パット・フライ

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パット・フライ
Pat Fry
Allison fry 2014 (cropped).jpg
フェラーリ在籍時代(2014年)
生誕 (1964-03-17) 1964年3月17日(55歳)
イングランドの旗 イングランド
サリー州シェパートン
国籍 イギリスの旗 イギリス
業績
専門分野 自動車エンジニア
エンジニアリング・ディレクター
勤務先 Thorn EMI(1980 - 1986)
ベネトン・フォーミュラ(1987 - 1993)
マクラーレン(1993 - 2010)
スクーデリア・フェラーリ(2010 - 2014)
マノー・レーシング(2016–2017)
マクラーレン(2018 - 2019)
ルノー(2020 - )

パット・フライPat Fry1964年3月17日 - )は、イングランド出身の自動車技術者

主にモータースポーツの分野で活動し、F1チーム「ベネトン」「マクラーレン」「フェラーリ」「マノー」などの技術部門を歴任した。

経歴[編集]

ベネトン(1987年 - 1993年)[編集]

学生時代はコンピュータデザインや電子工学を学び、1980年から電機メーカー「Thorn EMI」で働く。

1987年、ベネトンの研究開発部門に加入し、アクティブサスペンションの開発に携わった。その後、テストチーム勤務を経て、1992年にマーティン・ブランドル担当のレースエンジニアとなった[1]

マクラーレン(1993年 - 2010年)[編集]

1993年、マクラーレンに加入し、ベネトン時代の同僚ジョルジオ・アスカネッリの元でエンジニアとして働いた。1995年、ミカ・ハッキネンのレースエンジニアを担当[1]。テストチームへの異動を経て、1997年よりレースチームに復帰し、2000年までデビッド・クルサードのレースエンジニアを担当した[1]

2002年、チーフエンジニアに昇格。ティム・ゴスとのローテーション制で、2005年のMP4-20、2007年のMP4-22、2009年のMP4-24の 開発を担当した。

順番では、2010年には2011年用のMP4-26を手掛けるはずだったが、同年5月にマクラーレンからの離脱が発表された[2]

フェラーリ(2010年 - 2014年)[編集]

2010年7月よりフェラーリへ移籍し、テクニカルディレクターのアルド・コスタの元でアシスタント・テクニカルディレクターとして働く[3]。ライバルチーム間で上級エンジニアが移籍する場合、最新情報の流出を防ぐために「ガーデニング休暇」と呼ばれる休職期間を置くことが多く、フライの速やかな移籍は珍しいケースだった。

2011年1月より、クリス・ダイアーに替わりレースエンジニアリングディレクターを兼務した[4]

2011年5月、コスタがテクニカルディレクターを辞職し、フライが開発責任者の地位を継ぐことになった。技術部門再編により、フライはシャーシ部門ディレクター (Director for the Chassis[5]) と呼ばれる[6]

2014年12月、フェラーリチームを離脱[7]

マノー・レーシング(2016年 - 2017年)[編集]

2016年1月、マノー・レーシングに加入[8]。しかし、1年余りでチームは消滅し失職した[9]

マクラーレン(2018年 - 2019年)[編集]

2018年9月、マクラーレンの技術部門に復帰を発表[10]。翌シーズン用のF1マシン・MCL34の開発に貢献した。しかし元から短期の契約であるとされ、内定していたチーフ候補のジェームス・キーが翌2019年3月に合流したのと入れ替わりに離脱した[11]

ルノー(2020年 - )[編集]

2019年11月、ガーデニング休暇を経て、2020年シーズンよりルノーF1に移籍が内定[12]

脚注[編集]

  1. ^ a b c “パット・フライがフェラーリへ移籍”. GP Update.net. (2010年6月23日). http://www.gpupdate.net/ja/f1-news/237463/ 2012年2月9日閲覧。 
  2. ^ “マクラーレン、チーフエンジニアが離脱”. F1トップニュース. (2010年5月14日). http://2010.f1.topnews.jp/2010/05/14/news/f1/teams/mclaren/15341.html 2012年2月9日閲覧。 
  3. ^ Jim (2010年6月22日). “パット・フライ、マクラーレンからフェラーリへ”. ESPN F1. http://ja.espnf1.com/ferrari/motorsport/story/20957.html 2012年2月9日閲覧。 
  4. ^ “フェラーリ、パット・フライをレース・エンジニアリング責任者に任命”. (2011年1月5日). http://f1-gate.com/ferrari/f1_10343.html 2012年2月9日閲覧。 
  5. ^ Manegement” (英語). SCUDERIA FERRARI. Ferrari.com. 2012年2月9日閲覧。
  6. ^ Jim (2011年5月24日). “コスタがテクニカルディレクター退任”. ESPN F1. http://ja.espnf1.com/ferrari/motorsport/story/49529.html 2012年2月9日閲覧。 
  7. ^ フェラーリが組織大再編。フライとトンバジス離脱 - オートスポーツ・2014年12月17日
  8. ^ “元フェラーリのパット・フライ復帰 新生マノーを侮るな”. F1トップニュース. (2016年1月25日). http://www.topnews.jp/2016/01/25/news/f1/133824.html 2016年10月24日閲覧。 
  9. ^ マノーの参戦が完全に消滅 2017年は10チームの戦いに”. TopNews (2017年3月2日). 2018年9月5日閲覧。
  10. ^ マクラーレンF1が技術部門を強化。エンジニアリングディレクターとしてパット・フライが復帰”. auto sport (2018年9月5日). 2018年9月5日閲覧。
  11. ^ マクラーレンのエンジニアリングディレクターを務めたパット・フライが離脱へ。2019年型MCL34の設計に貢献”. autosport web (2019年7月4日). 2019年7月4日閲覧。
  12. ^ マクラーレン離脱のパット・フライ、2020年からルノー入り。役職は未発表”. motorsport.com (2019年11月3日). 2019年11月7日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]