アルド・コスタ
アルド・コスタ | |
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| Aldo Costa | |
| 生誕 |
1961年6月5日(65歳) エミリア=ロマーニャ州パルマ県パルマ |
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| 教育 | ボローニャ大学 |
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| 設計 | |
| 成果 |
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アルド・コスタ(Aldo Costa 、1961年6月5日 - )は、イタリア・パルマ出身の自動車技術者、レーシングカーデザイナー。F1コンストラクターの「ミナルディ」「スクーデリア・フェラーリ」「メルセデスAMG F1」でデザイン・開発部門の責任者を歴任した。ミナルディ在籍中はアルデ・コスタとも表記されていた。
経歴
[編集]学生時代
[編集]ボローニャ大学で機械工学を学び博士号を取得。この間に、フェラーリチームの開発部門を取材しF1のサスペンション機構についての論文を著した。
アバルト
[編集]1986年に大学を卒業後に父親がフィアット・グループに務めていた縁で、傘下のアバルト社に入社。CAD計算や解析のエンジニアとしてラリーカーに携わり、レーシングチームを率いるジャンカルロ・ミナルディの知己を得る。
ミナルディ
[編集]1988年、27歳の時にF1コンストラクターのミナルディに移籍し、チーフデザイナーに就任、その後、同チームのジャコモ・カリーリの後を受けて、1989年から1995年までの長きにわたって、ミナルディでテクニカルディレクターを務めた。
スクーデリア・フェラーリ
[編集]1995年末にスクーデリア・フェラーリに移籍し、1998年からロリー・バーンの助手としてアシスタントチーフデザイナーを長く務めることとなる。レーシングドライバーのミハエル・シューマッハを擁したフェラーリチームは黄金期を迎え、多くのタイトル獲得に貢献した。
2004年にバーンが第一線からの引退を表明した際に、バーンはコスタを後継者に指名し、2005年にはデザイン・開発部門の実質的な指揮がコスタに任され、バーンがデザイン・開発部門のチーフを退いたため、2006年からは正式にその責任者を務めている。チーフデザイナーとして2007年・2008年に投入したF2007とF2008でコンストラクターズタイトル連覇を達成し、名実ともに一流デザイナーの地位を築いた。
2011年5月、モナコGP後にテクニカルディレクター職の解任とフェラーリ市販車部門への異動が決定した[1]。7月には合意の元にフェラーリから退社することも発表された[2]。
メルセデスAMG
[編集]2011年末より、メルセデスGP(AMG F1)のエンジニアリング・ディレクターに就任した[3]。F1 W04からF1 W10 EQ Power+までの車両設計に携わり、メルセデスチームのコンストラクターズタイトル6連覇まで貢献した。
ダラーラ
[編集]2020年より、ダラーラ・アウトモビリのCTO(最高技術責任者)に就任した[4]。
脚注
[編集]- ↑ アルド・コスタ、フェラーリの市販車部門に異動 F1-Gate.com 2011年6月2日付
- ↑ アルド・コスタ、フェラーリを退職 F1-Gate.com 2011年7月21日付
- ↑ メルセデスGP、アルド・コスタとジェフ・ウィリスの加入を発表 F1-Gate.com 2011年9月30日付
- ↑ メルセデス躍進の立役者、アルド・コスタが離脱。ダラーラCTOに就任へ motorsport.com 2019年9月10日付
外部リンク
[編集]- PEOPLE: ALDO COSTA(Grandprix.com biography)