アメリカグランプリ
| サーキット・オブ・ジ・アメリカズ | |
|
| |
| レース情報 | |
|---|---|
| 周回 | 56[1] |
| コース長 | 5.516 km (3.427 mi) |
| レース長 | 308.896[1] km (191.939 mi) |
| 開催回数 |
Total - 67 アメリカGP - 49 アメリカ東GP - 8 アメリカ西GP - 8 ラスベガスGP - 2 |
| 初回 | 1908年 |
| 最多勝利 (ドライバー) |
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| 最多勝利 (コンストラクター) |
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| 最新開催(2019年): | |
| ポールポジション |
メルセデス 1:32.029 |
| 決勝順位 |
1. メルセデス 1:33:55.653 2. メルセデス +4.148s 3. レッドブル-ホンダ +5.002s |
| ファステストラップ |
フェラーリ 1:36.169 |
アメリカグランプリ(アメリカGP, 米: United States Grand Prix)は、アメリカ合衆国で1959年から断続的に行われているF1世界選手権レースのひとつ。その他、アメリカ国内で開催された、アメリカグランプリ以外のF1選手権レースについても本項目で記述する。
目次
歴史[編集]
前史[編集]
19世紀末の自動車の発明以来、アメリカでは草競馬場のコースを利用したオーバルレースが人気となり、インディ500(1908年-)を含む全米選手権の発足に至る。その一方、ヨーロッパタイプの公道サーキットでレースを行おうとする者も現れ、1904年には欧米交流戦のヴァンダービルト杯が始まり、1908年には欧州のグランプリ規定に則ったアメリカン・グランド・プライズ (American Grand Prize) が創設された。アメリカン・グランド・プライズはジョージア州サバンナ、ウィスコンシン州ミルウォーキー、カリフォルニア州サンタモニカ、カリフォルニア州サンフランシスコといった場所で1916年までに7回開催された(1911年以降はヴァンダービルト杯との同時開催)。1914年の大会を制したマーサー (Mercer) を除けば、いずれも優勝したのは欧州車であった。第一次世界大戦によりヨーロッパのレース界との交流が絶たれると、この種のイベントは開催されなくなった。
1950年にF1世界選手権が創設されると、インディ500も選手権の1戦に組み込まれたが、ヨーロッパからの参戦者も少なかったため、1960年限りでF1のカレンダーから姿を消した。
アメリカグランプリの成功と衰退[編集]
1958年にカリフォルニア州のリバーサイド・インターナショナル・レースウェイにて開催されたUSACスポーツカー選手権 (USAC Road Racing Championship) の1戦に「アメリカグランプリ (United States Grand Prix) 」の名が冠せられた。そして翌1959年に、フロリダ州の飛行場跡地に出来たサーキット、セブリング・インターナショナル・レースウェイでF1世界選手権のアメリカGPが初開催された。1960年にリバーサイドで開催されたあと、翌1961年から1980年まではニューヨーク州のワトキンズグレン・インターナショナル・レースウェイで行われた。「グレン」ことワトキンズグレンでは紅葉の美しい季節に開催され、シーズン終盤の名物レースとなった。
当地では徐々にF1が浸透し、商業的観点からモータースポーツが重視されるようになっていくと、1976年から1984年までは年2回開催されるようになった(1982年は年3回)。この期間はアメリカGPの他に「アメリカ西グランプリ」「アメリカ東グランプリ」「ラスベガスGP」といった名称も使用された(詳細は後述のアメリカグランプリ以外の名称で行われたF1レースを参照)。
しかし、サーキットは市街地の仮設コースばかりで、レースが行われる際の安全性確保や興行的問題、さらにCART(後のチャンプカー)人気上昇等の問題から、開催数は次第に減少していった。そして1991年にアリゾナ州のフェニックス市街地コースで行われたアメリカGPを最後に、一旦は米国内でF1が開催されなくなる。
インディアナポリスでの復活[編集]
F1は「世界選手権」の名を掲げているが、アメリカ国内においてはNASCARやインディカーなどの人気が高く、F1は人気が定着しきれないでいた。こうした事態を打破するため、インディ500やブリックヤード400が行われているアメリカンモータースポーツ界の聖地、インディアナポリス・モーター・スピードウェイを舞台にして、2000年よりアメリカGPが復活することとなった。初開催の決勝日には巨大なスタンドを埋める20万人もの観客を集め、当地における潜在的なF1人気を実証することになった。
2003年まではシーズン終盤のレースとして9月末に開催されてきたが、2004年以降は参戦チームの遠征費用効率化を目的とし、6月にカナダGPとの連戦で開催されるようになった。
2005年はミシュランタイヤのトラブルに端を発し、ミシュランタイヤ装着全7チーム14台がフォーメーションラップのみで自主リタイア。ブリヂストンタイヤを装着する3チーム6台のみでレースが行われるという異常事態が発生した(詳細は2005年アメリカGPを参照)。この事件はミシュランと国際自動車連盟 (FIA) の間に大きな亀裂を生む事となり、2006年のミシュランF1撤退に少なからぬ影響を及ぼした。加えて退屈なレースに観客からの不満が爆発し、主催者はチケットの返金などの対応に追われる事になった。
こうした経緯から主催者とFIAの関係も悪化の一途を辿り、2008年のF1アメリカグランプリ開催を断念する共同声明を発表するに至った。
オースティン、ニュージャージーでの開催[編集]
F1に参戦するチーム・自動車メーカー・スポンサーからは「大消費地であるアメリカでF1が開催されないことは、宣伝媒体としてのF1の価値を低下させる」としてアメリカでの開催を復活させるよう根強い要望があった。F1の興行権を持つフォーミュラ・ワン・マネジメント(FOM)が米国内の様々なサーキットと交渉を行った結果、2012年より新たにテキサス州オースティンにサーキットを建設してアメリカグランプリを復活させることが決定した[2]。
2010年9月にはヘルマン・ティルケ率いるティルケデザインの設計による新サーキットのコースレイアウトが公表された[3]。サーキットの建設は同年12月に開始され、建設費用は約2億ドル[4]。サーキット建設に当たっては、NFLのミネソタ・バイキングスやNBAのサンアントニオ・スパーズなどのオーナーを務めたこともある投資家のレッド・マコームズ、元ロードレース世界選手権(WGP)・GP500クラスチャンピオンのケビン・シュワンツなどの支援を受けている[5]。後にこのサーキットはサーキット・オブ・ジ・アメリカズと名づけられた。
メディアの中にはサーキットの建設費用などの調達ができず開催が流れる危険性を憂慮するものもあり[6]、実際プロモーター側でも、場合によっては同地でのグランプリ初開催が1年延期され2013年にずれ込む可能性を認めていたが[7]、予定通り2012年11月にレースが開催された。
一方で、2013年からはニュージャージー州でもう1つのグランプリが開催される予定とされ、2011年10月25日に同州知事が開催を発表した。ハドソン川を挟んでニューヨーク・マンハッタンの対岸に位置するウィーホーケンとウェストニューヨークにまたがる市街地を使用する[8]としていたが、サーキット建設の認可手続きが間に合わず、実際の開催は2016年からにずれ込む見込みとされていた[9]ものの、2016年度はまたしても開催が見送られた。名称はニュージャージーグランプリとなる予定らしいが、2015年度のアメリカグランプリの開催料金の延滞が報道されるなど、ポート・インペリアル市街地コースへの移転は遅々として進んでいない[注 2]。
マイアミでの開催[編集]
2019年よりフロリダ州マイアミでアメリカにて2つ目のグランプリを開催する計画がマイアミ市から承認されたが[10]、地元住民は道路閉鎖や騒音を理由に反対しており[11]、20年間の開催契約をまとめることにも難航したため[12]、2019年の開催を断念し2020年からの開催を目指すことになった[13]。その後、開催地を従来のビスケーン湾周辺からNFLマイアミ・ドルフィンズの本拠地ハードロック・スタジアム周辺に変更し、同チームのオーナーを務めるスティーブン・ロスが率いるコンソーシアムとリバティメディアとの交渉が進み、政治的支援やマイアミ市議会の承認が必要ではあるが、2021年からの開催に原則合意した[14]。
アメリカグランプリ以外の名称で行われたF1レース[編集]
米国内で実施されながら、複数回の開催のためにアメリカグランプリ以外の名前で行われたレースがある。1982年は米国内で実に3回ものグランプリが開催された。また、インディ500もF1選手権に組み込まれていた。
アメリカ東グランプリ[編集]
1961年よりワトキンズグレンで「アメリカグランプリ」が開催されていたが、1976年にロングビーチもF1レースを開催することになり、アメリカでは2戦が行われることになった。ロングビーチは「アメリカ西グランプリ」と呼ばれ、ワトキンズグレンはこの年から「アメリカ東グランプリ」と呼ばれるようになった。
1980年限りでワトキンズグレンのレースは終了したが、1982年からはデトロイトで「アメリカ東グランプリ」が開催された。1983年限りでロングビーチの「アメリカ西グランプリ」は終了したが、1984年にはダラスがF1を開催し、このレースが「アメリカグランプリ」と呼ばれ、デトロイトのレースは「アメリカ東グランプリ」の名を維持した。1985年にはアメリカでの開催が1レースとなり、デトロイトのレースは「アメリカグランプリ」と呼ばれるようになった。以後、アメリカでのF1レースは「アメリカグランプリ」の名で開催されている(2016年シーズン終了時)。
アメリカ西グランプリ[編集]
1976年から1983年までロングビーチ市街地コースを使用して開催された。カリフォルニア州のロングビーチ市街をサーキットとして使用した。1周3.251kmを初め多彩なレイアウトがある。
ラスベガスグランプリ[編集]
1981年と1982年にラスベガス市街地コースを使用して開催された。ラスベガスのホテル、シーザーズ・パレスの巨大駐車場にコンクリートウォールを設置、1周3.650kmのコースを急造して開催された。1981年はウィリアムズのアラン・ジョーンズが、1982年はティレルのミケーレ・アルボレートがそれぞれ勝利したが、2年で打ち切りとなった。
インディ500[編集]
1950年からインディ500がF1世界選手権に組み込まれた。選手権ポイントも他のGP同様与えられたが、インディ500と他のF1GPに参戦するドライバーも少数だった。1960年をもってF1世界選手権から除外された。
主な出来事[編集]
- 1959年(セブリング) - 初のアメリカGPはシーズン最終戦として行われ、クーパーのジャック・ブラバムが自身初のチャンピオンを獲得した。ブラバムのマシンは最終ラップにガス欠となり、ブラバムはマシンを押して何とか4位でフィニッシュした。レースはチームメイトの新人ブルース・マクラーレンが初優勝し、2003年にフェルナンド・アロンソに破られるまで最年少優勝記録者となっていた。
- 1961年(ワトキンズグレン) - イネス・アイルランドが優勝し、チーム・ロータスのF1初優勝を達成。ただし、コンストラクター「ロータス」としての初優勝は、プライベーターのスターリング・モスが1960年のモナコGPで達成済みである。
- 1966年(ワトキンズグレン) - ロータスのジム・クラークがBRM製H16エンジンを搭載するマシンで優勝。F1における最多気筒数エンジンの勝利となった。
- 1968年(ワトキンズグレン) - アメリカの人気レーサー、マリオ・アンドレッティがF1デビュー戦でポールポジションを獲得。
- 1970年(ワトキンズグレン) - ロータスの新人エマーソン・フィッティパルディがデビュー4戦目で初優勝。この結果、2戦前のイタリアGPで死亡したヨッヘン・リントのチャンピオンが確定した。
- 1973年(ワトキンズグレン) - ティレルのフランソワ・セベールがガードレールに衝突して惨死。愛弟子を失ったジャッキー・スチュワートはこのレースを戦わずして引退した。
- 1974年(ワトキンズグレン) - サーティースのヘルムート・コイニクがセベールと同じくガードレールへの衝突で事故死した。
- 1980年(ロングビーチ) - エンサインのクレイ・レガツォーニがブレーキ故障によりクラッシュし、下半身不随となる怪我を負った。
- 1981年(ラスベガス) - ブラバムのネルソン・ピケが5位フィニッシュして自身初のチャンピオンを獲得。ピケは酷暑のレースで体力を消耗し、コクピット内で失神寸前だった。
- 1983年(ロングビーチ) - 予選20位以下に低迷していたマクラーレン勢が決勝ではワン・ツー・フィニッシュ。予選22位から優勝したジョン・ワトソンは、最も後方のグリッドから優勝した記録を作った。
- 1983年(デトロイト) - ティレルのミケーレ・アルボレートが優勝し、名基DFV系エンジン (DFY) の最後の勝利を飾った。また、この1勝は名門ティレルの最後の勝利にもなった。
- 1984年(ダラス) - ウィリアムズのケケ・ロズベルグが優勝し、ホンダの第2期活動(ターボエンジン供給)での初優勝を印す。
- 1989年(フェニックス) - マクラーレンのアイルトン・セナが通算34回目のポールポジション (PP) を獲得し、ジム・クラークの最多PP記録を更新した。
- 1990年(フェニックス) - ティレルのジャン・アレジがアイルトン・セナと抜きつ抜かれつの好バトルを展開。敗れて2位となったものの、一気に評価を高めた。
- 2002年(インディアナポリス) - レースを支配したフェラーリ勢がチェッカーを受ける際、スピードを緩めたミハエル・シューマッハを僚友のルーベンス・バリチェロが抜いて優勝した。1位と2位の差0.011秒は、1971年イタリアGPの0.01秒に次ぐ僅差のフィニッシュとなった。
- 2004年(インディアナポリス) - B・A・Rホンダの佐藤琢磨が、1990年日本GPの鈴木亜久里以来日本人として14年ぶりの表彰台(3位)を獲得した。
- 2005年(インディアナポリス) - フリー走行中に起きたラルフ・シューマッハのクラッシュをきっかけにして、ミシュランのタイヤがオーバル部分を走行する際の負荷に耐えられないことが判明。ミシュラン側はオーバル通過のスピードを抑えるためのシケイン増設案を、FIA側は速度監視によるオーバル部分の通過を互いに提案したが両者の話がおり合わず、ミシュラン系チームの自主リタイアにいたった。残り6台となったレースはミハエル・シューマッハが制したが、これはシューマッハ、フェラーリ、ブリヂストンタイヤにとって、このシーズン唯一の勝利となった。そして、入賞する機会すら少なかったジョーダン、ミナルディの両チームが3位から6位を獲得した。
- 2007年(インディアナポリス) - BMWザウバーのロバート・クビサの代役としてF1デビューしたセバスチャン・ベッテルが8位入賞し、史上最年少入賞記録を更新した。
- 2017年(オースティン) - ルイス・ハミルトンがポール・トゥ・ウィンでアメリカGP最多となる6勝目(4年連続優勝もミハエル・シューマッハに並ぶ最多タイ)をあげ、メルセデスが4年連続のコンストラクターズチャンピオンを獲得した。
過去のF1レースの結果[編集]
F1世界選手権として開催された1959年以降の結果について記載する。1950年から1960年までF1世界選手権の一戦に組み込まれていたインディ500の結果については、インディ500#歴代優勝者を参照。
| 年 | グランプリ名 | 決勝日 | ラウンド | サーキット | 優勝者 | 所属チーム | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1959 | アメリカGP | 12月12日 | 9 | セブリング | クーパー | 詳細 | |
| 1960 | アメリカGP | 11月20日 | 10 | リバーサイド | ロブ・ウォーカー (ロータス) |
詳細 | |
| 1961 | アメリカGP | 10月8日 | 8 | ワトキンズ・グレン | ロータス | 詳細 | |
| 1962 | アメリカGP | 10月7日 | 8 | ワトキンズ・グレン | ロータス | 詳細 | |
| 1963 | アメリカGP | 10月6日 | 8 | ワトキンズ・グレン | BRM | 詳細 | |
| 1964 | アメリカGP | 10月4日 | 9 | ワトキンズ・グレン | BRM | 詳細 | |
| 1965 | アメリカGP | 10月3日 | 9 | ワトキンズ・グレン | BRM | 詳細 | |
| 1966 | アメリカGP | 10月2日 | 8 | ワトキンズ・グレン | ロータス | 詳細 | |
| 1967 | アメリカGP | 10月1日 | 10 | ワトキンズ・グレン | ロータス | 詳細 | |
| 1968 | アメリカGP | 10月6日 | 11 | ワトキンズ・グレン | マトラ | 詳細 | |
| 1969 | アメリカGP | 10月5日 | 10 | ワトキンズ・グレン | ロータス | 詳細 | |
| 1970 | アメリカGP | 10月4日 | 12 | ワトキンズ・グレン | ロータス | 詳細 | |
| 1971 | アメリカGP | 10月3日 | 11 | ワトキンズ・グレン | ティレル | 詳細 | |
| 1972 | アメリカGP | 10月8日 | 12 | ワトキンズ・グレン | ティレル | 詳細 | |
| 1973 | アメリカGP | 10月7日 | 15 | ワトキンズ・グレン | ロータス | 詳細 | |
| 1974 | アメリカGP | 10月6日 | 15 | ワトキンズ・グレン | ブラバム | 詳細 | |
| 1975 | アメリカGP | 10月5日 | 14 | ワトキンズ・グレン | フェラーリ | 詳細 | |
| 1976 | アメリカ西GP | 3月28日 | 3 | ロングビーチ | フェラーリ | 詳細 | |
| アメリカ東GP | 10月10日 | 15 | ワトキンズ・グレン | マクラーレン | 詳細 | ||
| 1977 | アメリカ西GP | 4月3日 | 4 | ロングビーチ | ロータス | 詳細 | |
| アメリカ東GP | 10月2日 | 15 | ワトキンズ・グレン | マクラーレン | 詳細 | ||
| 1978 | アメリカ西GP | 4月2日 | 4 | ロングビーチ | フェラーリ | 詳細 | |
| アメリカ東GP | 10月1日 | 15 | ワトキンズ・グレン | フェラーリ | 詳細 | ||
| 1979 | アメリカ西GP | 4月8日 | 4 | ロングビーチ | フェラーリ | 詳細 | |
| アメリカ東GP | 10月7日 | 15 | ワトキンズ・グレン | フェラーリ | 詳細 | ||
| 1980 | アメリカ西GP | 3月30日 | 4 | ロングビーチ | ブラバム | 詳細 | |
| アメリカ東GP | 10月5日 | 14 | ワトキンズ・グレン | ウィリアムズ | 詳細 | ||
| 1981 | アメリカ西GP | 3月15日 | 1 | ロングビーチ | ウィリアムズ | 詳細 | |
| ラスベガスGP | 10月17日 | 15 | ラスベガス | ウィリアムズ | 詳細 | ||
| 1982 | アメリカ西GP | 4月4日 | 3 | ロングビーチ | マクラーレン | 詳細 | |
| アメリカ東GP | 6月6日 | 7 | デトロイト | マクラーレン | 詳細 | ||
| ラスベガスGP | 9月25日 | 16 | ラスベガス | ティレル | 詳細 | ||
| 1983 | アメリカ西GP | 3月27日 | 2 | ロングビーチ | マクラーレン | 詳細 | |
| アメリカ東GP | 6月5日 | 7 | デトロイト | ティレル | 詳細 | ||
| 1984 | アメリカ東GP | 6月24日 | 8 | デトロイト | ブラバム | 詳細 | |
| アメリカGP | 7月8日 | 9 | ダラス | ウィリアムズ | 詳細 | ||
| 1985 | アメリカGP | 6月23日 | 6 | デトロイト | ウィリアムズ | 詳細 | |
| 1986 | アメリカGP | 6月22日 | 7 | デトロイト | ロータス | 詳細 | |
| 1987 | アメリカGP | 6月21日 | 6 | デトロイト | ロータス | 詳細 | |
| 1988 | アメリカGP | 6月19日 | 6 | デトロイト | マクラーレン | 詳細 | |
| 1989 | アメリカGP | 6月4日 | 5 | フェニックス | マクラーレン | 詳細 | |
| 1990 | アメリカGP | 3月11日 | 1 | フェニックス | マクラーレン | 詳細 | |
| 1991 | アメリカGP | 3月10日 | 1 | フェニックス | マクラーレン | 詳細 | |
| 1992 - 1999 |
開催されず | ||||||
| 2000 | アメリカGP | 9月24日 | 15 | インディアナポリス | フェラーリ | 詳細 | |
| 2001 | アメリカGP | 9月30日 | 16 | インディアナポリス | マクラーレン | 詳細 | |
| 2002 | アメリカGP | 9月29日 | 16 | インディアナポリス | フェラーリ | 詳細 | |
| 2003 | アメリカGP | 9月28日 | 15 | インディアナポリス | フェラーリ | 詳細 | |
| 2004 | アメリカGP | 6月20日 | 9 | インディアナポリス | フェラーリ | 詳細 | |
| 2005 | アメリカGP | 6月19日 | 9 | インディアナポリス | フェラーリ | 詳細 | |
| 2006 | アメリカGP | 7月2日 | 10 | インディアナポリス | フェラーリ | 詳細 | |
| 2007 | アメリカGP | 6月17日 | 7 | インディアナポリス | マクラーレン | 詳細 | |
| 2008 - 2011 |
開催されず | ||||||
| 2012 | アメリカGP | 11月18日 | 19 | オースティン | マクラーレン | 詳細 | |
| 2013 | アメリカGP | 11月17日 | 18 | オースティン | レッドブル | 詳細 | |
| 2014 | アメリカGP | 11月2日 | 17 | オースティン | メルセデス | 詳細 | |
| 2015 | アメリカGP | 10月25日 | 16 | オースティン | メルセデス | 詳細 | |
| 2016 | アメリカGP | 10月23日 | 18 | オースティン | メルセデス | 詳細 | |
| 2017 | アメリカGP | 10月22日 | 17 | オースティン | メルセデス | 詳細 | |
| 2018 | アメリカGP | 10月21日 | 18 | オースティン | フェラーリ | 詳細 | |
| 2019 | アメリカGP | 11月3日 | 19 | オースティン | メルセデス | 詳細 | |
複数回優勝したドライバー[編集]
F1世界選手権として開催されたレースを対象とする(インディ500は除く)。
| 回数 | ドライバー | 優勝年 |
|---|---|---|
| 6 | 2007, 2012, 2014, 2015, 2016, 2017 | |
| 5 | 1986, 1987, 1988, 1990, 1991 | |
| 2000, 2003, 2004, 2005, 2006 | ||
| 3 | 1963, 1964, 1965 | |
| 1962, 1966, 1967 | ||
| 1980E, 1981W, 1981L | ||
| 1974, 1978W, 1978E | ||
| 2 | 1968, 1972 | |
| 1976E, 1977E | ||
| 1979W, 1979E | ||
| 1982L, 1983E | ||
| 1980W, 1984E | ||
| 1984, 1985 |
- 太字は2019年のF1世界選手権に参戦中のドライバー。
- 優勝年のEはアメリカ東GP、Wはアメリカ西GP、LはラスベガスGP。
複数回優勝したコンストラクター[編集]
F1世界選手権として開催されたレースを対象とする(インディ500は除く)。
| 回数 | コンストラクター | 優勝年 |
|---|---|---|
| 13 | 1975, 1976W, 1978W, 1978E, 1979W, 1979E, 2000, 2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2018 | |
| 12 | 1976E, 1977E, 1982W, 1982E, 1983W, 1988, 1989, 1990, 1991, 2001, 2007, 2012 | |
| 11 | 1960, 1961, 1962, 1966, 1967, 1969, 1970, 1973, 1977W, 1986, 1987 | |
| 5 | 1980E, 1981W, 1981L, 1984, 1985 | |
| 2014, 2015, 2016, 2017, 2019 | ||
| 4 | 1971, 1972, 1982L, 1983E | |
| 3 | 1963, 1964, 1965 | |
| 1974, 1980W, 1984E |
- 太字は2019年のF1世界選手権に参戦中のコンストラクター。
- 優勝年のEはアメリカ東GP、Wはアメリカ西GP、LはラスベガスGP。
過去の開催サーキット[編集]
セブリング(1959)
リバーサイド(1960)
ワトキンズ・グレン(1961–1970)
ロングビーチ(1976-1983)
ラスベガス(1981-1982)
デトロイト(1982-1988)
ダラス(1984)
フェニックス(1989–1990)
インディアナポリス(2000–2007)
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ a b インディ500を除いたアメリカ国内でF1世界選手権として開催されたレースを対象。
- ^ リバティメディアがF1を買収する2017年までは一国一開催が原則だったので、ポート・インペリアル市街地コースが採用された場合はサーキット・オブ・ジ・アメリカズが撤収しなければならなかった。
- ^ アメリカン・グランド・プライズ時代の1910年を除く。
出典[編集]
- ^ a b “Formula1.com Races in Detail: 2012 Formula 1 United States Grand Prix”. 2012年6月14日閲覧。
- ^ アメリカGP、2012年の復活が決定。テキサス州オースティンに新サーキット建設へ - as-web.jp・2010年5月26日
- ^ F1アメリカGP、オースティンのサーキットレイアウトを公開 - F1-Gate.com・2010年9月1日
- ^ オースティン、F1サーキット建設費用は2億ドル - F1-Gate.com・2010年8月7日
- ^ F1アメリカGP主催者、オースティンの開催地と支援者を明かす - F1-Gate.com・2010年7月28日
- ^ アメリカGP復活に高まる不安 - ESPN F1・2010年5月27日
- ^ F1アメリカGPのプロモーター、2013年に開催延期の可能性も認める - F1-Gate.com・2010年7月16日
- ^ “ニュージャージー、2013年からのF1開催を発表”. F1-Gate.com. (2011年10月26日) 2011年10月26日閲覧。
- ^ ニュージャージーGP、来季開催はキャンセルか - オートスポーツ・2012年10月18日
- ^ “【F1】 マイアミ、2019年のF1開催計画を承認…日本GPの継続に影響?”. F1-Gate.com. (2018年5月11日) 2018年7月24日閲覧。
- ^ “【F1】 2019年のF1カレンダー確定はマイアミの進捗次第”. F1-Gate.com. (2018年7月13日) 2018年7月24日閲覧。
- ^ “F1マイアミGP、20年間のF1開催契約を締結へ”. F1-Gate.com. (2018年7月18日) 2018年7月24日閲覧。
- ^ “F1マイアミGP、2019年のレース開催を断念”. F1-Gate.com. (2018年7月24日) 2018年7月24日閲覧。
- ^ “F1とハードロック・スタジアムが原則合意”. ESPN F1. (2019年10月16日) 2019年10月23日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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