ダヴィデ・ヴァルセッキ

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Davide Valsecchi 2011 Malaysia FP1 2.jpg

ダヴィデ・ヴァルセッキ :Davide Valsecchi 1987年1月27日 - )イタリア人レーシングドライバー

初期の経歴[編集]

ヴァルセッチは4歳の頃よりレーシングカートを経験している。切っ掛けは父の友人に元F1メカニックが居たことが接点となり、父の友人がヴァルセッチにカートをプレゼントした事が始まりであった。その後、国内のカートレースで腕を鍛えた。

エプシロン・ユースカディのマシンを駆るヴァルセッチ。(※:写真は2007年ドニントン・パークにて)

フォーミュラ・ルノー[編集]

2003年よりフォーミュラ・ルノーへ参戦を開始した。当初はイタリア国内でのイタリア・フォーミュラ・ルノー2.0から始めたが、その後ユーロカップ・フォーミュラ・ルノーにステップアップ。2005年は初のポールポジションを獲得し、年間獲得ポイント107点を記録するなど成長が認められ、2006年よりフォーミュラ・ルノー3.5にステップアップしエプシロン・ユースカディに在籍。2007年に念願の初勝利を獲得した。

F3[編集]

フォーミュラ・ルノーと並行して2003年よりF3にも参戦している。2003年に1戦、2004年に2戦をイタリアF3で戦ったがポイント獲得には至らなかった。2005年に同カテゴリより3戦参加し、1度の表彰台を獲得し35ポイントのランキング7位となった。又、2005年はドイツF3にも2戦参加している。

その他[編集]

2005年にインターナショナル・フォーミュラ・マスター(当時の名称は3000 Pro Series)にスポット参戦をしている。最終戦のモンツァ・サーキットで6位入賞を果たした。その他に2006年のル・マン・シリーズにも参戦している。LMP2クラスで3戦参加し6ポイントを獲得した。

GP2[編集]

ヴァルセッチがGP2に移籍した当初に在籍したチーム「デュランゴ」のマシン。(※:写真は2008年シルバーストンにて)

2008年のGP2アジアシリーズよりGP2へのステップアップを果たした。GP2初年度に在籍したチームはデュランゴで、チームメイトのアルベルト・ヴァレリオと共にチーム体制を一新しての参戦であった。6度の入賞を果たし17ポイントを獲得しランキング8位。しかし、2008年のGP2シリーズにて第1戦カタロニア・サーキットでは5位入賞を果たしたものの、続く第2戦イスタンブール・パークでは280km/hの速度で大クラッシュを喫してしまう。幸いに重傷は免れたものの、軽い脊髄損傷脳震盪を受けた為に6戦の欠場を余儀なくされた[1]。その後3回の入賞を経て最終戦のモンツァでGP2初勝利を飾った。11ポイントでランキング15位。尚、チームメイトのヴァレリオはノーポイントで終わった。

エイドリアン・ザッグをパスするヴァルセッチ。(※:写真は2010年スパ・フランコルシャンにて)

ヴァルセッチは2009年もデュランゴに残留し、2008年から2009年のGP2アジアシリーズでは第1戦上海インターナショナルサーキットで優勝。その他に表彰台3回を獲得し、チャンピオンシップ争いにも食い下がったが34ポイントでランキング4位。2009年のGP2シリーズでは精彩を欠き、3位表彰台を含む2度の入賞のみでシリーズ6戦まで在籍したデュランゴを去った。7戦から最終戦をアダックスチームから参戦し7位入賞を1回。12ポイントでランキング17位。

2009年から2010年のGP2アジアシリーズより、iスポーツ・インターナショナルから参戦する。このシリーズでのヴァルセッチは圧勝で優勝3回、2位表彰台3回、4位1回の56ポイントを獲得し、2位のルカ・フィリッピに27ポイントもの大差をつけてシリーズチャンピオンに輝いた。2010年のGP2メインシリーズでは、チームメイトのオリバー・ターベイに遅れはとったものの、GP2メインシリーズでは初のポールポジションを獲得。又、最終戦で優勝を果たすなど印象的なパフォーマンスを見せた。

F1[編集]

2010年若手合同テストの2日目にHRTに起用され[2]出走した。新興チームの中では最も速い 1:43.013 というタイムを記録した。これは同チームのブルーノ・セナの予選タイム 1:45.085 よりも2秒以上速いタイムであった[3]。この事から、ヒスパニアはヴァルセッチに好感を持ったといわれ[4]交渉も行われたようだが[5]実際にHRTのシートに乗ることはなかった。

2011年はGP2で契約したチーム・エアアジアのシニアチームとなるロータス(現ケータハム)でシーズン前のテストに半日参加[6]後、テスト兼リザーブドライバーとして契約することが発表された[7]。マレーシアGPのフリー走行1回目のみ出走した。

2013年ロータス(元ロータス・ルノーGP)のサードドライバーとして契約した[8]。プレシーズンテストではテストを担当する予定のキミ・ライコネンが体調不良になったため、もう一人のレギュラードライバーのロマン・グロージャンがサーキットに着くまでの午前中のみ、急遽テスト走行を行った[9][10]。7月に行われた若手ドライバーテストでは2日目のテスト走行を担当している[11]。 レギュラードライバーのキミ・ライコネンが背中の手術・療養のために第18戦アメリカGP最終戦ブラジルGPを欠場[12]することになりF1デビューのチャンスが回ってくるかと思われたが、実際にはF1ドライバーとしての経験があり2013年シーズンのフリー走行も走っているケータハムのテストドライバーであるヘイキ・コバライネンが代役に選ばれた[13]。自身がチームとサードドライバーとして契約しているのにも関わらず、現役ドライバーでも元チャンピオンでもないコバライネンが代役として選ばれた事に憤慨した[14]。ただし当時のロータスはコンストラクターズ順位争いの最中であり、チームの命運を経験のないヴァルセッチに託すリスクは負えなかったという背景がある。

レース戦績[編集]

GP2[編集]

エントラント 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 DC ポイント
2008年 デュランゴ ESP
FEA

10
ESP
SPR

5
TUR
FEA

DNS
TUR
SPR

MON
FEA

MON
SPR

FRA
FEA

FRA
SPR

GBR
FEA

19
GBR
SPR

6
GER
FEA

Ret
GER
SPR

14
HUN
FEA

Ret
HUN
SPR

13
EUR
FEA

Ret
EUR
SPR

7
BEL
FEA

Ret
BEL
SPR

6
ITA
FEA

8
ITA
SPR

1
15位 11
2009年 デュランゴ ESP
FEA

Ret
ESP
SPR

16
MON
FEA

15
MON
SPR

18
TUR
FEA

3
TUR
SPR

Ret
GBR
FEA

10
GBR
SPR

14
GER
FEA

13
GER
SPR

10
HUN
FEA

5
HUN
SPR

9
17位 12
バルワ・アダックス・カンポスチーム EUR
FEA

10
EUR
SPR

Ret
BEL
FEA

Ret
BEL
SPR

8
ITA
FEA

14
ITA
SPR

9
POR
FEA

7
POR
SPR

14
2010年 iスポーツ・インターナショナル ESP
FEA

10
ESP
SPR

11
MON
FEA

Ret
MON
SPR

16
TUR
FEA

2
TUR
SPR

4
EUR
FEA

10
EUR
SPR

6
GBR
FEA

7
GBR
SPR

6
GER
FEA

17
GER
SPR

18
HUN
FEA

9
HUN
SPR

3
BEL
FEA

18
BEL
SPR

8
ITA
FEA

9
ITA
SPR

16
ABU
FEA

5
ABU
SPR

1
8位 31
2011年 ケータハム・チーム・エア・アジア TUR
FEA

16
TUR
SPR

16
ESP
FEA

4
ESP
SPR

4
MON
FEA

1
MON
SPR

5
EUR
FEA

3
EUR
SPR

4
GBR
FEA

14
GBR
SPR

17
GER
FEA

13
GER
SPR

Ret
HUN
FEA

16
HUN
SPR

14
BEL
FEA

10
BEL
SPR

10
ITA
FEA

20
ITA
SPR

Ret
8位 30
2012年 DAMS MLS
FEA

2
MLS
SPR

Ret
BHR
FEA

1
BHR
SPR

1
ESP
FEA

4
ESP
SPR

3
MON
FEA

4
MON
SPR

Ret
EUR
FEA

18
EUR
SPR

10
GBR
FEA

7
GBR
SPR

2
GER
FEA

13
GER
SPR

7
HUN
FEA

2
HUN
SPR

4
BEL
FEA

3
BEL
SPR

Ret
ITA
FEA

6
ITA
SPR

1
SIN
FEA

4
SIN
SPR

5
1位 247

F1[編集]

チーム シャーシ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 WDC ポイント
2011年 ロータス T128 AUS MAL
TD
CHN TUR ESP MON CAN EUR GBR GER HUN BEL ITA SIN JPN KOR IND ABU BRA - -

脚注[編集]

  1. ^ “ヴァルセッチ シルバーストンでレースに復帰”. GPUpdate.net. (2008年7月3日). http://www.gpupdate.net/ja/gp2-news/192464/ 2011年1月30日閲覧。 
  2. ^ “ヒスパニア・レーシング、バルセッキとクラールを若手テストに起用”. F1 Gate.com. (2010年11月15日). http://f1-gate.com/hispania/f1_10021.html 2013年7月14日閲覧。 
  3. ^ “Ricciardo dominates rookie testing”. autosports.com. (2010年11月17日). http://www.autosport.com/news/report.php/id/88355 2013年7月14日閲覧。 
  4. ^ “ヒスパニア・レーシング、ダビデ・バルセッキの起用を望む?”. F1 Gate.com. (2010年11月18日). http://f1-gate.com/hispania/f1_10049.html 2013年7月14日閲覧。 
  5. ^ “ダビデ・バルセッキ、ヒスパニア・レーシングを訪問”. F1 Gate.com. (2010年12月3日). http://f1-gate.com/hrt/f1_10175.html 2013年7月14日閲覧。 
  6. ^ “ダビデ・バルセッキ 「素晴らしい経験だった」”. F1 Gate.com. (2011年3月9日). http://f1-gate.com/davide-valsecchi/f1_11027.html 2013年7月14日閲覧。 
  7. ^ “チーム・ロータス、3名のテスト&リザーブドライバーを発表”. F1 Gate.com. (2011年3月12日). http://f1-gate.com/caterham/f1_11053.html 2013年7月14日閲覧。 
  8. ^ “ロータス、ダビデ・バルセッキをサードドライバーに起用”. F1 Gate.com. (2013年1月29日). http://f1-gate.com/lotus/f1_17935.html 2013年7月14日閲覧。 
  9. ^ “キミ・ライコネン、体調不良でバルセロナテストを不参加”. F1 Gate.com. (2013年3月2日). http://f1-gate.com/raikkonen/f1_18410.html 2013年7月14日閲覧。 
  10. ^ “ダビデ・バルセッキ(ロータス):F1バルセロナテスト3日目”. F1 Gate.com. (2013年3月3日). http://f1-gate.com/davide-valsecchi/f1_18419.html 2013年7月14日閲覧。 
  11. ^ “ダビデ・バルセッキ 「新しいタイヤは少し遅い」 (ロータス)”. F1 Gate.com. (2013年7月19日). http://f1-gate.com/davide-valsecchi/f1_20184.html 2013年7月20日閲覧。 
  12. ^ “キミ・ライコネン、残りのシーズンを欠場”. F1-Gate.com. (2013年11月11日). http://f1-gate.com/raikkonen/f1_21579.html 2013年11月11日閲覧。 
  13. ^ “ロータス、ヘイキ・コバライネンをキミ・ライコネンの代役に起用”. F1-Gate.com. (2013年11月14日). http://f1-gate.com/lotus/f1_21631.html 2013年11月14日閲覧。 
  14. ^ “ダビデ・バルセッキ、ロータスの決定に怒り”. F1-Gate.com. (2013年11月16日). http://f1-gate.com/davide-valsecchi/f1_21669.html 2013年11月23日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]