはRB11を使用する。

前年以上にルノー製パワーユニットのパフォーマンス不足と信頼性の低さに悩まされる。前年に、唯一のメルセデス以外のドライバーで勝利をあげたリカルドでさえ優勝はおろか表彰台にも立てないレースが続き早くも第8戦オーストリアGP(レッドブルのホームグランプリ)でリカルドとクビアトの両者ともこの年の規定を超える5基目のエンジンに交換したため、グリッド降格ペナルティを受けた[4]ハンガリーGPで2人揃って表彰台に上るレースもあったが、このほかの表彰台はシンガポールGPのリカルドの2位表彰台のみに留まり、最終的に、フェラーリ、ウィリアムズに抜かれコンストラクターズ4位でシーズンを終えた。 最終的にパワーユニットの改善の兆しは見られず、ルノーとの関係も悪化の一途を辿り[5][6]、ルノーとの供給契約を2015年一杯で打ち切ることを決断[7]したが、メルセデスには供給を拒否されフェラーリには前年型しか供給しないとされたため[8]、結局ルノーエンジンに「タグ・ホイヤー」のバッジネームを付けてイルモアが同PUを改良する形で2016年シーズンを戦うことが決定した[9]。またこの年限りでメインスポンサーを務めていたインフィニティとのスポンサー契約が終了となった。

2016年[編集]

マレーシアGPでワン・ツー・フィニッシュを果たしたRB12(前:リカルド、後:フェルスタッペン)

ドライバーはリカルドとクビアトが残留。マシンは「タグ・ホイヤー」ブランドのルノー製PUを搭載したRB12を使用する。マシン性能は前年と比較すると向上し、予選ではフェラーリをしばしば上回り第3戦中国GPではクビアトが3位表彰台を獲得した。しかしクビアトは母国グランプリとなる第4戦ロシアGPで1コーナーでフェラーリのベッテルに追突。その弾みでベッテルがリカルドにも接触したことにより、レッドブルの2台はマシンにダメージを受け結果的にチームはノーポイントに終わる。この結果にレッドブル首脳陣はクビアトに激怒し、翌戦のスペインGPでクビアトと入れ替わりにトロ・ロッソからマックス・フェルスタッペンを昇格させるという采配を見せ大きな物議を醸した。その中、フェルスタッペンは移籍初戦のスペインGPでいきなり初優勝を成し遂げ史上最年少記録(18歳227日)を樹立。チームにとっても2014年ベルギーGP以来となる優勝を成し遂げた。モナコGPではアップデートしたルノーエンジンを搭載したリカルドが自身初のポールポジションを獲得。しかし決勝ではピットのミスでハミルトンに逆転され2位に終わった。それでも2014年のようなパフォーマンスは復活し、リカルド、フェルスタッペン共に安定したパフォーマンスを見せ、ドイツGPでフェラーリをコンストラクターズランキングで逆転し2位に浮上した。マレーシアGPでは3年ぶりのワン・ツー・フィニッシュを果たした(リカルドは2年ぶりの勝利)。

5月にレッドブルは、ルノーのパワーユニットの進歩を評価し、ルノーとパワーユニット供給契約を2018年まで結んだと発表した[10][11]。なお、最終戦アブダビGPでタグ・ホイヤーとの契約を2018年まで延長、引き続き「タグ・ホイヤー」のバッジネームを使用する[12]。12月1日、チームパートナー、公式燃料パートナー、公式潤滑油パートナー、公式モーターオイルパートナーとしてエクソンモービルと契約したことを発表した[13]

2017年[編集]

オーストラリアGPでのRB13(ドライバーはフェルスタッペン)

ドライバーはリカルドとフェルスタッペンの両名が残留。マシンはRB13を使用する。アゼルバイジャンGPでリカルドが優勝を達成。しかし、度重なるトラブルに見舞われ、前半戦では全チーム中最も周回数が少ないチームとなってしまった。特にフェルスタッペンに不運が連発し、カナダGPからオーストリアGPまで3戦連続リタイアを喫した。秋以降はメルセデスやフェラーリと互角に戦えるほどに復調し、フェルスタッペンはマレーシアGPメキシコGPで優勝した。しかしフェルスタッペンが復調すると今度はリカルドにトラブルが続出。終盤の4戦中3戦をトラブルでリタイアするなど最後まで信頼性の問題に悩まされる1年となった。ドライバーズランキングはリカルドが5位、フェルスタッペンが6位となった。

エピソード[編集]

  • 2009年からの活躍は目覚ましいものがあるが、空力に定評のある[14]エイドリアン・ニューウェイが「よいエンジンとよいシャシーの組み合わせのマシンが強いだろう。片方に裏切られたら問題が生じる。[15]」と率直な発言をすることからエンジンサプライヤーは難色を示すことも多々あり、成績が低迷した2015年シーズンにはルノーが「遅い」と批判された[16][17]。その翌年の2016年シーズンに向けエンジンを調達しようとメルセデスやフェラーリ、ホンダといった他のエンジンサプライヤーとそれぞれ交渉したがことごとく断られ[18]、兄弟チームのトロ・ロッソとともに一時はF1からの撤退も検討した[19]。2016年12月、タグ・ホイヤーを冠したルノー製パワーユニットを搭載する事が発表された[20]
  • ベッテルやフェルスタッペンを輩出する高い水準の青田買いを達成する一方で、成績の出せないドライバーは容赦なく解雇することから「大虐殺[21]だ」という意見もあった。なお、参戦開始した2005年から現在に至るまでレギュラードライバーはほぼレッドブル傘下のドライバーを起用し続けており、直接のスポンサードを受けていないドライバーは初期の頃に移籍してきたクルサードとウェバーのみである。
  • 2016年1月オーストリアのスキーコースで雪上デモ走行を行った[22]。ドライバーはマックス・フェルスタッペン。

戦績[編集]

シャシー
エンジン
タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 ポイント ランキング
2005年 RB1
コスワース TJ2005
3.0L V10
M AUS MAL BHR SMR ESP MON EUR CAN USA FRA GBR GER HUN TUR ITA BEL BRA JPN CHN 34 7位
イギリスの旗 クルサード 4 6 8 11 8 Ret 4 7 DNS 10 13 7 Ret 7 15 Ret Ret 6 9
オーストリアの旗 クリエン 7 8 Ret 8 DNS Ret 15 9 Ret 8 13 9 9 9 5
イタリアの旗 リウッツィ 8 Ret Ret 9
2006年 RB2
フェラーリ Tipo056
2.4L V8
M BHR MAL AUS SMR EUR ESP MON GBR CAN USA FRA GER HUN TUR ITA CHN JPN BRA 16 7位
イギリスの旗 クルサード 10 Ret 8 Ret Ret 14 3 12 8 7 9 11 5 15 12 9 Ret Ret
オーストリアの旗 クリエン 8 Ret Ret Ret Ret 13 Ret 14 11 Ret 12 8 Ret 11 11
オランダの旗 ドーンボス 12 13 12
2007年 RB3
ルノー RS27
2.4L V8
B AUS MAL BHR ESP MON CAN USA FRA GBR EUR HUN TUR ITA BEL JPN CHN BRA 24 5位
イギリスの旗 クルサード Ret Ret Ret 5 14 Ret Ret 13 11 5 11 10 Ret Ret 4 8 9
オーストラリアの旗 ウェバー 13 10 Ret Ret Ret 9 7 12 Ret 3 9 Ret 9 7 Ret 10 Ret
2008年 RB4
ルノー RS27-2008
2.4L V8
B AUS MAL BHR ESP TUR MON CAN FRA GBR GER HUN EUR BEL ITA SIN JPN CHN BRA 29 7位
イギリスの旗 クルサード Ret 9 18 12 9 Ret 3 9 Ret 13 9 17 11 16 7 Ret 10 Ret
オーストラリアの旗 ウェバー Ret 7 7 5 7 4 12 6 10 Ret 11 12 8 8 Ret 8 14 10
2009年 RB5
ルノー RS27
2.4L V8
B AUS MAL CHN BHR ESP MON TUR GBR GER HUN EUR BEL ITA SIN JPN BRA ABU 153.5 2位
オーストラリアの旗 ウェバー 12 6 2 11 3 5 2 2 1 3 9 9 Ret Ret 17 1 2
ドイツの旗 ベッテル 13 15 1 2 4 Ret 3 1 2 Ret Ret 3 8 4 1 4 1
2010年 RB6
ルノー RS27
2.4L V8
B BHR AUS MAL CHN ESP MON TUR CAN EUR GBR GER HUN BEL ITA SIN JPN KOR BRA ABU 498 1位
ドイツの旗 ベッテル 4 Ret 1 6 3 2 Ret 4 1 7 3 3 15 4 2 1 Ret 1 1
オーストラリアの旗 ウェバー 8 9 2 8 1 1 3 5 Ret 1 6 1 2 6 3 2 Ret 2 6
2011年 RB7
ルノー RS27
2.4L V8
P AUS MAL CHN TUR ESP MON CAN EUR GBR GER HUN BEL ITA SIN JPN KOR IND ABU BRA 650 1位
ドイツの旗 ベッテル 1 1 2 1 1 1 2 1 2 4 2 1 1 1 3 1 1 Ret 2
オーストラリアの旗 ウェバー 5 4 3 2 4 4 3 3 3 3 5 2 Ret 3 4 3 4 4 1
2012年 RB8
ルノー RS27
2.4L V8
P AUS MAL CHN BHR ESP MON CAN EUR GBR GER HUN BEL ITA SIN JPN KOR IND ABU USA BRA 460 1位
ドイツの旗 ベッテル 2 11 5 1 6 4 4 Ret 3 5 4 2 22 1 1 1 1 3 2 6
オーストラリアの旗 ウェバー 4 4 4 4 11 1 7 4 1 8 8 6 20 11 9 2 3 Ret Ret 4
2013年 RB9
ルノー RS27
2.4L V8
P AUS MAL CHN BHR ESP MON CAN GBR GER HUN BEL ITA SIN KOR JPN IND ABU USA BRA 596 1位
ドイツの旗 ベッテル 3 1 4 1 4 2 1 Ret 1 3 1 1 1 1 1 1 1 1 1
オーストラリアの旗 ウェバー 6 2 Ret 7 5 3 4 2 7 4 5 3 15 Ret 2 Ret 2 3 2
2014年 RB10
ルノー エナジーF1-2014
1.6L V6ターボ
P AUS MAL BHR CHN ESP MON CAN AUT GBR GER HUN BEL ITA SIN JPN RUS USA BRA ABU 405 2位
ドイツの旗 ベッテル Ret 3 6 5 4 Ret 3 Ret 5 4 7 5 6 2 3 8 7 5 8
オーストラリアの旗 リカルド DSQ Ret 4 4 3 3 1 8 3 6 1 1 5 3 4 7 3 Ret 4
2015年 RB11
ルノー エナジーF1-2015
1.6L V6ターボ
P AUS MAL CHN BHR ESP MON CAN AUT GBR HUN BEL ITA SIN JPN RUS USA MEX BRA ABU 187 4位
オーストラリアの旗 リカルド 6 10 9 6 7 5 13 10 Ret 3 Ret 8 2 15 15 10 5 11 6
ロシアの旗 クビアト DNS 9 Ret 9 10 4 9 12 6 2 4 10 6 13 5 Ret 4 7 10
2016年 RB12
タグ・ホイヤー
(ルノーR.E.16)
1.6L V6ターボ
P AUS BHR CHN RUS ESP MON CAN EUR AUT GBR HUN GER BEL ITA SIN MAL JPN USA MEX BRA ABU 468 2位
オーストラリアの旗 リカルド 4 4 4 11 4 2 7 7 5 4 3 2 2 5 2 1 6 3 3 6 5
ロシアの旗 クビアト DNS 7 3 15
オランダの旗 フェルスタッペン 1 Ret 4 8 2 2 5 3 11 7 6 2 2 Ret 4 3 4
2017年 RB13
タグ・ホイヤー
(ルノーR.E.17)
1.6L V6ターボ
P AUS CHN BHR RUS ESP MON CAN AZE AUT GBR HUN BEL ITA SIN MAL JPN USA MEX BRA ABU 368 3位
オーストラリアの旗 リカルド Ret 4 5 Ret 3 3 3 1 3 5 Ret 3 4 2 3 3 Ret Ret 6 Ret
オランダの旗 フェルスタッペン 5 3 Ret 5 Ret 5 Ret Ret Ret 4 5 Ret 10 Ret 1 2 4 1 5 5

レッドブル・テクノロジー[編集]

同チームの開発部門は法人格上は「レッドブル・テクノロジー」という別会社となっており、最高技術責任者(CTO)のエイドリアン・ニューウェイを始め開発部門の主だったスタッフの大半は名目上同社所属という扱いになっている。

これは元々コンコルド協定において、あるF1チームが開発したシャシーに関する設計情報などを他チームと共有することが認められないのに対し、F1チーム以外の企業が持つシャシー設計情報を複数のF1チームが利用することにはかつて制限がなかった、という一種の抜け道を利用することが狙いで、同チームと兄弟チームのトロ・ロッソはレッドブル・テクノロジーを介することでシャシー設計を事実上共有していた(実際スーパーアグリF1チームも、似たような手法でホンダF1のシャシー設計を流用していた)。2010年よりこのような抜け道的なシャシー設計の共有は認められなくなったため、トロ・ロッソは現在自社デザインによるシャシー設計を行っている。

現在は同社からレッドブル・レーシングやトロ・ロッソ以外のF1チームへのパーツ供給も行っており、その第1弾として、2011年からはレッドブルと同じルノーエンジンを使用するチーム・ロータス(後のケータハムF1チーム)に対しギアボックスや油圧システム等を供給していた[23]

メディアプロモーション[編集]

レッドブルは豊富な資金力とユニークな発想で、広報活動においても注目を集めている。

  • ジャガー時代からの継続で、2005年と2006年のモナコGPには映画とのタイアップでスペシャルペイントを施したマシンが出走した。
  • 2005年スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐とのタイアップ。ゲストとしてジョージ・ルーカスが招かれたのはもちろん、ダース・ベイダーC-3POらキャラクター達もパドックに全員集合した。さらに、ピットクルーは全員帝国軍兵士のコスプレをする念の入れようだった。レースの方は序盤クルサードがフェラーリのミハエル・シューマッハを従え上位を快走していたが、ギアトラブルでリタイア。残ったリウッツィもトラブルでリタイヤしたが、注目度はどこよりも高く、ライバルチーム達の度肝を抜くことに成功した。
  • 2006年スーパーマン リターンズとのタイアップ。前年ほど派手な展開ではなかったが(とはいえドライバーのレーシングスーツのデザインがスーパーマンのスーツと同じになるなど、それなりに念の入ったものだった)、上位陣が次々と脱落する中でクルサードが3位表彰台を勝ち取り(自身2003年日本グランプリ以来の表彰台で、フジテレビ竹下陽平アナウンサーをして「クルサード・リターンズ」と言わしめた)、スーパーマンの赤いマントを翻して登壇した。
  • パドックで招待客をもてなすモーターホームは、レッドブルとトロ・ロッソの駐車スペースに総3階立ての巨大な建造物を設営して他チームを圧倒した(すでに「モーターホーム」ではないという声もある)。2006年のモナコGPでは、ヨットハーバーのの上に設営する特別仕様まで用意した。
  • 参戦当初、毎レースパドックに印刷機材を持ち込み、「The RED BULLETIN」(レッドブリティン—Red Bull+Bulletin(速報)の造語)という日刊紙を発行して、F1関係者にパドックで無料配布していた。実際には安価ではあるものの有料なのだが、ディートリヒ・マテシッツ会長が全数買い取った上で配布するという形が取られているため、実質的に無料である。日本グランプリでは、各日レッドブルのブースでレッドブル購入者に先着順でプレゼントされる。なお、Web上でもPDF形式で公開している。なお「The RED BULLETIN」は、2009年からレッドブルがスポンサードするスポーツ活動全般をカバーする広報誌としてリニューアルされており、F1のパドックでの発行は2008年シーズンで終了した[24]
  • F1においては「女性蔑視[25]に当たる」との理由から他チームがレースクイーン等の起用に及び腰な中、毎レース「フォーミュラ・ウナ(Formula Una)」と題して開催国の美女を集め、自チームのモーターホームにおいてコンテストを実施していた。ただし経費節減策の一環として、「フォーミュラ・ウナ」も2008年一杯で終了した[24]
  • F1マシンのデモ走行や、イベント「Red Bull Showrun」が日本でも行われている。2007年には東京都台東区浅草寺で、2009年は9月20日に大阪府大阪城公園[26]、同月22日に埼玉県越谷市イオンレイクタウンmoriで、同月30日は三重県鈴鹿スポーツガーデンで開催された。同月29日には、明治神宮野球場で行われていたプロ野球の阪神タイガース東京ヤクルトスワローズの試合で走行を披露した[27]
  • プレイステーション3用ゲームソフト「グランツーリスモ5」に収録された架空のレーシングカー「レッドブル・X2010」の開発に全面協力している。「レギュレーションの枠にとらわれない、地上最速のレーシングカー」を実現するため、エイドリアン・ニューウェイが空力システムについて全面的にアイディア[28][29]を出している。テストドライブはベッテルが担当。

脚注[編集]

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  1. ^ 前身の前身であるスチュワート・グランプリが1999年のヨーロッパGPで優勝を果たしている。
  2. ^ レッドブル、インフィニティとのスポンサー契約を発表 - F1-Gate.com・2011年3月1日
  3. ^ レッドブル、ニッサンのバッテリー技術をKERSに応用 - オートスポーツWEB・2011年3月1日
  4. ^ レッドブルの2台、エンジン交換でグリッド降格 - F1-gate.com・2015年6月19日
  5. ^ レッドブル、ルノーとの契約解消を検討 - F1-gate.com・2015年8月23日
  6. ^ レッドブル&ルノーの離別は決定的か - ESPN F1・2015年9月7日
  7. ^ “レッドブルの決別 「ルノーの失敗は資金を投入しなかったこと」”. F1-Gate.com. (2015年9月13日). http://f1-gate.com/redbull/f1_28412.html 2015年9月28日閲覧。 
  8. ^ “レッドブル、“タグ・ホイヤー”エンジンを搭載?”. F1-Gate.com. (2015年12月3日). http://f1-gate.com/redbull/f1_29369.html 2015年12月12日閲覧。 
  9. ^ “レッドブル、“タグ・ホイヤー”パワーユニットでの参戦を正式発表”. F1-Gate.com. (2015年12月4日). http://f1-gate.com/redbull/f1_29387.html 2015年12月12日閲覧。 
  10. ^ これに併せて、2015年のフェラーリ製パワーユニットを使用していたトロ・ロッソもルノーに戻すことが発表されている
  11. ^ “レッドブルとトロ・ロッソ、ルノーと2018年までのF1エンジン契約を締結”. F1-Gate.com. (2016年5月29日). http://f1-gate.com/redbull/f1_31229.html 2016年6月1日閲覧。 
  12. ^ レッドブルF1、タグ・ホイヤーとのエンジン・ネーミングライツ契約を延長”. AUTOSPORTweb (2016年11月26日). 2016年11月26日閲覧。
  13. ^ 【正式】マクラーレン、長年のパートナー、エクソンモービルを失う。レッドブルとの契約が発表”. AUTOSPORTweb (2016年12月2日). 2016年12月3日閲覧。
  14. ^ 外部リンク
  15. ^ 外部リンク
  16. ^ F1-Gate (2015年7月28日). “ルノー、レッドブルとの関係はもはや修復不可能?”. 2016年5月28日閲覧。
  17. ^ F1-Gate (2015年10月10日). “ルノー、レッドブルに2016年もエンジンを供給するのは“難しい””. 2016年5月28日閲覧。
  18. ^ F1-Gate (2015年12月13日). “レッドブル 「エンジンメーカーは結託して供給を拒んだ」”. 2016年5月28日閲覧。
  19. ^ F1-Gate (2015年10月14日). “レッドブルがF1撤退なら、トロ・ロッソも撤退”. 2016年5月28日閲覧。
  20. ^ F1-Gate (2015年12月4日). “レッドブル、“タグ・ホイヤー”パワーユニットでの参戦を正式発表”. 2016年5月28日閲覧。
  21. ^ 外部リンク
  22. ^ F1マシンがスキーコースを疾走
  23. ^ LOTUS GETS A LITTLE RED BULL TECHNOLOGY FOR 2011 - 同社プレスリリース・2010年10月5日
  24. ^ a b Red Bulletin to close down? - grandprix.com
  25. ^ これを受けたFIAは、モナコGPではグリッドガールならぬグリッドボーイを配置し、物議を醸した。
  26. ^ クルサードが大阪城をバックに疾走!(F1-Live.com)
  27. ^ レッドブルF1と日本プロ野球のコラボ!(F1-Live.com)
  28. ^ レッドブルはコンピュータによるシミュレーションを重視しており、マックス・フェルスタッペンは幼少時からテレビゲームで感を鍛えていた。
  29. ^ 外部リンク

関連項目[編集]

外部リンク[編集]