JTマーヴェラス(ジェイティー マーヴェラス)は、大阪府大阪市を本拠地とする日本たばこ産業の女子バレーボールチームである。2018年7月現在、V.LEAGUE Division1(V1リーグ)に所属している。
概要
日本専売公社広島地方専売局で男子バレーボールチーム(現・JTサンダーズ)が活動を始めて二十数年経ったころの1956年、茨木工場創業時にそこで9人制女子バレーボール同好会(専売茨木)が設立されたのが始まりであり、1965年に6人制に移行[1]。1985年に男子チームと共に日本たばこ産業に承継された。1996年に初のV・プレミアリーグ昇格を果たす。
チーム名の『マーヴェラス』とは、「素晴らしい」「奇跡的な」などの意味で、Vリーグ昇格時に「Vリーグに驚くべき奇跡を!」と社員応募により決定したマスコットネームである[2]。
練習場は兵庫県西宮市にあるJTバレーボール部体育館[2][3]。ホームゲームは大阪府や兵庫県の体育館で開催されている。
歴史
1956年、日本専売公社茨木工場創業時に同好会として9人制のチームが誕生した(チーム名は専売茨木)。1965年、6人制に移行。
1969年に実業団リーグ(現・Vチャレンジリーグ)が発足し、リーグ入りを推薦される[1]。1969/70シーズン、第1回実業団リーグに出場し、6チーム中最下位で入替戦にも敗れリーグ陥落。1977年にチーム名を「専売茨木」から「専売大阪」に変更する。1980年、全日本6人制実業団優勝大会で優勝し11年ぶりに全国実業団リーグに復帰する[1]。1980/81シーズン、復帰戦の第12回実業団リーグも最下位に終わり地域リーグへ降格。1985年、日本たばこ産業設立承継に伴いチームも承継され、チーム名も「専売大阪」から「日本たばこ」に変更した。また、1988年の日本たばこ産業コミュニケーション・ネーム「JT」導入に伴い、1989年にチーム名も「日本たばこ」から「JT」に変更した。1991年、実業団選抜男女地域リーグプレーオフ大会で優勝し、12年ぶりの実業団リーグ再復帰を果たした[1]。
1991/92シーズン、第23回実業団リーグで8チーム中3位に入った。それから第24回以降も4強に入る。そして、1995/96シーズンの第27回実業団リーグで12勝2敗という成績で準優勝を果たし、Vリーグ入替戦で小田急ジュノーに2連勝し、Vリーグ(現・Vプレミアリーグ)へ昇格した。それに伴いチーム名にマスコットネームをつけることとなり、社員応募によりチーム名が今の「JTマーヴェラス」となった[4]。また、兵庫県西宮市に新しい体育館と合宿所が竣工した[1]。
1996/97シーズン、初のVリーグとなった第3回Vリーグで最下位の8位となり実業団リーグに降格。1998/99シーズンはV1リーグ(実業団リーグより名称変更)で14戦全勝で優勝し、Vリーグ入替戦で1勝1敗で3年ぶりにVリーグに復帰する。1999/2000シーズン第6回Vリーグで全10チーム中7位と健闘する。第7回リーグも8位でVリーグ残留。しかし、第8回リーグでは最下位となり、入替戦でも日立佐和に連敗してV1リーグ降格となる。2002/03シーズンの第5回V1リーグで13勝1敗で優勝し、1年でVリーグに復帰した。同シーズンの第52回黒鷲旗大会で、チーム初の準優勝を果たし、来季Vリーグに向けて頭角を現す。2003/04シーズン、復帰戦の第10回Vリーグでは7位となるが、第53回黒鷲旗大会で2年連続2度目の準優勝を果たした。そして、第11回Vリーグでは、竹下佳江、熊前知加子、宝来真紀子、菅山かおるらを擁して4位となり、初めての4強入りを果たした。
2005年に元全日本男子監督の寺廻太が監督に就任。寺廻にとっては初めての女子チーム監督となる。2005/06シーズンの第12回Vリーグは7位にとどまる。しかし、2006/07シーズンは、V・プレミアリーグ(Vリーグから名称変更)で初の準優勝。第56回黒鷲旗大会でも3度目の準優勝を果たした。ところが、2007/08シーズンは、V・プレミアリーグでは8位に低迷。第57回黒鷲旗大会では2年連続4度目の準優勝。2008/09V・プレミアリーグでは9位となりV・チャレンジマッチ(入替戦)出場となる。V・チャレンジマッチでは連勝しプレミア残留を果たす。2009年5月に寺廻監督退任[5]。
2009年、5月に廃部した武富士バンブーの監督だった石原昭久が監督に就任。韓国のエースキム・ヨンギョンを補強。V・プレミアリーグ女子初の開幕24連勝を果たしレギュラーラウンドを首位で通過。セミファイナルラウンドも3戦全勝の首位で決勝進出を果たす。しかし、最後の優勝決定戦では東レアローズに敗れ準優勝となる。第59回黒鷲旗大会も決勝で東レに敗れ初優勝を逃す(5度目の準優勝)。2010/11シーズンは東日本大震災の影響により、V・プレミアリーグが打ち切りとなり、暫定で1位だったためそのまま初優勝となった。第60回黒鷲旗大会でも初優勝を果たし、二冠を達成した。エースとして活躍したキム・ヨンギョンがトルコのフェネルバフチェに移籍。新外国人選手が入団するもの、2011/12V・プレミアリーグでは5位に留まる。第61回黒鷲旗大会では連覇を果たした。2012/13V・プレミアリーグでは序盤につまずき、中盤から少しずつ挽回するも6位で終える。2013年5月に石原監督退任、後任は尾崎侯コーチが昇格[6]。
2014年4月、プレミアリーグで7位となり、Vチャレンジマッチ(入替戦)に出場。上尾に連敗し[7]、同年5月の理事会をもってチャレンジリーグ降格が決定した[8]。
2014/15年シーズンはチャレンジリーグ1位で入れ替え戦に出場したもののプレミアリーグ8位のトヨタ車体クインシーズに敗れ、プレミアリーグ昇格はならなかった。2015年5月、マーヴェラスは闘将吉原知子を監督に招聘し[9]、V・チャレンジリーグIに優勝すると、V・チャレンジマッチにも2連勝して[10]、再びプレミアリーグへの昇格資格を得た。2016年3月16日に開催されたVリーグ機構理事会において、2016/17シーズンからV・プレミアリーグへの再昇格が正式決定した[11]。復帰後の2016/17シーズンではVファイナル6に進出する健闘を見せ、4位に食い込んだ[12]。
成績
主な成績
- プレミアリーグ(日本リーグ/Vリーグ)
- 優勝1回(2010年度)
- 準優勝2回(2006年度、2009年度)
- チャレンジリーグ・チャレンジリーグI(実業団リーグ/V1リーグ)
- 黒鷲旗全日本選抜大会
- 優勝5回(2011年、2012年、2015年、2016年、2018年)
- 準優勝5回(2003年、2004年、2007年、2008年、2010年)
年度別成績
選手・スタッフ
選手
2018年7月1日版[13][14]
スタッフ
2018年7月1日版[13][14]
在籍していた主な選手
その他
- 女優の江角マキコがかつて所属していたが、故障で直ぐに引退した。
- ピン芸人の幹てつやが、アシスタントコーチを務めた時期がある。
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関連項目
脚注
外部リンク
| VLEAGUE女子 2018-2019 |
|---|
Division 1 (V1リーグ) |
| Division 2 (V2リーグ) | |
|
| 日本リーグ/Vリーグ/Vプレミアリーグ/V.LEAGUE Division1女子優勝チーム |
|---|
| 日本リーグ |
| 1960年代 | | | 1970年代 | | | 1980年代 |
第14回(1980/81) ユニチカ
第15回(1981/82) 日立
第16回(1982/83) 日立
第17回(1983/84) 日立
第18回(1984/85) 日立
第19回(1985/86) 日立
第20回(1986/87) 日立
第21回(1987/88) NEC
第22回(1988/89) 日立
第23回(1989/90) イトーヨーカドー | | 1990年代 |
第24回(1990/91) 日立
第25回(1991/92) 日立
第26回(1992/93) 日立
第27回(1993/94) 日立 |
| | Vリーグ |
| 1990年代 |
- 第1回(1994/95) ダイエー
- 第2回(1995/96) ユニチカ
- 第3回(1996/97) NEC
- 第4回(1997/98) ダイエー
- 第5回(1998/99) 東洋紡
- 第6回(1999/2000) NEC
| | 2000年代 | |
| | Vプレミアリーグ |
| | V.LEAGUE Division1 |
|
|
| 黒鷲旗女子大会優勝チーム |
|---|
| 1950年代 | | | 1960年代 | | | 1970年代 |
第19回(1970年) ヤシカ / 第20回(1971年) ユニチカ貝塚 / 第21回(1972年) 日立武蔵 / 第22回(1973年) 日立武蔵 / 第23回(1974年) 日立武蔵 / 第24回(1975年) 日立 / 第25回(1976年) 日立 / 第26回(1977年) 日立 / 第27回(1978年) 日立 / 第28回(1979年) 日立 | | 1980年代 |
第29回(1980年) アメリカ / 第30回(1981年) ユニチカ / 第31回(1982年) 日立 / 第32回(1983年) 日立 / 第33回(1984年) 日立 / 第34回(1985年) 日立 / 第35回(1986年) ダイエー / 第36回(1987年) 日立 / 第37回(1988年) 日立 / 第38回(1989年) ユニチカ | | 1990年代 | | | 2000年代 |
第49回(2000年) ユニチカ / 第50回(2001年) NEC / 第51回(2002年) 東レ / 第52回(2003年) パイオニア / 第53回(2004年) 東レ / 第54回(2005年) パイオニア / 第55回(2006年) 久光製薬 / 第56回(2007年) 久光製薬 / 第57回(2008年) デンソー / 第58回(2009年) 東レ | | 2010年代 |
第59回(2010年) 東レ / 第60回(2011年) JT / 第61回(2012年) JT / 第62回(2013年) 久光製薬 / 第63回(2014年) トヨタ車体 / 第64回(2015年) JT / 第65回(2016年) JT |
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