ジョン・エルカーン

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ジョン・エルカーン
John Elkann
John elkann 05 13 2011.jpeg
生誕 John Philip Jacob Elkann
(1976-04-01) 1976年4月1日(42歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
Flag of New York.svg ニューヨーク州ニューヨーク市
国籍 イタリアの旗 イタリア
出身校 トリノ工科大学
肩書き FCAグループ 会長
エクソール 会長CEO
フェラーリ 会長
配偶者 ラビーナ・ボッロメオ
子供 3
アラン・エルカーン
マルガリータ・アニェッリ
親戚 ジャンニ・アニェッリ(祖父)
ジョヴァンニ・アニェッリ(高祖父)
詳細はアニェッリ家を参照

ジョン・エルカーン(John Jacob Philip "Jaki" Elkann 、ジョン・ヤコブ・フィリップ・"ヤキ"・エルカン、1976年4月1日生まれ)は、ニューヨーク出身のユダヤ系イタリア実業家フィアット創業家として知られるアニェッリ家のメンバー。

一族が所有するフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の会長アニェッリ家の資産管理会社エクソール会長最高経営責任者、FCAの影響を大きく受けるフェラーリ会長を務める。愛称は「ヤキ(Jaki)」。

プロフィール[編集]

生い立ち[編集]

1976年にアメリカのニューヨークで、ユダヤ人作家のアラン・エルカーンジャンニ・アニェッリ元会長の娘のマルガリータの長男として生まれる。高祖父ジョヴァンニ・アニェッリフィアット創業者で、祖父ジャンニ・アニェッリフィアット元名誉会長である。

フィアット副会長[編集]

トリノ工科大学在学中の22歳のときにフィアット社の役員会メンバーになり、ジャンニの弟のウンベルト2004年5月30日に亡くなったことを受けて、フィアット社副会長に就任した。

同時に会長に就任したルカ・コルデーロ・ディ・モンテゼーモロ会長の下で、実弟で国際ブランドマーケティング部長に就任したラポとともに、1990年代後半以降業績が低迷していたフィアット社を立て直すべく奮闘し、見事に建て直しに成功、次期フィアット社会長の最有力候補といわれていた。

会長就任[編集]

2010年4月20日に、ディ・モンテゼーモロ会長が近日中にフィアットの会長を退任し、会長の座をエルカンに譲ると発表された。なおディ・モンテゼーモロ会長はフィアット会長退任後も同社取締役とフェラーリ部門会長の座に留まり、2014年に退任した。

その後、セルジオ・マルキオンネCEOとともに、フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)を引っ張る役目を担うこととなった。2018年7月21日、マルキオンネの病状悪化(4日後の7月25日に死去)に伴い、フェラーリの会長に就任した[1]

家族[編集]

2004年9月4日に、伯爵家出身のラビーナ・ボッロメオと結婚した。結婚式には当時首相であったシルヴィオ・ベルルスコーニなどイタリアの政財界の大物がそろって出席した。現在は3人の子供がいる。

弟のラポはイタリア・インディペンデント代表。従兄弟のアンドレア・アニェッリアニェッリ家が所有するイタリアトリノを拠点とするプロサッカークラブのユヴェントスFC会長を務めている。

脚注[編集]

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  1. ^ John Elkann appointed Chairman of Ferrari”. Formula One World Championship Limited (2018年7月21日). 2018年7月25日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]