セルジオ・ペレス
| この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の姓)はペレス、第二姓(母方の姓)はメンドーサです。 |
この記事の項目名には以下のような表記揺れがあります。
|
| セルジオ・ペレス | |
|---|---|
|
ペレス (2016年マレーシアGP) | |
| 基本情報 | |
| フルネーム |
セルジオ・ペレス・メンドーザ Sergio Pérez Mendoza |
| 略称表記 | PER |
| 国籍 |
|
| 出身地 | 同・ハリスコ州グアダラハラ |
| 生年月日 | 1990年1月26日(28歳)[1] |
| F1での経歴 | |
| 活動時期 | 2011- |
| 過去の所属チーム |
'11-'12 ザウバー '13 マクラーレン '14-'18 フォース・インディア |
| 所属チーム | レーシング・ポイント '18- |
| 車番 | 11 |
| 出走回数 | 158 (155スタート) |
| タイトル | 0 |
| 優勝回数 | 0 |
| 表彰台(3位以内)回数 | 8 |
| 通算獲得ポイント | 529 |
| ポールポジション | 0 |
| ファステストラップ | 4 |
| 初戦 | 2011年オーストラリアGP |
| 2018年順位 | 8位 (62ポイント) |
| (記録は2018年最終戦アブダビGP終了時) | |
セルジオ・"チェコ"・ペレス・メンドーサ(Sergio "Checo" Pérez Mendoza, 1990年1月26日[1] - ) は、メキシコ出身のレーシングドライバー。兄はNASCARメキシコ(NASCAR Corona Series)のレーシングドライバーのアントニオ・ペレス。「チェコ(Checo)」の愛称で親しまれている。
目次
経歴[編集]
メキシコ国内(少年期)[編集]
1997年よりカートを始め、メキシコ国内の様々なカテゴリのカートレースに参戦した。2003年には国内最高峰である125ccカート選手権で3位の成績を収めた。兄弟揃ってカルロス・スリムがCEOを務めるテルメックスグループから支援を受け、その後のレースキャリアにおいて深い関係を築いた。
2004年よりテルメックスがレーシングチームを置くカテゴリの1つであるSkip Barber National Championshipから出走し、シリーズ11位となった。
渡欧後のレース[編集]
2005年にベルリンへ渡り、ドイツフォーミュラ・BMWに参戦。ケケ・ロズベルグが構えるチーム・ロズベルグにてシリーズ14位。2006年はADACベルリン・ブランデンブルクチームに移籍しシリーズ6位の戦績で終えた。
2006年から2007年のA1グランプリで2戦のみA1チーム・メキシコからスポット参戦したもののノーポイントに終わった。2007年よりイギリスF3ナショナルクラス[2][3]に参戦し、21戦中14回のポールポジションと14勝を記録し圧勝でチャンピオンを獲得した。翌2008年はイギリスF3メジャークラスへと昇格し、優勝4回を記録してシリーズ4位となった。
GP2[編集]
その後、2008年から2009年のGP2アジアシリーズに参戦。GP2シリーズでは強豪として数えられていたカンポス・レーシングから出走し、優勝2回を獲得し、シリーズ7位となった。2009年のGP2シリーズではアーデン・インターナショナルに移籍しシリーズ12位。
2009年から2010年のGP2アジアシリーズにはバルワ・アダックス・チームから参戦したが、5ポイントのみの獲得に終わった。しかし、2010年のGP2シリーズではパストール・マルドナドとチャンピオン争いを繰り広げ、モナコの第1レースで優勝を果たすなど5勝を収めたが、マルドナドに16ポイント引き離されシリーズ2位に終わった。
F1[編集]
2011年[編集]
2010年10月4日、F1チームのザウバーはセルジオ・ペレスを2011年の正ドライバーとして起用した事を発表した。又、このリリースと同時にペレスのレースキャリアで深い関わりのあるメキシコの大手通信企業テルメックスが2011年よりザウバーのスポンサーを行うことを発表した[4]。また、フェラーリ・ドライバー・アカデミーに加入することになった[5]。
迎えた開幕戦オーストラリアGPでは、予選は13番手に終わるものの、決勝では他のドライバーが2ストップあるいは3ストップ作戦の中、唯一1ストップで完走。見事7位に入賞し周囲を驚かせるが、マシンのリアウィングの車両規定違反が発覚。チームメイトで8位に入賞した小林可夢偉と共に失格処分となってしまった。 第5戦スペインGPでは初入賞となる9位で予選においても決勝でも小林よりも良い順位で完走を果たした。
第6戦モナコGPでは木曜フリー走行から好タイムを叩き出し、予選でも自身初となるQ3進出を決めた。しかし、トンネルを抜けた後のヌーベルシケインの手前の路面バンプを拾ってしまい、これによってバランスを著しく崩してウォールに激突。そのまま時速260km/hを保ったままスライドした状態で、ヌーベルシケインにあるスポンジバリアに側面から激突する。予選は赤旗中断となり、ペレスの容態も心配されたが脳震盪と脚に捻挫を負ったのみの軽症で済んだが、40G以上の強い衝撃と脳震盪を受けた事で欠場となった[6][7]。第7戦カナダGPには出場する予定となっていたが[8]、金曜フリー走行1を終えた時点で体調不良を訴え、金曜フリー走行2以降のセッションを欠場した[9]。結局この年は、予選ではチームメイトの小林を圧倒したものの、決勝ではミスも多く、ポイントでは小林の30ポイントに対して14ポイントにとどまった。
2012年[編集]
2012年も継続してザウバーより参戦。開幕戦では再び1ストップ戦略を遂行するも、最終ラップの他マシンとの接触があり8位。次の第2戦のマレーシアGPでは、予選10位に入り、決勝は9番グリッドスタート。スタート前から降り続いていた雨が激しくなると読んでいち早くウェットタイヤに交換すると激しい雨による赤旗中断までに3位へ。中盤で2位を走行、前を走るフェルナンド・アロンソに約5秒差からファステストラップを連発し1秒差まで近づくも、ドライタイヤ交換のピットストップのタイミングで5秒差に開く。しかし、長持ちするハードタイヤを装着したペレスは消耗が激しいミディアムタイヤを装着したアロンソを0.5秒差まで追い詰める。あわや優勝かと思われたがコーナーでふくらみ、またも差は5秒差になる。結局2年目にして2位フィニッシュとなり、初めてのF1の表彰台に立った。ゴール後、チームとしてもF1に参戦して以降の最高成績にペーター・ザウバーが涙を流した場面が国際映像に映し出された。第6戦のモナコGPでは、予選時にクラッシュし、予選23位であったが、決勝では自身初めてのファステストラップを記録した。
第7戦カナダGPでは予選15番手からプライム側のタイヤでスタートして1ストップ作戦を見事に決め、3位表彰台を獲得した。第13戦イタリアGPでは同エンジンのフェラーリ勢を追い抜きシーズン2度目の2位。ここまで3度の表彰台の活躍が評価され、第15戦日本GPの直前に来季マクラーレンへの移籍が発表された[10]。フェラーリ・ドライバー・アカデミーに所属しフェラーリとは近しい関係だと考えられていたが、アカデミーからも離脱し、フェラーリとの関係は絶つことになった。またフェラーリ側はまだトップレベルのドライバーだとは考えていなかったようである[11]。移籍が決まって以降のレースではいずれも精彩を欠き3度のリタイアを含め、1度もポイントを獲得できずに終わっている。
シーズンを通して浮き沈みが激しかったものの、昨年とは異なり小林を速さで凌駕し、選手権のドライバーズランキングを10位でシーズンを終えた。
2013年[編集]
この時期のトップチームの一角だったマクラーレンに移籍するも、30年ぶりに表彰台に上がらなかったマシンの戦闘力不足によりシーズンを通して苦しんだ。ペレス自身も「できることならザウバーに戻りたい。その方が活躍できた」とコメントする始末であった。
第4戦バーレーンGPでは、チームメイトのジェンソン・バトンを上回ったものの、彼をオーバーテイクする際に追突する失態を見せてしまう。これ以外にもバトンを抜きにかかり、それを非難するバトンの無線が国際中継に流れた事もあり、チームの彼への心象が悪くなっていった。他にもイギリスGPと韓国GPでタイヤバーストが発生する不運もあった。
最終的に、予選では3年連続でチームメイトを上回り、完走扱いはあるもののバトンと共に全戦完走を果たしたがポイントは大きく敗北。ペレスは前年以下の48ポイントに終わった。また、マクラーレンは育成ドライバーのケビン・マグヌッセンと契約[12]。ペレスは1年限りでマクラーレンを追い出される形になった。
2014年[編集]
2014年はフォースインディアより参戦[13]。チームメイトはニコ・ヒュルケンベルグ。
第3戦バーレーンGPでは、2年ぶりとなる3位表彰台を獲得した。
第7戦カナダGPでも他車と異なる戦略で表彰台圏内を走行。しかし徐々にタイヤが厳しくなりオーバーテイクされていく形となる。そして最終周にペレスを抜いて行ったベッテルに続こうとしたマッサと1コーナーで接触し両車は大破しリタイアとなった[14]。この事故でペレスは次戦5グリッド降格のペナルティを課せられた。しかし次戦のオーストリアGPはグリッド降格ペナルティがありながらも6位で入賞した。その後はマシンのパフォーマンスが下降していく中でも入賞を重ねたが、チームメイトのヒュルケンベルグに対してポイントで大きく遅れをとり、ランキング10位でシーズンを終えた。
2015年[編集]
引き続きフォースインディアから参戦。
新車開発が遅れ、昨年マシンとほとんど変わらない状態でシーズンに臨む苦しい幕開けとなった[15]。序盤は棚ぼたで入賞出来るかどうかというような状況だったが、オーストリアGP(他メルセデスPU勢はカナダGPから導入)からの新PU導入や[16]、イギリスGPでの大型アップデートの甲斐もあって上位を争うようになった[17]。ロシアGPではセーフティカー導入のタイミングでピットインし、最終ラップで前にいたボッタスとキミ・ライコネンが接触し、3位表彰台を獲得した。その後も、アメリカGPで5位入賞。アブダビGPでは自己ベストタイの4番グリッド獲得から、5位入賞と後半戦は目覚ましい結果を残した。
昨年のような荒いドライビングから一転して、リタイアはハンガリーGPの1回のみに留め安定した走りが目立った。ランキング9位で終え、ヒュルケンベルグを上回った。
2016年[編集]
堅実で力強いアピールが功を奏し、モナコGPでは3位表彰台を獲得。さらにヨーロッパGPでも予選2位となりペナルティで7番手スタートなるが、決勝では順位を上げファイナルラップでフェラーリのライコネンをオーバーテイクして3位を獲得。前年よりもさらに進歩したドライビングを示している。ブラジルGPではマックス・フェルスタッペンに抜かれるまで3位を走行しており最終的に4位入賞。ドイツGP以降は全戦で入賞しており、この年のトップ3チーム(メルセデス・フェラーリ・レッドブル)を除いたチームのドライバーでは唯一、100ポイント以上を獲得しランキング7位となった。またこの年、自信2度目となる全戦完走を達成している(ただしオーストリアGPは完走扱い)。F1での複数回年間全レース完走を達成した最初のドライバーとなった。
中盤には2017年にフェラーリへ移籍するという噂も囁かれたが[18]、最終的にライコネンのフェラーリ残留が決定となり実現とはならなかった。その後もウィリアムズやルノーへの移籍も囁かれたが、マレーシアGP後に2017年もフォースインディアに残留することが発表された[19]。
2017年[編集]
チームメイトのヒュルケンベルグはルノーへの移籍を発表、エステバン・オコンがマノーGPから移籍。バーレーンGPでは予選17番手スタートから7位に入賞を果たし、スペインGPではシーズン最高位となる4位入賞を飾るなど開幕戦から入賞を続け昨年以上に好調な出だしを見せた。
カナダGP終了時点では37戦連続完走を果たしニック・ハイドフェルドの持つ連続完走記録まであと4とせまっていたが、優勝の可能性もあったアゼルバイジャンGPでは、オコンとの同士討ちが原因でリタイアを喫し連続完走記録が途切れた。さらにベルギーGPでも再び同士討ちでリタイア(17位完走扱い)となり、チームが「今後はチームオーダーでコントロールする」と発言する事態となった[20]。
最終的に表彰台はなかったが、この年もトップ3チームのドライバー6名に次ぐランキング7位で、この6人を除いたドライバーではただ1人、100ポイントを獲得。前年よりも1ポイント減っているがレース自体も1戦減っているため成績自体はわずかながらに向上したといえるシーズンとなった。
2018年[編集]
今シーズンは中団グループが混戦状態であったためポイントの奪い合いとなったこともあるが、シーズン前半はチームの資金難やその影響を受けた新車の性能低下を受け、安定して入賞を重ねた前年に比べると苦戦していた。その中でクラッシュが相次ぎ波乱のレースとなったアゼルバイジャンGPでは2年振りの3位表彰台を獲得するなど、ここ一発の勝負や決勝に強い側面を見せることもある。また、チーム名とオーナー変更にともなう訴訟問題を抱えつつベルギーGPでは予選の走り込みから快調で、オコンを従えて入賞するなど乱戦に強い印象を与えていた。チームの問題がある程度解消したこともあり、ここから調子を取り戻し、最終的にはドライバーズランキング8位となった。
総獲得ポイント数こそ前年の約3割減となったが、持ち味の完走率の高さは健在で、21戦中19戦で完走を果たし表彰台1回を含む入賞12回を記録。ドライバーズランキングの8位は、前年より1つ下げたものの、中団グループの実質的最上位である7位の可能性を最終戦まで残した上での結果であった。チームメイトのオコンとの実力の差が縮まったこともあり、予選成績では敗北。完走順位も複数回負けたこともあったが、入賞数や獲得ポイントでは彼を上回る結果となった。またアゼルバイジャンGPでの3位表彰台は、この年のトップ3チーム以外のドライバーが上がった唯一の表彰台であった。また、アメリカGPにて来季の残留が発表された[21][22]。
エピソード[編集]
- メキシコの大富豪のカルロス・スリム・ヘルが経営する通信会社テルメックス、日本の電気会社NECのメキシコ法人といったメキシコ系企業からの比較的多くのスポンサーマネーがあり、所属した中堅チームの戦力底上げに貢献している。ザウバー時代は年3度の表彰台を獲得し、以前のフォースインディアでは縁遠かった表彰台へ同チーム移籍後に2016年まで毎年上がり、2016年にはチーム参戦開始以来最上位の4位となった。
- 2012年にザウバーで獲得した三度の表彰台は、過去にザウバーに所属したドライバーの中でも最多のものであり、マレーシアGPで獲得した2位表彰台はザウバー(BMWザウバー時代を除く)のF1における最高位である。
- タイヤの扱いに関してはかなりの上手さを誇り、ピットストップを減らす作戦を武器にしたり、戦略をアグレッシブにとれることも行ったりでき、それにより上位に進出するレースが多い。ザウバー時代のチームメイトであった小林可夢偉について「僕はタイヤの使い方について、彼から多くのことを学んだんだ」と語っている。
- キャリア1年目の時点で開催されていたシンガポールGPでは2017年までは入賞率100%を誇る相性の良いグランプリだったが、2018年に入賞を逃し、その記録は途絶えた。ただし、キャリア4年目から開催されるようになったロシアGPは入賞率100%を誇っており、2015年には3位表彰台を獲得している。一方、ハンガリーGPとは相性が悪く、最高位は2017年の8位で入賞は2013年の9位と合わせて2回のみ。2014年と2015年は連続でリタイアしている。
- 完走率は歴代F1ドライバーの中でも特に高く、初完走の記録こそ3戦目であったものの、決勝に進出した155戦(2018年シーズン終了現在、完走扱いを含む)のうちリタイアはわずか17回、完走率89%を誇る[23]。特に2015年から2018年にかけての合計81戦でリタイアはわずか4回(完走率95%)、2013年と2016年にシーズン全戦完走(完走扱い含む)を達成、F1史上唯一の複数回シーズン全戦完走者となった。2015年ベルギーグランプリからは連続完走を続け、ニック・ハイドフェルドの41戦連続完走記録に迫っていたが、2017年アゼルバイジャングランプリでチームメイトのエステバン・オコンとの接触が原因でリタイアし、連続完走は37戦で途切れてしまった。また入賞率も安定しており(2018年終了時点で59%)、現在ではノン・ペイドライバーと比べてもまったく見劣りしない戦績を備えている。
- 2018年アゼルバイジャングランプリで3位入賞を果たし、キャリアとして8度目の表彰台獲得となった。これにより、先輩であるメキシコ人ドライバーペドロ・ロドリゲスの表彰台獲得数を上回った。ただし、この時点ではペレスは優勝したことがないため、その点ではペドロの記録は破られていない。
レース戦績[編集]
略歴[編集]
| 年 | シリーズ | チーム | レース | 勝利 | PP | FL | 表彰台 | ポイント | 順位 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2004 | スキップ・バーバー・ナショナル・チャンピオンシップ | テルメックス・レーシング | 14 | 0 | 0 | - | - | 77 | 11位 |
| 2005 | フォーミュラ・BMW ADAC | チーム・ロズベルグ | 19 | 0 | 0 | 0 | 1 | 37 | 14位 |
| 2006 | ADAC ベルリン=ブランデンブルク | 18 | 0 | 0 | 0 | 2 | 112 | 6位 | |
| 2006-07 | A1グランプリ | A1 チーム・メキシコ | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 35† | 10位† |
| 2007 | イギリス・フォーミュラ3 - ナショナル・クラス | T-スポーツ | 21 | 14 | 14 | 0 | 19 | 376 | 1位 |
| 2008 | イギリス・フォーミュラ3 | 22 | 4 | 0 | 1 | 7 | 195 | 4位 | |
| 2008-09 | GP2アジアシリーズ | カンポス・グランプリ | 11 | 2 | 0 | 1 | 3 | 26 | 7位 |
| 2009 | GP2シリーズ | アーデン・インターナショナル | 20 | 0 | 0 | 1 | 2 | 22 | 12位 |
| 2009-10 | GP2アジアシリーズ | バルワ・アダックス・チーム | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 15位 |
| 2010 | GP2シリーズ | 20 | 5 | 1 | 5 | 7 | 71 | 2位 | |
| 2011 | フォーミュラ1 | ザウバーF1チーム | 19 | 0 | 0 | 0 | 0 | 14 | 16位 |
| 2012 | 20 | 0 | 0 | 1 | 3 | 66 | 10位 | ||
| 2013 | ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス | 19 | 0 | 0 | 1 | 0 | 49 | 11位 | |
| 2014 | サハラ・フォース・インディアF1チーム | 19 | 0 | 0 | 1 | 1 | 59 | 10位 | |
| 2015 | 19 | 0 | 0 | 0 | 1 | 78 | 9位 | ||
| 2016 | 21 | 0 | 0 | 0 | 2 | 101 | 7位 | ||
| 2017 | 20 | 0 | 0 | 1 | 0 | 100 | 7位 | ||
| 2018 | 12 | 0 | 0 | 0 | 1 | 62 | 8位 | ||
| レーシング・ポイント・フォース・インディアF1チーム | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||||
| 2019 | レーシング・ポイントF1チーム | - | - | - | - | - | - | - |
- † : 他のドライバーが獲得したポイントも含む。
- * : 今シーズンの順位。(現時点)
A1[編集]
| 年 | エントラント | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | DC | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006-07年 | A1 チーム・メキシコ | NED FEA |
NED SPR |
CZE FEA |
CZE SPR |
CHN FEA |
CHN SPR |
MYS FEA |
MYS SPR |
IDN FEA |
IDN SPR |
NZL FEA PO |
NZL SPR PO |
AUS FEA PO |
AUS SPR PO |
RSA FEA |
RSA SPR |
MEX FEA PO |
MEX SPR PO |
CHN FEA 15 |
CHN SPR Ret |
GBR FEA |
GBR SPR |
10位 | 35 |
GP2シリーズ[編集]
| 年 | エントラント | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | DC | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009年 | アーデン・インターナショナル | CAT FEA 14 |
CAT SPR 17 |
MON FEA 12 |
MON SPR 9 |
IST FEA Ret |
IST SPR 16 |
SIL FEA 4 |
SIL SPR 6 |
NÜR FEA 8 |
NÜR SPR 20 |
HUN FEA Ret |
HUN SPR 16 |
VAL FEA 3 |
VAL SPR 2 |
SPA FEA Ret |
SPA SPR 4 |
MNZ FEA Ret |
MNZ SPR Ret |
ALG FEA Ret |
ALG SPR 11 |
12位 | 22 |
| 2010年 | バルワ・アダックス・チーム | CAT FEA 4 |
CAT SPR Ret |
MON FEA 1 |
MON SPR 6 |
IST FEA DSQ |
IST SPR 7 |
VAL FEA 11 |
VAL SPR 16 |
SIL FEA 5 |
SIL SPR 1 |
HOC FEA 2 |
HOC SPR 1 |
HUN FEA 3 |
HUN SPR Ret |
SPA FEA 7 |
SPA SPR 1 |
MNZ FEA Ret |
MNZ SPR 13 |
YMC FEA 1 |
YMC SPR Ret |
2位 | 71 |
GP2アジアシリーズ[編集]
| 年 | エントラント | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | DC | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008-09年 | カンポス・グランプリ | SHI FEA Ret |
SHI SPR 7 |
DUB FEA 6 |
DUB SPR C |
BHR1 FEA 8 |
BHR1 SPR 1 |
LSL FEA 2 |
LSL SPR 1 |
SEP FEA Ret |
SEP SPR 6 |
BHR2 FEA 12 |
BHR2 SPR 9 |
7位 | 26 |
| 2009-10年 | バルワ・アダックス・チーム | YMC1 FEA |
YMC1 SPR |
YMC2 FEA 12 |
YMC2 SPR 4 |
BHR1 FEA 7 |
BHR1 SPR 17 |
BHR2 FEA |
BHR2 SPR |
15位 | 5 |
F1[編集]
| 年 | エントラント | シャシー | エンジン | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | WDC | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011年 | ザウバー | C30 | フェラーリ 056 2.4 V8 | AUS DSQ |
MAL Ret |
CHN 17 |
TUR 14 |
ESP 9 |
MON DNS |
CAN PO |
EUR 11 |
GBR 7 |
GER 11 |
HUN 15 |
BEL Ret |
ITA Ret |
SIN 10 |
JPN 8 |
KOR 16 |
IND 10 |
ABU 11 |
BRA 13 |
16位 | 14 | ||
| 2012年 | C31 | AUS 8 |
MAL 2 |
CHN 11 |
BHR 11 |
ESP Ret |
MON 11 |
CAN 3 |
EUR 9 |
GBR Ret |
GER 6 |
HUN 14 |
BEL Ret |
ITA 2 |
SIN 10 |
JPN Ret |
KOR 11 |
IND Ret |
ABU 15 |
USA 11 |
BRA Ret |
10位 | 66 | |||
| 2013年 | マクラーレン | MP4-28 | メルセデス FO 108Z 2.4 V8 | AUS 11 |
MAL 9 |
CHN 11 |
BHR 6 |
ESP 9 |
MON 16† |
CAN 11 |
GBR 20† |
GER 8 |
HUN 9 |
BEL 11 |
ITA 12 |
SIN 8 |
KOR 10 |
JPN 15 |
IND 5 |
ABU 9 |
USA 7 |
BRA 6 |
11位 | 49 | ||
| 2014年 | フォース・インディア | VJM07 | メルセデス PU106A Hybrid 1.6 V6 t | AUS 10 |
MAL DNS |
BHR 3 |
CHN 9 |
ESP 9 |
MON Ret |
CAN 11† |
AUT 6 |
GBR 11 |
GER 10 |
HUN Ret |
BEL 8 |
ITA 7 |
SIN 7 |
JPN 10 |
RUS 10 |
USA Ret |
BRA 15 |
ABU 7 |
10位 | 59 | ||
| 2015年 | VJM08 | メルセデス PU106B Hybrid 1.6 V6 t | AUS 10 |
MAL 13 |
CHN 11 |
BHR 8 |
ESP 13 |
MON 7 |
CAN 11 |
AUT 9 |
9位 | 78 | ||||||||||||||
| VJM08B | GBR 9 |
HUN Ret |
BEL 5 |
ITA 6 |
SIN 7 |
JPN 12 |
RUS 3 |
USA 5 |
MEX 8 |
BRA 12 |
ABU 5 |
|||||||||||||||
| 2016年 | VJM09 | メルセデス PU106C Hybrid 1.6 V6 t | AUS 13 |
BHR 16 |
CHN 11 |
RUS 9 |
ESP 7 |
MON 3 |
CAN 10 |
EUR 3 |
AUT 17† |
GBR 6 |
HUN 11 |
GER 10 |
BEL 5 |
ITA 8 |
SIN 8 |
MAL 6 |
JPN 7 |
USA 8 |
MEX 10 |
BRA 4 |
ABU 8 |
7位 | 101 | |
| 2017年 | VJM10 | メルセデス M08 EQ Power+ 1.6 V6 t | AUS 7 |
CHN 9 |
BHR 7 |
RUS 6 |
ESP 4 |
MON 13 |
CAN 5 |
AZE Ret |
AUT 7 |
GBR 9 |
HUN 8 |
BEL 17† |
ITA 9 |
SIN 5 |
MAL 6 |
JPN 7 |
USA 8 |
MEX 7 |
BRA 9 |
ABU 7 |
7位 | 100 | ||
| 2018年 | VJM11 | メルセデス M09 EQ Power+ 1.6 V6 t | AUS 11 |
BHR 16 |
CHN 12 |
AZE 3 |
ESP 9 |
MON 12 |
CAN 14 |
FRA Ret |
AUT 7 |
GBR 10 |
GER 7 |
HUN 14 |
8位 | 62 | ||||||||||
| レーシング・ポイント | BEL 5 |
ITA 7 |
SIN 16 |
RUS 10 |
JPN 7 |
USA 8 |
MEX Ret |
BRA 10 |
ABU 8 | |||||||||||||||||
| 2019年 | - | - | AUS - |
BHR - |
CHN - |
AZE - |
ESP - |
MON - |
CAN - |
FRA - |
AUT - |
GBR - |
GER - |
HUN - |
BEL - |
ITA - |
SIN - |
RUS - |
JPN - |
MEX - |
USA - |
BRA - |
ABU - |
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脚注[編集]
- ^ a b 文献によりプロフィール上の生年月日の記述に異なりが見られる。他の記述には1989年12月26日生まれ、1990年1月20日生まれなどがある。
- ^ 旧型シャシーを使用して行われるBクラス。
- ^ “British Formula 3”. SpeedSport Magazine 2010年10月14日閲覧。
- ^ “ザウバー、テルメックスとのスポンサー契約を発表”. F1 Gate.com. (2010年10月5日) 2010年10月5日閲覧。
- ^ “セルジオ・ペレス、フェラーリ・ドライバー・アカデミーに加入”. F1 Gate.com. (2010年10月8日) 2013年12月13日閲覧。
- ^ “深刻なケガを免れたペレス”. ESPN F1. (2011年5月29日) 2011年5月30日閲覧。
- ^ “ペレス、決勝レースは欠場へ”. ESPN F1. (2011年5月29日) 2011年5月30日閲覧。
- ^ “ペレス、退院もモナコに滞在”. ESPN F1. (2011年5月31日) 2018年10月24日閲覧。
- ^ “カナダGP欠場のペレス「本当に悔しい」”. ESPN F1. (2011年6月11日) 2018年10月24日閲覧。
- ^ “ペレスがマクラーレン移籍!”. ESPN F1. (2012年9月28日) 2018年10月24日閲覧。
- ^ “ペレスはまだ早いとモンテゼモーロ”. ESPN F1. (2012年9月13日) 2018年10月24日閲覧。
- ^ “マクラーレン、マグヌッセン加入を発表”. ESPN F1. (2013年11月14日) 2018年10月24日閲覧。
- ^ “ペレスがフォース・インディア移籍!”. ESPN F1. (2013年12月12日) 2018年10月24日閲覧。
- ^ “ペレスは5グリッド降格処分”. ESPN F1. (2014年6月9日) 2018年10月24日閲覧。
- ^ “フォース・インディア、最大のステップは欧州で”. ESPN F1. (2015年3月23日) 2018年10月24日閲覧。
- ^ “フォース・インディアは最新エンジンを与えられず”. ESPN F1. (2015年6月10日) 2018年10月24日閲覧。
- ^ “Bスペックでレッドブル追走を目指すペレス”. ESPN F1. (2015年7月3日) 2018年10月24日閲覧。
- ^ “フェラーリの可能性を除外しないペレス”. ESPN F1. (2016年7月1日) 2018年10月24日閲覧。
- ^ “ペレス、フォース・インディア残留正式決定”. ESPN F1. (2016年10月3日) 2018年10月24日閲覧。
- ^ “「チーム内バトルを禁ずる」とフォース・インディアがお達し”. ESPN F1. (2017年8月28日) 2018年10月24日閲覧。
- ^ “ペレス、フォースインディアに残留/F1”. www.sanspo.com (2018年10月29日). 2018年11月26日閲覧。
- ^ “フォースインディアがペレスの残留を発表、マクラーレンはコカ・コーラと短期契約”. www.afpbb.com (2018年10月19日). 2018年11月26日閲覧。
- ^ 参戦時期及び参戦数の近いドライバーとの比較では、ニコ・ヒュルケンベルグ(156戦)がリタイア31回で完走率80%、ダニエル・リカルド(150戦)が24回/84%、ロマン・グロージャン(143戦)が36回/75%。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 公式ウェブサイト
- Sergio Perez - Formula 1
- Sergio Pérez (@SChecoPerez) - Twitter
2019年のF1世界選手権 に参戦予定のチームと出走ドライバー
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| 44 | 5 | 10 | 3 | 8 | |||||
| 77 | 16 | 33 | 27 | 20 | |||||
| 55 | 11 | 7 | 26 | 88 | |||||
| 4 | 18 | 99 | 23 | 63 | |||||
| その他参戦したドライバー | |||||||||
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