ルカ・バルディッセリ

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キミ・ライコネンの右にいる男性。(2007年バーレーンGP表彰式)

ルカ・バルディッセリLuca Baldisserri 1962年12月11日 -)はイタリアボローニャ出身のF1エンジニア。愛称はBaldo(イタリア語で「大胆な」の意)。

経歴[編集]

イタリアの大学で電子工学の学位を取得後、1989年にスクーデリア・フェラーリへ加入。1994年までギアボックスサスペンション部門の責任者としてF1マシンの開発に携わった。

1995年からはレースエンジニアとしてゲルハルト・ベルガーエディ・アーバインミハエル・シューマッハの各ドライバーを担当。その後、チーフ・レースエンジニアを経て、2006年に長期休暇でチームを離れたロス・ブラウンの後任としてスポーティング・ディレクターとレース戦略担当に就任した。

2008年にはチームマネージャーに就任するが、翌2009年4月13日にサーキットでの役割をクリス・ダイヤーに譲ってファクトリー勤務に戻ることが発表された[1]。これは開発部門の立て直しを目的とした異動とされたが、一方でシーズン序盤の成績不振とマレーシアGPでの戦略ミスについて責任を取らされた格好ともなった。

2009年12月に設立された「フェラーリ・ドライバー・アカデミー(FDA)」の責任者に就任し、ジュール・ビアンキランス・ストロールらの育成に関わった。

2016年にはストロールがウィリアムズへ移籍した際、父親のローレンス・ストールに依頼されて共にFDAを去り、ストロールの個人コーチとしてF1デビューをサポートすることになった[2][3]

脚注[編集]

  1. ^ フェラーリ、マシン開発新部門を立ち上げ - F1キンダーガーデン・2009年4月14日
  2. ^ バルディセッリ、ストロールと共に跳ね馬を離脱”. オートスポーツWeb (2016年1月5日). 2019年1月24日閲覧。
  3. ^ 【あなたは何しに?】急成長を見せるストロール。“育ての親”が秘話を語る”. オートスポーツWeb (2017年7月15日). 2019年1月24日閲覧。

外部リンク[編集]