ノバク・ジョコビッチ

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ノバク・ジョコビッチ Tennis pictogram.svg
Novak Djokovic CU.jpg
ノバク・ジョコビッチ
基本情報
ラテン文字名 Novak Đoković
愛称 ノーレ
国籍 セルビアの旗 セルビア
出身地 同・ベオグラード
居住地 モナコ・モンテカルロ
生年月日 1987年5月22日(28歳)
身長 188cm
体重 80kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2003年
ツアー通算 55勝
シングルス 54勝
ダブルス 1勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 優勝(2008・11-13・15)
全仏 準優勝(2012・14・15)
全英 優勝(2011・14・15)
全米 優勝(2011)
優勝回数 9(豪5・英3・米1)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 1回戦(2006・07)
全仏 1回戦(2006)
全英 2回戦(2006)
全米 1回戦(2006)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 1位(2011年7月4日)
ダブルス 114位(2009年11月30日)
獲得メダル
男子 テニス
オリンピック
2008 北京 シングルス
2015年7月12日現在

ノバク・ジョコビッチNovak Đoković, セルビア語: Sr Novak Djokovic.ogg Новак Ђоковић, 1987年5月22日 - )は、セルビアベオグラード出身の男子プロテニス選手。ATPランキング自己最高位はシングルス1位、ダブルス114位。ATPツアーでシングルス54勝、ダブルス1勝。身長188cm、体重80kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

グランドスラムは歴代単独8位の優勝9回。全豪オープンオープン化以降最多優勝・最多連覇の3連覇5回優勝。ワールドツアー・ファイナル優勝4回現在3連覇中。2011年にはオープン化以降男子6人目となる4大大会シングルス3冠達成。

世界ランキング1位在位記録歴代6位で2014年7月から現在まで1位に在位中。

セルビア人初の4大大会優勝者で2010年のデビスカップセルビア代表の優勝に貢献。ロジャー・フェデラーラファエル・ナダルアンディ・マレーと共にBIG4と称される。

ジョークや有名選手のモノマネといった、試合内外関わらずユーモラスなパフォーマンスを行うことでも知られ[1][2][3]、「ノーレ」(Nole)という愛称で呼ばれ親しまれている[4]。セルビア・モンテネグロの分離により、現在は「セルビア」国籍でエントリーしている。キリスト教セルビア正教会の信徒である。

選手経歴[編集]

キャリア初期[編集]

4歳からテニスを始める。ジョコビッチの父親は元プロスキー選手で、優れたサッカー選手でもあり、現在はセルビア国内(コパオニク(en))でピザクレープレストランを経営している。ノバクは12歳の時、ドイツミュンヘンにある「ニキ・ピリッチ・テニスアカデミー」に留学し、2年後セルビアに戻った。2003年に16歳でプロ入りし、2004年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップセルビア・モンテネグロ代表選手になる。2005年から4大大会に出場し始めたジョコビッチは、デビュー戦の全豪オープンでは1回戦でマラト・サフィンに完敗したが、ウィンブルドン全米オープンの2大会連続で3回戦に進出した。

2006年:ATP初タイトル獲得[編集]

2006年全仏オープンベスト8進出をきっかけに、ジョコビッチは急成長を始める。世界ランキング63位のノーシード選手だったジョコビッチは、2回戦でフェルナンド・ゴンサレス、3回戦でトミー・ハースといった強豪選手たちを破って勝ち進むと、準々決勝で昨年の同大会優勝者ラファエル・ナダルとの対戦中に腰を痛め、6-4, 6-4 と2セットを先取された後で途中棄権を余儀なくされた。この時は故国セルビア・モンテネグロの分離直前の時期で、ジョコビッチの国籍は「セルビア・モンテネグロ」と記載されている。

全仏オープンで8強進出の後、ジョコビッチはウィンブルドンでも2回戦でトミー・ロブレドを破り、第7シードのマリオ・アンチッチとの4回戦まで進出した。ウィンブルドンの終了直後、7月中旬に開かれたオランダ・アメルスフォールト大会の決勝でニコラス・マスーを破り、ツアー初優勝を達成。4大大会で初めてシード権(当時、第20シード)を得て挑んだ全米オープンでは3回戦で敗れたものの、10月初頭にフランス・メス大会でツアー2勝目を挙げた。

2007年:4大大会初の決勝進出・世界3位に[編集]

2007年に入り、ノバクは大躍進を果たす。マイアミ・マスターズ決勝で、フェデラーを下して勝ち上がって来たギリェルモ・カナスを破り、大規模トーナメント群であるATPマスターズシリーズ初優勝を達成。全仏オープンでは第6シードに選ばれ、初めて準決勝まで勝ち上がると、同大会で2連覇中だったラファエル・ナダルに 5-7, 4-6, 2-6 で敗れたものの、続く第4シードで挑んだウィンブルドンでは、雨天による大会進行の遅延に悩まされながら、4回戦でレイトン・ヒューイットと4時間、準々決勝でマルコス・バグダティスと5時間ものマラソンマッチを戦い抜き、苦しみつつも準決勝まで勝ち上がった。しかし、ナダルとの対戦中に足の痛みで途中棄権を余儀なくされた。

8月第3週のカナダ・マスターズの準々決勝で当時世界ランキング3位のアンディ・ロディック、準決勝で同2位のラファエル・ナダル、決勝で同1位のロジャー・フェデラーを倒し、ATPマスターズシリーズ2勝目を挙げ、シングルス・ランキングで3位に上昇した。全米オープンで初めて4大大会決勝に進出したが、フェデラーに 6-7(4-7), 6-7(2-7), 4-6 のストレートで敗れて準優勝に終わった。

2008年:4大大会初制覇・マスターズカップ初優勝[編集]

2008年テニス・マスターズ・カップ優勝

全豪オープンで、ジョコビッチは準決勝でフェデラーに 7-5, 6-3, 7-6(7-5) のストレート勝ちを収め、フェデラーが2005年ウィンブルドンから続けてきた4大大会連続決勝進出歴代1位記録を「10」で止めた。決勝戦では世界ランキング38位のノーシードから勝ち上がったジョー=ウィルフリード・ツォンガフランス)を 4-6, 6-4, 6-3, 7-6(7-2) で破り、20歳8ヶ月でグランドスラム初優勝を達成した。これはセルビア出身のテニス選手として、最初の4大大会男子シングルス優勝でもある。

全豪優勝から半年後、彼は8月の北京五輪で男子シングルスの銅メダリストになった。第3シードのジョコビッチは準決勝でラファエル・ナダルに敗れた後、準決勝敗退選手2名による「銅メダル決定戦」でジェームズ・ブレークアメリカ)を 6-3, 7-6(7-4) で破り、オリンピックのセルビア代表選手として銅メダルを獲得した。2008年度の男子ツアー年間最終戦「テニス・マスターズ・カップ」では、決勝でニコライ・ダビデンコロシア)を 6-1, 7-5 で破って初優勝を決めた。

2009年:ATPタイトル5個&決勝進出10回・BIG4時代へ[編集]

全豪オープンでは、アンディ・ロディックとの準々決勝を 7-6(7-3), 4-6, 2-6, 1-2 で途中棄権した。全仏オープンでは3回戦でフィリップ・コールシュライバーに、ウィンブルドンでは準々決勝でトミー・ハースに、全米オープンでは準決勝でフェデラーにそれぞれ敗れている。

2010年:デビスカップ優勝・全米準優勝[編集]

全豪オープンは準々決勝でジョー=ウィルフリード・ツォンガに 6-7(8-10), 7-6(7-5), 6-1, 3-6, 1-6 で敗れたが、大会終了後の2010年2月1日付のランキングで、初めて「2位」を記録した。

その後しばらく不本意な成績が続く。全仏オープンでは準々決勝でユルゲン・メルツァーに逆転負けを喫し、ウィンブルドンでは準決勝で、前の試合でフェデラーを破っていたトマーシュ・ベルディハに完敗を喫した。

全米オープンでは初戦でフルセットを戦うもその後は順調にストレートで勝ちあがり、準決勝でフェデラーと4年連続となる対戦を実現。5-7, 6-1, 5-7, 6-2, 7-5 でついにフェデラーを破り3年ぶりに決勝進出を果たしたが、雨で1日順延した決勝ではナダルに 4-6, 7-5, 4-6, 2-6 で敗れた。12月にベオグラードで開催されたフランスとのデビスカップ決勝ではシングルスでジル・シモンを 6-3, 6-1, 7-5 、ガエル・モンフィスを 6-2, 6-2, 6-4 で破り、セルビアの初優勝に貢献した。

年末にグルテンアレルギー持ちであることが発覚。

2011年:4大大会3冠&マスターズ5タイトル獲得・初の世界ランキング1位[編集]

全豪オープンでは準決勝でロジャー・フェデラーを 7-6(7-3), 7-5, 6-4 で破り決勝に進出、決勝ではアンディ・マレーに 6-4, 6-2, 6-3 で快勝し、3年ぶり2度目の優勝を果たした。これを皮切りにドバイ・テニス選手権でもフェデラーを破り優勝、さらにインディアンウェルズ・マスターズマイアミ・マスターズの両マスターズも制覇し年初のハードコートシーズンの成績を24勝0敗とした。クレーシーズンに入っても勢いは止まらず、モンテカルロ・マスターズこそ欠場したもののまず地元ベオグラードの大会で優勝、スペインのマドリード・マスターズでも決勝でラファエル・ナダルを破り優勝(対ナダルでのクレーコート初勝利)、さらにローマ・マスターズでもナダルを下し、7大会連続の優勝を飾る。

全仏オープンでも順調に勝ち上がったが、準決勝でロジャー・フェデラーに敗れ、デビスカップ決勝からの連勝は43(歴代2位のイワン・レンドルにあと1勝、同1位のギリェルモ・ビラスにあと3勝及ばず)、年初からの連勝は41(歴代1位のジョン・マッケンローにあと1勝及ばず)でストップした。

ウィンブルドン決勝進出を決めた時点で、それまで1位のナダルを抜き、自身初の世界ランク1位に就くことが確定した。その決勝戦ではラファエル・ナダルに 6-4, 6-1, 1-6, 6-3 で快勝し初優勝を飾った。

さらに、続くモントリオール・マスターズにおいて、ナダル、フェデラー、マレーといったトップ4選手が相次いで敗退する中、ガエル・モンフィスジョー=ウィルフリード・ツォンガといった強豪に勝利し、決勝ではマーディ・フィッシュを6-2、3-6、6-4で下し、シーズン9回目の優勝を飾った。世界ランク1位となってから初めて出場した大会で優勝した選手は、1993年のピート・サンプラス(米国)以来となった。

その後、全米オープンへの前哨戦として挑んだシンシナティ・マスターズでは決勝でアンディ・マレーと対戦するも、準決勝で痛めた右肩痛の影響で第2セットで0-3としたところで途中棄権し、シーズン2敗目となった。

全米オープンへの影響を心配する声もあったが、予定通り全米オープンに出場した。 右肩痛の影響は見られず順調に勝ち進み、準決勝でロジャー・フェデラーと対戦。6-7(7-9)、4-6、6-3、6-2、7-5のフルセットで試合を制した。続く決勝では、前年決勝と同じ相手である第2シードのラファエル・ナダルに 6-2、6-4、6-7、6-1で前年の雪辱を果たし、全米オープン初優勝を遂げた。

また、同一年の四大大会3勝はオープン化以降で史上6人目となった。これにより、獲得賞金額が1060万ドルを超え、この時点で、男子ツアーの1シーズンでの歴代獲得賞金額のトップに立ち、最終的には12,619,803ドル(1261万9803ドル)まで年間獲得賞金額の記録を伸ばした。

2012年:全豪2連覇・No.1陥落と奪還[編集]

全豪オープンでは決勝でラファエル・ナダルを 5-7, 6-4, 6-2, 6-7(5), 7-5 で破り2年連続3度目の優勝を果たした。試合時間は5時間53分で全豪最長記録であり、4大大会決勝最長記録となった。マイアミ・マスターズでは、決勝でアンディ・マレーをストレートで下しシーズン2勝目を挙げた。続くモンテカルロ・マスターズローマ・マスターズではいずれも決勝でナダルにストレートで敗れた。

全仏オープンでは初めて決勝に進出したが、決勝でナダルに 4-6, 3-6, 6-2, 5-7 で敗れ4大大会4連続優勝を逃した。ウィンブルドンでは準決勝で優勝したロジャー・フェデラーに 3-6, 6-3, 4-6, 3-6 で敗れ1年間守ったランキング1位から陥落した。

2012年ロンドンオリンピックの開会式ではセルビア選手団の旗手を務めた。シングルス準決勝で金メダルを獲得したアンディ・マレーに 5-7, 5-7 で敗れ、銅メダル決定戦でもフアン・マルティン・デル・ポトロに 5-7, 4-6 で敗れメダルを逃した。その後のカナダ・マスターズでは、決勝でリシャール・ガスケをストレートで下しシーズン3勝目を挙げた。

全米オープンでは決勝でアンディ・マレーに 6-7(10), 5-7, 6-2, 6-3, 2-6 の4時間54分の激闘の末敗れ連覇を逃した。10月開催の、チャイナ・オープンでは決勝でジョー=ウィルフリード・ツォンガを下し、その翌週開催の上海マスターズでは決勝でアンディ・マレーに、5-7, 7-6, 6-3 の逆転で勝利し、2週連続でタイトルを獲得をした。11月5日付のランキングにて、ロジャー・フェデラーが1位から陥落したことにより、約4ヶ月ぶりに世界ランキング1位に復帰すると同時に、2年連続で年間&年度末ランキング1位となることが確定した。

ATPワールドツアー・ファイナルではラウンド・ロビン3戦全勝で準決勝に進出。準決勝でデル・ポトロを下し、決勝ではフェデラーに 7-6, 7-5 で勝利し4年ぶり2度目の優勝を果たした。

2013年:6度目の4大大会優勝・世界ランク1位在位100週突破[編集]

全豪オープンでは、決勝でアンディ・マレーを 6-7, 7-6, 6-3, 6-2 で破り優勝。オープン化後では初の全豪3連覇を成し遂げた。ドバイ・テニス選手権では決勝でトマーシュ・ベルディハを破り2年ぶり4度目の優勝を果たした。北米ハードコートシーズンは、インディアンウェルズ・マスターズは準決勝でフアン・マルティン・デル・ポトロに、マイアミ・マスターズでは4回戦でトミー・ハースに敗退。その後の欧州クレーコートシーズンは、モンテカルロ・マスターズ決勝でラファエル・ナダルをストレートで破り、ナダルの9連覇を阻止するとともに大会初優勝を飾った。しかし続くマドリード・マスターズでは初戦で若手グリゴール・ディミトロフに、ローマ・マスターズでも準々決勝でベルディハに敗退した。

全仏オープンでは準決勝で第3シードのナダルに 4-6, 6-3, 1-6, 7-6, 7-9 で4時間37分に及ぶ激戦の末敗退した。続くウィンブルドンでは、準決勝でデル・ポトロとの4時間43分に及ぶフルセットの激戦を制して決勝進出。決勝では2年連続の決勝進出を果たした地元勢のマレーに 4-6, 5-7, 4-6 で敗退し準優勝に終わった。

全米オープン前哨戦のカナダ・マスターズでは準決勝でナダルに、シンシナティ・マスターズでは準々決勝で地元アメリカのジョン・イスナーに敗退。迎えた全米オープンでは、決勝で前哨戦の好調さを維持していたナダルに 2-6, 6-3, 4-6, 1-6 で敗退し準優勝に終わった。

10月上旬に行われたチャイナ・オープン決勝でナダルを破り半年ぶりのツアー優勝を果たすと、その後出場した上海マスターズパリ・マスターズで連続優勝。ATPワールドツアー・ファイナルでも好調を維持し、決勝でナダルを破り5戦全勝で優勝を飾った。12月18日、ボリス・ベッカーがコーチとしてチームに加わることを発表した。

2014年:2度目のウィンブルドン優勝・世界1位再復帰[編集]

全豪オープンでは、準々決勝で大会優勝を果たしたスタニスラス・ワウリンカに 6-2, 4-6, 2-6, 6-3, 7-9 の激戦の末敗退した。これにより4大大会連続ベスト4進出が14大会(歴代2位)で止まり、昨年の全米オープン後から続いていたマッチ連勝も28連勝でストップすることとなった。また、両者は前年の4回戦でも5時間を超える試合を戦っていたが、この試合ではワウリンカの攻撃的なテニスに屈する形となった。

2月下旬のドバイ・テニス選手権では準決勝でロジャー・フェデラーに敗退。インディアンウェルズ・マスターズでは決勝でフェデラーに勝利し、シーズン初優勝を果たした。続くマイアミ・マスターズでも、決勝でラファエル・ナダルに勝利し、自身2度目のインディアンウェルズマイアミ連続優勝を果たした。

クレーコートシーズン、モンテカルロ・マスターズでは準決勝でフェデラーに敗退。ローマ・マスターズでは、決勝でナダルを破り3度目の優勝を果たした。全仏オープンでも決勝へ進みナダルと対戦するが、6-3, 5-7, 2-6, 4-6 で敗退。2012年に続き、またもキャリア・グランドスラム達成を阻まれる形となった。 ウィンブルドンでは、決勝で4時間に及ぶフルセットの激戦の末にフェデラーを下し、3年ぶり2度目の優勝を果たした。

その後の北米ハードコートマスターズでは、2大会連続で早期敗退を喫した。全米オープンでは準決勝まで進むものの錦織圭に敗退し、5年ぶりに決勝進出を逃すこととなった。

11月開催のパリ・マスターズでは、決勝でミロシュ・ラオニッチを下し同大会2連覇を達成。同時にマスターズ大会20度目の優勝、またマッチ勝利数も600勝という区切りの勝利となった。(ATPワールドツアーにおいて600勝は、現役では史上5人目の快挙となった)。 ATPワールドツアー・ファイナルでは、ラウンドロビン3戦全勝で準決勝に進出。準決勝では錦織圭に 6-1, 3-6, 6-0 で勝利し3年連続の決勝に進出。決勝戦は、第2シードのロジャー・フェデラーが試合前に腰の怪我により棄権したため、不戦勝という形で優勝。1987年イワン・レンドル以来の大会3連覇を達成し、2年ぶり3度目の年間ランキング1位でシーズンを終えた[5]

2015年:5度目の全豪優勝・ATPタイトル50突破[編集]

全豪オープンでは、決勝でアンディ・マレーと対戦。2人の4大大会決勝は5度目、全豪では2年ぶり3度目となる。結果はジョコビッチがマレーを 7-6(5), 6-7(4), 6-3, 6-0 で破り2年ぶり5度目の優勝。全豪オープンの優勝5回は1960年代に活躍したロイ・エマーソンの6度に次いで史上2位、1968年のオープン化以降ではロジャー・フェデラーアンドレ・アガシの4度を抜き最多。グランドスラム通算優勝8回はアンドレ・アガシジミー・コナーズらに並んで歴代8位タイ記録[5]

3月22日BNPパリバ・オープンでは決勝でロジャー・フェデラーを 6-3, 6-7, 6-2 で倒し優勝。同大会2連覇4度目の優勝となりフェデラーの持つ最多優勝記録と並んだ。またこの優勝で通算50勝目の優勝となり自身のコーチであるボリス・ベッカーを抜いて歴代11位記録となった。マイアミ・オープンではダビド・フェレールジョン・イスナーアンディ・マレーらを破り大会2連覇5度目の優勝。マスターズ1000 22個目のタイトルとなる。またインディアンウェルズ・マスターズ-マイアミ・オープン連続優勝3回は史上最多。

4月13日に発表された世界ランキングで通算142週間世界ランク1位に在位。これはラファエル・ナダルの141週を抜いて歴代6位記録。モンテカルロ・マスターズでは準決勝でラファエル・ナダル、決勝でトマーシュ・ベルディハを破り2年ぶり2度目の優勝。開幕からマスターズ3大会連続優勝は史上初。またマスターズ優勝23回はロジャー・フェデラーと並び歴代2位タイ記録となった。4月29日、休養のため2年連続でマドリード・オープンを欠場することを発表。BNLイタリア国際では決勝でロジャー・フェデラーを破り2連覇4度目の優勝。

生涯グランドスラムを懸けて迎えた全仏オープンでは、準々決勝で5連覇中のラファエル・ナダルに7-5,6-3,6-1で勝利。ナダルに全仏で勝利した選手は2009年ロビン・セーデリング以来6年ぶり2人目。準決勝でライバルのアンディ・マレーをフルセットの末破り決勝に進出したが、決勝でスイスのスタン・ワウリンカに6-4, 4-6, 3-6, 4-6で破れ2年連続3度目の準優勝。連勝は28でストップし、生涯グランドスラムも達成できなかった。

ウィンブルドンでは4回戦で南アフリカケビン・アンダーソンに苦戦を強いられたものの6-7,6-7,6-1,6-4,7-5のフルセットの激闘を制す。そして決勝では2年連続でロジャー・フェデラーと対戦し7-6(1), 6-7(10), 6-4, 6-3でフェデラーを倒し、2年連続3回目の優勝を飾った。

ロジャーズ・カップでは準々決勝でエルネスツ・グルビスに2本のマッチポイントを握られるなど苦しみながらも決勝に進出。しかしアンディ・マレーに4-6, 6-4, 3-6で敗れ、準優勝。今季マスターズで初の敗北を喫した。続くシンシナティ・マスターズでは3回戦でダビド・ゴファンに第3セット0-3の2ブレークダウンに追い込まれながら6ゲーム連取し逆転勝ち、準々決勝では全仏の決勝で敗れたスタン・ワウリンカに6-4, 6-1で雪辱を果たす、準決勝ではアレクサンドル・ドルゴポロフに4-6, 7-6(5), 6-2で逆転勝ちし決勝に進出。シングルスでは史上初のキャリア・ゴールデン・マスターズがかかった決勝ではロジャー・フェデラーに6-7(1), 3-6で敗れた。

プレースタイル[編集]

コート後方でのプレイが重点的なアグレッシブベースライナーだがオールラウンドにプレイも出来る。深く鋭いグランドストローク、高い精度で広く打てるバックハンドが武器。

また、非常に高い守備力を持つことで知られ、優れた敏捷性で長いリーチを生かして広くコートをカバーしウィナーを打ち込む。体に柔軟性があり、1歩遠くのショットや無理な体勢でも正確に打ち込め、左右に振られてもすぐに切り返すことができる。状況に応じてポジショニングやショットのスピード・回転を的確に変化させラリーを優位に運んでいく。[6]

サービスリターンも強力でエースを取らせない守備力と相手にプレッシャーをかける強打を武器とする。ジョン・マッケンローはジョコビッチは歴代でも非常に優れたリターナーだと語る。[7]

フラット・スライス・キックサーブも強力でドロップショットも上手く、非常に高いレベルでバランスのとれたプレイヤーである[8]。ストローク戦に自信を持ち、スキのない防御、脅威のカウンターに加え、長丁場での勝負強さは群を抜く[5]

記録[編集]

※オープン化以降

全豪オープン男子シングルス最多優勝記録「5回」
2015年に達成。オープン化前を入れればロイ・エマーソンに続き2位。
全豪オープン男子シングルス連続優勝記録「3回」
2011-2013年。
全豪オープン男子シングルス最多決勝進出記録「5回」
2015年に達成。
全豪オープン男子シングルス最多連続決勝進出記録「3回」
2011-2013年
グランドスラムのハードコート大会に決勝進出連続記録[7回」
2010年全米から2013年全米まで。
キャリアで4大大会すべての準決勝に進出経験最年少記録。「20歳250日」
2007年全仏から2008年全豪。
グランドスラム準決勝連続進出記録「14」
2010年ウィンブルドンから2013年全米まで。 ロジャー・フェデラーに次ぐ全期間歴代2位記録。
グランドスラムベスト8連続進出記録 「25」
2009年ウィンブルドンから更新中。ロジャー・フェデラーに次ぐ全期間歴代2位記録。
年間最終戦最速出場権獲得「18週6日」
年間最終戦連続優勝「3回」
イリ・ナスターゼイワン・レンドルとタイ記録。
年間最終戦「14連勝」
イワン・レンドル、ロジャー・フェデラーとタイ記録。
年間最終戦ゲーム獲得率「76.1% (51–16)」
2014年
マスターズ1000優勝回数歴代2位記録「24回」
ラファエル・ナダルに次いで2位の記録。
マスターズ1000異なる8大会で優勝
マスターズ1000異なる9大会で決勝進出
ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダルとタイ記録。
マスターズ1000 年間5タイトル優勝
2011年。ラファエル・ナダルとタイ記録
マスターズ1000 年間6タイトル決勝進出。
2011年 2012年 ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダルとタイ記録。
マスターズ1000 「31連勝」
2011年 歴代1位記録。
マスターズ1000 4大会連続タイトル
2013–2014。ラファエル・ナダルとタイ記録。
マスターズ1000 5年連続で3タイトル以上獲得
2011-2015。
マスターズ1000 3大会連続優勝「3回」
マスターズ1000 タイトル防衛「3連続」
2014–2015。パリ、インディアンウェルズ、マイアミ。
マスターズ1000 開幕から3大会連続優勝
史上初。
インディアンウェルズ最多優勝「4回」
ロジャー・フェデラーとタイ記録。
上海マスターズ最多優勝「2回」
アンディ・マレーとタイ記録。
上海マスターズ「2連覇」
アンディ・マレーとタイ記録。
パリ・マスターズ「2連覇」
パリ・マスターズ最多優勝「3回」
ボリス・ベッカーマラト・サフィンとタイ記録。
世界ランクトップ3の選手達に勝利した最年少記録
2009
決勝で世界ランク1位の選手に5連続で勝利。
2011。ラファエル・ナダルを相手に勝利。
世界ランクトップ10選手相手に1シーズンの勝利数「24」
2012–2013。ラファエル・ナダルとタイ記録。
世界ランクトップ10の選手に3年連続20勝以上
2011–2013。

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 80回 (54勝26敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (9-8)
ATPワールドツアー・ファイナル (4-0)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (24-12)
ATPワールドツアー・500シリーズ (11-2)
ATPワールドツアー・250シリーズ (6-4)
サーフェス別タイトル
ハード (40-14)
クレー (11-8)
芝 (3-3)
カーペット (0-0)


結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 2006年7月17日 オランダの旗 アメルスフォールト クレー チリの旗 ニコラス・マスー 7-6(5), 6-4
準優勝 1. 2006年7月30日 クロアチアの旗 ウマグ クレー スイスの旗 スタニスラス・ワウリンカ 6-6(1), 途中棄権
優勝 2. 2006年10月2日 フランスの旗 メス ハード (室内) オーストリアの旗 ユルゲン・メルツァー 4-6, 6-3, 6-2
優勝 3. 2007年1月1日 オーストラリアの旗 アデレード ハード オーストラリアの旗 クリス・グッチョーネ 6-3, 6-7(6), 6-4
準優勝 2. 2007年3月18日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 2-6, 5-7
優勝 4. 2007年4月1日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード アルゼンチンの旗 ギリェルモ・カナス 6-3, 6-2, 6-4
優勝 5. 2007年4月29日 ポルトガルの旗 エストリル クレー フランスの旗 リシャール・ガスケ 7-6(7), 0-6, 6-1
優勝 6. 2007年8月12日 カナダの旗 モントリオール ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7-6(2), 2-6, 7-6(2)
準優勝 3. 2007年9月9日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-7(4), 6-7(2), 4-6
優勝 7. 2007年10月14日 オーストリアの旗 ウィーン ハード (室内) スイスの旗 スタニスラス・ワウリンカ 6-4, 6-0
優勝 8. 2008年1月27日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード フランスの旗 ジョー=ウィルフリード・ツォンガ 4-6, 6-4, 6-3, 7-6(2)
優勝 9. 2008年3月23日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード アメリカ合衆国の旗 マーディ・フィッシュ 6-2, 5-7, 6-3
優勝 10. 2008年5月11日 イタリアの旗 ローマ クレー スイスの旗 スタニスラス・ワウリンカ 4-6, 6-3, 6-3
準優勝 4. 2008年6月15日 イギリスの旗 ロンドン スペインの旗 ラファエル・ナダル 6-7(6), 5-7
準優勝 5. 2008年8月3日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 6-7(4), 6-7(5)
準優勝 6. 2008年9月28日 タイ王国の旗 バンコク ハード (室内) フランスの旗 ジョー=ウィルフリード・ツォンガ 6-7(4), 4-6
優勝 11. 2008年11月16日 中華人民共和国の旗 上海 ハード (室内) ロシアの旗 ニコライ・ダビデンコ 6-1, 7-5
優勝 12. 2009年2月28日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード スペインの旗 ダビド・フェレール 7-5, 6-3
準優勝 7. 2009年4月5日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 2-6, 5-7
準優勝 8. 2009年4月19日 モナコの旗 モンテカルロ クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 3-6, 6-2, 1-6
準優勝 9. 2009年5月3日 イタリアの旗 ローマ クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 6-7(2), 2-6
優勝 13. 2009年5月10日 セルビアの旗 ベオグラード クレー ポーランドの旗 ルカシュ・クボット 6-3, 7-6(0)
準優勝 10. 2009年6月14日 ドイツの旗 ハーレ ドイツの旗 トミー・ハース 3-6, 7-6(4), 1-6
準優勝 11. 2009年8月23日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 1-6, 5-7
優勝 14. 2009年10月11日 中華人民共和国の旗 北京 ハード クロアチアの旗 マリン・チリッチ 6-2, 7-6(4)
優勝 15. 2009年11月8日 スイスの旗 バーゼル ハード (室内) スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-4, 4-6, 6-2
優勝 16. 2009年11月15日 フランスの旗 パリ ハード (室内) フランスの旗 ガエル・モンフィス 6-2, 5-7, 7-6(3)
優勝 17. 2010年2月27日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード ロシアの旗 ミハイル・ユージニー 7-5, 5-7, 6-3
準優勝 12. 2010年9月12日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 4-6, 7-5, 4-6, 2-6
優勝 18. 2010年10月10日 中華人民共和国の旗 北京 ハード スペインの旗 ダビド・フェレール 6-2, 6-4
準優勝 13. 2010年11月7日 スイスの旗 バーゼル ハード (室内) スイスの旗 ロジャー・フェデラー 4-6, 6-3, 1-6
優勝 19. 2011年1月30日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 6-4, 6-2, 6-3
優勝 20. 2011年2月28日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-3, 6-3
優勝 21. 2011年3月13日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 4-6, 6-3, 6-2
優勝 22. 2011年4月3日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 4-6, 6-3, 7-6(4)
優勝 23. 2011年4月24日 セルビアの旗 ベオグラード クレー スペインの旗 フェリシアーノ・ロペス 7-6(4), 6-2
優勝 24. 2011年5月8日 スペインの旗 マドリード クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 7-5, 6-4
優勝 25. 2011年5月15日 イタリアの旗 ローマ クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 6-4, 6-4
優勝 26. 2011年7月3日 イギリスの旗 ウィンブルドン スペインの旗 ラファエル・ナダル 6-4, 6-1, 1-6, 6-3
優勝 27. 2011年8月14日 カナダの旗 モントリオール ハード アメリカ合衆国の旗 マーディ・フィッシュ 6-2, 3-6, 6-4
準優勝 14. 2011年8月21日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 4-6, 0-3 途中棄権
優勝 28. 2011年9月12日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 6-2, 6-4, 6-7(3), 6-1
優勝 29. 2012年1月29日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 5-7, 6-4, 6-2, 6-7(5), 7-5
優勝 30. 2012年4月1日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 6-1, 7-6(4)
準優勝 15. 2012年4月22日 モナコの旗 モンテカルロ クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 3-6, 1-6
準優勝 16. 2012年5月21日 イタリアの旗 ローマ クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 5-7, 3-6
準優勝 17. 2012年6月11日 フランスの旗 全仏オープン クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 4-6, 3-6, 6-2, 5-7
優勝 31. 2012年8月12日 カナダの旗 トロント ハード フランスの旗 リシャール・ガスケ 6-3, 6-2
準優勝 18. 2012年8月19日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 0-6, 6-7(7)
準優勝 19. 2012年9月10日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 6-7(10), 5-7, 6-2, 6-3, 2-6
優勝 32. 2012年10月7日 中華人民共和国の旗 北京 ハード フランスの旗 ジョー=ウィルフリード・ツォンガ 7-6(4), 6-2
優勝 33. 2012年10月14日 中華人民共和国の旗 上海 ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 5-7, 7-6(11), 6-3
優勝 34. 2012年11月12日 イギリスの旗 ロンドン ハード (室内) スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7-6(6), 7-5
優勝 35. 2013年1月27日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 6-7(2), 7-6(3), 6-3, 6-2
優勝 36. 2013年3月2日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード チェコの旗 トマーシュ・ベルディハ 7-5, 6-3
優勝 37. 2013年4月21日 モナコの旗 モンテカルロ クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 6-2, 7-6(1)
準優勝 20. 2013年7月7日 イギリスの旗 ウィンブルドン イギリスの旗 アンディ・マレー 4-6, 5-7, 4-6
準優勝 21. 2013年9月9日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 2-6, 6-3, 4-6, 1-6
優勝 38. 2013年10月6日 中華人民共和国の旗 北京 ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 6-3, 6-4
優勝 39. 2013年10月13日 中華人民共和国の旗 上海 ハード アルゼンチンの旗 フアン・マルティン・デル・ポトロ 6-1, 3-6, 7-6(3)
優勝 40. 2013年11月3日 フランスの旗 パリ ハード (室内) スペインの旗 ダビド・フェレール 7-5, 7-5
優勝 41. 2013年11月11日 イギリスの旗 ロンドン ハード (室内) スペインの旗 ラファエル・ナダル 6-3, 6-4
優勝 42. 2014年3月16日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 3-6, 6-3, 7-6(3)
優勝 43. 2014年3月30日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 6-3, 6-3
優勝 44. 2014年5月19日 イタリアの旗 ローマ クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 4-6, 6-3, 6-3
準優勝 22. 2014年6月8日 フランスの旗 全仏オープン クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 6-3, 5-7, 2-6, 4-6
優勝 45. 2014年7月6日 イギリスの旗 ウィンブルドン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-7(7), 6-4, 7-6(4), 5-7, 6-4
優勝 46. 2014年10月5日 中華人民共和国の旗 北京 ハード チェコの旗 トマーシュ・ベルディハ 6-0, 6-2
優勝 47. 2014年11月2日 フランスの旗 パリ ハード (室内) カナダの旗 ミロシュ・ラオニッチ 6-2, 6-3
優勝 48. 2014年11月16日 イギリスの旗 ロンドン ハード (室内) スイスの旗 ロジャー・フェデラー 不戦勝
優勝 49. 2015年2月1日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 7-6(5), 6-7(4), 6-3, 6-0
準優勝 23. 2015年2月28日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 3-6, 5-7
優勝 50. 2015年3月22日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-3, 6-7(5), 6-2
優勝 51. 2015年4月5日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 7-6(3), 4-6, 6-0
優勝 52. 2015年4月19日 モナコの旗 モンテカルロ クレー チェコの旗 トマーシュ・ベルディハ 7-5, 4-6, 6-3
優勝 53. 2015年5月17日 イタリアの旗 ローマ クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-4, 6-3
準優勝 24. 2015年6月7日 フランスの旗 全仏オープン クレー スイスの旗 スタン・ワウリンカ 6-4, 4-6, 3-6, 4-6
優勝 54. 2015年7月12日 イギリスの旗 ウィンブルドン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7-6(1), 6-7(10), 6-4, 6-3
準優勝 25. 2015年8月16日 カナダの旗 モントリオール ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 4–6, 6–4, 3-6
準優勝 26. 2015年8月23日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-7(1), 3-6


ダブルス: 2回 (1勝1敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2007年1月7日 オーストラリアの旗 アデレード ハード チェコの旗 ラデク・ステパネク 南アフリカ共和国の旗 ウェスリー・ムーディ
オーストラリアの旗 トッド・ペリー
4-6, 6-3, [13-15]
優勝 2. 2010年6月13日 イギリスの旗 ロンドン イスラエルの旗 ジョナサン・エルリック スロバキアの旗 カロル・ベック
チェコの旗 ダビド・スコッチ
6-7, 6-2, [10-3]

4大大会優勝[編集]

大会 対戦相手 試合結果
2008年 全豪オープン フランスの旗 ジョー=ウィルフリード・ツォンガ 4-6, 6-4, 6-3, 7-6
2011年 全豪オープン イギリスの旗 アンディ・マレー 6-4, 6-2, 6-3
2011年 ウィンブルドン スペインの旗 ラファエル・ナダル 6-4, 6-1, 1-6, 6-3
2011年 全米オープン スペインの旗 ラファエル・ナダル 6-2, 6-4, 6-7, 6-1
2012年 全豪オープン スペインの旗 ラファエル・ナダル 5-7, 6-4, 6-2, 6-7, 7-5
2013年 全豪オープン イギリスの旗 アンディ・マレー 6-7, 7-6, 6-3, 6-2
2014年 ウィンブルドン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-7, 6-4, 7-6, 5-7, 6-4
2015年 全豪オープン イギリスの旗 アンディ・マレー 7-6, 6-7, 6-3, 6-0
2015年 ウィンブルドン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7-6, 6-7, 6-4, 6-3
テニス4大大会男子シングルス優勝記録
順位 優勝回数 選手名
1位 17勝 *スイスの旗 ロジャー・フェデラー
2位タイ 14勝 アメリカ合衆国の旗 ピート・サンプラス | *スペインの旗 ラファエル・ナダル
4位 12勝 オーストラリアの旗 ロイ・エマーソン
5位タイ 11勝 オーストラリアの旗 ロッド・レーバー | スウェーデンの旗 ビョルン・ボルグ
7位 10勝 アメリカ合衆国の旗 ビル・チルデン
8位 9勝 *セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ
9位タイ 8勝 イギリスの旗 フレッド・ペリー | オーストラリアの旗 ケン・ローズウォール | アメリカ合衆国の旗 ジミー・コナーズ | チェコスロバキアの旗 イワン・レンドル | アメリカ合衆国の旗 アンドレ・アガシ
*は現役選手

シングルス成績[編集]

4大大会[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 通算成績
全豪オープン 1R 1R 4R W QF QF W W W QF W 50-6
全仏オープン 2R QF SF SF 3R QF SF F SF F F 48-11
ウィンブルドン 3R 4R SF 2R QF SF W SF F W W 52-8
全米オープン 3R 3R F SF SF F W F F SF 50-9

: 2011年全仏準々決勝の不戦勝は通算成績に含まない

年間最終戦[編集]

大会 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 通算成績
ATPワールドツアー・ファイナル RR W RR SF RR W W W 23-9

ATPワールドツアー・マスターズ1000[編集]

大会 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 W-L
インディアンウェルズ A 1R F W QF 4R W SF SF W W 41-6
マイアミ A 2R W 2R F 2R W W 4R W W 35-5
モンテカルロ A 1R 3R SF F SF A F W SF W 28-7
マドリード 1 A 2R QF SF SF A W QF 2R A A 16-6
ローマ A Q2 QF W F QF W F QF W W 34-5
カナダ Q2 A W QF QF SF W W SF 3R F 26-5
シンシナティ 1R 2R 2R F F QF F F QF 3R F 26-11
上海 2 Q1 QF SF 3R SF SF A W W SF 25-6
パリ 3R 2R 2R 3R W 3R QF 2R W W 21-6

1, 2008年までハンブルク・マスターズ(屋外クレー)、2009年からマドリード・マスターズ(屋外クレー)
2, 2002年から2008年までマドリード・マスターズ(室内ハード)、2009年から上海マスターズ(屋外ハード)

世界ランキング[編集]

2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014
順位 186 78 16 3 3 3 3 1 1 2 1

受賞歴[編集]

  • ATP最優秀選手賞(2011-2012,2014)
  • ITFワールドチャンピオン(2011-2014)
  • ゴールデンベーグル賞(2011-2013)
  • BBC海外スポーツパーソナリティ賞(2011)
  • ローレウス世界スポーツ賞(2012,2015)
  • ESPY最優秀選手賞(2012,2013)
  • アーサー・アッシュ ヒューマニタリアン賞(2012)
  • セルビア最優秀アスリート賞(2007,2010-2011)
  • ATP Most Improved Player(2006,2007)

脚注[編集]

  1. ^ Djoker In The Pack Holds All The Aces” (英語). ATP (2007年9月10日). 2012年1月24日閲覧。
  2. ^ Novak Djokovic wows US Open crowd with a win – and a McEnroe impression” (英語). ガーディアン (2009年9月8日). 2012年1月24日閲覧。
  3. ^ Novak Djokovic Impersonations” (英語). スポーツ・イラストレイテッド (2010年6月23日). 2012年1月24日閲覧。
  4. ^ ウィンブルドン初制覇のジョコビッチが凱旋” (日本語). フランス通信 (2011年7月5日). 2012年1月24日閲覧。
  5. ^ a b c 鉄壁のジョコビッチが全豪5度目V オフ中の周到な準備が実を結ぶ
  6. ^ {{cite web|title = Djole's Frames of Mind|url = http://tennisworld.typepad.com/thewrap/2009/03/noles-frames-of.html%7Caccessdate =3 March 2009}}
  7. ^ {{cite web|title = Novak Djokovic's Drop Shot|url = http://www.tennis.com/your-game/2009/07/novak-djokovics-drop-shot/17298/|accessdate =16 September 2008}}
  8. ^ Djole's Frames of Mind”. 2009年3月3日閲覧。

外部リンク[編集]