ピエール・ガスリー

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ピエール・ガスリー
Pierre Gasly 2017 Malaysia.jpg
基本情報
略称表記 GAS
国籍 フランスの旗 フランス
出身地 同・ルーアン
生年月日 (1996-02-07) 1996年2月7日(22歳)
F1での経歴
活動時期 2017-
所属チーム トロ・ロッソ '17-
車番 10
出走回数 20
タイトル 0
優勝回数 0
表彰台(3位以内)回数 0
通算獲得ポイント 28
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
初戦 2017年マレーシアGP
2017年順位 21位 (0ポイント)
(記録は2018年第15戦シンガポールGP終了時)
テンプレートを表示

ピエール・ガスリーPierre Gasly, 1996年2月7日 - )は、フランス出身のレーシングドライバー。2016年のGP2チャンピオン。2017年はスーパーフォーミュラに参戦。同年、マレーシアGPでF1デビューを果たした。

経歴[編集]

カート[編集]

9歳からカート競技に出場し、2006年の「フランス・チャンピオンシップ - ミニム」クラスを総合15位で終え、翌年は同選手権の順位を6位まで上げる。2008年には、「フランス・チャンピオンシップ - カデット」クラスで総合4位となる。2009年からはKF3KF3)カテゴリーへ移行し、ワールドカップ3位が認められ、フランスモータースポーツ連盟 (FFSA) のエリートアカデミーに選ばれる。2010年の「CIK-FIA ヨーロッパ・チャンピオンシップ」では総合2位を獲得した。

フォーミュラ・ルノー[編集]

モーターランド・アラゴンでのガスリー (2014年)

2011年、ガスリーはカートでの活動を終えシングルシーターデビューを果たす。最初はフランス・F4選手権へエントリーした。第3戦・レース1で初の表彰台を獲得すると、シーズン終盤には3連勝を決める走りを見せる。初参戦ながらも総合3位に入り、その実力を示した。

翌年は、R-エース GPから「ユーロカップ・フォーミュラ・ルノー 2.0」と「フォーミュラ・ルノー 2.0 NEC」へそれぞれ参戦した。ユーロカップでは第2戦スパ・フランコルシャンでのレース1、第3戦ニュルブルクリンクのレース2とそれぞれ3位表彰台を獲得し総合10位となる。一方のNECでは、7レースに出走し78ポイントを獲得し総合23位で終える。

2013年シーズンからは、新たにテック1・レーシング英語版へ移籍。2年目のユーロカップでは昨年を大きく上回る走りをすることになる。僅か1回のリタイアを除く全戦でポイントを獲得し、3回の優勝を決めたレースではすべてポールトゥウィンを果たす活躍を見せた。195ポイントと大量点を稼ぎ出し、初の年間タイトルに輝く。

ガスリーは2014年からレッドブル・ジュニアチームのメンバーに加わり、アーデンArden)から「フォーミュラ・ルノー 3.5 シリーズ」への参戦を開始した。優勝はならなかったが表彰台圏内のフィニッシュを8回達成し、カルロス・サインツJr.に次ぐ総合2位の座を得た。

GP2シリーズ[編集]

2014年の第9戦イタリアラウンドから途中参戦という形で、GP2シリーズへ出場する。トム・ディルマン英語版に代わりケータハム・レーシングからの出走となった。最高位は第10戦ロシアラウンドのレース1・2で記録した11位でポイント獲得はならなかった[1]。ポストシーズンとなる2015年1月ウィリアムズF1チームで開発ドライバーを務めるアレックス・リンと共に、フランスのチームであるDAMSからレースドライバーとしての加入が決まる[2]。フルシーズンを戦い4回の表彰台圏内でフィニッシュをするが、総合順位ではチームメイトを上回ることが出来ず全体の8位で終える[3]

2016年は再びチームを変えてプレマ・パワーチームから3度目のシーズンに挑んだ。チームメイトは昨年マスターズF3でタイトルを獲得し、初参戦となるアントニオ・ジョヴィナッツィ。開幕戦から2連続表彰台、第9戦シルバーストンではレース前の自動車事故で母親が大怪我をし、自分も椎骨を骨折しながら初勝利を挙げた[4]。その後も常にトップ争いをする走りを見せたが、ホッケンハイムのフィーチャーレースでは車検不合格で失格[5]モンツァのフィーチャーレースではトップ独走からピットインした直後にクラッシュが発生し、セーフティカーが誤ってラップリーダーのラファエル・マルチェロではなくガスリーの前に出てしまうという珍事に巻き込まれ勝利を逃した[6]。しかし、その後もコンスタントに上位フィニッシュを重ねていき、最終戦アブダビのフィーチャーレースではポールトゥウィンを決めてポイントリーダーに躍り出る。スプリントレースでも危なげない走りでフィニッシュし、2016年のGP2シリーズチャンピオンを獲得した。

スーパーフォーミュラ/フォーミュラE[編集]

2017年はF1のトロ・ロッソへの昇格が確実と見られていたが、ダニール・クビアトの契約延長により断念[7]。結果、2015年のGP2王者ストフェル・バンドーンと同じく、日本のスーパーフォーミュラ(SF)へ参戦した。ホンダエンジンユーザーのチーム無限に所属し、ガスリー車のみレッドブルカラー仕様とされる[8]

第4戦もてぎでSF初勝利を挙げると、第5戦オートポリスでは上位勢唯一のソフトタイヤスタートが成功して連勝[9]。最終戦鈴鹿を残し、ランキング首位の石浦宏明から0.5ポイント差につけた。この頃、すでにF1への参戦を始めており、同日に開催されるアメリカGPのどちらに参戦するか注目されたが、最終的にSFのチャンピオンを目指すことを選択した。決勝当日は台風21号の影響で中止が予想されたため、ガスリーは予選PPの1ポイント獲得を狙ってアタックしたが1コーナーでスピン[10]。結局レースは中止となり、惜しくもルーキーチャンピオンという快挙を逃したが、ルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。

また、2017年7月にはFIA 世界耐久選手権 (WEC) に出場するセバスチャン・ブエミの代役としてフォーミュラEニューヨーク大会2連戦にスポット参戦。e.DAMSのルノーZ.E.16をドライブし、2レース目 (Rd.10) では4位に入賞した。

F1[編集]

2015年9月、レッドブル・レーシングよりリザーブドライバーとして契約したことを発表する[11]。2016年も引き続き同職に携わる[12]

2017年9月26日、トロ・ロッソはマレーシアGP日本GPでレギュラードライバーのダニール・クビアトの代わりにガスリーの起用を発表。カーナンバーは「10」を選択した。これは2014年まで小林可夢偉がつけていた番号で、他のドライバーが着けていた番号を別のドライバーが使用した初めてのケースとなった[13]。ポイント獲得はならなかったが、出走した5戦すべてで完走を果たした。前述のとおり、日程が重なるスーパーフォーミュラ最終戦とアメリカGPのどちらに参戦するか注目されていたが、ガスリーはスーパーフォーミュラに参戦し、アメリカGPにはブレンドン・ハートレイの起用が発表された[14]

そして2018年はパワーユニット(以下PU)をルノーからホンダに変更したトロ・ロッソよりフル参戦を果たす。シーズン前半は、第2戦バーレーンGPでは予選6位を獲得。決勝でもトップ3チームのうちのレッドブルの2台、フェラーリの1台が姿を消すレース展開となった中、ライバルの追い上げを凌ぎ4位入賞し自身初ポイントを獲得。またこれは、新生トロ・ロッソホンダの初ポイントであり、ホンダ第4期F1活動における最高順位(これまではマクラーレンのフェルナンド・アロンソの5位)を更新するものでもあった。 だが、開幕戦オーストラリアGPはパワーユニットのトラブルによるリタイアを除き、苦難の日々を送ることとなった。第3戦と第4戦はセッティングの失敗や決勝での接触により、Q1敗退かつ下位でゴール。第5戦はセッティングが上手くいきQ2進出を果たしたが、ハースのグロージャンのスピンに巻き込まれリタイアとなってしまった。だが、前述の問題点を把握し対処した第6戦では予選10位を獲得し、ピット戦略も成功して7位入賞を果たした。ところが、第7戦から入賞のチャンスはあったものの、ハートレイとそろってトラブルに遭遇するようになってしまい、決勝も伸び悩んだ。だが、第12戦では2台でQ3進出を果たし、自身は6位入賞かつトップとの同一周回でフィニッシュを果たした。シーズン前半は自身がQ3進出を果たしたGPにおいて入賞を飾ることとなった。これらの著しい戦績を元に、ダニエル・リカルドの後任として2019年シーズンからレッドブルへ昇格することが決まっている[15]

エピソード[編集]

  • 5人兄弟の末っ子に生まれ、父親や兄たちもモータースポーツ愛好者[16]。家庭が経済的に苦しい時もあったが、ガスリーは成績を残すことでスポンサーやスカラシップの支援を得てレースキャリアを築いてきた[17]。自分がF1に参戦することで、資金力が全てではないということを若手ドライバーたちに示せたと語っている[18]
  • 同郷のエステバン・オコンは家族ぐるみの友人。ガスリーは幼少期にサッカーをしていたが、オコンの父親から「エステバンのゴーカートに乗ってみないか?」と誘われたことがモータースポーツを始めるきっかけになった[19]。また、テニスのウインブルドン選手権をガスリーが観戦した日に偶然来ていたオコンに出くわしたこともある(オコンはこの時のことを『(同じフランス人だから)考えてる事は一緒だね』と語っている)。ジュール・ビアンキはFFSAアカデミー時代から尊敬していた友人だった[20]
  • F1で固定カーナンバーに選んだ「10番」は、フォーミュラ・ルノー2.0ユーロカップでチャンピオンを獲得した時の番号であり、サッカー少年時代のアイドルだったジネディーヌ・ジダンへのオマージュでもある[16]

レース戦績[編集]

略歴[編集]

シリーズ 所属チーム レース 勝利 PP FL 表彰台 ポイント 順位
2011 フランス・F4選手権 オートスポーツ・アカデミー 14 4 2 1 7 104 3位
2012 ユーロカップ・フォーミュラ・ルノー2.0 R-エース GP 14 0 1 0 2 32 10位
フォーミュラ・ルノー2.0 NEC 7 0 0 0 1 78 23位
2013 ユーロカップ・フォーミュラ・ルノー2.0 テック1・レーシング 14 3 4 2 8 195 1位
フォーミュラ・ルノー2.0 アルプス 6 0 0 0 3 72 6位
パウ・フォーミュラ・ルノー2.0 トロフィー 1 0 0 0 0 N/A 7位
2014 フォーミュラ・ルノー3.5 シリーズ アーデン・モータースポーツ 17 0 1 3 8 192 2位
GP2シリーズ ケータハム・レーシング 6 0 0 0 0 0 29位
2015 フォーミュラ1 レッドブル・レーシング リザーブドライバー
GP2シリーズ DAMS 21 0 3 1 4 110 8位
2016 フォーミュラ1 レッドブル・レーシング リザーブドライバー
GP2シリーズ プレマ・レーシング 22 4 5 4 9 219 1位
2016-17 フォーミュラE ルノー・e.dams 2 0 0 0 0 18 16位
2017 フォーミュラ1 スクーデリア・トロ・ロッソ 5 0 0 0 0 0 21位
レッドブル・レーシング リザーブドライバー
スーパーフォーミュラ TEAM 無限 8 2 0 0 3 33 2位
2018 フォーミュラ1 レッドブル・トロ・ロッソ・ホンダ 15 0 0 0 0 28* 13位*
  • * : 今シーズンの順位。(現時点)

フォーミュラ・ルノー3.5 シリーズ[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 順位 ポイント
2014年 アーデン・モータースポーツ MNZ
1

3
MNZ
2

5
ALC
1

9
ALC
2

2
MON
1

7
SPA
1

2
SPA
2

4
MSC
1

18
MSC
2

2
NÜR
1

20
NÜR
2

8
HUN
1

2
HUN
2

3
LEC
1

2
LEC
2

2
JER
1

6
JER
2

4
2位 192

GP2シリーズ[編集]

エントラント 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 DC ポイント
2014年 ケータハム・レーシング BHR
FEA
BHR
SPR
CAT
FEA
CAT
SPR
MON
FEA
MON
SPR
RBR
FEA
RBR
SPR
SIL
FEA
SIL
SPR
HOC
FEA
HOC
SPR
HUN
FEA
HUN
SPR
SPA
FEA
SPA
SPR
MNZ
FEA

17
MNZ
SPR

Ret
SOC
FEA

11
SOC
SPR

11
YMC
FEA

21
YMC
SPR

18
29位 0
2015年 DAMS BHR
FEA

Ret
BHR
SPR

22
CAT
FEA

7
CAT
SPR

3
MON
FEA

14
MON
SPR

10
RBR
FEA

13
RBR
SPR

6
SIL
FEA

4
SIL
SPR

3
HUN
FEA

2
HUN
SPR

8
SPA
FEA

19
SPA
SPR

Ret
MNZ
FEA

Ret
MNZ
SPR

12
SOC
FEA

2
SOC
SPR

5
BHR
FEA

6
BHR
SPR

7
YMC
FEA

5
YMC
SPR

C
8位 110
2016年 プレマ・レーシング CAT
FEA

3
CAT
SPR

2
MON
FEA

15
MON
SPR

13
BAK
FEA

Ret
BAK
SPR

2
RBR
FEA

Ret
RBR
SPR

7
SIL
FEA

1
SIL
SPR

7
HUN
FEA

1
HUN
SPR

7
HOC
FEA

DSQ
HOC
SPR

6
SPA
FEA

1
SPA
SPR

4
MNZ
FEA

4
MNZ
SPR

2
SEP
FEA

11
SEP
SPR

3
YMC
FEA

1
YMC
SPR

9
1位 219

スーパーフォーミュラ[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 DC ポイント
2017年 チーム・無限 SUZ
10
OKA
19
OKA
7
FUJ
5
MOT
1
AUT
1
SUG
2
SUZ
C
SUZ
C
2位 33

(key)

フォーミュラE[編集]

チーム 車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 順位 ポイント
2016-17年 ルノー・e.DAMS スパーク-ルノー・Z.E 16 HKG MAR BNA MEX MON PAR BER BER NYC
7
NYC
4
MTR MTR 16位 18

(key)

F1[編集]

エントラント  シャシー エンジン  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 WDC ポイント
2017年 トロ・ロッソ STR12 ルノー R.E.17 1.6 V6 t AUS CHN BHR RUS ESP MON CAN AZE AUT GBR HUN BEL ITA SIN MAL
14
JPN
13
USA MEX
13
BRA
12
ABU
16
21位 0
2018年 STR13 ホンダ RA618H 1.6 V6 t AUS
Ret
BHR
4
CHN
18
AZE
12
ESP
Ret
MON
7
CAN
11
FRA
Ret
AUT
11
GBR
13
GER
14
HUN
6
BEL
9
ITA
14
SIN
13
RUS
-
JPN
-
USA
-
MEX
-
BRA
-
ABU
-
13位* 28*

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ DRIVER STANDINGS 2014”. GP2 SERIES™. 2016年8月24日閲覧。
  2. ^ レッドブル、ジュニアチームのドライバー2名をGP2に投入”. F1-Gate.com (2015年1月9日). 2016年8月23日閲覧。
  3. ^ DRIVER STANDINGS 2015”. GP2 SERIES™. 2016年8月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月24日閲覧。
  4. ^ “【ガスリーInterview2回目】苦労の連続だったGP2タイトル獲得と、心の葛藤”. AUTOSPORT.web. (2017年2月21日). https://www.as-web.jp/super-formula/92283?all 2018年5月23日閲覧。 
  5. ^ HOCKENHEIM POST FEATURE RACE PENALTY”. GP2 SERIES™. 2016年11月27日閲覧。
  6. ^ GIOVINAZZI WINS CHAOTIC MONZA FEATURE RACE”. GP2 SERIES™. 2016年11月27日閲覧。
  7. ^ “F1 Topic:クビアト残留によりトロロッソ昇格の道を閉ざされたガスリーの来季は”. AUTOSPORT.web. (2016年10月29日). http://www.as-web.jp/f1/60993?all 2017年4月25日閲覧。 
  8. ^ “【スーパーフォーミュラ】ガスリー加入の無限、2台別カラーに”. Motorsport.com. (2017年2月13日). https://jp.motorsport.com/super-formula/news/%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%A9-%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%8A%A0%E5%85%A5%E3%81%AE%E7%84%A1%E9%99%90-2%E5%8F%B0%E5%88%A5%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%81%AB-873316/ 2017年4月5日閲覧。 
  9. ^ スーパーフォーミュラ2連勝のガスリー。もしF1でもホンダPUに乗ることになれば……「それはナイスなことだね」 - AUTOSPORT.web(2017年9月12日)2018年5月23日閲覧
  10. ^ “0.5ポイント差の攻防、SFチャンピオン決まる! ~スーパーフォーミュラ最終戦~”. GAZOO.com. (2017年10月23日). https://gazoo.com/article/oneesan/171023.html 2018年5月23日閲覧。 
  11. ^ ピエール・ガスリー、レッドブルのリザーブドライバーに就任”. F1-Gate.com (2015年9月28日). 2016年8月23日閲覧。
  12. ^ ピエール・ガスリー、レッドブルのリザーブドライバーを継続”. F1-Gate.com (2016年1月26日). 2016年8月23日閲覧。
  13. ^ ピエール・ガスリー、小林可夢偉が着けていた“カーナンバー10”を選択”. F1-Gate.com (2017年9月27日). 2017年10月1日閲覧。
  14. ^ トロロッソ、アメリカGPでのハートレー起用を正式発表。ガスリーはSF王座賭け鈴鹿へ - AUTOSPORT.web(2017年10月14日)
  15. ^ “レッドブル、リカルドの後任にガスリーを指名”. ja.espnf1.com. (2018年8月21日). http://ja.espnf1.com/redbull/motorsport/story/248037.html 2018年8月21日閲覧。 
  16. ^ a b “【あなたは何しに?】F1デビューを果たしたピエール・ガスリーに両親も応援団を引き連れ大はりきり”. AUTOSPORT.web. (2017年10月5日). http://www.as-web.jp/f1/166904?all 2018年5月23日閲覧。 
  17. ^ 新タブロイド紙「STAGE」特別インタビュー ピエール・ガスリー編_part1 - SUPER FORMULA(2017年5月10日)2018年5月23日閲覧
  18. ^ “ガスリー「F1参戦は"資金力が全て"ではないと示すことができた」”. motorsport.com. (2018年1月8日). https://jp.motorsport.com/f1/news/%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%BC-f1%E5%8F%82%E6%88%A6%E3%81%AF%E8%B3%87%E9%87%91%E5%8A%9B%E3%81%8C%E5%85%A8%E3%81%A6%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%92%E8%8B%A5%E6%89%8B%E3%81%AB%E7%A4%BA%E3%81%99%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%9F-993570/ 2018年5月23日閲覧。 
  19. ^ “F1 Topic:レースの世界は非情……フランスGPのクラッシュでガスリーとオコンの友情にヒビ”. AUTOSPORT.web. (2018年6月29日). http://www.as-web.jp/f1/384474?all 2018年6月29日閲覧。 
  20. ^ “【ガスリーInterview3回目】仏、レッドブルの育成プログラムの内情、アレジとの師弟関係”. AUTOSPORT.web. (2017年2月24日). https://www.as-web.jp/super-formula/93420/3 2018年5月23日閲覧。 

外部リンク[編集]