カルロス・ゴーン

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カルロス・ゴーン
Carlos Ghosn.jpg
生誕 1954年3月9日(62歳)
ブラジルの旗 ブラジルポルト・ヴェーリョ
職業 日産自動車社長最高経営責任者(CEO) / ルノー取締役会長兼CEO (PDG)

カルロス・ゴーン(Carlos Ghosn、1954年3月9日 - )は、フランスの自動車会社ルノー取締役会長CEO(PDG)にして、日産自動車社長兼最高経営責任者(CEO)。またルノーと日産は、2010以降全世界自動車市場の約10%のシェアを保っているが [1][2]、ゴーンは両社の株式の相互保有を含む戦略的パートナーシップを統括する「ルノー・日産アライアンス」の社長兼最高経営責任者(CEO)をも兼務する。

両親はレバノン人で、ブラジルで誕生。幼少期をブラジルで過ごし、中等教育は父の母国であるレバノンのベイルートで受けた。フランスの工学系グランゼコールの一つであるパリ国立高等鉱業学校を卒業した後、フランス大手タイヤメーカー、ミシュランに入社し18年間在籍。同社での業績を評価され、ルノーに上席副社長としてスカウトされ、同社の再建にも貢献した。

1999年3月、当時経営と財政危機に瀕していた日産がルノーと資本提携を結び[3]、同年6月、ルノーの上席副社長の職にあったゴーンが、ルノーにおけるポジションを維持しつつ、日産の最高執行責任者(COO)に就任。後に日産の社長兼最高経営責任者(CEO)、ルノーの取締役会長兼CEO(PDG)、ルノー・日産アライアンスの会長兼最高経営責任者(CEO)に就任。

「コストキラー」[4]「ミスター調整(FIX IT)」[5] などの異名をとるゴーンは、日産再建に向け社員とともに「日産リバイバルプラン」を作成。短期間で日産の経営立て直しを果たし、2003年にフォーチュン誌は、彼を「アメリカ国外にいる10人の最強の事業家の一人」と称している[6] 2013年6月から2016年6月に、ゴーン社長は、アフトワズ、ロシアの自動車メーカの会長 を務めていました[7][8]

レバノンとブラジルとフランスの多重国籍を有する。アラビア語フランス語英語スペイン語ポルトガル語5言語を話せる。日産の社員に対して自らの肉声で語りたい時は、敢えて日本語でスピーチするようにしている。2004年には法政大学名誉博士に成っている。極度の経営不振と経済的危機の状態にあった日産自動車を立て直したということで、他社の社外取締役に招聘されたり、大学の委員なども務めたりもしている。また、自らコマーシャルに出演するなど[9][10]、マスメディアにも積極的に登場。漫画誌・ビッグコミック・スペリオールに「カルロス・ゴーン物語」[11]が掲載されるなど、広く知られる存在となっている。

KBE (大英帝国勲章・ナイトコマンダー)。

生い立ちと来歴[編集]

祖父ビシャラ・ゴーンは、レバノンで生まれ13歳でブラジルに移住し[12][13]、ブラジル北部、ブラジルとボリビア国境近くのロンドニア州の奥地 São Miguel do Guaporé サン・ミゲウ・ド・グアポレ でゴム産業に参入[14]。最終的には農産物を売買する会社のオーナーとなった[14]。レバノン系ブラジル人である父 ジョルジ・ゴーンはロンドニア州の州都ポルト・ヴェーリョに居を構え、同じくナイジェリア生まれのレバノン人の女性と結婚[15][16][17][13]

1954年3月9日にカルロス・ゴーンが誕生した[18]。カルロスが2歳くらいの頃、不衛生な水を摂取したことで病気となり、母親とともにリオ・デ・ジャネイロに移転[19]。その後、カルロスが6歳の時[20]、彼の3人の姉妹と母とともに[19]、祖父の母国であるレバノン・ベイルートに転居し[14]、ベイルートのイエズス会系の Collège Notre-Dame de Jamhour コレージュ・ドゥ・ノートルダム・ドゥ・ジャンブールで中等教育を受けた[21]。その後、パリにあるプレップスクール Lycée Stanislas リセ・スタニスラス、そして、Lycée Saint-Louis リセ・サン=ルイ で学ぶ[22]。1974年、エコール・ポリテクニーク(École Polytechnique)(グランゼコールエリート養成校の一つ)を卒業し[23]、1978年にパリ国立高等鉱業学校(École des Mines de Paris)で工学博士を取得し卒業[24][23]

大学卒業後、1978年に欧州最大のタイヤメーカー、ミシュラン Michelin に入社した[24][25]フランス国内で工場長、産業用タイヤ部門の研究開発ヘッドを歴任[24][26] 後1985年、30歳の時に3億ドルの市場を持つ南米ミシュランの最高執行責任者(COO)に任命された[24][27]。生誕地であるブラジルに戻ったゴーンは、彼に操業の立て直しを命じたフランソワ・ミシュランフランス語版に、ブラジルのハイパーインフレ[28] 下における事業の不採算性と困難について直訴している[27]。しかしその中で、南米事業部におけるフランス、ブラジル、その他多国籍の従業員の間での最良な業務形態を模索し、クロスファンクショナルマネージメントチームを結成[29][30]。このブラジルでの多文化体制下での経験は、後に彼の経営理念の核となるクロス・カルチャーな経営スタイルと強さの基盤を形成した[31]。「人は多様性から学び、そして共通性に安らぎを感じる。」とゴーンは語っている[32]。1989年、南米事業部を黒字転換させた後[29]、ミシュランの北米事業部の社長兼ミシュランの北米事業部の社長兼(COO)に選ばれ[33]、家族を伴い米国サウスカロライナ州グリーンビルへと移転[33]。1990年にミシュランの北米の最高経営責任者(CEO)に昇格する[24][33]。1996年に、ルノーの上席副社長にヘッドハンティングされ[34]、再びフランスへと居を移したが、1999年にルノーと日産の資本提携が行われた後[35][36]、ルノーでの役職も維持しながら日産の最高執行責任者(COO)に就任[23][37]。家族とともに日本に移り住んだ[38]

世界経済フォーラムインド経済サミット 2009

米フォーブス誌には「過酷な競合が繰り広げられる世界の自動車業界において最も多忙な男」と呼ばれ[29]、日本のメディアからは「セブンーイレブン(早朝から深夜まで非常にハードに働く)」と称され[39]、パリと東京の両拠点での職務に自らの時間を分割するゴーンの航空移動距離は、一年で約15万マイルにのぼる[29]

マルチリンガルで、アラビア語フランス語英語スペイン語ポルトガル語の5言語を流暢に話す[34]。さらに日本語も学んでおり、日産社内で自らの肉声で語る際には、あえて日本語でのスピーチを行うようにしているという[40]。ブラジルとフランス両国の市民権を有し[41]、また少年期10年の間居住し、初等ー中等教育を修了したレバノンとの強い繋がりも維持。レバノン北部海岸沿いの街 Batrounにある環境に配慮したワイン農場でワインの輸出も行う「IXSIR」に出資している[42]

しばしばレバノンの大統領候補として名前があげられ[43]、日本でも保険会社のアクサ東日本大震災後の2011年6月に行った「震災後の日本をまかせたい有名人」のアンケートで7位(オバマ大統領は9位、アンケート実施当時の菅首相は19位)に選ばれた[44]。しかし、自身は一切の政治的野心は持っていないとして、現段階ではこういった要請を受けるつもりがないことを表明している[45]

キャリア[編集]

ミシュラン[編集]

大学卒業後、1978年に欧州最大のタイヤメーカー、ミシュランMichelinに入社[23]。3年目の1981年に、27歳でフランス国内のル・ピュイ工場の工場長に抜擢され[46]、1984年に同社の産業用タイヤ部門の研究開発ヘッドを務めた[47]。翌1985年には、ブラジルを拠点とするミシュランの南米事業の最高執行責任者(COO)に任命された[47][23]。5年後の1990年、35歳でミシュランの北米事業部の社長兼最高経営責任者(CEO)に就任し、ユニロイヤル・グットドリッチタイヤ社を買収後のリストラを主導するなど、18年間のミシュラン在籍期間中、重要な役職を歴任した[23]

ルノー[編集]

1996年、ルノー会長(当時)のルイ・シュバイツァーフランス語版からスカウトされ[48]、購買、研究、先進技術のエンジニアリングと開発、製造、および南米ルノーのスーパーバイジング担当の上席副社長として、ルノーに入社[26][49]。シュバイツァー自身、国営自動車会社ルノーの時代に経営再建の為、請われてフランス予算省の上級官僚から転職した人物[50]。ルノーは過激左派組織のテロなど[51]、フランス国内外での混乱を生じながらも民営化[52]、民営化後も人員削減を押し進め、いったんは国内集中にシフトしていた事業展開を再び国際化へと方針転換していた最中で、ゴーンの手腕をかったシュバイツァー会長が自らヘッドハンティングを行った[48]。ルノーに入社したゴーンは、ベルギーのビルボールド工場閉鎖など不採算事業所の閉鎖や[53]、調達先の集約などで経費の圧縮を進め、赤字だったルノーの経営を数年で黒字へと転換[54]。これによりゴーンは「コストカッター」「コストキラー」の異名を拝するようになった[4]

ルノー・日産の資本提携と日産の復活[編集]

ルノーと日産自動車の共通のプラットフォームを使用するルノー・クリオ
(日本名 ルノー・ルーテシア)

1999年3月27日にルノーが日産の株式の36.8%を取得し、ルノーと日産の間で資本提携が結ばれ[37]、同年6月、ゴーンはルノーにおける役割を維持したままで、最高執行責任者(COO)として日産に入社した[37][35]。翌年2000年6月に日産自動車の取締役に就任[35]。さらに2001年6月に日産の最高経営責任者(CEO)に選出された[36]

ゴーンが入社した当時の日産は約2兆円(200億ドル)の有利子負債を抱え[55][56]、国内販売でもラインナップされた46モデル中、3モデルだけが収益をあげている状況だった[57]。ルノーからの巨額な資金投入が行われた上で[35]、ゴーンの指揮下、両社の間でプラットフォームやエンジン、トランスミッションなどの部品の共通化、購買の共同化などを通じて両社のコストダウンを行う[58] 傍ら、「日産リバイバルプラン」計画[59][60] の下、東京都武蔵村山市にあった日産自動車村山工場などの生産拠点の閉鎖[61] や子会社の統廃合[56][62]、航空宇宙機など余剰資産の売却[63] や21,000人(総従業員の14%)を目標とした早期退職制度による人員の削減など大幅なリストラを行った[64]。同時に新車種の投入、インテリア・エクステリアデザインの刷新やブランドイメージの一新などの計画を次々に敢行[65][66]。また社内の公式言語を日本語から英語に変更し[67][29]、初めてのキー・グローバル戦略会議は[68]、ヨーロッパや北米の幹部も出席して開催された。日本の商慣習にとらわれない過激な手法に、米ウォールストリートジャーナル紙が「公共の怒りの対象となる」とのコメントを掲載するなど[69][70]、先行きを危惧する声も少なからずあったが、ゴーンは自らテレビコマーシャル出演し[10]、インタビューに応えるなど、積極的にメディアに登場[71]。残された日産社員および株主、関係者への配慮を見せ[72]、日産自動車株主総会を日本語で行うなど[73]、全ての利害関係者に向けて社内改革をアピールした。その結果、1998年には約2兆円あった有利子負債を[55]、2003年6月には全額返済(社債を発行して、銀行からの借入金を全部返済している)[74]。1999年度には1.4%であったマージンは2003年度には11.1%へと増加させる成果をあげ[75]、12%前後まで落ちた国内シェアを20%近くまで回復させた[76]

しかし同時に2002年にゴーン氏が打ち立てた3か年経営計画「日産180」[62](全世界での売上台数を100万台増加させ、8%の営業利益率を達成し、自動車関連の実質有利子負債をなくす)における販売台数目標達成のために、計画終了(2005年9月30日)前に集中して新型車投入を行ったことによる、計画終了以降の国内販売台数の深刻な低迷や、「ゴーン以前」に入社した居残り組と、「ゴーン後」に入社した中途採用組の社内闘争など、深刻な問題を残したままの親会社への復帰に疑問の声も上がっている。

2005年5月には、ルノーの取締役会長兼CEO(PDG)にも選ばれ[77]、これによりゴーンはルノーと日産というフォーチュン・グローバル500にリストされる2社を同時に率いる世界で初めてのリーダーとなった[78]。また、ゴーンは両社の株式持ち合いと同等所有権を含む戦略的パートナーシップを統括するルノー・日産アライアンスの社長兼最高経営責任者(CEO)をも兼務している。2010〜2014年の間、ルノー・日産アライアンス(AvtoVAZを含めた)は、全世界自動車市場の約10%のシェアを維持し続けている[1][79][80][2]。2014年の時点でアライアンスは世界第4位の自動車グループとなった[81][2]

2006年以降、関連会社の日産と歩調をあわせるようにルノーの業績も悪化していることもあり、ルノーの取締役会長兼CEO (PDG) になった後の2006年2月には、日産に対するリストラのような従業員の解雇を行わずに、2009年の販売台数を2005年の約250万台から80万台多い330万台とし、2009年の売上高に対する営業利益率を6%にするという内容の中期経営計画「ルノー・コミットメント2009」を発表した[82]

本牧埠頭を視察するゴーン社長 (2011年07月)

2011年3月11日、歴史に類をみない大規模自然災害となった東日本大震災が発生した。ゴーンは地震と津波による被害の復旧支援活動を率先して行う[83][84] に留まらず、震災による打撃とともに、福島第一原子力発電所の放射性物質漏れ事故の影響下にあった福島いわきエンジン工場の操業回復をいち早く決定[85][86]。再構築を推進、奨励する為、自ら頻繁にテレビ番組などに登場した[87][88][89][90]。さらに、2011年5月にゴーンは、最低100万台の日本国内での自動車およびトラック生産をコミット[91][92]

2012年6月に、OAO AvtoVAZの取締役会の副会長に選ばれ[93][94]、翌2013年6月には会長に任命された[95][96] ルノーは、2008年に、会社の25%の株式を取得した後、OAO AvtoVAZ との戦略的パートナーシップを始めていた[97] さらに、極度の経営不振の状態にあった日産自動車を立て直したということで、他社の社外取締役に招聘されている[98]

2013年6月に、彼はロシアの会社アフトワズの会長に任命されました。彼は2016年6月までこの位置を保持しました[99][100]

アドバイザー関連[編集]

2015年までは ブラジルの銀行バンコ・イタウの国際諮問委員を務めた[101][102]、北京の清華大学の国際諮問委員[103][104]ベイルートのアメリカン大[105]セント・ジョセフ大学の戦略会議メンバーを務めている[104] 2014年5月に、彼は欧州自動車工業会の会長に選出されました。彼は 世界経済フォーラムの知事としての役割を果たす[106]

パーソナリティ[編集]

2006年度のチャンピオンマシンのルノーR26
本牧埠頭を視察するゴーン社長 (2011年07月)

経営陣のトップであるが自らハンドルを握って運転する事を好む。この事は彼が立場を越えてルノーや日産自動車の車種に限定されず、自動車の運転に好意的な事を示した過去の報道からも明らかである。この事は、ゴーン体制下の日産自動車が、2002年の排ガス規制で生産終了が決定していたスカイラインGT-Rの後継車種である日産・GT-Rや、フェアレディZを復活させた大きな要因である(両車ともゴーン自らゴーサインを出し、自ら発表している)。『日経スペシャル カンブリア宮殿』に出演した際に、「ハンドルを握って5分も運転すれば、どんな嫌なことも吹き飛ぶ。車以外にこんな製品がありますか?」と言っている。

しかしながら、日産自動車のセドリック/グロリアサニーといった伝統的な車名を次々に廃止したことに対しては、ゴーン自身は車名が体現する伝統の大事さを訴え、販売部署が望んだブランド名変更に最後まで反対だったという[107]。また、日産が長年参戦してきたル・マン24時間レースからの完全撤退など、モータースポーツに関しては比較的否定的な立場であり、ルノーF1チームが2005年2006年の2年連続で世界チャンピオンに輝いたにもかかわらず、同チームの継続的な参戦にはブランドイメージ形成や予算の面から懐疑的だと伝えられている。ただしF1チームの中では予算が少ないと言われているルノーでも、年間予算は100億円を優に超える(ただし、SUPER GTに関しては例外中の例外であり、近年ではGT-RによるFIA GT選手権への参戦も果たしている)。

また、就任1年目の1999年夏に第70回都市対抗野球を視察に訪れた際、スタンドの応援団と観客の盛り上がりに感銘を受け、その直後に記者会見を開いて当時存廃問題が取りざたされていた野球部の存続を明言し、「都市対抗野球こそが日本の企業文化の象徴である」とまで公言した。しかしながら、2009年には金融危機による不況により、日産はゴーン体制初の営業赤字に転落し、その対策として、グローバル人員を2万人削減すると同時に、野球部を含む運動部の休止が発表された。

出典[編集]

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参考文献[編集]

  • 「カルロス・ゴーン 経営を語る」(日本経済新聞社)
  • 「カルロス・ゴーンの『答えは会社のなかにある』」(あさ出版)
  • 「ルネッサンス ― 再生への挑戦」(ダイヤモンド社)
  • 「ゴーン神話はこうして作られた」(ぱる出版)遠藤 徹(著)
  • 「カルロス・ゴーンが語る5つの革命」(講談社)長谷川洋三(著)
  • 「ゴーン・テキストービジネスの教科書」(文藝春秋)カルロス・ゴーン、

関連項目[編集]

外部リンク[編集]