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アルド・コスタ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アルド・コスタ
Aldo Costa
生誕 (1961-06-05) 1961年6月5日(65歳)
エミリア=ロマーニャ州パルマ県パルマ
国籍 イタリアの旗 イタリア
教育 ボローニャ大学
業績
専門分野
雇用者
設計
成果
  • 2007年・2008年スクーデリア・フェラーリ F1コンストラクターズタイトル連覇
  • 2014年 - 2019年メルセデスAMG F1コンストラクターズタイトル6連覇
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アルド・コスタAldo Costa1961年6月5日 - )は、イタリアパルマ出身の自動車技術者レーシングカーデザイナー。F1コンストラクターの「ミナルディ」「スクーデリア・フェラーリ」「メルセデスAMG F1」でデザイン・開発部門の責任者を歴任した。ミナルディ在籍中はアルデ・コスタとも表記されていた。

経歴

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学生時代

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ボローニャ大学機械工学を学び博士号を取得。この間に、フェラーリチームの開発部門を取材しF1のサスペンション機構についての論文を著した。

アバルト

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1986年に大学を卒業後に父親がフィアット・グループに務めていた縁で、傘下のアバルト社に入社。CAD計算や解析のエンジニアとしてラリーカーに携わり、レーシングチームを率いるジャンカルロ・ミナルディの知己を得る。

ミナルディ

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1988年、27歳の時にF1コンストラクターのミナルディに移籍し、チーフデザイナーに就任、その後、同チームのジャコモ・カリーリの後を受けて、1989年から1995年までの長きにわたって、ミナルディでテクニカルディレクターを務めた。

スクーデリア・フェラーリ

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1995年末にスクーデリア・フェラーリに移籍し、1998年からロリー・バーンの助手としてアシスタントチーフデザイナーを長く務めることとなる。レーシングドライバーのミハエル・シューマッハを擁したフェラーリチームは黄金期を迎え、多くのタイトル獲得に貢献した。

2004年にバーンが第一線からの引退を表明した際に、バーンはコスタを後継者に指名し、2005年にはデザイン・開発部門の実質的な指揮がコスタに任され、バーンがデザイン・開発部門のチーフを退いたため、2006年からは正式にその責任者を務めている。チーフデザイナーとして2007年2008年に投入したF2007F2008でコンストラクターズタイトル連覇を達成し、名実ともに一流デザイナーの地位を築いた。

2011年5月、モナコGP後にテクニカルディレクター職の解任とフェラーリ市販車部門への異動が決定した[1]。7月には合意の元にフェラーリから退社することも発表された[2]

メルセデスAMG

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2011年末より、メルセデスGP(AMG F1)のエンジニアリング・ディレクターに就任した[3]F1 W04からF1 W10 EQ Power+までの車両設計に携わり、メルセデスチームのコンストラクターズタイトル6連覇まで貢献した。

2018年シーズンをもって現場から勇退し、翌2019年シーズンは非常勤のアドバイザーを秋まで務め退職した。

ダラーラ

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2020年より、ダラーラ・アウトモビリCTO(最高技術責任者)に就任した[4]

脚注

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  1. アルド・コスタ、フェラーリの市販車部門に異動 F1-Gate.com 2011年6月2日付
  2. アルド・コスタ、フェラーリを退職 F1-Gate.com 2011年7月21日付
  3. メルセデスGP、アルド・コスタとジェフ・ウィリスの加入を発表 F1-Gate.com 2011年9月30日付
  4. メルセデス躍進の立役者、アルド・コスタが離脱。ダラーラCTOに就任へ motorsport.com 2019年9月10日付

外部リンク

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