イギリスグランプリ

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Flag of the United Kingdom.svg British Grand Prix
シルバーストン
Silverstone circuit.svg
レース情報
周回 52
コース長 5.891 km (3.66 mi)
レース長 306.291 km (190.32 mi)
開催回数 69
初回 1926年
最多勝利
(ドライバー)
イギリスの旗 ジム・クラーク
フランスの旗 アラン・プロスト (5)
最多勝利
(コンストラクター)
イタリアの旗 フェラーリ (15)
最新開催(2015年):
ポールポジション イギリスの旗 ルイス・ハミルトン
メルセデス
1:32.248
決勝順位 1. イギリスの旗 ルイス・ハミルトン
メルセデス
1:31:27.729
2. ドイツの旗 ニコ・ロズベルグ
メルセデス
+10.956s
3. ドイツの旗 セバスチャン・ベッテル
フェラーリ
+25.443s
ファステストラップ イギリスの旗 ルイス・ハミルトン
メルセデス
1:37.093

イギリスグランプリ(イギリスGP, British Grand Prix)は、イギリスで行われるモータースポーツレース。現在はF1のイベントとして開催されている。

1950年、F1世界選手権が初めて開催された際の第1戦がこのイギリスGPであり、F1の中ではもっとも伝統のあるレースのひとつである。

イギリス国内で行われた、イギリスGP以外の名称をもつF1レースも本項目で記述する。

概要[編集]

1926年に初開催され、1928年1947年の中断を経て開催が続けられている。1950年以降は、同年に発足したF1に組み込まれ、F1において同一名称のグランプリが1年も欠かさず開催されているのは、このイギリスGPとイタリアGPのみである。

1950年にF1グランプリの第1戦として初開催された際にはシルバーストン・サーキットで行われた。以降、ブランズハッチなどのサーキットでもイギリスGPは開催されたが、近年はシルバーストンでの開催が続いている。

シルバーストンの施設の老朽化、タバコ広告禁止を含めた金銭的・興行的問題など多数の問題から、2010年はドニントンパーク・サーキットに開催が移ると一旦発表されたが、その後ドニントンパークのサーキット運営会社がコース改修資金の調達に失敗、F1開催が困難な状況となってしまった[1]。そのため2010年以降もシルバーストンでの開催が継続する可能性が高くなっている[2]

2009年12月7日、シルバーストンにて今後17年間のイギリスGP開催が決定した。

開催されたサーキット[編集]

1926年の初開催と、翌1927年ブルックランズで開催され、1928年1947年の20年間は開催されなかったものの、1948年に場所をシルバーストンに変えて再び開催され、以降も時折開催地を変えながら現在まで毎年欠かさず開催されている。

1948年1954年まではシルバーストンで行われた。1955・1957・1959・1961・1962年の5回はエイントリーで、1956・1958・1960・1963年はシルバーストンで開催された。

エイントリーでF1が開催されなくなって以降は、1964年から1986年までは偶数年がブランズハッチ、奇数年がシルバーストン・サーキットで交互に開催されていたが、1987年以降はシルバーストン・サーキットで開催されている。

1983年1985年1993年には、英国内でイギリスGPではない名称のグランプリが、イギリスGPと併催されている。詳細は後述のイギリスグランプリ以外のF1レースを参照のこと。

イギリスグランプリ以外のF1レース[編集]

英国内で実施されながら、別の名称が付与されたレースがある。1国で年内に2回の開催を行ったが、1国1開催の原則等の理由でヨーロッパGPという名称が付与された。

ブランズハッチ開催
1983年と1985年に開催。シルバーストンにイギリスGPの名が付けられたため、ブランズハッチで開催されたレースはヨーロッパGPの名が冠せられた。1983年ブラバムBMWネルソン・ピケ1985年ウィリアムズホンダナイジェル・マンセルが優勝した。
ドニントンパーク開催
1993年に1回のみ開催。2輪の世界選手権でよく使用されている、ドニントンパークで開催された。マクラーレン・フォードのアイルトン・セナが優勝した。

特筆すべき過去のレース[編集]

1991年のイギリスGPのウィニングラップの様子。予選1回目、予選2回目、PPFL、そして1周から59周まで全てにおいてマンセルが1位を獲得した。セナはガス欠によりリタイアとなり、マンセルのマシンに摑まって勝利を祝うようにパドックへ戻っていった。

数多く開催されたイギリスGPの中でも、大きな出来事が起こった、または記念すべきレースをいくつか取り上げて紹介する。

  • 1950年 - この年創設されたF1世界選手権の記念すべき第1戦として開催され、アルファ・ロメオジュゼッペ・ファリーナが優勝。以下4位までをアルファロメオが独占した。
  • 1951年 - 前年から無敗を続けてきたアルファロメオを破り、フェラーリが初優勝した。チームオーナーのエンツォ・フェラーリは「私は母親を殺してしまった」との名言を残した。
  • 1955年 - メルセデスに所属するスターリング・モスが地元でF1初優勝を達成。
  • 1957年 - モスとトニー・ブルックスがマシンをシェアして優勝。イギリス人ドライバー2人とイギリス製マシン(ヴァンウォール)による記念すべき勝利となった。
  • 1968年 - ロブ・ウォーカー・レーシング・チームジョー・シフェールが初優勝。これがF1におけるプライベーターチームの最後の1勝となった。
  • 1973年 - レース2周目のホームストレートでジョディー・シェクターのマシンがスピン。コース上で動けなくなったマシンに8台のマシンが次々とクラッシュし、F1世界選手権では初めて赤旗でレースが中断されることとなった。この事故ではアンドレア・デ・アダミッチが脚の骨を折ってF1キャリアを断たれた。
  • 1976年 - スタート直後の多重事故で赤旗再スタートとなり、中断中にマシンを修理したジェームス・ハントが優勝。しかし、フェラーリが異議を唱え、2ヵ月後にハントは失格処分となった[3]
  • 1979年 - ウィリアムズクレイ・レガッツォーニが優勝し、ウィリアムズが初優勝を達成。
  • 1987年 - ホンダエンジンを使用するウィリアムズとロータスが1位から4位までを独占した。優勝したのはウィリアムズのナイジェル・マンセル、2位は同じくウィリアムズのネルソン・ピケ、3位はロータスのアイルトン・セナ、4位がロータスの中嶋悟であった。
  • 1992年 - 圧倒的な戦闘力を誇るウィリアムズ・ルノーを駆り、ドライバーズランキングで首位を独走していたナイジェル・マンセルの凱旋レースというにふさわしかった。金曜日のフリー走行からの全てのセッションでマンセルがトップタイムを記録した。決勝レースでは全周回で首位を譲らず、2位のリカルド・パトレーゼに約40秒の差をつけて優勝し、ファステスト・ラップも記録した。
  • 1994年 - ウィリアムズのデイモン・ヒルが地元優勝。ベネトンミハエル・シューマッハ黒旗無視で失格となり、さらに2戦出場停止を命じられた。
  • 1999年 - フェラーリのシューマッハがブレーキトラブルでタイヤウォールに激突。右足を骨折し欠場を余儀なくされた。
  • 2003年 - 決勝レース中、アイルランド出身の聖職者ニール・ホランが宗教的なメッセージが書かれたプラカードを掲げてコースに乱入。逮捕され禁固2か月の有罪判決を受けた。

過去の結果と開催サーキット[編集]

決勝日 ラウンド サーキット 勝者 所属チーム 結果
1950 5月13日 1 シルバーストン ジュゼッペ・ファリーナ アルファロメオ 詳細
1951 7月14日 5 シルバーストン フロイラン・ゴンザレス フェラーリ 詳細
1952 7月19日 5 シルバーストン アルベルト・アスカーリ フェラーリ 詳細
1953 7月18日 6 シルバーストン アルベルト・アスカーリ フェラーリ 詳細
1954 7月17日 5 シルバーストン フロイラン・ゴンザレス フェラーリ 詳細
1955 7月16日 6 エイントリー スターリング・モス メルセデス 詳細
1956 7月14日 6 シルバーストン ファン・マヌエル・ファンジオ フェラーリ 詳細
1957 7月20日 5 エイントリー トニー・ブルックス
スターリング・モス
ヴァンウォール 詳細
1958 7月19日 7 シルバーストン ピーター・コリンズ フェラーリ 詳細
1959 7月18日 5 エイントリー ジャック・ブラバム クーパー 詳細
1960 7月16日 7 シルバーストン ジャック・ブラバム クーパー 詳細
1961 7月15日 5 エイントリー ヴォルフガング・フォン・トリップス フェラーリ 詳細
1962 7月21日 5 エイントリー ジム・クラーク ロータス 詳細
1963 7月20日 5 シルバーストン ジム・クラーク ロータス 詳細
1964 7月11日 5 ブランズハッチ ジム・クラーク ロータス 詳細
1965 7月10日 5 シルバーストン ジム・クラーク ロータス 詳細
1966 7月16日 4 ブランズハッチ ジャック・ブラバム ブラバム 詳細
1967 7月15日 6 シルバーストン ジム・クラーク ロータス 詳細
1968 7月20日 7 ブランズハッチ ジョー・シフェール ロータス 詳細
1969 7月19日 6 シルバーストン ジャッキー・スチュワート マトラ 詳細
1970 7月18日 7 ブランズハッチ ヨッヘン・リント ロータス 詳細
1971 7月17日 6 シルバーストン ジャッキー・スチュワート ティレル 詳細
1972 7月15日 7 ブランズハッチ エマーソン・フィッティパルディ ロータス 詳細
1973 7月14日 9 シルバーストン ピーター・レブソン マクラーレン 詳細
1974 7月20日 10 ブランズハッチ ジョディー・シェクター ティレル 詳細
1975 7月19日 10 シルバーストン エマーソン・フィッティパルディ マクラーレン 詳細
1976 7月18日 9 ブランズハッチ ニキ・ラウダ フェラーリ 詳細
1977 7月17日 10 シルバーストン ジェームス・ハント マクラーレン 詳細
1978 7月16日 10 ブランズハッチ カルロス・ロイテマン フェラーリ 詳細
1979 7月15日 9 シルバーストン クレイ・レガッツォーニ ウィリアムズ 詳細
1980 7月13日 8 ブランズハッチ アラン・ジョーンズ ウィリアムズ 詳細
1981 7月19日 9 シルバーストン ジョン・ワトソン マクラーレン 詳細
1982 7月18日 10 ブランズハッチ ニキ・ラウダ マクレーレン 詳細
1983 7月17日 9 シルバーストン アラン・プロスト ルノー 詳細
1984 7月22日 10 ブランズハッチ ニキ・ラウダ マクラーレン 詳細
1985 7月21日 8 シルバーストン アラン・プロスト マクラーレン 詳細
1986 7月13日 9 ブランズハッチ ナイジェル・マンセル ウィリアムズ 詳細
1987 7月12日 7 シルバーストン ナイジェル・マンセル ウィリアムズ 詳細
1988 7月10日 8 シルバーストン アイルトン・セナ マクラーレン 詳細
1989 7月16日 8 シルバーストン アラン・プロスト マクラーレン 詳細
1990 7月15日 8 シルバーストン アラン・プロスト フェラーリ 詳細
1991 7月14日 8 シルバーストン ナイジェル・マンセル ウィリアムズ 詳細
1992 7月12日 9 シルバーストン ナイジェル・マンセル ウィリアムズ 詳細
1993 7月11日 9 シルバーストン アラン・プロスト ウィリアムズ 詳細
1994 7月10日 8 シルバーストン デイモン・ヒル ウィリアムズ 詳細
1995 7月16日 8 シルバーストン ジョニー・ハーバート ベネトン 詳細
1996 7月14日 10 シルバーストン ジャック・ヴィルヌーヴ ウィリアムズ 詳細
1997 7月13日 9 シルバーストン ジャック・ヴィルヌーヴ ウィリアムズ 詳細
1998 7月12日 9 シルバーストン ミハエル・シューマッハ フェラーリ 詳細
1999 7月11日 8 シルバーストン デビッド・クルサード マクラーレン 詳細
2000 4月23日 4 シルバーストン デビッド・クルサード マクラーレン 詳細
2001 7月15日 11 シルバーストン ミカ・ハッキネン マクラーレン 詳細
2002 7月7日 10 シルバーストン ミハエル・シューマッハ フェラーリ 詳細
2003 7月20日 11 シルバーストン ルーベンス・バリチェロ フェラーリ 詳細
2004 7月11日 11 シルバーストン ミハエル・シューマッハ フェラーリ 詳細
2005 7月10日 11 シルバーストン ファン・パブロ・モントーヤ マクラーレン 詳細
2006 6月11日 8 シルバーストン フェルナンド・アロンソ ルノー 詳細
2007 7月8日 9 シルバーストン キミ・ライコネン フェラーリ 詳細
2008 7月6日 9 シルバーストン ルイス・ハミルトン マクラーレン 詳細
2009 6月21日 8 シルバーストン セバスチャン・ベッテル レッドブル 詳細
2010 7月11日 10 シルバーストン マーク・ウェバー レッドブル 詳細
2011 7月10日 9 シルバーストン フェルナンド・アロンソ フェラーリ 詳細
2012 7月8日 9 シルバーストン マーク・ウェバー レッドブル 詳細
2013 6月30日 8 シルバーストン ニコ・ロズベルグ メルセデス 詳細
2014 7月6日 9 シルバーストン ルイス・ハミルトン メルセデス 詳細
2015 7月5日 9 シルバーストン ルイス・ハミルトン メルセデス 詳細

冠スポンサー[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ バーニー・エクレストン 「ドニントンの望みは消えた」 - F1-gate.com・2009年10月29日
  2. ^ シルバーストン、F1イギリスGPの開催へ近づく - F1-gate.com・2009年11月25日
  3. ^ "特集:1976年イギリスGP". ESPN F1.(2011年12月18日)2013年4月15日閲覧。
  4. ^ 決勝序盤、3台の左リヤタイヤが相次いでバースト - オートスポーツweb(2013年6月30日)※2013年7月2日閲覧
  5. ^ トッド、ピレリに作業部会への出席を求める - オートスポーツweb(2013年7月1日)※2013年7月2日閲覧
  6. ^ ピレリ「原因はタイヤの適切でない使い方」 - オートスポーツweb(2013年7月3日)
  7. ^ ピレリ、F1イギリスGPでタイヤ構造を無断変更か - TopNews.jp(2013年7月3日)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]