デュポン

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デュポン
E. I. du Pont de Nemours and Company
DuPont.svg
略称 デュポン
本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
デラウェア州ウィルミントン
設立 1802年
業種 化学
事業内容 化学製品製造販売
代表者 エドワード・D・ブリーン会長CEO
資本金 8,593 Million US$
(2011年12月31日時点)[1]
発行済株式総数 926 Million 株
(2011年12月31日時点)[2]
売上高 連結:35.734 Billion US$
(2013年)[3]
営業利益 連結:3.489 Billion US$
(2013年)[3]
純利益 連結:4.862 Billion US$
(2013年)[3]
総資産 連結:51.499 Billion US$
(2013年)[3]
従業員数 64,000人
(2013年)[3]
決算期 12月末日
関係する人物 エルテール・イレネー・デュポン
外部リンク dupont.com
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デュポンDu Pont)は、アメリカ合衆国化学会社。規模は世界第9位・アメリカで第3位(世界最大はBASF)。[4] 石油会社を除けば時価総額ベースでは世界で四番目に大きい化学会社である。なおアメリカ国内では英語読みで「デュポント」と発音される。

正式社名はE. I. du Pont de Nemours and Company(イー・アイ・デュポン・ド・ヌムール・アンド・カンパニー)で、本社はデラウェア州ウィルミントン市に存在する。

創業は1802年資本金は111億3600万USドル。創業者はフランス出身のユグノーエミグレフランス革命後に国外へ逃亡した人々)であるエルテール・イレネー・デュポン(1771年 - 1834年)。メロン財閥ロックフェラー財閥と並ぶアメリカの三大財閥と称されることもある。

Safety(安全)、Health(健康)、Environment(環境)、Ethics(企業倫理)を企業理念としている。

沿革[編集]

火薬を製造していた当時の運搬車。右方に小さな赤文字で「SAFETY FIRST」(安全第一)と書かれている。

エルテールの祖父はユグノーの時計職人で、父は経済学者で政府の官僚にもなったピエール・サムエル・デュポン・ド・ヌムール(Pierre Samuel du Pont de Nemours)であった。フランス革命を避けて、1799年に一家でアメリカに移住したエルテールは、アントワーヌ・ラヴォアジエに師事し化学知識があり、黒色火薬工場としてデュポン社を設立した。当時アメリカで生産されていた黒色火薬はきわめて粗悪であったため、ビジネスは成功した。徹底的な品質管理と安全対策、そして高品質によりアメリカ政府の信頼を勝ち取り、南北戦争で巨利をあげた。やがて20世紀に入りダイナマイト無煙火薬などを製造するようになった。第一次世界大戦第二次世界大戦では火薬や爆弾を供給したほか、マンハッタン計画に参加しワシントン州ハンフォード・サイト、テネシー州のオークリッジ国立研究所ウラニウムの分離・精製やプルトニウムを製造するなどアメリカの戦争を支えた。

デュポン家からは、海軍軍人サミュエル・デュポンらが輩出した。またデュポン家は草創期の自動車産業に着目し、1914年にはピエール・デュポン1908年に創業したゼネラルモーターズ(GM)に出資した。後に彼は社長に就任し、彼の指揮とデュポン社の支援の下、ゼネラルモーターズは全米一の自動車会社へと成長した。また、GM支援とは別に、1919年から1931年にかけては、自社での自動車製作もおこなった。エンジンは主にコンチネンタル社製を使用した。デュポン社とGM社のこの関係は、1957年に反トラスト法によってデュポン社がGM株を放出するまで続いた。

1920年代以降は化学分野に力を注ぎ、1928年には重合体(ポリマー)の研究のためにウォーレス・カロザースを雇い、彼のもとで合成ゴムナイロンなどが発明された。さらにテフロンなどの合成繊維合成樹脂農薬塗料なども研究・開発し取り扱うようになった。一方、第一次世界大戦の賠償として接収ずみのデグサNYを1930年から2年ほどかけて買収した。

2世紀にわたる歴史の中で絶えずM&Aを通じて事業を再編し続けていることでも知られ、前述のGM株保有の他、大手石油会社のコノコ社を傘下に入れていた時期もある(1999年に売却、コノコはその後フィリップス石油と合併し現在のコノコフィリップスに)。近年はナイロン事業や医薬品事業などを売却する一方、農業科学・栄養健康・産業用バイオサイエンスなどの高成長分野に注力しており、モンサント社・シンジェンタ社と並ぶ大手種子会社としての顔を持っている。

2015年12月11日、ダウ・ケミカル社との対等合併を発表。売上高ベースで900億ドル、時価総額ベースで1300億ドル規模の世界最大の化学会社が誕生することとなった。[5]統合新会社の社名はDowDuPont「ダウ・デュポン」となり、統合後農業関連会社、素材科学会社、特殊化学品会社の三つの会社に分割される予定である。[6]2017年9月、合併が完了した。[7]

明暗[編集]

デュポン社は化学製品の開発を通じてアポロ計画の成功にも寄与し、その研究開発の熱心さや新素材開発への貢献は高く評価されている。

しかし環境問題ではデュポン社の製品が問題になったことがある。例えばテフロン製造に伴い使用されるペルフルオロオクタン酸(C-8)の健康への危険性(発がん性など)を隠して作業員などに健康被害を起こしたことで合衆国の環境保護庁(EPA)に訴訟を起こされた。また、ゼネラルモーターズとともにフロン類(クロロフルオロカーボン、CFC)の発明・製造を行い、長年にわたって市場シェアの多くを占めてきた。オゾン層破壊と温室効果が問題になった1980年代末になってデュポンはCFCの製造販売からの段階的退出を表明したが、1990年代半ばまで製造を続けていた。その後はハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)、ハイドロフルオロカーボン(HFC)などの代替フロン開発を進めCFCからの置き換えのリーダーシップをとっているが、HCFCやHFCにも高い温室効果があることが問題視されている。

主な商標[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Dupont>Corporate>Investor Relations>Publications>2011 DuPont Data Book>9Page>Consolidated Balance Sheets>Total DuPont stockholders equity
  2. ^ Dupont>Corporate>Investor Relations>Publications>2011 DuPont Data Book>4Page>Corporate Highlights>Shares outstanding – year-end(millions)
  3. ^ a b c d e 2013 Form 10-K, E.I. du Pont de Nemours and Company”. United States Securities and Exchange Commission. 2015年1月16日閲覧。
  4. ^ “Global Top 50 Chemical Companiesl”. http://cen.acs.org/articles/93/i30/Global-Top-50.html 2015年1月16日閲覧。 
  5. ^ “Dow and DuPont, two of America’s oldest giants, to merge in jaw-dropping megadeal”. Washington Post. (2015年12月11日). https://www.washingtonpost.com/news/business/wp/2015/12/11/dow-and-dupont-two-of-americas-oldest-giants-to-merge-in-job-dropping-megadeal/?hpid=hp_hp-top-table-main_dupont_dow_800am%3Ahomepage%2Fstory 2015年12月11日閲覧。 
  6. ^ “デュポンおよびダウ、対等な経営統合を発表”. http://www.dupont.co.jp/corporate-functions/media/press-releases/newsrelease-20151214.html 2016年1月16日閲覧。 
  7. ^ Dow Chemical and DuPont Have Completed a $130 Billion Merger” (英語). フォーチュン (2017年9月1日). 2017年9月4日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]