堂上直倫

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堂上 直倫
中日ドラゴンズ #63
CD-Naomichi-Donoue20130306.jpg
2013年3月6日、阪神甲子園球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県春日井市
生年月日 (1988-09-23) 1988年9月23日(29歳)
身長
体重
184 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手二塁手三塁手一塁手
プロ入り 2006年 高校生ドラフト1巡目
初出場 2008年8月3日
年俸 3,000万円(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

堂上 直倫(どのうえ なおみち、1988年9月23日 - )は、愛知県春日井市出身のプロ野球選手内野手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。

高校時代は超高校級スラッガー・尾張のプリンスとも呼ばれた。

父の堂上照は元中日ドラゴンズ投手。兄の堂上剛裕は元読売ジャイアンツ所属の外野手

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

小学校時代に、「名古屋北リトル」で野球を始めた。そこでは、投手以外にも遊撃手の守備に就いた。春日井市立知多中学校在学時にも、「名古屋北シニア」で遊撃手の守備に就いたとのこと。2003年ナゴヤドームで行われたドラゴンズのファン感謝デーで「リトルシニア東海選抜」の4番・遊撃手で出場し、投手を務めた福留孝介から左翼席へ本塁打を放った。

中学卒業後は、愛工大名電高等学校に入学。1年生からレギュラーを獲得し、2005年春の第77回選抜高等学校野球大会では、4番に座り2本塁打を記録し優勝に貢献した。同年9月には全日本高校選抜として、韓国で行われた第6回AAAアジア野球選手権大会に参加し、2本塁打で最多本塁打のタイトルを獲得。ポジションは遊撃手、選抜優勝時には三塁手として出場した。高校通算55本塁打。

2005年夏の甲子園に向けた愛知県大会では、豊田大谷高校とのナゴヤドームでの決勝戦で本塁打を放った。2006年夏の甲子園に向けた愛知県大会では、10四球と勝負を避けられる場面が多かったが、14打数7安打と打率5割を記録し、県大会優勝の原動力として活躍。しかし、本大会では初戦敗退を喫した。高校時代の甲子園3大会(2005年春、2005年夏、2006年夏)の通算打率は.480。

2006年ドラフト会議にて、中日、阪神巨人の3球団から1巡目指名を受け、中日が抽選で交渉権を獲得したため、父・兄と同じチームに入ることになった。親子3人がプロ野球選手かつ同一球団に所属することは史上初であった[2]。ちなみにこの時の阪神外れ1位は野原将志、巨人外れ1位は坂本勇人である。背番号は24

プロ入り後[編集]

2007年(1年目)は一軍出場はなかったが、ウエスタン・リーグでは出場試合数の8割近くを4番・三塁手で先発出場した。打率は低迷したが、本塁打はチーム3位、打点はチーム2位と、長打力と勝負強さはあった。また、シーズン終了後、福留孝介がシカゴ・カブスへ移籍したことにより、背番号を24から1に変更した。

2008年

2008年も二軍で開幕を迎えるが、北京オリンピック荒木雅博森野将彦が抜けた中、8月3日に初の一軍昇格を果たす。しかし、3試合に出場し、1打数無安打で7日後に二軍に降格。以後一軍に昇格することはなかった。

2009年、3月1日の北海道日本ハムファイターズとのオープン戦で金森敬之からオープン戦初本塁打となる2点本塁打を放つ。また、この2打席前には兄・剛裕も本塁打を放っており、オープン戦で同一イニングのアベック弾は史上初であったが[3]、開幕一軍を果たすことはできなかった。

2010年6月16日に一軍昇格。その日の対日本ハム戦から先発出場、6月18日の対読売ジャイアンツ戦でプロ入り初安打、6月27日の対広島東洋カープ戦でプロ入り初本塁打を記録するなど、82試合出場で打率.263、5本塁打、30打点を記録。

2011年、62試合出場、打率.209、2本塁打、10打点に終わる。

2012年3月、2歳年上の元会社員の女性と結婚。開幕も初めて一軍で迎え、自己最多となる116試合に出場した。

2013年、74試合に出場、2年ぶりに本塁打を記録。オフに選手会副会長に就任した。

2014年、オフに自身の背番号をこれまで兄の剛裕がつけていた63に変更(剛裕はこの年戦力外通告を受け、巨人に入団した)。これは球団から背番号の変更を宣告された際に自ら申し出たと述べている[4]

2015年、この年も打撃の調子が上がらず、守備固めでの起用が中心となり、42試合の出場にとどまった。オフ(11月30日)には名古屋市内のホテルで行われた選手納会にて、来季以降も引き続き選手会副会長を務めることが発表された[5]

2016年は開幕から遊撃のレギュラーとして起用され、自己最多の131試合に出場。初めて規定打席にも到達し、打率.254(リーグワースト4位)ながら、いずれも自己最多となる116安打、6本塁打、46打点をマークした。

2017年は新人の京田陽太がオープン戦から遊撃手として起用されるとそのまま開幕スタメンに起用されたため開幕から控えとなった。9月には左手有鈎骨を骨折し戦線離脱[6]。91試合の出場で打率.205、1本塁打8打点に留まった。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2008 中日 3 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2009 2 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
2010 82 301 259 23 68 12 1 5 97 30 0 0 14 1 25 4 2 35 11 .263 .331 .375 .706
2011 62 123 115 6 24 4 0 2 34 10 0 0 3 0 4 2 1 18 5 .209 .242 .296 .538
2012 116 182 167 5 35 8 0 0 43 11 1 0 8 1 5 1 1 34 6 .210 .236 .257 .493
2013 74 170 152 5 26 2 1 1 33 12 1 0 8 3 6 0 1 15 3 .171 .204 .217 .421
2014 90 261 237 19 54 4 1 1 63 17 1 0 11 3 10 0 0 45 8 .228 .256 .266 .522
2015 42 43 38 3 6 0 0 1 9 1 0 0 1 0 4 0 0 8 0 .158 .238 .237 .475
2016 131 507 456 38 116 25 3 6 165 46 1 1 20 2 27 0 2 69 14 .254 .298 .362 .660
2017 91 167 151 11 31 7 0 1 41 8 0 1 7 0 9 0 0 39 4 .205 .250 .272 .522
NPB:10年 694 1756 1577 110 360 62 6 17 485 185 4 2 72 10 90 7 7 264 51 .228 .271 .308 .579
  • 2017年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


一塁 二塁 三塁 遊撃
















































2008 - - 2 0 0 0 0 .--- -
2009 - - 1 0 0 0 0 .--- -
2010 - 81 179 240 2 47 .995 29 5 11 0 2 1.000 -
2011 - 35 101 86 0 19 1.000 32 1 13 2 1 .875 -
2012 - 17 36 50 0 11 1.000 84 28 60 2 7 .978 12 10 17 0 3 1.000
2013 3 4 0 0 0 1.000 7 8 10 0 2 1.000 12 3 13 0 1 1.000 50 38 117 2 22 .987
2014 - 22 32 33 3 8 .956 10 2 6 0 3 1.000 72 82 199 4 49 .986
2015 - 2 2 1 0 1 1.000 34 10 34 0 6 1.000 7 11 10 0 1 1.000
2016 - 3 7 4 0 1 1.000 - 129 199 405 10 76 .984
2017 7 20 1 0 0 1.000 18 27 26 0 9 1.000 51 16 36 4 5 .929 11 15 36 0 10 1.000
通算 10 24 1 0 0 1.000 185 392 450 5 98 .994 255 65 173 8 25 .967 281 355 784 16 161 .986
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 24 (2007年)
  • 1 (2008年 - 2014年)
  • 63 (2015年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

関連情報[編集]

関連書籍[編集]

  • 『中日ドラゴンズ名選手の時代:テレビマンが描いたドラゴンズ痛快伝説』(浅野芳光著、名古屋丸善出版サービスセンター、2007年11月、ISBN 9784895973854

脚注[編集]

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  1. ^ 中日 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2017年11月17日閲覧。
  2. ^ アーカイブされたコピー”. 2010年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年12月2日閲覧。
  3. ^ 中日スポーツ 2009年3月2日付
  4. ^ 中日・堂上 戦力外兄の背番号で出直し「自分から言いました」スポーツニッポン2014年12月27日配信
  5. ^ 中日大野が新選手会長「明るく、強いチームを作る」 - 日刊スポーツ(2015年11月30日19時29分)
  6. ^ 中日堂上300万円ダウン「結果出せず悔しかった」日刊スポーツ(2017年11月12日20時17分)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]