セルジオ・ペレス

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セルジオ・ペレス
Sergio Perez 2016 Malaysia.jpg
基本情報
フルネーム セルジオ・ペレス・メンドーザ
略称表記 PER
国籍 メキシコの旗 メキシコ
出身地 同・ハリスコ州グアダラハラ
生年月日 (1990-01-26) 1990年1月26日(26歳)[1]
F1での経歴
活動時期 2011-
過去の所属チーム '11-'12 ザウバー
'13 マクラーレン
所属チーム フォース・インディア '14-
車番 11
出走回数 117 (114スタート)
タイトル 0
優勝回数 0
表彰台(3位以内)回数 7
通算獲得ポイント 367
ポールポジション 0
ファステストラップ 3
初戦 2011年オーストラリアGP
2016年順位 7位 (101ポイント)
(記録は2016年最終戦アブダビGP終了時)
テンプレートを表示

セルジオ・ペレス・メンドーザSergio Pérez Mendoza, 1990年1月26日[1] - ) は、メキシコ出身のレーシングドライバー。兄はNASCARメキシコ(NASCAR Corona Series)のレーシングドライバーのアントニオ・ペレス。「チェコCheco)」の愛称で親しまれている。

経歴[編集]

メキシコ国内(少年期)[編集]

1997年よりカートを始め、メキシコ国内の様々なカテゴリのカートレースに参戦した。2003年には国内最高峰である125ccカート選手権で3位の成績を収めた。兄弟揃ってカルロス・スリムがCEOを務めるテルメックスグループから支援を受け、その後のレースキャリアにおいて深い関係を築いた。

2004年よりテルメックスがレーシングチームを置くカテゴリの1つであるSkip Barber National Championshipから出走し、シリーズ11位となった。

渡欧後のレース[編集]

2005年にベルリンへ渡り、ドイツフォーミュラ・BMWに参戦。ケケ・ロズベルグが構えるチーム・ロズベルグにてシリーズ14位。2006年はADACベルリン・ブランデンブルクチームに移籍しシリーズ6位の戦績で終えた。

2006年から2007年のA1グランプリで2戦のみA1チーム・メキシコからスポット参戦したもののノーポイントに終わった。2007年よりイギリスF3ナショナルクラス[2][3]に参戦し、21戦中14回のポールポジションと14勝を記録し圧勝でチャンピオンを獲得した。翌2008年はイギリスF3メジャークラスへと昇格し、優勝4回を記録してシリーズ4位となった。

GP2[編集]

その後、2008年から2009年のGP2アジアシリーズに参戦。GP2シリーズでは強豪として数えられていたカンポス・レーシングから出走し、優勝2回を獲得し、シリーズ7位となった。2009年のGP2シリーズではアーデン・インターナショナルに移籍しシリーズ12位。

2009年から2010年のGP2アジアシリーズにはバルワ・アダックス・チームから参戦したが、5ポイントのみの獲得に終わった。しかし、2010年のGP2シリーズではパストール・マルドナドとチャンピオン争いを繰り広げ、モナコの第1レースで優勝を果たすなど5勝を収めたが、マルドナドに16ポイント引き離されシリーズ2位に終わった。

F1[編集]

2011年[編集]

ヘレスでテストを行うペレス

2010年10月4日、F1チームのザウバーはセルジオ・ペレスを2011年の正ドライバーとして起用した事を発表した。又、このリリースと同時にペレスのレースキャリアで深い関わりのあるメキシコの大手通信企業テルメックスが2011年よりザウバーのスポンサーを行うことを発表した[4]。また、フェラーリ・ドライバー・アカデミーに加入することになった[5]

迎えた開幕戦オーストラリアGPでは、予選は13番手に終わるものの、決勝では他のドライバーが2ストップあるいは3ストップ作戦の中、唯一1ストップで完走。見事7位に入賞し周囲を驚かせるが、マシンのリアウィングの車両規定違反が発覚。チームメイトで8位に入賞した小林可夢偉と共に失格処分となってしまった。 第5戦スペインGPでは初入賞となる9位で予選においても決勝でも小林よりも良い順位で完走を果たした。

第6戦モナコGPでは木曜フリー走行から好タイムを叩き出し、予選でも自身初となるQ3進出を決めた。しかし、トンネルを抜けた後のヌーベルシケインの手前の路面バンプを拾ってしまい、これによってバランスを著しく崩してウォールに激突。そのまま時速260km/hを保ったままスライドした状態で、ヌーベルシケインにあるスポンジバリアに側面から激突する。予選は赤旗中断となり、ペレスの容態も心配されたが脳震盪と脚に捻挫を負ったのみの軽症で済んだが、40G以上の強い衝撃と脳震盪を受けた事で欠場となった[6][7]。第7戦カナダGPには出場する予定となっていたが[8]、金曜フリー走行1を終えた時点で体調不良を訴え、金曜フリー走行2以降のセッションを欠場した[9]。結局この年は、予選ではチームメイトの小林を圧倒したものの、決勝ではミスも多く、ポイントでは小林の30ポイントに対して14ポイントにとどまった。

2012年[編集]

2012年も継続してザウバーより参戦。開幕戦では再び1ストップ戦略を遂行するも、最終ラップの他マシンとの接触があり8位。次の第2戦のマレーシアGPでは、予選10位に入り、決勝は9番グリッドスタート。スタート前から降り続いていた雨が激しくなると読んでいち早くウェットタイヤに交換すると激しい雨による赤旗中断までに3位へ。中盤で2位を走行、前を走るフェルナンド・アロンソに約5秒差からファステストラップを連発し1秒差まで近づくも、ドライタイヤ交換のピットストップのタイミングで5秒差に開く。しかし、長持ちするハードタイヤを装着したペレスは消耗が激しいミディアムタイヤを装着したアロンソを0.5秒差まで追い詰める。あわや優勝かと思われたがコーナーでふくらみ、またも差は5秒差になる。結局2年目にして2位フィニッシュとなり、初めてのF1の表彰台に立った。ゴール後、チームとしてもF1に参戦して以降の最高成績にペーター・ザウバーが涙を流した場面が国際映像に映し出された。第6戦のモナコGPでは、予選時にクラッシュし、予選23位であったが、決勝では自身初めてのファステストラップを記録した。 第7戦カナダGPでは予選15番手からプライム側のタイヤでスタートして1ストップ作戦を見事に決め、3位表彰台を獲得した。

第13戦イタリアGPまで3度の表彰台の活躍が評価され、第15戦日本GPの直前に来季マクラーレンへの移籍が発表された[10]。フェラーリ・ドライバー・アカデミーに所属しフェラーリとは近しい関係だと考えられていたが、アカデミーからも離脱し、フェラーリとの関係は絶つことになった。またフェラーリ側はまだトップレベルのドライバーだとは考えていなかったようである[11]。 移籍が決まって以降のレースではいずれも精彩を欠き3度のリタイアを含め、1度もポイントを獲得できずに終わっている。

シーズンを通して浮き沈みが激しかったものの、昨年とは異なり小林を速さで凌駕し、選手権のドライバーズランキングを10位でシーズンを終えた。

2013年[編集]

トップチームの一角だったマクラーレンに移籍するも、30年ぶりに表彰台に上がらなかったマシンの戦闘力不足によりシーズンを通して苦しんだ。 またペレスは「できることならザウバーに戻りたい。その方が活躍できた」とコメントした。

第4戦バーレーンGPでは、チームメイトのジェンソン・バトンを上回ったものの、彼をオーバーテイクする際に追突する失態を見せてしまう。これ以外にもバトンを抜きにかかりそれを非難するバトンの無線が国際中継に流れた事もあり、チームの彼への心象が悪くなっていった。 タイヤバーストの発生がイギリスGP、韓国GPの二度発生する不運もあった。

最終的に、予選では3年連続でチームメイトを上回ったが、ポイントは大きく敗北。ペレスは前年以下の48ポイントに終わった。また、マクラーレンはケビン・マグヌッセンと契約。ペレスは1年限りでマクラーレンを追い出される形になった。

2014年[編集]

2014年はフォースインディアより参戦。チームメイトはニコ・ヒュルケンベルグ

第3戦バーレーンGPでは、2年ぶりとなる3位表彰台を獲得した。

第7戦カナダGPでも他車と異なる戦略で表彰台圏内を走行。しかし徐々にタイヤが厳しくなりオーバーテイクされていく形となる。そして最終周にペレスを抜いて行ったベッテルに続こうとしたマッサと1コーナーで接触し両車は大破し、リタイアとなった。この事故でペレスは次戦5グリッド降格のペナルティを課せられた。しかし次戦のオーストリアGPはグリッド降格ペナルティがありながらも6位で入賞した。その後はマシンのパフォーマンスが下降していく中でも入賞を重ねたが、チームメイトのヒュルケンベルグに対してポイントで大きく遅れをとり、ランキング10位でシーズンを終えた。

2015年[編集]

引き続きフォースインディアから参戦。

新車開発が遅れ、昨年マシンとほとんど変わらない状態でシーズンに臨む苦しい幕開けとなった。序盤は棚ぼたで入賞出来るかどうかというような状況だったが、オーストリアGP(他メルセデスPU勢はカナダGPから導入)からの新PU導入や、イギリスGPでの大型アップデートの甲斐もあって、上位を争うようになった。ロシアGPではセーフティカー導入のタイミングでピットインし、最終ラップで前にいたボッタスライコネンが接触し、3位表彰台を獲得した。その後も、アメリカGPで5位入賞。アブダビGPでは自己ベストタイの4番グリッド獲得から、5位入賞と後半戦は目覚ましい結果を残した。

昨年のような荒いドライビングから一転して、リタイアはハンガリーGPの1回のみに留め安定した走りが目立った。ランキング9位で終え、ヒュルケンベルグを上回った。

2016年[編集]

堅実で力強いアピールが功を奏し、モナコGPヨーロッパGPで3位を獲得するなど前年よりも確実に進歩のうかがえるドライビングを示している。ブラジルGPではマックス・フェルスタッペンに抜かれるまで3位を走行しており最終的に4位入賞。ドイツGP以降は全戦で入賞しており、この年のトップ3チーム(メルセデス・フェラーリ・レッドブル)を除いたチームのドライバーでは唯一、100ポイント以上を獲得しランキング7位となった。

中盤には、2017年にフェラーリへ移籍するという噂も囁かれたが、最終的にキミ・ライコネンのフェラーリ残留が決定となり実現とはならなかった。その後もウィリアムズやルノーへの移籍も囁かれたが、マレーシアGP後に、2017年もフォースインディアに残留することが発表された。しかし、ペレスが残留を発表した後、チームメイトのヒュルケンベルグがルノーへの移籍を発表した。チーム選択の判断がどちらが正しかったか注目の1年となりそうだ。

エピソード[編集]

  • タイヤの扱いに関してはかなりの上手さを誇り、ピットストップを減らす作戦を武器にしたり、戦略をアグレッシブにとれることも行ったりでき、それにより上位に進出するレースが多い。
  • シンガポールGPでは入賞率100%を誇っており、相性の良いグランプリといえる。
  • 2012年に獲得した三度の表彰台は、ザウバーに所属したドライバーの中でも最多のものであり、マレーシアGPで獲得した2位表彰台はザウバー(BMWザウバー時代を除く)のF1における最高位である。

レース戦績[編集]

略歴[編集]

シリーズ チーム レース 勝利 PP FL 表彰台 ポイント 順位
2004 スキップ・バーバー・ナショナル・チャンピオンシップ テルメックス・レーシング 14 0 0 - - 77 11位
2005 フォーミュラ・BMW ADAC チーム・ロズベルグ 19 0 0 0 1 37 14位
2006 ADAC ベルリン=ブランデンブルク 18 0 0 0 2 112 6位
2006-07 A1グランプリ A1 チーム・メキシコ 2 0 0 0 0 35 10位
2007 イギリス・フォーミュラ3 - ナショナル・クラス T-スポーツ 21 14 14 0 19 376 1位
2008 イギリス・フォーミュラ3 22 4 0 1 7 195 4位
2008-09 GP2アジアシリーズ カンポス・グランプリ 11 2 0 1 3 26 7位
2009 GP2シリーズ アーデン・インターナショナル 20 0 0 1 2 22 12位
2009-10 GP2アジアシリーズ バルワ・アダックス・チーム 4 0 0 0 0 5 15位
2010 GP2シリーズ 20 5 1 5 7 71 2位
2011 フォーミュラ1 ザウバーF1チーム 19 0 0 0 0 14 16位
2012 20 0 0 1 3 66 10位
2013 ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス 19 0 0 1 0 49 11位
2014 サハラ・フォース・インディアF1チーム 19 0 0 1 1 59 10位
2015 19 0 0 0 1 78 9位
2016 18 0 0 0 2 84* 7位*
2017 - - - - - - -
  •  : 他のドライバーが獲得したポイントも含む。
  • * : 今シーズンの順位。(現時点)

A1[編集]

エントラント 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 DC ポイント
2006-07年 A1 チーム・メキシコ NED
FEA
NED
SPR
CZE
FEA
CZE
SPR
CHN
FEA
CHN
SPR
MYS
FEA
MYS
SPR
IDN
FEA
IDN
SPR
NZL
FEA

PO
NZL
SPR

PO
AUS
FEA

PO
AUS
SPR

PO
RSA
FEA
RSA
SPR
MEX
FEA

PO
MEX
SPR

PO
CHN
FEA

15
CHN
SPR

Ret
GBR
FEA
GBR
SPR
10位 35

GP2シリーズ[編集]

エントラント 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 DC ポイント
2009年 アーデン・インターナショナル CAT
FEA

14
CAT
SPR

17
MON
FEA

12
MON
SPR

9
IST
FEA

Ret
IST
SPR

16
SIL
FEA

4
SIL
SPR

6
NÜR
FEA

8
NÜR
SPR

20
HUN
FEA

Ret
HUN
SPR

16
VAL
FEA

3
VAL
SPR

2
SPA
FEA

Ret
SPA
SPR

4
MNZ
FEA

Ret
MNZ
SPR

Ret
ALG
FEA

Ret
ALG
SPR

11
12位 22
2010年 バルワ・アダックス・チーム CAT
FEA

4
CAT
SPR

Ret
MON
FEA

1
MON
SPR

6
IST
FEA

DSQ
IST
SPR

7
VAL
FEA

11
VAL
SPR

16
SIL
FEA

5
SIL
SPR

1
HOC
FEA

2
HOC
SPR

1
HUN
FEA

3
HUN
SPR

Ret
SPA
FEA

7
SPA
SPR

1
MNZ
FEA

Ret
MNZ
SPR

13
YMC
FEA

1
YMC
SPR

Ret
2位 71

GP2アジアシリーズ[編集]

エントラント 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 DC ポイント
2008-09年 カンポス・グランプリ SHI
FEA

Ret
SHI
SPR

7
DUB
FEA

6
DUB
SPR

C
BHR1
FEA

8
BHR1
SPR

1
LSL
FEA

2
LSL
SPR

1
SEP
FEA

Ret
SEP
SPR

6
BHR2
FEA

12
BHR2
SPR

9
7位 26
2009-10年 バルワ・アダックス・チーム YMC1
FEA
YMC1
SPR
YMC2
FEA

12
YMC2
SPR

4
BHR1
FEA

7
BHR1
SPR

17
BHR2
FEA
BHR2
SPR
15位 5

F1[編集]

所属チーム  シャシー  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 WDC ポイント
2011年 ザウバー C30 AUS
DSQ
MAL
Ret
CHN
17
TUR
14
ESP
9
MON
DNS
CAN
PO
EUR
11
GBR
7
GER
11
HUN
15
BEL
Ret
ITA
Ret
SIN
10
JPN
8
KOR
16
IND
10
ABU
11
BRA
13
16位 14
2012年 C31 AUS
8
MAL
2
CHN
11
BHR
11
ESP
Ret
MON
11
CAN
3
EUR
9
GBR
Ret
GER
6
HUN
14
BEL
Ret
ITA
2
SIN
10
JPN
Ret
KOR
11
IND
Ret
ABU
15
USA
11
BRA
Ret
10位 66
2013年 マクラーレン MP4-28 AUS
11
MAL
9
CHN
11
BHR
6
ESP
9
MON
16
CAN
11
GBR
20
GER
8
HUN
9
BEL
11
ITA
12
SIN
8
KOR
10
JPN
15
IND
5
ABU
9
USA
7
BRA
6
11位 49
2014年 フォース・インディア VJM07 AUS
10
MAL
DNS
BHR
3
CHN
9
ESP
9
MON
Ret
CAN
11
AUT
6
GBR
11
GER
10
HUN
Ret
BEL
8
ITA
7
SIN
7
JPN
10
RUS
10
USA
Ret
BRA
15
ABU
7
10位 59
2015年 VJM08 AUS
10
MAL
13
CHN
11
BHR
8
ESP
13
MON
7
CAN
11
AUT
9
9位 78
VJM08B GBR
9
HUN
Ret
BEL
5
ITA
6
SIN
7
JPN
12
RUS
3
USA
5
MEX
8
BRA
12
ABU
5
2016年 VJM09 AUS
13
BHR
16
CHN
11
RUS
9
ESP
7
MON
3
CAN
10
EUR
3
AUT
17
GBR
6
HUN
11
GER
10
BEL
5
ITA
8
SIN
8
MAL
6
JPN
7
USA
8
MEX
10
BRA
4
ABU
8
7位 101

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 文献によりプロフィール上の生年月日の記述に異なりが見られる。他の記述には1989年12月26日生まれ、1990年1月20日生まれなどがある。
  2. ^ 旧型シャシーを使用して行われるBクラス。
  3. ^ “British Formula 3”. SpeedSport Magazine. http://www.speedsport-magazine.com/motorsport/formula-level3/british-formula-3.html 2010年10月14日閲覧。 
  4. ^ “ザウバー、テルメックスとのスポンサー契約を発表”. F1 Gate.com. (2010年10月5日). http://f1-gate.com/sauber/f1_9400.html 2010年10月5日閲覧。 
  5. ^ “セルジオ・ペレス、フェラーリ・ドライバー・アカデミーに加入”. F1 Gate.com. (2010年10月8日). http://f1-gate.com/perez/f1_9444.html 2013年12月13日閲覧。 
  6. ^ “深刻なケガを免れたペレス”. ESPN F1. (2011年5月29日). http://ja.espnf1.com/sauber/motorsport/story/50061.html 2011年5月30日閲覧。 
  7. ^ “ペレス、決勝レースは欠場へ”. ESPN F1. (2011年5月29日). http://ja.espnf1.com/sauber/motorsport/story/50105.html 2011年5月30日閲覧。 
  8. ^ “セルジオ・ペレス 「モントリオールでまた会おう!」”. F1 Gate.com. (2011年5月29日). http://f1-gate.com/perez/f1_11885.html 2011年5月30日閲覧。 
  9. ^ “セルジオ・ペレスが欠場、代役にペドロ・デ・ラ・ロサ”. F1 Gate.com. (2011年6月11日). http://f1-gate.com/perez/f1_11993.html 2011年6月16日閲覧。 
  10. ^ “マクラーレン、セルジオ・ペレスとの契約を発表”. F1 Gate.com. (2012年9月28日). http://f1-gate.com/mclaren/f1_16712.html 2012年11月27日閲覧。 
  11. ^ “フェラーリ会長 「セルジオ・ペレスはフェラーリにはまだ早い」”. F1 Gate.com. (2012年9月13日). http://f1-gate.com/ferrari/f1_16522.html 2012年11月27日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]