ウィスコンシン州

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ウィスコンシン州
State of Wisconsin
ウィスコンシン州の旗 ウィスコンシン州の印
州旗 (州章)
州の愛称: アメリカアナグマ州(The Badger State)
酪農の国(Dairy Country)
州のモットー: 進む
Forward
ウィスコンシン州の位置
州都 マディソン
最大の都市 ミルウォーキー
州知事 スコット・ウォーカー
公用語 法的指定なし
面積
 - 総計
 - 陸地
 - 水域
全米第23位
169,639 km²
140,663 km²
28,977 km² (17.1%)
人口2010年
 - 総計
 - 人口密度
全米第20位
5,686,986
40.6人/km²
合衆国加入
 - 順番
 - 加入年月日

30番目
1848年5月29日
時間帯 UTC -6
DST -5
緯度 北緯42°37' - 47°05'
経度 西経86°46' - 92°53'
東西の幅 420 km
南北の長さ 500 km
標高
 -最高標高
 -平均標高
 -最低標高

595 m
320 m
176 m
略称 (ISO 3166-2:US) US-WI
ウェブサイト ウィスコンシン州政府
上院議員 ロン・ジョンソン
タミー・ボールドウィン

ウィスコンシン州: state of Wisconsin)は、アメリカ合衆国中西部の最北に位置するである。五大湖地域にも含まれる。アメリカ合衆国50州の中で、陸地面積では第23位、人口では第20位である。前身のウィスコンシン準州から1848年5月29日に合衆国30番目の州に昇格した。東側はミシガン湖に、北東はミシガン州に、西側はミネソタ州アイオワ州に、南側はイリノイ州に、北側はスペリオル湖に接している。州都はマディソン市、人口最大の都市はミルウォーキー市である。

愛称はDairy Country(酪農の国)またはThe Badger State(あなぐま州)。アメリカアナグマ(バジャー)は州のシンボルでもあり、19世紀前半、ウィスコンシン州が国内のの半分以上を産出した鉛ラッシュ時代に、鉛鉱山で働く鉱夫とその家族が地上に住居が完成するまで坑道に住んだことから「アナグマ」と呼ばれたことが元になっている[1]

州名の由来 [編集]

州の名前はウィスコンシン川に由来し、「ウィスコンシン」は、インディアン部族オジブワ族言葉で「赤い石の地」を意味する「Miskwasiniing」がフランス語風になまった言葉が元になっているとされる[2]

1673年、フランス人探検家ジャック・マルケットがヨーロッパ人としては初めてウィスコンシン川に達し、その日誌に川の名前を Meskousing と記録した[3]。後のフランス人探検家がその綴りを Ouisconsin と改変し、その後の年月を経てこれが川と周辺地域のフランス語による名前となった。19世紀初期にイギリス系の移民が多くこの地域に入ってくるようになると、その名前を英語風の綴りに変え、 Wisconsin となった。1845年にウィスコンシン準州が設立されたときに、その議会によってこの綴りが公式のものとされた[4]

「ウィスコンシン」に対応するインディアンの言語も、元々の意味も曖昧になってきている。諸説ある中で最も支持されている説は、川とその岸にある赤い砂岩を指すというものである。マイアミイリノイ族の言葉に Meskousing があり、「赤く横たわる」という意味である。これはウィスコンシン・デルの赤みを帯びた砂岩の横をウィスコンシン川が流れる様子を表現している[5]。その他の説ではオジブウェー語で「赤い石の場所」、「水が集まる所」、あるいは「大きな岩」を意味するとしている[6]


歴史[編集]

主要記事:ウィスコンシン州の歴史
1718年のウィスコンシン、ギローム・ド・ライルによる地図、ハイライトになっているのが現在の州域

ウィスコンシン州となった地域では、過去12,000年の間に様々な文化が生まれてきた。最初の人類はウィスコンシン氷河のあった紀元前10,000年頃に入ってきていた。彼等はパレオ・インディアンと呼ばれ、現在は絶滅している氷河期の動物を狩っていた。このことは、州の南西部で槍先と共に出土した前史時代のマストドンであるボアズ・マストドンの骨格で裏付けられている[7]。紀元前8,000年ころに氷河期が終わると、人々は狩猟、漁猟、野生の植物の採集で生活するようになった。紀元前1,000年から紀元後1,000年に掛けてのウッドランド期、次第に農業社会が現れるようになった。その期の終わり頃に、地域に数多い動物の形をしたマウンドを築いた「エフィジー・マウンド文化」の中心となった[8]。西暦1000年から1500年、ミシシッピ文化とオネオタ文化で、ウィスコンシン南東部のアズタランにあった防御を施した集落など、かなりの定着地ができていた[9]。オネオタ族は現代のアイオワ族やホーチャンク族の祖先と考えられ、ヨーロッパ人が接触したときにはメノミニー族とともに地域を分け合っていた[10]。その他にこの地域に住んだ部族として、オジブワ族、ソーク族、フォックス族、キカプー族、ポタワトミ族などがあり、1500から1700年の間に東部から移り住んできていた[11]

ジャン・ニコレ、1910年フランク・ロールベック画、この壁画はグリーンベイ市のブラウン郡庁舎に納められている

1634年、フランス人のジャン・ニコレ(Jean Nicolet)が、現在のウィスコンシンを訪れた最初の白人探検家とされている。五大湖を通り、ヒューロン湖ジョージア湾から西にカヌーで進み、グリーン湾のレッドバンクス近くで上陸したというのが通説である[12]。ピエール・ラディソンとメダール・デ・グロセイユールが1654年から1666年にはグリーン湾を、1659年から1660年にはシワーミガン湾を訪れ、土地のインディアンと毛皮交易を行った[13]。1673年、フランス人探検家ジャック・マルケットとルイ・ジョリエが、フォックス・ウィスコンシン水路を経てミシシッピ川のプレーリードゥシーン近くに達し、その日誌を残したことでは最初の者になった[14]。17世紀から18世紀、ニコラス・ペローのようなフランス人が地域全体で毛皮交易を続けたが、フランスは恒久的な開拓地を設けなかった。

フレンチ・インディアン戦争の後、フランスは同地をイギリスに譲渡した(1763年)。それでもフランス人交易業者は地域で事業を続け、シャルル・ド・ラングレイドのように、イギリスに支配されたカナダに戻るよりもウィスコンシンに恒久的に留まる道を選んだ者もいた[15]

その後、独立戦争などを経て、ウィスコンシンを含む地域はアメリカ合衆国の領土に編入された。しかしその後もイギリスがこの地域を実効支配していたが、米英戦争を経てアメリカ合衆国が支配するようになった[16]。地域経済は交易から鉛鉱業に移っていった。ミネラルポイントやドッジビルおよびその周辺にある鉛鉱床でたやすく富を得られる見込みに惹き付けられたアメリカ人やヨーロッパ人が数多くこの地域に入ってきた。坑夫の中には穴を掘って住居にした者もおり、「アナグマ」という渾名も頂戴した。これがウィスコンシン州の渾名「あなぐま州」の由来になった[17]。白人坑夫が大挙流入してきたことで、土地のインディアンとの間に緊張関係が生じた。1827年のウィネベーゴ戦争、1832年のブラック・ホーク戦争の結果、州の大半の地域からインディアンは退去させられた[18]。ウィスコンシンは1836年ウィスコンシン準州1848年には30番目の州として昇格した。

リポン市にあるリトルホワイトスクールハウス、共和党の最初の集会が開催された

ウィスコンシン州初期の政治は、奴隷制度に関する全国的な議論に巻き込まれた。ウィスコンシン州は創設時から自由州であり、北部の奴隷制度廃止論の中心になった。1854年、ジョシュア・グローバーというミズーリ州から逃亡してきた奴隷ラシーン市で捕まったときに、議論は白熱したものになった。グローバーは1850年の逃亡奴隷法の下に収監されたが、奴隷制度廃止論者の暴徒が監獄に押し寄せ、グローバーの身柄を確保して、カナダへの逃亡を助けた。この事件に続く裁判でウィスコンシン州最高裁判所は、逃亡奴隷法が違憲であると宣言した[19]。リポン市で奴隷制度拡大に反対する行動家によって1854年3月20日に結成された共和党は、これらの出来事の後で州の政治を支配するようになった[20]南北戦争のとき、ウィスコンシン州から約91,000名の兵士が北軍で戦った[21]

工業化の進んだミルウォーキー市、1882年

ウィスコンシン州経済は州昇格の初期に多様化を進めた。鉛鉱業が衰退し、州南部では農業が主要産業になった。州内に鉄道が建設されて農作物を市場に運ぶようになり、ラシーン市では農業用機械を製作するためにJ・I・ケース&カンパニーのような製造業が生まれた。1860年代の短期間ではあるが、小麦の生産高では国内最大級になった[22]。一方で州北部の森が深い地域では製材業が繁栄し、ラクロス、オークレア、ウォーソーなどの都市には製材所ができた。これらの経済活動によって環境問題も起こっていた。19世紀末までに大々的な農業で土壌を疲弊させ、製材業は州内の森を切り尽くしていた[23]。小麦農業と製材業は急速に衰退していった。

チェイス市のダニエル・E・クラウス石造納屋、1903年建設、酪農業が州内に広まった

1890年代から農夫はその土地をより持続可能で利益を生むものにするために、小麦から酪農製品に移っていった。多くの移民がチーズの製法をもたらしており、地域の地形が適していたことと、ウィスコンシン大学のスティーブン・バブコックによる酪農に関する研究もあって、「アメリカの酪農地帯」と呼ばれるまでに成長した[24]。一方で、アルド・レオポルドなど環境保護運動家が20世紀初期に森林の再生に貢献し[25]、製材業の再建と製紙業創設への道を開き、さらには北部森林地での観光開発に寄与した。20世紀初期には製造業も急成長した。これにはヨーロッパからの多くの移民が労働力となった。ミルウォーキーのような工業都市では醸造業や食品加工業から重機械や工具の製造業まで幅広いものとなり、1910年には総生産高で全米8位にまでなった[26]

ロバート・M・ラフォレットウィスコンシン州知事、1905年にイリノイ州ディケーターで演説中

20世紀初期はロバート・M・ラフォレットを筆頭とする進歩主義が台頭した時代でもあった。ウィスコンシン州の進歩派共和党は州全体に渡る最初の包括的予備選挙を導入し,[27]、最初の実質的労働災害補償法を制定し[28]、州税として最初の所得税を定め[29]、所得に応じた課税体系にした。ウィスコンシン・アイディアと呼ばれた進歩主義的考え方で、当時のウィスコンシン大学拡張計画によって州全体にウィスコンシン大学網を広げた[30]。後の1932年、ウィスコンシン大学の経済学教授ジョン・R・コモンズとハロルド・グローブズは、国内初の失業補償法を生み出した[31]

ウィスコンシン州は20世紀半ばに政治的な極論に関わることが数度あった。1950年代にはジョセフ・マッカーシー上院議員の反共産主義運動に加わり、ウィスコンシン大学マディソン校での反戦運動は、1970年8月のスターリングホール爆破事件で頂点に達した。近年の政治は比較的穏やかだが、新しい概念を推進することは続けており、中でも1990年代にトミー・トンプソン州知事(共和党)が進めた福祉改革では指導的存在になった[32]。20世紀末にかけて州経済もさらに変革を進め、重工業と製造業が衰退し、医療、教育、アグリビジネスおよび観光に基づくサービス産業経済が興ってきた。

アメリカ海軍の戦艦は、過去に2隻がUSSウィスコンシンと名付けられた(BB-9BB-64)。2012年8月、シク教寺院で乱射事件が起こった。

地理[編集]

参照:ウィスコンシン州の郡一覧

ウィスコンシンの一風景
ウィスコンシン州は地理的に5つの地域に分けられる
州南西部のドリフトレス地域、氷河が溶けた水で削り取られた断崖が特徴である

ウィスコンシン州の北はスペリオル湖とモントリオール川でミシガン州に、東側はミシガン湖越しにミシガン州に、西側はミネソタ州アイオワ州に、南側はイリノイ州に接している。ミシガン州との州境紛争は1934年と1935年の「ウィスコンシン州対ミシガン州事件」裁判で決着した。東部州境はミシシッピ川、西部州境はセントクロア川、南東部州境はメノミニー川となっている。カナダとの陸の州境が無い州として、最も北にあるものとなっている。

ウィスコンシン州は五大湖とミシシッピ川の間にあり、多様な地形となっている。地理的に5つの地域に分けられる。北部ではスペリオル湖低地が湖岸の帯状の地帯となっている。その南のノーザンハイランド(北部高地)は、面積150万エーカー (6,100 km2) のシワーミガン・ニコレイ国立の森や数千の氷河湖、さらに州内最高地点であるティムズ丘陵など硬木と針葉樹の混合林に覆われている。州中央部はセントラルプレイン(中央平原)であり、肥沃な農地に加えて、ウィスコンシン川デルズのような特徴ある砂岩地形がある。南東部の東部尾根と低地地域には州内の大都市の多くが位置している。その尾根にはニューヨーク州から伸びるナイアガラ断崖、ブラック川断崖、マグネシアン断崖が入っている[33][34]。ナイアガラ断崖の岩盤はドロマイト、ほかの2つは石灰岩である。南西部はウェスタンアップランド(西部台地)は岩がちな風景に森と農地が混じり、またミシシッピ川の多くの断崖もある。この地域はアイオワ州、イリノイ州、ミネソタ州にも広がるドリフトレス地域に属している。この地域は最終氷河期であるウィスコンシン氷河期に氷河に覆われなかった。

全体としてウィスコンシン州の陸地は46%が森林である。ラングレード郡の土壌は、他では滅多に見られないアンティゴー・シルト・ローム層となっている。

アメリカ合衆国国立公園局が管轄する地域は以下の通りである[35]

アメリカ合衆国森林局が管理する国有林はシワーミガン・ニコレイ国立の森の1つである。

マディソン市は湖の間にある美しい街としてアメリカ国内では有名であり、極めて優れた都市計画のもとに作られている。カリフォルニア大学の本校のあるバークリーと比較してリトル・バークリーとも呼ばれる大学町である。ウィスコンシン大学マディソン校は生物化学などが有名であり、大学院ランキングブックで社会学部門1位など州立大学としては国内トップクラスである。 四季折々の表情豊かな自然に恵まれた土地で、アメリカ国内では人気のある観光地にもなっている。アメリカ国内ではビールチーズの名産地としても知られている。ドイツ系、北欧系住民が多く、地ビールやブラッツ(ブラットワースト)と呼ばれるソーセージが名産。ドイツ人気質は日本人と似ており親日的である[要出典]

気候[編集]

ウィスコンシン州の気候は湿潤大陸性気候である。州内での過去最高気温は1936年7月13日にウィスコンシン・デルズで記録された114°F (46 ℃) であり、過去最低気温は1996年2月2日と4日にクードレイ村で記録された-55 (−48 °C) だった[36]。夏は過ごしやすい日が多いが、寒暖の差が激しく、米国内ではミネソタと並び寒い州として有名である。冬は1月が最も寒く夜間は-20℃以下となることが普通であり、-40℃以下となることもある。

州内各都市の月別平均最高最低気温 [°F (°C)]
都市 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
グリーンベイ 25/10

(−4/−12)

29/13

(−2/−11)

40/23

(5/−5)

55/35

(13/1)

67/45

(19/7)

76/55

(25/13)

81/59

(27/15)

79/58

(26/14)

71/49

(22/10)

58/38

(14/4)

43/28

(6/−2)

30/15

(−1/−9)

ラクロス 26/6

(−3/−14)

32/13

(0/−11)

45/24

(7/−4)

60/37

(16/3)

72/49

(22/9)

81/58

(27/14)

85/63

(29/17)

82/61

(28/16)

74/52

(23/11)

61/40

(16/4)

44/27

(7/−3)

30/14

(−1/−10)

マディソン 27/11

(−3/−12)

32/15

(0/−9)

44/25

(7/−4)

58/36

(14/2)

69/46

(21/8)

79/56

(26/13)

82/61

(28/16)

80/59

(27/15)

73/50

(23/10)

60/39

(15/3)

45/28

(7/−2)

31/16

(−1/−9)

ミルウォーキー 29/16

(−2/−9)

33/19

(0/−7)

42/28

(6/−2)

54/37

(12/3)

65/47

(18/8)

75/57

(24/14)

80/64

(27/18)

79/63

(26/17)

71/55

(22/13)

59/43

(15/6)

46/32

(8/0)

33/20

(0/−7)

人口動勢[編集]

ウィスコンシン州の人口密度図、2010年
人口推移
人口 変動率
1820年 1,444
1830年 3,635 151.7%
1840年 30,945 751.3%
1850年 305,391 886.9%
1860年 775,881 154.1%
1870年 1,054,670 35.9%
1880年 1,315,497 24.7%
1890年 1,693,330 28.7%
1900年 2,069,042 22.2%
1910年 2,333,860 12.8%
1920年 2,632,067 12.8%
1930年 2,939,006 11.7%
1940年 3,137,587 6.8%
1950年 3,434,575 9.5%
1960年 3,951,777 15.1%
1970年 4,417,731 11.8%
1980年 4,705,767 6.5%
1990年 4,891,769 4.0%
2000年 5,363,675 9.6%
2010年 5,686,986 6.0%

アメリカ合衆国国勢調査局による2011年7月1日推計では、ウィスコンシン州の人口は5,711,767人となっており、2010年国勢調査時点より0.44%増加していた[37]。 アメリカ合衆国国勢調査局によると、2006年現在、ウィスコンシン州人口は5,556,506人と推計され、前年より28,862人、0.5%増加し、2000年より192,791人、3.6%増加した。これは前回の国勢調査からの自然増144,051人(出生434,966人、死亡290,915人)、並びに州内への移住者65,781人が含まれている。アメリカ合衆国外からの移住は56,557人増加したこととなり、合衆国内部の移住者は9,224人増加したことになる。ウィスコンシン州の人口重心マーケサン市のある、グリーンレイク郡となっている[2]

2004年現在、この州内に229,800人(州人口の4.2%)の外国生まれ住民がおり、外国生まれの18%に相当する41,000人の不法在留外国人が暮らしている。州内で生まれた者は71.7%、国内別の州で生まれた者は23.0%、プエルトリコ、アメリカ領島嶼部、アメリカ人の両親のもとに海外生まれは合わせて0.7%である[38]

ウィスコンシン州の人口の6.4%は5歳以下、25.5%は18歳以下、13.1%は65歳以上である。女性は人口のおおよそ50.6%である。

人種及び祖先[編集]

ウィスコンシン州はその設立以来民族的に多様である。フランス人毛皮交易業者の時代に続いて、鉱山労働者の波が訪れ、その多くは州南西部に入ったコーンウォール(イギリス)出身者だった。その次の移民の波は州成立初期にニューイングランドアップステート・ニューヨークからいわゆる「ヤンキー」が多く、重工業、金融、政治と教育を支配した。1850年から1900年の間では多数のヨーロッパ系移民が続き、その中でもドイツ系、北欧系(その中ではノルウェー系が多い)が多く、少数ではベルギー、オランダ、スイス、フィンランド、アイルランド、ポーランド、イタリアなどからの移民がいた。20世紀、大量のメキシコ系やアフリカ系アメリカ人が主にミルウォーキーに入った。さらにベトナム戦争終戦後はミャオ族(モン族)が流入した。

2010年時点で、ウィスコンシン州の人種別の構成は以下の通りである[39]

  • 86.2% 白人(ヒスパニックでは83.3%)
  • 6.3% 黒人
  • 2.3% アジア人
  • 1.0% インディアン
  • 1.8% 混血
  • 5.9% 人種によらずヒスパニック系

2010年に州内で申告された祖先による民族別構成比は以下の通りだった[40][41]。ポーランド出身の比率では国内最大である[40]

最新の国勢調査では、この州の白人人口の約半分が、少なくとも一部にドイツ系の血を引くと報告されている。ドイツ系アメリカ人はこの州内で最大の民族集団であり、ウィスコンシン州は合衆国内で最もドイツ系 ("German-American") な州であると広く見なされている(しかし43.9%のドイツ系祖先がいる、ノースダコタ州も、これを主張できる)。減少しているスカンジナビア系の人々、特にノルウェー系はこの州のいくつかの西部地域に多く集中している。様々な民族の集団が州内の様々な地域に入植した。ドイツ系は州全体に入っているが、ミルウォーキーに集中度が高い。ノルウェー系は北部と西部の製材および農業地帯に入った。ベルギー、スイス、フィンランドなどの小さな集団が特定地域に入り、アイルランド、イタリア、ポーランド出身者は主に都市部に入った[42]。アフリカ系アメリカ人は特に1940年から、ミルウォーキーに入ってきた。メノミニー郡はアメリカ合衆国の東半分では唯一インディアン多数の郡である。

アフリカ系アメリカ人の86%はミルウォーキー、ラシーン、ベロイト、ケノーシャの4都市に住んでいる。特にミルウォーキーには州内黒人の4分の3近くが住んでいる。五大湖地方では、ミルウォーキーより高いアフリカ系アメリカ人の構成比を示す都市としてデトロイト市とクリーブランド市があるだけである。

ウィスコンシン州のアジア系人口の33%はミャオ族(モン族)であり、ミルウォーキー、ウォーソーグリーンベイシボイガンアップルトン、マディソン、ラクロスオークレア、オシュコシュ及びマニトワック各市内にかなりの社会を作って暮らしている[43]。これはベトナム戦争後にベトナム人やミャオ族の難民を受け入れた結果である。

ローマ・カトリックのシュライン・オブ・アワーレディ・オブ・グアダルーペ、ラクロス市

宗教[編集]

ウィスコンシン州の住民の信仰宗派別構成比を下のリストに示す[44]

インディアン部族[編集]

ウィスコンシン州のインディアン保留地(五大湖の南西部分)

チッペワ族フォックス族ダコタ族ハウサトニック族イリニ族アイオワ族イロコイ族キカプー族マスコーテン族マヒカン族メノミニー族マイアミ族ミズーリ族マンシー族ノグエト族オナイダ族オート族オッタワ族ポタワトミ族チオノンタチ族ウィンネバーゴ族ソーク族ワイアンドット族など、かつて20を超えるインディアン部族が先住し、ウィグワムの集落を築き、農耕採集生活を営んだ。

19世紀に入ると、アンドリュー・ジャクソン大統領の「インディアン移住法」などの民族浄化政策によって、ソーク族フォックス族キカプー族などそのほとんどがオクラホマ州など他州に強制移住させられた。ウィスコンシン州の町「ラクロス」は、インディアンのスポーツであるラクロス競技を由来とする。

1954年にアメリカ連邦議会はウィスコンシン州のメノミニー族の保留地の保留解消法案を可決し、1961年4月30日に正式に「絶滅部族」とした。彼らの保留地は民間の林業企業「メノミニー・エンタープライズ社(MEI)」に売却された。領土を失い貧困のどん底に落ちたメノミニー族は連邦再認定要求を組織化。1973年12月22日、リチャード・ニクソン大統領によって「メノミニー族復活法」が調印され、1954年の保留解消法が撤廃された。1975年1月1日には「メノミニー戦士団(Menominee Warrior Society)」がウィスコンシン州グレシャムの廃修道院を占拠し、部族の医療施設として要求。「アメリカインディアン運動(AIM)」や俳優のマーロン・ブランドも支援籠城し、激しい抗議行動が1か月続いた。1976年、ようやく部族が再公認され、正式に「復活」した。メノミニー族は伝統的に優れた造林技術を持つ部族で、彼らの保留地に1993年に開校された「メノミニー部族大学(CMN)」は、その技術の研究分野でも高い評価を得ている。

オナイダ族保留地の給水塔

「ストックブリッジ・インディアン(「マヒカン族」)」は、「モヒカン族」として知られている。彼らを「モヒカン族」としたのは白人作家のジェイムズ・フェニモア・クーパーで、大衆小説「モヒカン族の最後」があまりにも有名になったために、「完全消滅部族」と勘違いされることも多く、彼らの公式HPには、「クーパーという作家が書いた『モヒカン族の最後』という小説の題名に基づく不変の(絶滅部族という)前提のために、我々はときおりうんざりさせられる」と記されている。

現在、アメリカ連邦政府に公認され、保留地を領有する部族は以下の6部族。

≪アメリカ連邦政府が公式認定しているインディアン部族と部族会議≫

  • 「チッペワ族(オジブワ族)」
    • 「赤い崖の部族会議」
    • 「スペリオール湖・チッペワ族・ラ・デュ・フランビュー・バンド」
    • 「スペリオール湖・チッペワ族・ラ・コート・オレイリー・バンド」
    • 「バッド川部族会議」
    • 「ソカオゴン・チッペワ族」

≪アメリカ連邦政府に公認要求中のインディアン部族≫

サスケハンノック族の民具の展示(ペンシルベニア州立博物館、2007年撮影)

インディアンと遺骨の返還[編集]

19世紀末から、合衆国ではインディアンの伝統墓地が「研究のため」として、次々に白人の大学の研究者らによって暴かれ、遺骨が収奪されてきた。民族の尊厳を踏みにじるこの行為は、20世紀末に至るまで、公然と実行されてきた。ことに連邦によって公認を打ち切られ、「絶滅した」ことにされたインディアン部族は、伝統墓地の所有権までもが没収されたため、伝統墓地の破壊に対する法的な抗議権も認められてこなかった。同時にインディアンたちの生活民具や、大切な儀式の道具も没収され、各州の大学や「インディアン博物館」に陳列・展示されてきた。

こうして強奪没収された遺骨や民具のインディアンによる返還要求運動が1980年代前後から始まり、同様の要求運動は、アフリカ黒人諸国によっても欧州に対して行われ、世界的な潮流として高まっていった。1990年、この要求に対し、アメリカ連邦政府はこれらの遺物の部族に対する返還を目的とする法、「アメリカインディアンの墓地の保護と遺物返還法(NAGPRA)」を制定した。これにより、各州の博物館、大学から遺骨を始めモカシンや羽飾りといった民具、はては呪物に至るまでが、それぞれの部族に返還されるようになった。しかし膨大な数のこの遺物返還に関しては、さまざまな問題が持ち上がっている。

2009年9月、ミルウォーキー市の「公共博物館」は、この「NAGPRA」に基づき、館内に保管された数千年前からのインディアンの遺骨の返還手続きに入った。同州周辺のインディアンの伝統墓地を暴いて収集された遺骨は、「子供」などと無造作に書かれたポリ袋に個別に詰められて倉庫に眠っており、まずはスペリオール湖チッペワ族の「ラ・デュ・フランビュー・バンド」と「ラ・コート・オレイリー・バンド」の二部族への遺骨返還が行われる。この遺骨返還は、還す側にも還される側にも多大な負担を強いるものとなっている。チッペワ族は遺骨を再埋葬するのか保存するのかの計画を立てねばならず、公共博物館は遺骨がどこの部族のものか数千項目の判定をしなければならない。チッペワ族ラ・デュ・フランビュー・バンドは、この作業に「少なくとも20年は必要だろう」としている。

インディアン・カジノ[編集]

産業の持てないウィスコンシン州の保留地 (Reservation) では、「インディアン・カジノ」運営が盛況である。計画中のカジノも多数あり、今後も増える見込みである。

≪ウィスコンシン州のインディアン・カジノと経営部族≫

  • 「チッペワ族」
    • 「バッド川のチッペワ・ロッジ&ビンゴ」 - 「バッド川部族会議」
    • 「サンクロー・カジノ&ホテル」 - 「サン・クロー・チッペワ族」
    • 「滝の中の穴のカジノ」 - 「サン・クロー・チッペワ族」
    • 「小さな亀のハーテル・エクスプレス」
    • 「イスレ・ビスタ・カジノ」 - 「スペリオール湖・赤い崖のバンド」
    • 「モール湖畔カジノ」 - 「スペリオール湖・ソコゴン・バンド」
    • 「石臼の渓流カジノ」 - 「スペリオール湖・ラ・コート・オレイリー・バンド」
    • 「LCOカジノ」 - 「スペリオール湖・ラ・コート・オレイリー・バンド」
    • 「湖畔の松明のリゾート&カジノ」 - 「スペリオール湖・ラ・デュ・フランビュー・バンド」
  • 「オナイダ族」
    • 「オナイダ・ビンゴ&カジノ」
  • 「ホー・チャンク族(ウィンネバーゴ族)」
    • 「デジョーペ賭博場」
    • 「堂々たる松のカジノ&カジノ」
    • 「白い尾の交差点のカジノ」
    • 「ホー・チャンク・カジノ&ビンゴ」
    • 「虹のカジノ」
  • 「ポタワトミ族」
    • 「ポタワトミ・北の灯のカジノ」
    • 「ポタワトミ・ビンゴ・カジノ」
  • 「メノミニー族」
    • 「メノミニー・カジノ・ビンゴ・ホテル」
  • 「ストックブリッジ・マンシー族(モヘガン族)」
    • 「モヒカン北の星のカジノ&ビンゴ」

主要な都市及び町[編集]

ステートキャピタル(マディソンの州政府ビル)
モノーナテラスからのキャピタル

ウィスコンシン州民の68%以上が都市化された地域に住んでおり、ミルウォーキー大都市圏だけでも州人口のおよそ3分の1が集中している[45]。ミルウォーキーは、ミシガン湖岸から南西のシカゴ大都市圏やインディアナ州北西部に延び、人口1,100万人を擁する都市圏では北の外れにあたる。市内には約60万人が居住し、国内第22位の都市である[46]。ミシガン湖西岸に並ぶ都市は一般にメガロポリスの1例と考えられている。マディソン市は州都であり、大学町であるという位置づけであり、その大きさにはないほど豊かな文化を持っている。都市人口23万人超、都市圏人口は60万人超となっており、成長速度も高い。マディソン郊外にあるミドルトン市は2007年の雑誌「マネー」で「アメリカで住みたい都市」に位置づけられた。中規模の都市が州内に点在し、それを取り囲む地域ネットワークの中心になっている。2011年時点で人口5万人を超える都市が12あり、雇用の73%をまかなっている[47]

ウィスコンシン州には都市 (city) 村 (village)、 町 (town) と3種の自治体がある。都市と村は法人化され都市化された地域である。町 (town) は下位行政区分であり、自治の範囲が限られている。

2010年現在、人口50,000人以上のウィスコンシン州内の都市及び大都市圏は以下の通りである。

  1. ミルウォーキー人口 594,833人(大都市圏に1,500,741人)
  2. マディソン - 人口 233,209人、州都ウィスコンシン大学の本部
  3. グリーンベイ人口104,057人、グリーンベイ・パッカーズNFLの本拠地。
  4. ケノーシャ人口 99,218人;シカゴに近いため、シカゴ大都市圏 ("Chicago metropolitan area") の一部とみなされている。1927年にオープンしたケノーシャ・ヴェロドロームは現在も利用されている中ではアメリカ合衆国最古の競輪場である。国際バーバーショップ・ミュージック (barbershop music) の会が2007年まで本部を置いていた。
  5. ラシーン人口 78,860人、フランク・ロイド・ライト設計のS. C.ジョンソン・アンド・サン社(旧ジョンソン・ワックス社)の本社ビルがある。かつて全米女子プロ野球リーグのチーム、ラシーン・ベルズ (Racine Belles) の本拠地であった。
  6. アップルトン人口 72,623人。ローレンス大学ハリー・フーディーニ歴史センターがある。2004年、後者が有名なフーディーニの「メタモルフォシス」のトリックの秘密を解明した展示は論争を巻き起こした。
  7. ウォキショー (Waukesha)、人口 70,718人。
  8. オシュコシュ (Oshkosh)、人口 66,083人。航空機制作マニアの会である「実験的航空機の会」 (Experimental Aircraft Association) がオシュコシュ航空ショー (Oshkosh Airshow) を開催する週には世界で最も忙しくなる空港がある。
  9. オークレア人口 65,883人。
  10. ジェンスヴィル人口 63,575人。ゼネラルモーターズの主要な組立工場がある。総面積3500万平方フィート (32ヘクタール)。
  11. ウェストアリス (West Allis)、人口 60,411人。ペティット・ナショナルアイスセンター (Pettit National Ice Center、元ウェストアリス・オリンピックアイスリンク)がある。2005年までに17人のオリンピック出場者と95人の国内チャンピオンを輩出したウェストアリス・スピードスケートクラブとアメリカ合衆国のオリンピックスピードスケートチームの本拠地[48]
  12. ラクロス (La Crosse)、人口 51,320人。

参照:List of municipalities in Wisconsin by populationPolitical subdivisions of Wisconsin

法律及び行政[編集]

ウィスコンシン州憲法で州政府の構造と機能を規定している。州政府は行政、立法、司法の3権に分かれている。

行政府[編集]

関連項目:ウィスコンシン州知事リスト Governors of Wisconsin

行政府の首長は州知事である。現在は2011年1月3日に就任したスコット・ウォーカーが務めている。知事以外に、副知事、州務長官、検事総長、財務官、公共教育監督官が選挙で選ばれている。

立法府[編集]

関連項目:ウィスコンシン州議会 Wisconsin State Legislature

ウィスコンシン州議会が立法府である。下院と上院の両院制である。

司法府[編集]

関連項目:ウィスコンシン州最高裁判所 Wisconsin Supreme Court

ウィスコンシン州の司法府は4段階、すなわち地方裁判所、巡回裁判所、控訴裁判所、最高裁判所となっている。地方裁判所は、地方条例に関わる事件を扱う。巡回裁判所は通常の第一審であり、州内の民事および刑事事件全てを最初に扱う。巡回裁判所による裁定に不服の場合に控訴裁判所に控訴する。判事は16人であり、通常3人1組で審理する。州内司法府の最上級にあるのが最高裁判所であり、下級審と原処分双方の控訴事件を審問する。最高裁判所は判決を出す他に、司法府の管理を行い、州法の施行を規制する責任がある[49]

州法[編集]

現在、ウィスコンシン州では死刑制度が廃止されている。

政治[編集]

大統領選挙の結果
共和党 民主党
2008年 42.31% 1,262,393 56.22% 1,677,211
2004年 49.31% 1,478,120 49.71% 1,489,504
2000年 47.56% 1,237,279 47.83% 1,242,987
1996年 38.48% 845,029 48.81% 1,071,971
1992年 36.78% 930,855 41.13% 1,041,066
1988年 47.80% 1,047,794 51.41% 1,126,794

南北戦争の時代のウィスコンシン州は共和党を支持する州だった。実際にウィスコンシン州は共和党が生まれた所であるが、19世紀後半には民族と宗教の問題で短期間ながら共和党が割れたことがあった。20世紀前半はロバート・M・ラフォレット・シニアとその息子達が共和党を支配していたが、後には進歩党を復活させた。1945年以後は共和党と民主党が拮抗してきた。1950年代初期は共和党のアメリカ合衆国上院議員ジョセフ・マッカーシーが多くの議論を呼ぶ全国的な人物だった。近年の共和党指導者としては前州知事のトミー・トンプソン、アメリカ合衆国下院議員のF・ジェイムズ・センセンブレナー・ジュニアがいる。民主党にはアメリカ合衆国上院議員のハーブ・コールとラス・ファインゴールド、同下院議員のデイビッド・オベイがいる[50]

州内政治史で最も有名な論議は、学校で外国語を教えることに関するものだった。1890年のベネット法運動のときに共和党がベネット法を支持したので、ドイツ人移民が民主党に鞍替えし、民主党の大勝利に繋がった。

ウィスコンシン州の各都市はインターネット上で政治情報の入手を容易にしてきており、それによって政府の透明度を上げてきた。現在州内上位大都市5つのうちの3つで、市のデータベースから直接公的記録全てへのアクセスを可能にしている。元々2001年にミルウォーキー市が始めたことであり[51]、各都市がこれに倣った。マディソン市は「デジタル政府によるデジタル第1位都市」を標榜している[52]

2008年アメリカ合衆国大統領選挙で、ウィスコンシン州は民主党の大統領候補、イリノイ州選出アメリカ合衆国上院議員のバラク・オバマを支持した。オバマは州総投票数の56%を獲得し、ミルウォーキーやマディソンなど大都市の支持が強かった。グリーンベイ市のあるブラウン郡やアップルトン市のあるアウタガミー郡でも歴史的な傾向に反して、共和党候補のジョン・マケインよりもオバマを選んだ。マケインは州全体で42%を得、72郡のうち13郡で勝っただけだった。その中で55%以上の支持率となると5郡のみだった。オバマは59郡を制し、これまでの州内にあった東西の格差や都市・郊外・田園部の格差を超越した。このときの投票率はミネソタ州に次いで国内第2位だった。

しかし2010年の中間選挙では共和党が大きく巻き返し、州知事と上下両院の支配を得た。アメリカ合衆国上院議員選挙ではロン・ジョンソンが民主党現職のラス・ファインゴールドを破り、同下院議員選挙でも1議席増やして、構成比は5対3となった。

2011年2月14日、36億ドルの財政欠陥に対処するために、賃金を除いて州職員の団体交渉権を取り上げる法案を審議したときに、州議会議事堂で抗議の声が起こった。抗議には毎日数万人が押し寄せ、国際的な注目を浴びた。議会では3月9日に上院を通過し、10日の下院では53対42で可決して、知事の署名を求めた[53]

この法に反応して、州知事スコット・ウォーカーのリコールを要求する署名が集められた。2010年の州知事選挙で民主党の対抗馬であり、ミルウォーキー市長のトム・バーレットが民主党予備選挙を勝ち上がり、再度ウォーカーに対抗した。再選挙の結果はウォーカー53%、バーレット46%となり、ウォーカーはリコールを経てその椅子を維持したことでは国内初の知事になった。

連邦議会議員[編集]

関連項目:ウィスコンシン州選出の連邦下院議員 U.S. Congressional Delegations from Wisconsin、ウィスコンシン州選出の連邦上院議員 U.S. Senators from Wisconsin

ウィスコンシン州選出のアメリカ合衆国上院議員はハーブ・コールとロン・ジョンソンである。下院議員は8つの選挙区から選出している。

ウィスコンシン州の政策立案者[編集]

関連項目:Political party strength in Wisconsin

大統領選挙で共和党候補がウィスコンシン州を制したのは1984年のロナルド・レーガンが最後になっている。しかし、2000年と2004年の選挙は接戦だった。ウィスコンシン州は勝敗を決める州と全国的に伝えられたので注目度も高かった。2000年の場合はアル・ゴアが5,700票差で、2004年の場合はジョン・ケリーが11,000票差でウィスコンシン州を制した。しかし、2008年の場合はバラク・オバマが56%の支持を得て、381,000票差で勝利した。フォックス・バレーは共和党の堅い地盤だったが、2006年のアメリカ合衆国下院議員選挙ではアップルトン市出身で民主党のスティーブ・ケイガンを選んだ。しかし、ケイガンは2期しか維持できず、2010年11月の選挙では共和党のリード・リブルに敗れた。この年は共和党が大勝し、州議会両院の多数派を取り戻し、知事も同時に当選させたのは共和党として初めてのことになった。共和党はウォキショー郡を制した。ミルウォーキー市は民主党地盤の筆頭にあるが、これにはマディソン市とインディアン居留地も含まれている。州内最大の下院議員選挙区である7区は1969年以来民主党支持を続けてきていた。その選出議員デイビッド・オベイは下院予算委員会の強力な議長だった[54]。しかしこの2010年11月の選挙で共和党のショーン・ダフィーに敗北すると引退を決めた。

  • ウィスコンシン州の政治史では、「ファイティングボブ」と呼ばれたロバート・M・ラフォレット・シニアとその進歩主義運動があり、一方で共和党の反共産主義者ジョセフ・マッカーシーがいた。
  • 20世紀初期、アメリカ社会党がミルウォーキー市を基盤にしていた。この現象は、選出された役人が革命よりも公共事業や改革により大きな関心を抱いたので、「下水管社会主義」と呼ばれた。その影響力は「赤の恐怖」と人種問題が持ち上がったために1950年代後半には衰えていった[55]。アメリカ合衆国で最初の社会党大都市市長は、1910年に当選したミルウォーキー市長エミル・サイデルだった。その他ダニエル・ホーンが1916年から1940年まで、フランク・P・ザイドラーが1948年から1960年までミルウォーキー市長を務めた。社会主義新聞編集者ビクター・バーガーは繰り返しアメリカ合衆国下院議員に当選したが、第一次世界大戦に反対したので、しばしば登院を妨げられた。
  • ウィリアム・プロクスマイアはアメリカ合衆国上院議員を永年務め(1957年-1989年)、長く民主党を支配した。連邦予算の浪費と不正を攻撃したことで知られた。
  • 民主党のラス・ファインゴールドは2001年の愛国者法に唯一反対票を投じた上院議員となった。
  • マディソン市出身で民主党のタミー・ボールドウィンは、初めてレズビアンであることを公言したアメリカ合衆国下院議員であり、現在も唯一の者である[56]
  • 共和党のポール・ライアンは1999年1月にアメリカ合衆国下院議員に就任した時に28歳であり、最も若い議員となった。2012年大統領選挙では共和党候補者ミット・ロムニーの副大統領候補に選ばれた。
  • 2004年、ミルウォーキー市出身の民主党員グウェン・ムーアは、ウィスコンシン州で初めてアフリカ系アメリカ人のアメリカ合衆国下院議員となった。

2006年、民主党はブッシュ政権とイラク戦争に対する反対を押しだして、全国的に大勝した。グリーンベイ出身でアメリカ合衆国下院第8選挙区のマーク・グリーンは現職知事ジム・ドイルに挑戦した。グリーンは8%差で落選し、民主党は32年ぶりに知事を再選させた。共和党は州上院の支配も失った。民主党は下院で8議席を増やしたが、共和党は5票差で多数派を維持した。2008年、民主党は下院を52対46で取り戻し、知事と州議会の両方を支配したのは1987年以来のことになった。しかし、2010年には共和党が盛り返して両院と知事を制し、一つの選挙でこの3つがひっくり返ったことでも初のことになった。

経済[編集]

U.S.バンクセンター、ミルウォーキー市、ウィスコンシン州で最も高い建物

経済分析局推計では2010年の州内総生産は2,483億ドルであり、国内第21位になっていた[57]。ウィスコンシン州経済は、製造業、農業、医療で推進されている。製造業の生産高は2008年で489億ドルとなり、国内10位だった[58]。製造業の州内総生産に占める比率は約20%であり、この比率では国内3位だった[59]。一人あたり所得は2008年で35,239ドルだった。

2010年6月時点の失業率は7.9%だった[60]

主な会社など[編集]

ウィスコンシン州に本拠地のある企業には以下のようなものがある。

2011年第4四半期で、州内雇用数上位10社(組織)は以下の通りだった。

  1. ウォルマート
  2. ウィスコンシン大学マディソン校
  3. ミルウォーキー公立教育学区
  4. アメリカ合衆国郵便公社
  5. ウィスコンシン州矯正省
  6. メナーズ
  7. マーシュフィールド・クリニック
  8. ウィスコンシン州退役軍人省
  9. ターゲット
  10. ミルウォーキー市役所[61]

主な産業など[編集]

農業[編集]

ウィスコンシン州の主要産業は製造業、農業、健康産業であり、製造業は農業よりはるかに生産高が大きいのだが、ここは農業州と見なされている。ウィスコンシンと言えば乳牛の牧畜で有名であり、酪農祭り等の催しものは多い。チーズやミルク等の酪農製品が名産である。チーズの生産高では国内の約4分の1を生産しており、国内第1位である[62][63]。俗に、ウィスコンシンは人より牛が多いとよく言われるが、実際には人口550万人以上に対し、牛は200万頭程度である。以前はミルクの生産が全米1位だったが、現在はカリフォルニア州が1位である[64]。一人あたりミルク生産量ではアイダホ州バーモント州に次いで第3位である[65]。バターの生産量は第2位であり、国内の約約4分の1を生産している[66]。酪農製品の他に、飼料トウモロコシクランベリー[67]アメリカニンジン(朝鮮人参の近縁種)[68]、加工用サヤマメの生産量では国内第1位である。クランベリーの場合は国内の半分以上[67]、アメリカニンジンの場合は97%を生産している[68]エンバクじゃがいもニンジンサワーチェリーメープルシロップ、加工用スイートコーンの生産も多い。農業生産の重要性を反映して、ウィスコンシン州4分の1ドル硬貨にはホルスタイン牛、トウモロコシの穂、チーズの輪が描かれている[69]

製造業[編集]

食品加工が盛んでありオスカーマイヤー、冷凍ピザのトゥームストーン、ソーセージのジョンソンヴィルなどの企業がある。クラフトフーヅは5千人以上を州内で雇用している。ミルウォーキーはビールで有名であり全米2位のビール会社であるミラービール本社があったが、クアーズと合併した。以前はシュリッツ、ブラッツ、パブストがミルウォーキーでの基幹醸造業者だった。

その他の製造業では輸送機器や資本設備の製造がある。この分野の企業ではコーラー、マーキュリー・マリーン、ロックウェル・オートメーション、ジョンソンコントロールズ、シーグレイブ消火器、ピアース(消防設備)、ブリッグス&ストラットン、ミラー・エレクトリック、ミルウォーキー・エレクトリックトゥール、バシラス・インターナショナル、ジョイ・グローバル、マニトワック・カンパニー、モーダイン・マニュファクチャリング、リライアンス・コントロールズ、スーパースティール・プロダクツ、ラディッシュ、オシュコシュ・トラック、ハーレーダビッドソン、アシュレー・ファニチャー、アリーンズ・カンパニーがある。

紙、包装材など消費財の生産高も大きい。企業としてはSCジョンソンやダイバーシーがある。紙製品の生産高では国内第1位である。フォックス川下流のウィネベーゴ湖からグリーンベイの間、39マイル (62 km) に24の製紙工場がある。

健康医療器具製造とソフトウェアの開発が成長分野であり、GEヘルスケア、エピック・システムズ、トモセラピーなどの企業がある。

観光業[編集]

観光業はウィスコンシン州の主要産業であり、州観光省に拠れば売上高で州内第3位の分野である。自然が豊かであり、州の東部、ミシガン湖に突き出しているドア半島は景勝地として有名である。紅葉の季節はドア郡へドライブする人も多い。冬はスキー、氷上釣り、スノーモービルなどが人気がある。ウィスコンシン・デルズ(Wisconsin Dells)には多くのプールやアトラクション施設やダックボートという観光用の水陸両用車があり、夏の観光地として有名である。夏はカヌーやボート遊びが盛んである。その近くにデビルズレイクという州立公園がありキャンプやボート、スキーなどが楽しめる。近くにはインディアン部族のホーチャンク族の経営するカジノもある。マディソン近くのニューグレアスという街はスイス村となっており、料理や各種のアンティーク店がある。マディソン近くの街にはマスタード博物館等の観光施設もある。その他スプリンググリーン近くのハウス・オン・ザ・ロック、バラブー市のサーカスワールド博物館も観光客を集めている。サマーフェストやオシュコシュ・エアーショーなどの催事にも国際的な関心を集め、数多い観光客が訪れている。

映画産業[編集]

2008年1月1日、映画産業に対する優遇税制が執行された。この利点を生かした最初の作品はマイケル・マン監督の『パブリック・エネミーズ』になった(2009年作品)。制作者は1,800万ドルを掛けたが、その大半は州外の労働者や企業に払われたと報告されている。ウィスコンシン州は460万ドルの補助金を用意しており、この映画制作から500万ドルしか得られなかった[70]

エネルギー産業[編集]

ウィスコンシン州は、陸上の風力発電で 103,751 メガワット時から 255,266 ギガワット時、スペリオル湖やミシガン湖の湖上風力発電で 80,672 メガワット時から 317,755 ギガワット時、さらに太陽光発電で 12,262 メガワット時から 13,939 ギガワット時を発電できる可能性がある[71]

ウィスコンシン州の浮力発電量(ギガワット時)
能力
(MW)
総計 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2009 449 1,052 99 115 123 116 114 62 53 70 35 80 94 94
2010 469 1,088 114 62 88 137 90 59 60 66 90 94 128 108
2011 631 1,196 84 129 97 126 127 85 57 46 75 106 135 127
2012 193 123 173 145 135

Source:[72][73][74]

州税[編集]

ウィスコンシン州は累進課税方式の所得税を徴収しており、税率は4.6%から7.75%である。消費税と使用税の税率は5.0%である。これに59の郡が追加税率0.5%を課している[75]ミルウォーキー郡など周辺5郡は、2001年に完成したミラー・パーク野球場建設資金のために、一時的に0.1%を加算していた。郡の課税適用を受ける小売り業者は、その商品にこの税率を載せて徴収する必要がある。

資産税の中で共通にあるのは固定資産税である。自動車には動産税を課さないが、年間登録料には課している。資産税は地方政府の重要な収入源であり、また教育学区、職業訓練校、特殊目的地区、および税漸増財務地区にとっても同様である。農業用地を除き、全ての課税資産について市場価格で評価されている。農業従事者については資産税の救済措置があり、農業用地の価値は開発可能性価格ではなく、利用価値で評価されている。土地の均等価値は郡、自治体、職業訓練校に補助金を分配するために使われている。地方査定官による評価は、個々の自治体に資産税負担額を分配するために使われる。

無形資産には課税していない。相続税も徴収しない。2008年1月1日まで、州の固定資産税は連邦政府の固定資産税から分離されていた。よって州は特定大型資産に独自の資産税を課していた[76]

州内には有料道路が無い。高規格道路の建設と維持は、一部燃料税で、残りは州の一般税源で行われている。高規格ではない道路の建設と維持は地方政府の資金で賄われている。

教育[編集]

単科及び総合大学[編集]

南北戦争の後、ウィスコンシン州はミネソタ州やミシガン州と共に、勃興しつつあった州立大学運動では中西部の指導的存在だった。20世紀への変わり目までに、州ピンへのサービスを強調する「ウィスコンシン州・アイディア」を提唱していた。このアイディアは当時のカレッジや大学の中で進歩主義運動の範例となった[77]。 今日、ウィスコンシン州の高等教育はマディソンにウィスコンシン大学の本部キャンパスマディソン校を置いている、26キャンパスから成る公立のウィスコンシン大学システムと、16キャンパスからなるウィスコンシン工科短大システムによって構成されている。著名な私立単科及び総合大学には、ベロイト大学、カーディナル・ストリッチ大学、キャロル大学、カーシージ・カレッジ、コンコーディア大学ウィスコンシン校、エッジウッド大学、レイクランド大学ローレンス大学マーケット大学、ウィスコンシン医科カレッジ、ミルウォーキー工科学校、リポン・カレッジ、セントノーバート・カレッジなどがある。

関連情報:

芸術・文化[編集]

オークレア市民バンド、家族向け番組を提供している
ミルウォーキー美術館

ウィスコンシン州の田園部経済では酪農業とチーズ作りが昔から有名だった。自動車のナンバープレートにも1940年から「アメリカの酪農地帯」と書かれている[78]。このことから州民には「チーズヘッド」という渾名ができた(チーズヘッドには軽蔑的な意味もある)。またチーズの塊の形に黄色い泡で作られた「チーズヘッド・ハット」もできた。

州内では市民の歴史遺産を祝って多くの民族祭が開催されている。サマーフェスト、オクトーバーフェスト、ポーリッシュ・フェスト、フェスタ・イタリアーナ、アイリッシュ・フェスト、バスティーユデイズ、シッテンデ・メイ(ノルウェーの憲法記念日)、シボイガンで開催されるブラッと(ヴルスト)デイ、モンロー市とメコン市で開催されるチーズデイズ、アフリカンワールド・フェスティバル、インディアン・サマー、アラブ・フェスト、などである。

美術館・博物館など[編集]

スプリンググリーン市にあるフランク・ロイド・ライトのタリアセン
サマーフェストの音楽会場、1994年、現在はハーレーダビッドソン・ロードハウスと呼ばれる。ミルウォーキー市中心街にあり、背景はホーン橋に向かう道路
モノーナテラスとマディソン市街地

ミルウォーキー美術館は、サンティアゴ・カラトラバが設計した「ブリズ・ソレイユ」(日除け)があり、雄大なデザインで有名であり、大規模で見応えがある。ミルウォーキー郡動物園は広さ200エーカー (0.8 km2) 以上あり、市の西端にある。その他の見所はドーム球場ミラー・パークや、ミラービールの工場見学である。歴史的町並み保存地区も町中にあり興味深い。マディソン市にはビラス動物園があり、入場無料である。他にもオルブリッチ庭園温室があり、またウィスコンシン大学マディソン校の文化活動の中心である。タリアセンの建築家アンソニー・パットナム設計の会議場であるモノーナ・テラスがある[79]。これは、世界的に有名な建築家で、州内リッチランドセンターで生まれたフランク・ロイド・ライトが1930年代に設計したものに幾らか基づいている。ライトの家屋とスタジオはスプリンググリーン市の南、タリアセンにある。ライトの死後数十年経って、タリアセンはその追随者の建築事務所と学校になっている。

グリーンベイには国立鉄道博物館(National Railroad Museum)がある。NFLのグリーンベイ・パッカーズは人気チームであるためチケット入手は困難だが、グリーンベイ・パッカーズ名誉の殿堂でパッカーズについての展示を見ることができる。オナイダ・ネイション・ミュージアムというインディアン部族のオナイダ族 (Oneida tribe) についての博物館や、ヘリテイジ・ヒル・ステートパークという歴史博物館もある。

ウィスコンシン大学マディソン校内の美術館は、各種の西洋美術の他、主に建築家フランク・ロイド・ライトにより収集された浮世絵コレクションも大規模である。

小説家のローラ・インガルス・ワイルダーが生まれ幼少期を過ごしたのはウィスコンシン州北西部のペピン (Pepin) という街で、『大きな森の小さな家』の舞台である。ペピンには丸太小屋のレプリカ"Little House Wayside"がある。ペピンの中心サード・ストリートにペピン歴史博物館があり、「小さな家」関連のものがある。ローラ・インガルス・ワイルダー公園やペピン鉄道博物館もある。ミネソタ州のウォルナット・グローブ(Walnut Grove)への高速道路アメリカ国道14号線は「ローラ・インガルス・ワイルダー歴史ハイウェイ」と名付けられている。

ラクロス生まれのラリー・ピーダーセンは世界的に有名な肖像画家であり、多くの民間画廊が評価している。会社経営者、軍隊指揮層、宗教界の人物や民間市民の肖像画を描いた。古い世界の技術に現代の色彩と構成法を組み合わせた。

音楽[編集]

ウィスコンシン州では他州よりもカントリーミュージックのフェスティバルが多く開催されており[80]、ミラー・ライト・プレゼンツ・カントリー・フェスト、バッド・ライト・プレゼンツ・カントリー・ジャムUSA、クアーズ・ホダグ・カントリー・フェスティバル、ポーターフィールド・カントリーミュージック・フェスティバル、トゥインレイクス市のカントリー・サンダーUSA[80]、フォード・プレゼンツ・カントリUSAなどが開催されている。

州内最大都市のミルウォーキーでは毎年「世界最大の音楽祭」とも言われるサマーフェストを開催している。中心街のすぐ南、ヘンリー・マイアー・フェスティバル公園の湖岸で開催され、またミルウォーキー・アイリッシュ・フェストのように夏の間続く民族音楽の祭もある。

ウィスコンシン州地域音楽産業は毎年の行事を開催しており、功績のあったアーティストを表彰している。

アルコールと文化[編集]

飲酒は州文化の重要部分と考えられてきており、一人当たりアルコール消費量、飲み騒ぎ、飲酒運転、飲酒者比率では国内トップクラスである[81]。ドイツ系移民が多く、ミルウォーキーには昔から大手醸造所があり、寒冷な気候といった文化的要素が飲酒に結びつけられることが多い。21歳未満のアルコール消費は親、保護者、配偶者の監督が無ければ違法である。

ウィスコンシン州酒場同盟が強い政治力を持っており、州議会は飲酒運転の基準を血中アルコール濃度0.10から0.08に下げたり、アルコール税を上げることを躊躇してきた。雑誌「ミルウォーキー・ジャーナル・センティネル」は『ウィスコンシン州の酔っぱらい』というシリーズ記事でこの状況を検証してきた[82]

レクリエーション[編集]

ウィスコンシン州は様々な景色を楽しめることで、屋外レクリエーションのために人気のある目的地になっている。冬にはスキー、氷上釣り、スノーモビールなどを楽しむことができる。様々な大きさの湖があり、その総面積は11.188平方マイル (29,000 km) と、アラスカ州、ミシガン州、フロリダ州に次いで国内第4位である。

特に狩猟と釣りは人気の活動である。狩猟の対象としてオジロジカがいる。毎年州内で60万枚以上のシカ猟許可証が販売されている[83]。2008年、ウィスコンシン州天然資源省は猟期前のシカの生態数を150万ないし170万頭と推計した。

スポーツチーム[編集]

催事[編集]

アップルトン市のラディソン・ペーパー・ヴァレー・ホテルにおいて〔キツネ・コン〕というアニメコンヴェンションが毎年開催されている。

日本との関連[編集]

1990年に、千葉県は姉妹県州の提携を行った。この提携には醤油等の食品製造を営むキッコーマンが同州に直接投資し、工場を建てた事と関っている。その後、民間姉妹交流組織「千葉ウィスコンシン協会」が設立されて同州にいる。この州はドイツ系が多いため、第二次大戦中は州出身の兵はドイツ戦線でなく日本戦線へ送られることが多かった。そのため日本体験を持つ元兵士は少なからず存在する。州には今でもその子孫の日系人も住んでいる。また、この州で生まれたローラ・インガルス・ワイルダーの『大草原の小さな家』は日本でテレビ放映され大人気となった。この原作の第一作『大きな森の小さな家』の大きな森とはウィスコンシン州ペピン (Pepin) 周辺である。

ウィスコンシン大学マディソン校は大学院が充実しており日本からの留学生も200人在籍する。日本語教育専攻が有名である。また、シボイガンにあるレイクランド大学が1991年にレイクランド大学ジャパン・キャンパスを開設しており、毎年留学生が渡米している。

その他[編集]

ウィスコンシン州出身の有名人[編集]

交通[編集]

日本からのウィスコンシン州直航便がないため、成田国際空港などからシカゴ/オヘアデトロイトミネアポリスなどの各国際空港で乗り継いで入ることになる。

州の象徴など[編集]

姉妹県、州など[編集]

日本の姉妹都市[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ Badger Notables:Badger Nickname”. UWBadgers.com - The Official Web Site of Badger Athletics. 2006年10月22日閲覧。
  2. ^ Wisconsin's Name:Where it Came from and What it Means”. Wisconsin Historical Society. 2008年7月24日閲覧。
  3. ^ Marquette, Jacques (1673). “The Mississippi Voyage of Jolliet and Marquette, 1673”. In Kellogg, Louise P.. Early Narratives of the Northwest, 1634–1699. New York: Charles Scribner's Sons. p. 235. OCLC 31431651. http://www.americanjourneys.org/aj-051/. 
  4. ^ Smith, Alice E. (September 1942). “Stephen H. Long and the Naming of Wisconsin”. Wisconsin Magazine of History (Madison, Wisconsin: Wisconsin Historical Society) 26 (1): 67–71. http://content.wisconsinhistory.org/u?/wmh,14413 2008年7月24日閲覧。. 
  5. ^ McCafferty, Michael. 2003. On Wisconsin:The Derivation and Referent of an Old Puzzle in American Placenames. Onoma 38:39–56
  6. ^ Vogel, Virgil J. (1965). “Wisconsin's Name:A Linguistic Puzzle”. Wisconsin Magazine of History (Madison, Wisconsin: Wisconsin Historical Society) 48 (3): 181–186. http://content.wisconsinhistory.org/u?/wmh,23263 2008年7月24日閲覧。. 
  7. ^ Theler, James; Boszhardt, Robert (2003). Twelve Millennia:Archaeology of the Upper Mississippi River Valley. Iowa City, Iowa: University of Iowa Press. p. 59. ISBN 978-0-87745-847-0. 
  8. ^ Birmingham, Robert; Eisenberg, Leslie (2000). Indian Mounds of Wisconsin. Madison, Wisconsin: University of Wisconsin Press. pp. 100–110. ISBN 978-0-299-16870-4. 
  9. ^ Birmingham; Eisenberg (2000). pp. 152–156. ISBN 978-0-299-16870-4. 
  10. ^ Birmingham; Eisenberg (2000). pp. 165–167. ISBN 978-0-299-16870-4. 
  11. ^ Boatman, John (1987). “Historical Overview of the Wisconsin Area:From Early Years to the French, British, and Americans”. In Fixico, Donald. An Anthology of Western Great Lakes Indian History. University of Wisconsin–Milwaukee. OCLC 18188646. 
  12. ^ Rodesch, Gerrold C. (1984年). “Jean Nicolet”. University of Wisconsin–Green Bay. 2010年3月13日閲覧。
  13. ^ Turning Points in Wisconsin History:Arrival of the First Europeans”. Wisconsin Historical Society. 2010年3月13日閲覧。
  14. ^ Jaenen, Cornelius (1973). “French colonial attitudes and the exploration of Jolliet and Marquette”. Wisconsin Magazine of History 56 (4): 300–310. 
  15. ^ Dictionary of Wisconsin History:Langlade, Charles Michel”. Wisconsin Historical Society. 2010年3月13日閲覧。
  16. ^ Nesbit, Robert (1973). Wisconsin:A History. Madison: University of Wisconsin Press. pp. 62–64. ISBN 978-0-299-06370-2. 
  17. ^ Badger Nickname”. University of Wisconsin. 2010年3月14日閲覧。
  18. ^ Nesbit (1973). pp. 95–97. ISBN 978-0-299-06370-2. 
  19. ^ Legler, Henry (1898). “Rescue of Joshua Glover, a Runaway Slave”. Leading Events of Wisconsin History. Milwaukee: Sentinel. pp. 226–229. http://www.library.wisc.edu/etext/wireader/WER1124.html 2010年3月13日閲覧。. 
  20. ^ Nesbit (1973). pp. 238–239. ISBN 978-0-299-06370-2. 
  21. ^ Turning Points in Wisconsin History:The Iron Brigade, Old Abe and Military Affairs”. Wisconsin Historical Society. 2010年3月13日閲覧。
  22. ^ Nesbit (1973). p. 273. ISBN 978-0-299-06370-2. 
  23. ^ Nesbit (1973). pp. 281, 309. ISBN 978-0-299-06370-2. 
  24. ^ Buenker, John (1998). Thompson, William Fletcher. ed. The Progressive Era, 1893–1914. History of Wisconsin. 4. Madison: State Historical Society of Wisconsin. pp. 25, 40–41, 62. ISBN 978-0-87020-303-9. 
  25. ^ Turning Points in Wisconsin History:The Modern Environmental Movement”. Wisconsin Historical Society. 2010年3月13日閲覧。
  26. ^ Buenker (1998). pp. 80–81. ISBN 978-0-87020-303-9. 
  27. ^ Ware, Alan (2002). The American direct primary:party institutionalization and transformation in the North. Cambridge, England: Cambridge University Press. p. 118. ISBN 978-0-521-81492-8. 
  28. ^ Ranney, Joseph. “Wisconsin's Legal History:Law and the Progressive Era, Part 3:Reforming the Workplace”. 2010年3月13日閲覧。
  29. ^ Stark, John (1987). “The Establishment of Wisconsin's Income Tax”. Wisconsin Magazine of History 71 (1): 27–45. 
  30. ^ Stark, Jack (1995). “The Wisconsin Idea:The University's Service to the State”. The State of Wisconsin Blue Book, 1995–1996. Madison: Legislative Reference Bureau. pp. 101–179. OCLC 33902087. 
  31. ^ Nelson, Daniel (1968). “The Origins of Unemployment Insurance in Wisconsin”. Wisconsin Magazine of History 51 (2): 109–121. 
  32. ^ Tommy Thompson:Human Services Reformer” (2004年9月4日). 2010年3月13日閲覧。
  33. ^ Lawrence Martin (1965). The physical geography of Wisconsin. University of Wisconsin Press. ISBN 978-0-299-03475-7. http://books.google.com/?id=QB7qpOSeh6sC&pg=PA247&lpg=PA247&dq=Black+River+Escarpment&q=Black%20River%20Escarpment 2010年9月14日閲覧。. 
  34. ^ “The Eastern Ridges and Lowlands of Wisconsin”. Wisconsin Online. http://www.wisconline.com/wisconsin/geoprovinces/easternridges.html 2010年9月14日閲覧。  mirror
  35. ^ Wisconsin”. National Park Service. 2008年7月17日閲覧。
  36. ^ Benedetti, Michael. “Climate of Wisconsin”. The University of Wisconsin–Extension. 2007年3月16日閲覧。
  37. ^ Annual Estimates of the Resident Population for the United States, Regions, States, and Puerto Rico:April 1, 2010 to July 1, 2011 (CSV)”. 2011 Population Estimates. United States Census Bureau, Population Division (2011年12月). 2011年12月21日閲覧。
  38. ^ http://factfinder2.census.gov/faces/tableservices/jsf/pages/productview.xhtml?src=bkmk
  39. ^ http://quickfacts.census.gov/qfd/states/55000.html
  40. ^ a b "Ancestry:2000," U.S. Census Bureau (PDF)”. 2010年7月25日閲覧。
  41. ^ Wisconsin Blue Book 2003–2004 (PDF)”. 2010年7月25日閲覧。
  42. ^ Miller, Frank Hayden, "The Polanders in Wisconsin." Parkman Club Publications No. 10. Milwaukee, Wis.:Parkman Club, 1896);Online facsimile at:Wisconsin Historical Society, visited January 29, 2008
  43. ^ Wisconsin's Hmong Population (PDF)”. University of Wisconsin–Madison Applied Population Laboratory. 2010年4月26日閲覧。
  44. ^ Carroll, Brett E. (2000-12-28). The Routledge Historical Atlas of Religion in America. Routledge Atlases of American History. Routledge. ISBN 0-415-92137-6. 
  45. ^ Naylor. “Number and Percent of Total Population by Urban/Rural Categories for Wisconsin Counties:April 1, 2000 (PDF)”. State of Wisconsin, Department of Administration. 2007年3月16日閲覧。
  46. ^ Davis, Chase; Rick Romell. “City drops out of top 20”. Milwaukee Journal Sentinel (Journal Communications). オリジナル2007年3月10日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20070310214138/http://www.jsonline.com/story/index.aspx?id=337561 2007年3月16日閲覧。 
  47. ^ Wisconsin Department of Revenue, "Wisconsin's Metropolitan Statistical Areas", Summer 2011.
  48. ^ State Fair.jpg
  49. ^ Wisconsin Court System – court system overview”. Wicourts.gov (2011年9月28日). 2012年2月18日閲覧。
  50. ^ Conant, James K. (2006-03-01). “1”. Wisconsin Politics and Government:America's Laboratory of Democracy. University of Nebraska Press. ISBN 0-8032-1548-7. 
  51. ^ Milwaukee page
  52. ^ Number 1 digital city by the Center for Digital Government
  53. ^ “Wisconsin Assembly passes bill to curb collective bargaining”. CNN. (2011年3月10日). http://www.cnn.com/2011/POLITICS/03/10/wisconsin.budget/index.html?hpt=T1&iref=BN1 
  54. ^ David Obey, former U.S. Representative”. GovTrack.us. 2012年2月18日閲覧。
  55. ^ Smith, Kevin D. (Spring 2003). “From Socialism to Racism:The Politics of Class and Identity in Postwar Milwaukee”. Michigan Historical Review 29 (1): 71–95. doi:10.2307/20174004. 
  56. ^ Bull, Chris (1999年2月16日). “Take a seat – openly lesbian Representative Tammy Baldwin”. The Advocate (LPI Media). オリジナル2005年6月25日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20050625081817/http://www.findarticles.com/p/articles/mi_m1589/is_1999_Feb_16/ai_53877986 2007年3月16日閲覧。 
  57. ^ GDP by State”. Greyhill Advisors. 2011年9月7日閲覧。
  58. ^ EconPost, Manufacturing industry top 10 states by GDP
  59. ^ EconPost, Manufacturing industry top states by percentage of state economy
  60. ^ [1];WI June 2010 unemployment rates
  61. ^ Wisconsin's Large Employer Search
  62. ^ "Total Cheese Production Excluding Cottage Cheese – States and United States:February 2010 and 2011" in United States Department of Agriculture, Dairy Products, p. 13.
  63. ^ "American Cheese Production – States and United States:February 2010 and 2011" in United States Department of Agriculture, Dairy Products, p. 14.
  64. ^ "Milk Cows and Production – 23 Selected States:March 2011 and 2012" in United States Department of Agriculture, Milk Production, p. 3.
  65. ^ "Table 6:Per Capita Milk Production by State, 2003" in CITEC, The Dairy Industry in the U.S. and Northern New York, p. 25.
  66. ^ Wisconsin Milk Marketing Board, Wisconsin's Rank in the Nations's Dairy Industry:2007
  67. ^ a b U.S. Department of Agriculture, Wisconsin – Cranberries, p. 1.
  68. ^ a b United States Department of Agriculture, "American Ginseng – Rooted in Wisconsin", Census of Agriculture, September, 1995.
  69. ^ Walters, Steven. “Doyle flips decision, puts cow on quarter”. Milwaukee Journal Sentinel. オリジナル2007年3月21日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20070321031237/http://www.jsonline.com/story/index.aspx?id=173693 2007年3月30日閲覧。 
  70. ^ "Commerce study slams film incentives law" ''The Business Journal of Milwaukee''March 31, 2009”. Bizjournals.com (2009年3月31日). 2010年7月25日閲覧。
  71. ^ Renewable Energy Technical Potential
  72. ^ U.S. Installed Wind Capacity
  73. ^ Energy Information Administration (2012年7月27日). “Electric Power Monthly Table 1.17.A.”. United States Department of Energy. 2012年8月15日閲覧。
  74. ^ Energy Information Administration (2012年7月27日). “Electric Power Monthly Table 1.17.B.”. United States Department of Energy. 2012年8月15日閲覧。
  75. ^ County Sales Tax Distribution-2007”. Wisconsin Department of Revenue (2007年3月6日). 2007年3月24日閲覧。
  76. ^ Wisconsin Department of Revenue”. Revenue.wi.gov. 2010年7月25日閲覧。
  77. ^ Rudolph, Frederick (1990). The American College and University:A History.. The University of Georgia Press, Athens and London. 
  78. ^ Christopulos, Mike and Joslyn, Jay. "Legislators took license with ideas for slogan on plate" Milwaukee Sentinel 12-27-85;Page 5, Part 1
  79. ^ Pure Contemporary interview with Anthony Puttnam
  80. ^ a b Winterroth, Scott (2011年). “Wisconsin Country Music Festivals”. Country Music Chicago. 2011年4月7日閲覧。
  81. ^ "Drinking deeply ingrained in Wisconsin's culture" home page”. Jsonline.com. 2011年8月18日閲覧。
  82. ^ "Wasted in Wisconsin" home page”. Jsonline.com. 2010年7月25日閲覧。
  83. ^ “A Chronology Of Wisconsin Deer Hunting From Closed Seasons To Antlerless Permits” (プレスリリース), Wisconsin Department of Natural Resources, (2005年11月12日), オリジナルの2007-02-11時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20070211061345/http://www.dnr.state.wi.us/org/caer/ce/news/rbnews/2005/111205scr4.htm 2007年3月16日閲覧。 
  84. ^ Sister-States and Cities”. International Wisconsin (2006年3月20日). 2007年3月16日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]