スポーツカー

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Mazda MX-5。世界で一番販売台数が多い2シーター(2座席)スポーツカー[1]
フォード・マスタング。世界で一番販売台数が多いスポーツカー[2]
フェラーリ・458イタリアミッドシップエンジンのスポーツカー(旋回時の運動性能向上のために、モーメントを小さくしようとし、エンジンを車体の中央寄りに配置している)。
テスラ・ロードスター。市販の電気自動車タイプのスポーツカー。ガソリンエンジン車よりも構造がシンプルになっている。0-60マイル(0-96km/h)加速が3.9秒とされている。しかも同じ距離をガソリン車よりも非常に安い費用(電気代)で走行でき、走行時に二酸化炭素も排出せず、エコロジー持続可能性の観点からも良いスポーツカー。
ロータス・セブン

スポーツカーsports car)とは、自動車の使用目的を条件としたカテゴリのひとつで、運転を楽しむこと(スポーツドライビング)を主な目的とし、高速走行時の操作性を含めた運動性能に重点を置いて設計製造された自動車のことをいう場合が多い。

歴史[編集]

初期のスポーツカー、Bugatti Type 13 (1923年)

「スポーツカー」は自動車のカテゴリ中、最も古いものの一つである。1913年イスパノ・スイザ3.5 L車は、世界で初めてスポーツカーと呼ばれた車[3]。同時期のスポーツカーとして、ブガッティT13やボクスホール・プリンスヘンリーがある[4]

自動車競技の創成期には競技用車両の事を「スポーツカー(Sports Car)」と呼ぶことがあったが、実際はレース専用車もスポーツカーも明確な区分けがまだなされていない状況にあった。この頃のレーシングモデルのほとんどは屋根がなく、またボディからタイヤが飛び出しているオープンホイールと呼ばれるデザインであったが、後にタイヤをボディと一体のフェンダーでカバーする形式が登場する。オープンホイールタイプのレースカテゴリは「グランプリ」をはじめとして既に確立されており、これらと区別する目的でオープンホイール以外の競技車両を「スポーツカー」と呼び始めた。

当初は、(特に長距離の)自動車競技そのものが公道で行われることが多く、各地に専用サーキットが建設されて以降も、競技用車両がサーキットまで一般公道を自走し、そのまま競技に参加することが普通に行われていたので、スポーツカーと競技車両の区別は必要なかった(できなかった)。その後、自動車の高性能・高速化により、自動車競技の高度化と一般車を対象とした保安基準の厳格化が進み、競技用車両と一般車の構造の乖離が大きくなって行った。しだいに競技用車両のほうは「レーシングカー(Racing car)」「レースカー(Race car)」「レーサー(Racer)」などと呼んで区別するようになる。競技車両との差が明確になるにつれ、競技車両への応用を前提とした量産車をスポーツカーと称するように変化していったが、さらに時代が下がりレーシングカーの特殊化が進むにつれ、スポーツカーとレーシングカーの共通点は少なくなっていった。

※モータースポーツにおける「スポーツカー」の定義については、スポーツカーレースプロトタイプレーシングカーツーリングカーを参照。

現代のスポーツカーの概念[編集]

現在は運動性能を重視した車のうち、「スポーツカー」は公道で走ることを主な目的として設計されている車、「レーシングカー」はサーキットで行われる自動車競技で使われる車を指す。

なお、一般的な量産車の中にも「スペシャルティーカー」、「スポーティーカー」、「ホットモデル」という名称や概念がある。スペック、足回り、外見、装備がスポーツカーに近いなど、スポーツカーが持つ特徴のいくつかを有している車で、スポーツ向けに仕様を振ってあるが、スポーツカーとまでは言えない車のことを指すが、両者の間に明確な区別はない。統計において軽自動車のスポーツカーは軽自動車に分類される。[5]

かつてグループAのような市販車に近いマシンによるレースがワークス戦争の中心であった頃は、スポーツカーと呼ぶにふさわしい「スパルタン」な車が多く登場したが、そうしたレースが下火になり、スポーツカー自体も売れなくなった今はそうした「スポーティーカー」をスポーツカーに含めることが増えた。

日本におけるスポーツカー[編集]

第二次大戦後の日本ではオート三輪やトラックといった実用的な車をメインに作られていたが、高度経済成長期の1960年代になると消費者にも嗜好性が生まれ始め、国産メーカーは本格的なスポーツカーと言われるような三菱・ギャランGTOトヨタ・スポーツ800トヨタ・2000GTホンダ・S600初代マツダ・コスモスポーツ日産・フェアレディZ S30型などを登場させ始めた。

1970年代に入ると多くのメーカーでスポーツカーの開発・製造が盛んになり、1980年代には有名なモデルとしては日産・スカイライン日産・シルビアマツダ・RX-7トヨタ・セリカ三菱・スタリオン等々が製造・販売され、当時の若者が好んで購入する車となった。それらは1990年代前半までは人気車種の一つであった。

しかし、日本ではバブル景気崩壊後(1990年代)の景気の冷え込みや平成12年度排気ガス規制京都議定書などを筆頭にした環境意識の変化により、トヨタ・スープラ日産・スカイラインGT-Rマツダ・RX-7など趣味性重視の2ドアクーペスタイル[注 1]に属するモデルは販売不振に陥った。このうちトヨタ・三菱はスポーツカー事業から一時撤退の憂き目に遭い、他の自動車も大幅な縮小を余儀なくされた[注 2]。スポーツカーの系譜の完全消滅こそしなかったものの、販売面では不人気車種の扱いとされ、スポーツカーにとって不遇の時代を迎えることとなる。

スポーツカー不遇の背景[編集]

根本的な問題として若者の車離れがあるとされているが、消費者の車に対する価値観の変化も大きい。1990年代まではセダンやスポーツカーはステータスであったが、裏返せば見栄の象徴でもあった。しかしバブル崩壊後は見栄よりも実用性が重視される様になり、SUV・コンパクトカー・ミニバンのようなものがもてはやされるようになった。現代の若者に未来のクルマを考えてもらうと、車内でダンスをしたり、雑談をしたり、マシンではなくスペースとして考えるアイディアが多く出てくるという事実からも、そうした価値観の変化が窺える[6]。そのため販売するメーカー側は、売れない分野にあたるスポーツカーの開発は敬遠され、安定的に売れる軽自動車コンパクトカーの開発に集中する傾向となった。

他にも2004年あたりから顕著になっている世界的な原油高によるガソリン価格の上昇により、安価で燃費の良い軽自動車コンパクトカーの人気が上昇した。また主なターゲットである若年層の雇用不安定化(=収入の不安定化・貧困化、就職氷河期を参照)などが原因で発生した需要の冷え込みや景気が悪い時期にはスポーツカーなどは購入されにくくなる傾向も影響した。
そのうえ、事故率や盗難率の高さから任意保険料の料率が高額に設定されていることや整備面の負担が大きいこと、2003年に登場し推進されていくグリーン化税制の影響でスポーツカーの所有が税金面では不利になるなど、維持費の面からも敬遠されるようになった。

ライフスタイルの変化も理由に挙げられる。高度経済成長期の時代は日本人の経済力が年々増し、車の性能も年々向上する傾向であり、座席数や積載能力の小さいクーペを所有しても「どうせ近い将来買い替えるから、将来の自分の状況次第でまた判断すれば良い」などと考えたり、車に何らかの性能差があったことが多かったため、車の性能を目的として買い替えたりするなど、多くの人にとって車は「短期間(1~4年程度)で買い買えるもの」という扱いであったのでスポーツカーを保有してもあまり気にされなかった。だがバブル景気の崩壊後は車を所有する人が減少した上、車の購入希望者の判断基準の上位に、子供が生まれたり増えたりしても買い買えずに乗り続けられること(=後部座席があり、後部座席にも乗り込みやすいこと)や実用性(=生活の中で実際に使いやすい車で、買い物帰りに買ったものが積める(積載能力))ことや前述の理由から長期間の保有することが意識されるようになり、その結果としてクーペは避けられるようになり、統計的に見て、ミニバンハッチバックトールワゴンなどを求める人の割合が非常に増えた。また、昔に比べ車の性能も大幅に向上したというケースは減少したため、経年劣化以外の理由で買い替える人が減少したことも影響した。それらのことから、スポーツカーの主流がクーペからスポーツセダンホットハッチへと変わっていったのもその流れのひとつと考えられる。

近況[編集]

2000年代前半にもスポーツカーに属する車は開発されていたものの、かつてのような売り上げに貢献する車種ではなくなっていた。だが、2000年代後半頃から各メーカーで若年層をターゲットとした低価格スポーツカー(スポーティーカー)の開発が進められるようになった。2007年東京モーターショーに出展された本田技研工業のスポーツ性能と環境性能を両立したハイブリッドスポーティーカー ホンダ・CR-Z日産自動車出展のスポーツカー並みの性能とコンパクトカーのような広いキャビンを持つ「ラウンドボックス」のように各メーカーで未来のスポーツカー像が模索されている。2011年東京モーターショーにはトヨタ自動車富士重工業スバル)の共同開発によるトヨタ・86、およびスバル・BRZがそれぞれ発表され、翌2012年春に共に販売開始された。2010年に前述のCR-Zを市販化した本田技研工業は、次世代NSXS660を2015年に発売することを発表した[7](ただし、NSXは2017年に発売)。また2015年3月にスズキはアルトターボRSを発売、アルトワークス生産終了以降、途絶えていた軽ホットハッチを復活させた。

しかし、スポーツカーが肩身の狭い状況であることには変わりない。2000年代になってから新たなクーペ系スポーツカーの登場が少なかったこともあり、市場においてはクーペの激減とFF化の波を背景としてそれまでファミリーカーでしかなかったマークIIBros.やローレルセフィーロと言った車種がその素性の良さと流通数の多さからチューニングカーのベースとなるケースが多発した。また上述の流れとクーペ市場の壊滅が重なり、日本においてスポーツセダンは相対的に「走り好き」のドライバーが選ぶクルマの主流となってきている。

またスポーツカーの代わりに見栄のよいものとして、実用性も兼ね備えているクロスオーバーSUVが売り上げを伸ばす様になった。ポルシェランボルギーニといったスポーツカーメーカーも続々とSUVをラインナップに取り込んでおり、ポルシェに至ってはスポーツカーの代わりにSUVの売り上げが1-2位を占めており、もはやスポーツカーを作るためにSUVを売っている様な状況である[8]

製造者[編集]

スポーツカーを専門的に製造するメーカー及びブランド

かつてスポーツカー専門だったメーカー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 厳密に言えば、2シーターの2ドアクーペの車種。
  2. ^ 日産では2ドアクーペのフェアレディZ、「ハイエンドスポーツカー扱いされるセダン」にあたる三菱・ランサーエボリューションインプレッサWRX STiなどはモデルチェンジして生産が続けられ、マツダは4ドア仕様のマツダ・RX-8を後継車種として生産している。
  1. ^ Diehlman, Steve (2011年2月4日). “Mazda Produces 900,000th MX-5, Recognized as World’s Best-Selling Sports Car”. Motor Trend. 2014年8月16日閲覧。 “Today Mazda announced a new milestone for the popular MX-5 roadster, with the 900,000th unit rolling off the production line. In doing so, it is also recognized by Guinness World Records as the best selling sports car.”
  2. ^ 今、世界で最も売れているスポーツカーはフォード「マスタング」!
  3. ^ Automobiles of the World ISBN 0-671-22485-9 P235
  4. ^ GAZOO.com 1912年 イスパノ・スイザ 15T 注:GAZOO.comでは、イスパノ=スイザモデル15Tの1912年の「アルフォンソXIII」モデルが世界初のスポーツカーとして解説されている。これは3.5Lとは別物。
  5. ^ パーク24株式会社の集計では、セダン、ミニバン、ワンボックスと言ったレベルに軽自動車が含まれる。 [1]
  6. ^ 自動車ライターがズバッと解説! 3分でわかる自動車最新トレンド 復活傾向のスポーツカーに時代が求めるクルマの姿はない!?
  7. ^ 2012年9月 社長会見 骨子
  8. ^ ポルシェの通期決算、営業利益は25%増…過去最高 2015年

関連項目[編集]