ニコ・ヒュルケンベルグ

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ニコ・ヒュルケンベルグ
Nico Hulkenberg 2016 Malaysia.jpg
ヒュルケンベルグ (2016年マレーシアGP)
基本情報
フルネーム ニコラス・ヒュルケンベルグ
略称表記 HUL
国籍 ドイツの旗 ドイツ
出身地 西ドイツの旗 西ドイツ
同・エメリッヒ・アム・ライン
生年月日 (1987-08-19) 1987年8月19日(29歳)
F1での経歴
活動時期 2010,2012-
過去の所属チーム '10 ウィリアムズ
'12,'14-'16 フォース・インディア
'13 ザウバー
所属チーム ルノー '17-
車番 27
出走回数 117 (115スタート)
タイトル 0
優勝回数 0
表彰台(3位以内)回数 0
通算獲得ポイント 362
ポールポジション 1
ファステストラップ 2
初戦 2010年バーレーンGP
2016年順位 9位 (72ポイント)
(記録は2016年最終戦アブダビGP終了時)
テンプレートを表示

ニコラス・"ニコ"・ヒュルケンベルグNicolas "Nico" Hülkenberg, 1987年8月19日 - )は、西ドイツノルトライン=ヴェストファーレン州クレーヴェ郡エメリッヒ・アム・ライン出身のF1ドライバー。ニコ・ヒュルケンバーグとも表記されることもある。ニックネームはハルク[1]。フジテレビF1中継でのニックネームは「皇帝チルドレン」。身長184cm[2]

初期の経歴[編集]

カート[編集]

1997年、10歳でカートレースデビューし2002年にドイツ・ジュニア・カート選手権に出場し翌2003年、チャンピオンを獲得。2004年も参戦していた[3]

フォーミュラ・BMW[編集]

2005年にドイツ・フォーミュラ・BMWのジョセフ・カウフマン・レーシングから参戦しシリーズ・チャンピオンを獲得。しかし、このチャンピオンはセバスチャン・ブエミがブレーキテストをしたとしてシーズン終了後に裁定によりペナルティを受けた為、獲得したチャンピオンであった[3]

フォーミュラ3[編集]

2006年、ドイツF3にジョセフ・カウフマン・レーシングから参戦して5位(1勝)で終えて、2007年からユーロF3ASM・フォーミュラ3(ASM Formule 3 ※現在のART Grand Prix)から参戦し第3戦ノリスリンクではグリッド18番目から優勝し、第6戦ザントフォールトでは雨のレース、第7戦ニュルブルクリンクで優勝しシーズン3位に終えた[4]。また同年のマスターズF3で優勝をしている[5]

2008年もユーロ・F3のARTグランプリから参戦しチャンピオンに輝いた。

A1グランプリ[編集]

ウィリアムズをテスト走行するヒュルケンベルグ(2008年6月カタルーニャ

2006-2007A1グランプリにA1チーム・ドイツからクリスチャン・ベトリスと共に参戦し、ヒュルケンベルグは20レース中9勝をあげドイツチームに128ポイントを獲得し2位との差35ポイントをつけドイツチームに優勝をもたらした[3]

ヒュルケンベルグはミハエル・シューマッハなどのマネージャであるウィリー・ウェーバーのマネージメントをこのころから受けることになった。これは2006年末にA1のドイツチームを運営していたウェーバーが初戦のドライバーとしてオファーしたのが切っ掛けだった。

GP2[編集]

ARTグランプリからGP2に出走する。(2009年5月モナコ

2009年はARTグランプリからGP2の本シリーズから出場する予定だったが急遽、アジアシリーズに第3戦目、第4戦目の2戦4レースのみ出場し2回のポールポジション、1回の優勝をした。

GP2本シリーズでも活躍を見せ、母国レースとなったニュルブルクリンクではネルソン・ピケJr.以来GP2史上2人目となるフルポイントレース(第1レースでポールポジションファステストラップ、優勝を独占し、リバースグリッドでのスタートとなる第2レースでも優勝とファステストラップを獲得。GP2では20ポイント獲得できる)を達成した。そして第9戦モンツァでGP2チャンピオンを獲得した。最終戦を残してのチャンピオン獲得はGP2史上初めてとなる。

F1[編集]

ウィリアムズ[編集]

ウィリアムズ・FW32をドライブするヒュルケンベルグ。(2010年6月カナダGP

マネージャーのウィリー・ウェーバーはF1でのテストドライブを行うためにルノーF1フラビオ・ブリアトーレに接触していたが、2007年12月4日にヘレスウィリアムズからテストする機会を得て[6]、2007年12月13日にウィリアムズのテストドライバーとなることが発表された[7]。これにより、2008年及び2009年はF3やGP2と平行してウィリアムズのテストドライバーを務めた。

2010年より同チームのレギュラードライバーに昇格し、ルーベンス・バリチェロをチームメイトに参戦することが発表された[8]。第3戦マレーシアGPでは10位入賞を果たし、F1で初ポイントを獲得した。その後はしばらく入賞がなかったが、第10戦イギリスGPで10位入賞を果たすと、第12戦ハンガリーGPでは自己ベストの6位でフィニッシュした。さらに、第18戦ブラジルGPにて自身初のポールポジションを獲得した。尚、所属するウィリアムズにとっては2005年ヨーロッパGP以来5年ぶり、ルーキードライバーのPP獲得は2007年ルイス・ハミルトン以来3年振りの快挙である。レースではトップチームのドライバーを抑えることは出来ず、トップ4チームの後ろで8位に入賞するに留まった。

8月下旬ごろから、2010年シーズンいっぱいでウィリアムズから放出されるのではないか、という報道がなされるようになった[9][10][11]。ウィリアムズは2010年末で複数の主要スポンサーの撤退が重なり2011年シーズンの資金が不足していた[12]。その為、最終的には持ち込み資金が豊富なパストール・マルドナドにシートを奪われる形になり、2010年限りでウィリアムズを離脱することを11月15日に発表した[13]

フォース・インディア(第一期)[編集]

2011年シーズンに所属するチームとして、フォース・インディアフェラーリなどが噂になった[14][15]。また、ウェバーがヴァージンから接触があったことを明らかにした[16]。最終的に、フォース・インディアにリザーブドライバーとして加入し[17]、シーズンを通して金曜フリー走行1回目に出走した(ベルギーGPはフリー走行2回目に出走。モナコ、シンガポール、韓国、インド、アブダビの各GPでは出走無し)。 またこの年はF3時代からマネージャーだったウィリー・ウェーバーとの契約を終了し、今後は自身でマネジメントを行うことになった[18]

2012年シーズンエイドリアン・スーティルがチームから離脱し、レギュラードライバーに昇格した[19] 。 開幕戦オーストラリアGPでQ3に進出し、速さが健在であることをアピールするもののシーズン序盤はややパフォーマンスが伸び悩む。母国であるドイツGPでは予選4番手につける活躍をみせると、次第に頭角を現しベルギーGPでは4位に入り自己最高位で完走。後半戦には安定して上位に進出するようになる。最終戦ブラジルGPでは、2年前にポールポジションを獲得した思い出の舞台で好走。難しい路面コンディションに翻弄されるドライバー達の中で、ドライタイヤで走り続けることを選択すると、ジェンソン・バトンと共に争いながら3位以下のドライバーを一時は40秒近くも引き離す。SC導入によりリードを失ってしまうものの、レース再開後も高いレーススキルを発揮しトップを快走した。しかしレース終盤に濡れた路面に足を掬われルイス・ハミルトンと接触、リタイアに追い込んでしまい、ドライブスルーペナルティを受けたことで優勝争いから脱落。最終的に5位でチェッカーを受けた。だがこの結果もあって、ランキングはディ・レスタを上回る11位を記録した。

ザウバー[編集]

ザウバー・C32をドライブするヒュルケンベルグ(2013年ドイツGP)

2013年シーズンにはフェラーリへの移籍話なども挙がっていたが、最終的にザウバーから参戦した。

ザウバーは前年の好調から一転して、前半戦はマシンの不調により成績が低迷。また、チームの財政難によって給料未払いが発生するなど、移籍の決断が正しかったのか問われる状況になった。しかし成績に関しては後半戦は安定して上位に進出出来るようになり、イタリアGPは予選3位、韓国GPでは決勝4位という成績を残すなどコンスタントに上位進出を果たした。ただしチームの資金不足は深刻なままであり、前年のフォースインディアに続いて所属チームが資金難となってしまった。

フォース・インディア(第二期)[編集]

フェリペ・マッサの後釜としてフェラーリのドライバー候補になったものの、最終的にキミ・ライコネンがシートを得た[20]。次にロータスと契約間近といわれながら、チームと投資家との交渉が難航して交渉が進展しない状況が続いた。最終的にはフォース・インディアに戻ることになった[21]

2014年[編集]

2014年、前半に安定して入賞を続けた。序盤3戦が終わった時点ではドライバーズポイントでロズベルグ、ハミルトンに続くランキング3位、コンストラクターズランキングでもメルセデスに続く2位につけた。リタイヤが比較的多かったウィリアムズ、マクラーレンを出し抜きメルセデスPU勢で2番目につくものの、後半は失速。ドライバーズポイントはチームメイトのセルジオ・ペレスを上回ったが最高位はペレスの3位表彰台が上だった。

2015年[編集]

2015年もフォース・インディアより参戦した。序盤はマシン状態があまり良くなくポイントを獲得できないレースが多かったが中盤戦から入賞するレースが増えた。だが表彰台を獲得するまでには至らずシーズンのランキングは10位となった。また、表彰台を獲得したペレスにもランキングで敗れた。

2016年[編集]

この年もフォース・インディアに残留。マシンの性能だけではなく同僚のペレスにも差がつけられているものの、2016年モナコグランプリはレース終了直前にニコ・ロズベルグを抜くなどの見せ場を作った。同レースで予選5位も獲得しているが、ペレスが同レースで3位表彰台を獲得した事で、ややペレスに対して劣勢な見方をされてしまっている。オーストリアGPでは予選3位を獲得し、ロズベルグのペナルティにより2番手スタートとなったが、タイヤのマネージメントに苦しみ最後はトラブルでマシンを止めている。

ルノー[編集]

2017年からはフォース・インディアを離れ、ルノーからの参戦を発表した。契約年数は2年プラスオプション1年となっている。しかしメルセデスAMGニコ・ロズベルグが引退を発表した後、ヒュルケンベルグにチーム側がオファーを出したが、ルノーに移籍を断られている。

WEC[編集]

2015年にはF1のレースの合間を縫って、ポルシェチームよりWECの第2戦スパ6時間耐久レース、第3戦ル・マン24時間レースにも参戦した。そしてル・マン24時間レースでヒュルケンベルグの乗る19号車は終始安定した走りを見せ見事、優勝を成し遂げた。F1現役ドライバーがル・マンで優勝したのは久々のことであり注目を集めた。ヒュルケンベルグ自身は「来年もル・マンに参戦したい」と語っていたが、2016年はル・マンとアゼルバイジャンでのF1ヨーロッパGPと日付が重なってしまい参戦は見送られることとなった。

エピソード[編集]

  • F1での最高位は4位(3回 /2016年アメリカGP終了時)で表彰台経験は無い。これは、2012年にフォースインディアのシートを争った、エイドリアン・スーティルポール・ディ・レスタの3人全員に共通した記録となっており、F1歴代での表彰台未登壇ドライバーの最多出走がスーティル(128戦で未登壇)、ヒュルケンベルグはそれに次ぐ2番目の記録保持者となっている[22]
  • 固定ナンバーは27。かつてのフェラーリのエースナンバーの印象が根強い人気のナンバーであるが、本人がつけた理由は「自分の生まれた月(8)と生まれた日(19)の合計によるもの。
  • 初PPを獲得したブラジルでは入賞率100%を保っており、相性の良いサーキットといえる。しかし、オーストラリアでは初完走は4度目の挑戦で、それまでの3回は全てレースを1周も走れずにリタイアしている。他、母国のドイツGP、自身初入賞を達成したマレーシアGPでは、それぞれ1度入賞を外しているものの、完走率100%を誇っている。
  • 所属していたチームでは、シーズン前半より、シーズン後半に成績が上向いてくることが多い。

レース戦績[編集]

略歴[編集]

シリーズ チーム レース 勝利 PP FL 表彰台 ポイント 順位
2005 フォーミュラ・BMW ADAC ヨセフ・カウフマン・レーシング 20 8 9 6 14 287 1位
フォーミュラ・BMW ワールド・ファイナル 1 0 0 1 1 N/A 3位
2006 ドイツ・フォーミュラ3選手権 18 1 3 5 6 78 5位
V de V チャレンジ・エンデュランス・モダン グリフィスズ 2 1 2  ? 1 50 17位
2006-07 A1グランプリ A1 チーム・ドイツ 20 9 3 5 14 128 1位
2007 フォーミュラ3・ユーロシリーズ ASM フォーミュラ3 20 4 2 3 8 72 3位
マカオグランプリ 1 0 0 0 0 N/A 23位
マスターズ・オブ・フォーミュラ3 1 1 0 0 1 N/A 1位
2008 フォーミュラ3・ユーロシリーズ ARTグランプリ 20 7 6 7 8 87 1位
マスターズ・オブ・フォーミュラ3 1 0 1 0 1 N/A 2位
2008-09 GP2アジアシリーズ 4 1 2 0 2 27 6位
2009 GP2シリーズ 20 5 3 5 10 100 1位
フォーミュラ1 AT&T・ウィリアムズ テストドライバー
2010 19 0 1 0 0 22 14位
2011 フォース・インディアF1チーム テストドライバー
2012 サハラ・フォース・インディアF1チーム 20 0 0 1 0 63 11位
2013 ザウバーF1チーム 19 0 0 0 0 51 10位
2014 サハラ・フォース・インディアF1チーム 19 0 0 0 0 96 9位
2015 19 0 0 0 0 58 10位
世界耐久選手権 ポルシェ・チーム 2 1 0 0 1 58 9位
ル・マン24時間レース 1 1 0 0 1 N/A 1位
2016 フォーミュラ1 サハラ・フォース・インディアF1チーム 17 0 0 1 0 54* 9位*
2017 ルノー・スポールF1チーム - - - - - - -
  • * : 今シーズンの順位。(現時点)

A1グランプリ[編集]

エントラント 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 DC ポイント
2006年 ドイツ NED
FEA

4
NED
SPR

1
CZE
FEA

Ret
CZE
SPR

4
BEI
FEA

5
BEI
SPR

Ret
MYS
FEA

2
MYS
SPR

1
IDN
FEA

5
IDN
SPR

2
NZL
FEA

1
NZL
SPR

1
AUS
FEA

1
AUS
SPR

1
RSA
FEA

1
RSA
SPR

1
MEX
FEA
MEX
SPR
SHA
FEA

3
SHA
SPR

3
GBR
FEA

2
GBR
SPR

1
1位 128

フォーミュラ3・ユーロシリーズ[編集]

エントラント シャシー エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 DC ポイント
2007年 ARTグランプリ ダラーラ F305/021 メルセデス HOC1
1

2
HOC1
2

7
BRH
1

4
BRH
2

6
NOR
1

Ret
NOR
2

1
MAG
1

Ret
MAG
2

14
MUG
1

21
MUG
2

14
ZAN
1

6
ZAN
2

1
NÜR
1

1
NÜR
2

4
CAT
1

2
CAT
2

8
NOG
1

3
NOG
2

3
HOC2
1

1
HOC2
2

7
3位 72
2008年 ダラーラ F308/009 HOC1
1

Ret
HOC1
2

Ret
MUG
1

1
MUG
2

5
PAU
1

Ret
PAU
2

16
NOR
1

1
NOR
2

Ret
ZAN
1

1
ZAN
2

13
NÜR
1

1
NÜR
2

4
BRH
1

1
BRH
2

5
CAT
1

1
CAT
2

Ret
LMS
1

24
LMS
2

8
HOC2
1

1
HOC2
2

3
1位 87

GP2シリーズ[編集]

エントラント 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 DC ポイント
2009年 ARTグランプリ ESP
FEA

9
ESP
SPR

4
MON
FEA

5
MON
SPR

3
TUR
FEA

5
TUR
SPR

4
GBR
FEA

3
GBR
SPR

5
GER
FEA

1
GER
SPR

1
HUN
FEA

1
HUN
SPR

7
VAL
FEA

2
VAL
SPR

1
BEL
FEA

2
BEL
SPR

Ret
ITA
FEA

6
ITA
SPR

3
POR
FEA

1
POR
SPR

16
1位 100

GP2アジアシリーズ[編集]

エントラント 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 DC ポイント
2008-09年 ARTグランプリ CHN
FEA
CHN
SPR
DUB
FEA
DUB
SPR
BHR1
FEA

4
BHR1
SPR

4
QAT
FEA

1
QAT
SPR

3
MYS
FEA
MYS
SPR
BHR2
FEA
BHR2
SPR
6位 27

F1[編集]

所属チーム シャシー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 WDC ポイント
2010年 ウィリアムズ FW32 BHR
14
AUS
Ret
MAL
10
CHN
15
ESP
16
MON
Ret
TUR
17
CAN
13
EUR
Ret
GBR
10
GER
13
HUN
6
BEL
14
ITA
7
SIN
10
JPN
ret
KOR
10
BRA
8
ABU
16
14位 22
2011年 フォース・インディア VJM04 AUS
TD
MAL
TD
CHN
TD
TUR
TD
ESP
TD
MON CAN
TD
EUR
TD
GBR
TD
GER
TD
HUN
TD
BEL
TD
ITA
TD
SIN
JPN
TD
KOR
IND
ABU
BRA
TD
- -
2012年 VJM05 AUS
Ret
MAL
9
CHN
15
BHR
12
ESP
10
MON
8
CAN
12
EUR
5
GBR
12
GER
9
HUN
11
BEL
4
ITA
21
SIN
14
JPN
7
KOR
6
IND
8
ABU
Ret
USA
8
BRA
5
11位 63
2013年 ザウバー C32 AUS
DNS
MAL
8
CHN
10
BHR
12
ESP
15
MON
11
CAN
Ret
GBR
10
GER
10
HUN
11
BEL
13
ITA
5
SIN
9
KOR
4
JPN
6
IND
19
ABU
14
USA
6
BRA
8
10位 51
2014年 フォース・インディア VJM07 AUS
6
MAL
5
BHR
5
CHN
6
ESP
10
MON
5
CAN
5
AUT
9
GBR
8
GER
7
HUN
Ret
BEL
10
ITA
12
SIN
9
JPN
8
RUS
12
USA
Ret
BRA
8
ABU
6
9位 96
2015年 VJM08 AUS
7
MAL
14
CHN
Ret
BHR
13
ESP
15
MON
11
CAN
8
AUT
6
10位 58
VJM08B GBR
7
HUN
Ret
BEL
DNS
ITA
7
SIN
Ret
JPN
6
RUS
Ret
USA
Ret
MEX
7
BRA
6
ABU
7
2016年 VJM09 AUS
7
BHR
15
CHN
15
RUS
Ret
ESP
Ret
MON
6
CAN
8
EUR
9
AUT
19
GBR
7
HUN
10
GER
7
BEL
4
ITA
10
SIN
Ret
MAL
8
JPN
8
USA
Ret
MEX
7
BRA
7
ABU
7
9位 72

ル・マン24時間[編集]

チーム コ・ドライバー 車両 クラス 周回数 順位 クラス順位
2015年 ドイツの旗 ポルシェ・チーム イギリスの旗 ニック・タンディ
ニュージーランドの旗 アール・バンバー
ポルシェ・919 ハイブリッド LMP1 395 1位 1位

世界耐久選手権[編集]

チーム 車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 ランク ポイント
2015年 ポルシェ・チーム ポルシェ・919 ハイブリッド LMP1 SIL SPA
6
LMS
1
NÜR COA FSW SHA BHR 9位 58
タイトル
先代:
マルセル・フェスラー
ブノワ・トレルイエ
アンドレ・ロッテラー
ル・マン24時間優勝者
2015 with:
アール・バンバー
ニック・タンディ
次代:
マルク・リープ
ロマン・デュマ
ニール・ジャニ

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ "バトンが望む2013年のチームメートとは". TopNews.(2012年9月23日)2013年11月28日閲覧。
  2. ^ Nico Hulkenberg Sauber Formula 1 Driver - Yahoo! Eurosport UK
  3. ^ a b c Meet the rookies: Nico Hülkenberg”. F1Fanatic.co.uk (2007年). 2007年8月16日閲覧。
  4. ^ F3 Euro Zandvoort 2: Hülkenberg wins in wet”. MaximumMotorsport.co.uk (2007年). 2007年8月16日閲覧。
  5. ^ Hülkenberg wins F3 Masters as Grosjean stalls”. MaximumMotorsport.co.uk (2007年). 2007年8月16日閲覧。
  6. ^ Hulkenberg to test for Williams at Jerez(autosport.com 2007年12月3日記事)
  7. ^ Williams sign Hulkenberg as test driver(autosport.com 2007年12月13日記事)
  8. ^ Williams set for 2010 with Barrichello and Hulkenberg(Motorsport.com 2009年11月2日記事)
  9. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、ウィリアムズとの2011年の交渉はまだ”. F1-Gate.com. (2010年8月27日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_8874.html 2011年1月27日閲覧。 
  10. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、シート喪失の危機”. F1-Gate.com. (2010年10月8日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_9430.html 2011年1月27日閲覧。 
  11. ^ “ウィリアムズ、ニコ・ヒュルケンベルグの放出を検討”. F1-Gate.com. (2010年10月19日). http://f1-gate.com/williams/f1_9585.html 2011年1月27日閲覧。 
  12. ^ ウィリアムズ、上場でスポンサー減少か - ESPN F1・2011年2月10日
  13. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、ウィリアムズ離脱を発表”. F1-Gate.com. (2010年11月15日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_10016.html 2011年1月27日閲覧。 
  14. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、フェリペ・マッサに代わってフェラーリ加入?”. F1-Gate.com. (2010年11月17日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_10037.html 2011年1月27日閲覧。 
  15. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、フォース・インディアでF1残留を目指す”. F1-Gate.com. (2010年11月16日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_10024.html 2011年1月27日閲覧。 
  16. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、ヴァージンからのオファーを蹴る”. F1-Gate.com. (2010年11月19日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_10447.html 2011年1月27日閲覧。 
  17. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、フォース・インディアとリザーブドライバー契約”. F1-Gate.com. (2011年1月27日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_10501.html 2011年1月27日閲覧。 
  18. ^ . F1-Gate.com. (2010年5月14日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_11706.html =ニコ・ヒュルケンベルグ、ウィリー・ウェバーと決別 2011年12月30日閲覧。 
  19. ^ “フォース・インディア、2012年はヒュルケンベルグとディ・レスタ”. F1-Gate.com. (2011年12月15日). http://f1-gate.com/forceindia/f1_13885.html 2011年12月30日閲覧。 
  20. ^ “ヒュルケンベルグのマネジャー、フェラーリの断り方に不満”. TopNews. (2013年9月13日). http://www.topnews.jp/2013/09/13/news/f1/drivers/nico-hulkenberg/96087.html 2013年11月28日閲覧。 
  21. ^ “フォース・インディア、ニコ・ヒュルケンベルグの起用を正式発表”. F1-Gate.com. (2013年12月4日). http://f1-gate.com/forceindia/f1_21892.html 2013年12月6日閲覧。 
  22. ^ 2016ベルギーグランプリ Latest/Feature Spa stats - Formula1.com 2016-08-28

関連項目[編集]

外部リンク[編集]