パトリック・フリーザッハー

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パトリック・フリーザッハー
Patrick Friesacher.jpg
基本情報
国籍  オーストリア
出身地 同・ヴォルフスベルク
生年月日 (1980-09-26) 1980年9月26日(37歳)
F1での経歴
活動時期 2005
所属チーム ミナルディ
出走回数 11
タイトル 0
優勝回数 0
表彰台(3位以内)回数 0
通算獲得ポイント 3
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
初勝利
最終勝利
最終戦 2005年イギリスGP
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パトリック・フリーザッハーPatrick Friesacher, 1980年9月26日 - )は、オーストリア出身のレーシングドライバー。2005年にF1デビューしたドライバーである。

プロフィール[編集]

F3/F3000[編集]

2000年にドイツF3に参戦。2001年からの国際F3000参戦時に数度の優勝を飾るなどシーズンを通して優秀な成績を残したことが高く評価され、2005年にミナルディチームからF1デビューした。

F1[編集]

モナコGPの予選(13位)の走りは素晴らしく、またミシュランタイヤ勢がレース出場を取り止めたアメリカGPで完走、6位に入賞し3ポイントを獲得するなど、随所で活躍を見せそのドライビングは高い評価を得た。

しかし、持ち込んだスポンサーの経営が悪化し、チームへのスポンサー代金の支払いが出来なくなってしまったために、ドイツGP以降チームを解雇されてしまった。翌2006年は強豪チームの1つであるウィリアムズのテストに散発的に参加した。

A1[編集]

A1グランプリ2005年-2006年シーズンのメキシコグランプリに1戦のみ出走し、スプリントレース9位とフィーチャーレース10位と入賞し、オーストリアチームに3ポイントを献上した。

一旦引退[編集]

A1グランプリのメキシコグランプリ以降は参戦せず、2006年をもって一旦モータースポーツ界から引退し、その後地元のオーストリアへ戻り、実家が経営する配管業の見習いとして働いていた。

アメリカン・ル・マン・シリーズ[編集]

一旦はレースの世界から離れたものの、2008年からはアメリカン・ル・マン・シリーズのGT2クラスに参戦、現役に復帰している。チームメイトの1人に元F1ドライバーのミカ・サロがいる。また、2008年-2009年シーズンからフェラーリが供給する新しいA1グランプリマシンのテストドライバーの1人であった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]