リーガロイヤルホテル

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株式会社ロイヤルホテル
THE ROYAL HOTEL, LIMITED
種類 株式会社
市場情報 (旧大証2部)
東証2部 9713
本店所在地 日本の旗 日本
530-0005
大阪市北区中之島5丁目3番68号
設立 1932年(昭和7年)3月14日
(株式会社新大阪ホテル)
業種 サービス業
代表者 代表取締役社長  川崎 亨
資本金 普通株式:10,602百万円
A種優先株式:18,102百万円
発行済株式総数 普通株式:102,716,515株
A種優先株式:300,000株
売上高 連結:48,516百万円
単独:32,628百万円
営業利益 連結:△450百万円
単独:41百万円
純利益 連結:△17,942百万円
単独:△15,168百万円
包括利益:△17,825百万円
純資産 連結:14,879百万円
単独:17,405百万円
総資産 連結:77,265百万円
単独:74,370百万円
従業員数 連結:2,410〔1,035〕人
単独:1,585〔735〕人
決算期 3月31日
主要株主 森トラスト株式会社 39.90%
アサヒビール株式会社 9.33%
サントリーホールディングス株式会社 6.96%
株式会社三井住友銀行 3.13%
日本生命保険相互会社 1.74%
三井住友海上火災保険株式会社 1.51%
三井住友ファイナンス&リース株式会社 1.29%
株式会社竹中工務店 1.09%
住友信託銀行株式会社 1.03%
住友化学株式会社 0.97%
主要子会社 株式会社リーガロイヤルホテル広島 51.2%
関係する人物 山本為三郎 - 設立者
外部リンク http://www.rihga.co.jp/
特記事項:経営指標は 2011年3月 第85期 有価証券報告書
※1:従業員数は、就業人員数であり、嘱託及び契約の従業員数を含めてお、臨時従業員数は、パートタイマーの従業員数であり、〔 〕内に年間の平均人員を外数で記載している。
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リーガロイヤルホテルRIHGA ROYAL HOTEL)は、大阪府大阪市北区中之島五丁目にある日本ホテルの一つ。リーガロイヤルホテルチェーンの一つである。本項では運営会社の株式会社ロイヤルホテルThe Royal Hotel, Ltd.)についても述べる。因みにRIHGAはRoyal International Hotel Group & Associatesの頭文字をとったものである

特徴[編集]

大阪の大型ホテルの一つとして新大阪ホテル(旧名)の設立当初より評判良く、大阪を代表する高級ホテルとしてよく知られている。ホテルの施設などが整っていたりその他観光などの理由で外国の政府関係者がこのホテルを利用することもたびたびある。

その他、特徴ある施設として地下に有名服飾ブランドのブティック(パレロイヤル)などが多数出店している。独創的な商品・サービスを他に先駆けて提供する事も多い。ホテル敷地内にある犬専用のペットホテル(フェリーチェ)などがその一例である。

企業風土として積極的な市場開拓精神もあり、通称「ホテイチ」(ホテルの1階にあるのでそう呼ばれる。似たものにデパートの地下の食料品コーナーの意味で「デパチカ」がある)と呼ばれるホテルブランド(リーガロイヤルホテルでは、「メリッサ」)の食品・惣菜の専門店を日本国内において戦略的に事業展開し一時マスコミを中心に「ホテイチ」の流行を作った。こういったこともあり関西では知られているホテルである。

沿革[編集]

1935年(昭和10年)10月16日に前身の「新大阪ホテル」が中之島3丁目に開業する(1973年まで営業)。

1958年(昭和33年)には中之島2丁目に「大阪グランドホテル」を開業した(後に「リーガグランドホテル」に改称、2008年まで営業)。

1965年(昭和40年)には中之島5丁目の現在地に「大阪ロイヤルホテル」を開業し、後に「ロイヤルホテル」に改称した。1990年(平成2年)4月、グループ名をロイヤルホテルからリーガロイヤルホテルグループに改称、1997年(平成9年)4月にはホテル名も「ロイヤルホテル」から「リーガロイヤルホテル」に改称した。

1980年代から1990年代にかけて海外・国内に積極的に店舗展開を図った。1994年(平成6年)には早稲田大学との土地信託方式により「リーガロイヤルホテル早稲田(現・東京)」を開業して初めて本格的な東京進出を果たし、海外では、ケアンズオーストラリア)、ボルネオインドネシア)、ニューヨークなどに進出したが、その後は海外事業から順次撤退し、2006年(平成18年)7月には、最後まで展開していたケアンズコロニアルクラブリゾートを地元資本に売却して海外事業から完全に撤退した。また、国内でも、リーガロイヤルホテル成田(現ヒルトン成田)を売却するなど、規模を縮小した。

2006年(平成18年)、森トラスト第三者割当増資を行い、従前の筆頭株主のアサヒビールに代わり森トラストが40%の大株主となった。それ以前は住友グループの一員ともいえるほど親密であり、住友の企業城下町である新居浜市にも出店している。

2008年(平成20年)6月ホテルオークラとともにマーケティング業務などを手掛ける共同出資会社としてオレンジマーケティングサービスジャパンを設立した。

2017年夏に、新しいブランドのラグジュアリーホテルを中之島フェスティバルタワー(大阪グランドホテル→リーガグランドホテル跡地)と正対する中之島フェスティバルタワー・ウエスト(仮称)の高層階にオープンさせる予定[1]

経営状況[編集]

経営状況においては、バブル期絶頂期までは特に問題なく安定していたが、ただ当時のいくつかの他の日本企業と同じく、バブル期その当時に莫大な投資をして国内・海外にいくつかホテルを新規展開した。これによって全国的にホテルのブランド名が知られたという効果を持った側面があった。

しかしバブル崩壊の業績悪化により、それら新規投資ホテルは結果として売却されたので殆ど利益にならなかった。明らかに当時の経営陣による大失敗であり現在に至るまで負の遺産としてグループ全体に悪影響を及ぼしている。

また住友グループと呼べる関係が長らく続き、住友関連銀行よりの融資における比率等は下がったとはいえ現在に至るまでいくらかの影響を直接・間接的に住友グループより受けており、バブル期における経営者も含め、人事にもその影響がある様である。その他のつながりとしては住友に限らず関西財界からは支援を受けており例にとると関西電力やパナソニックとも良好な関係を築いている。

その一方、大阪本店を中心としていくつかのグループホテルでは経営状態は安定しており、やや経営が持ち直している面もあるとされるが業績では2001年(平成13年)3月期の売上733億円に対し、2006年(平成18年)3月期で売上584億円(見込み)と他ホテルやビジネス宿泊特化系との激しい競争の影響が見られる。

また前述のとおり、森トラストとの業務資本提携及び三井住友銀行の債務株式化(デット・エクイティ・スワップ)による金融支援が決定したが、2001年度(平成13年度)にも一度金融支援を受けている。

2006年(平成18年)10月24日、一部報道で森トラストと合同で中之島再開発の件が報じられた、現在のウェストウィングを取り壊しオフィスと一体化した新たな高級ホテルを建築するというものである。ウェストウィングは老朽化しておりその対応も急務であったところであるが、減資及び増資で希薄化した株式また収益に比して未だ過大な債務など財務上の不安は抱えており新たな投資に耐えられるかが焦点になる(その後、2007年2月19日 ウエストウイング 6階 - 13階シングルルーム全360室を改装する(2007年夏着工)と発表)。また森トラスト自体は東京で「コンラッド東京」の経営にも参画していることもあり、こういった「身内」の外資とロイヤルホテルの提携に踏み込んだ場合業界再編につながる可能性も指摘される。

新大阪ホテル[編集]

戦前、大阪に国際的・近代的ホテルを求める財界の声があがり、1932年昭和7年)に大阪市住友合資会社を中心とする大阪財界の有力者が協力して新たなホテルを設立することになった。はじめ帝国ホテル社長犬丸徹三も参画し、大阪市土木部に臨時ホテル建設事務所を設け、京都帝国大学教授武田五一にその主幹を委嘱して基礎工事を進めていたが、事情があって改めて長谷部竹腰建築事務所がこれを引き受けることになり、竹腰健造が大阪市土木部臨時ホテル建築事務所副主幹を委嘱された。竹腰は犬丸と打ち合わせて内部プランを全面的に改め、外観は長谷部鋭吉がルネッサンス式に変更した。地下2階、地上8階建ての建物は1931年(昭和6年)10月1日に着工、1935年(昭和10年)1月10日に竣工した。基礎は大林組、主體は清水組(現・清水建設)による施工であった。

1935年(昭和10年)、新大阪ホテルダイビル近くの当時の住所で大阪市北区中之島3丁目5番地(現:住友中之島ビル)に開業した。なお、この名称の「新」は、かつてあった「大阪ホテル」(現在の大阪市立東洋陶磁美術館の場所にあった)と区別するためであり、当時未開業であった新大阪駅とは無関係である。また、新大阪ホテルはロイヤルホテル開業より後の1973年(昭和48年)まで営業していた。因みに現在、西中島南方駅の近くにも同名のビジネスホテルが存在するが、リーガロイヤルホテル及びその関連企業とは全く無関係である。

リーガロイヤルホテル(本店)[編集]

リーガロイヤルホテル
RIHGA ROYAL HOTEL.jpg
ホテル概要
運営 株式会社ロイヤルホテル
前身 新大阪ホテル
大阪ロイヤルホテル
階数 地下2 - 30階
レストラン数 21軒
部屋数 973室
シングル数 363室
ダブル数 122室
ツイン数 423室
スイート数 39室
駐車場 840台
開業 1965年10月11日
最寄駅 京阪中之島駅
最寄IC 阪神高速中之島西出入口
所在地 〒530-0005
大阪府大阪市北区中之島五丁目3番68号
公式サイト 公式サイト
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大阪本店の施設は何度か改築・新築等をして現在に至る。客室の多さ・種類、宴会施設の広さ、レストランなどの施設が充実している大型ホテルである。また四面体を組み合わせた風貌も印象的である。

  • 1965年(昭和40年)10月11日 - 現在地に「大阪ロイヤルホテル」として開業する(当時の本館が現在のウエストウイングである)。
  • 1973年(昭和48年)9月1日 - 「ロイヤルホテル」と改称する。
  • 1973年(昭和48年)9月29日 - 地上30階建の新館(現在のタワーウイング)が完成する。建築設計は吉田五十八研究室[2]
  • 1997年(平成9年)4月1日 - 名称を「リーガロイヤルホテル」に改める。
  • 2002年(平成14年) - タワーウイング23階から27階にエグゼクティブフロアの「ザ・プレジデンシャルタワーズ」がオープンする。
  • 2005年(平成17年) - タワーウイング19階から22階に日本の自然をテーマにした「ザ・ナチュラルコンフォートタワーズ」がオープンする。

チェーンホテル[編集]

グループホテル[編集]

名称 画像 所在地 開業年 客室数 備考
リーガロイヤルホテル東京
GazouBoshu.png
東京都新宿区 1994年 127室 (株)ロイヤルホテルが運営
旧・リーガロイヤルホテル早稲田
早稲田大学との土地信託方式により同大学の敷地内に建設され、同大学早稲田キャンパスの大隈庭園都電早稲田駅と並んだ新目白通りに面した場所にあり、ホテル-高田馬場駅間を大阪本店と同様の送迎バスが運行されている。
くろよんロイヤルホテル
KUROYON ROYAL HOTEL.jpeg
長野県大町市 1988年 73室 (株)関電アメニックスが運営
リーガロイヤルホテル京都
Rihga Royal Hotel Kyoto 20110417-001.jpg
京都市下京区 1969年 484室 (株)ロイヤルホテルが運営
旧・京都グランドホテル
リーガロイヤルホテル
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大阪市北区 1965年 974室 (株)ロイヤルホテルが運営
旧・ロイヤルホテル
リーガ中之島イン
GazouBoshu.png
大阪市西区 1981年 340室 (株)リーガ中之島インが運営
住友成泉住友吉左衞門社主の不動産会社)による成泉ビルディングのホテル区画を賃借。
リーガロイヤルホテル広島
Motomachi CRED 20111116-3.JPG
広島市中区 1994年 490室 (株)リーガロイヤルホテル広島が運営
リーガロイヤルホテル小倉
RIHGA Royal Hotel Kokura - 01.JPG
北九州市小倉北区 1993年 295室 (株)リーガロイヤルホテル小倉が運営
リーガロイヤルグラン沖縄
GazouBoshu.png
沖縄県那覇市 2012年6月1日 157室 (株)ロイヤルホテルが運営
旧・ロイヤルホテル
保有・経営はグランホテルオペレーション(株)(那覇市)。

他の関係ホテル[編集]

名称 画像 所在地 開業年 客室数 備考
都市センターホテル
Toshi Center Hotel.JPG
東京都千代田区平河町 1959年 (株)東京ロイヤルホテルが運営
家主の日本都市センターから受託運営。
1999年(平成11年)に建て替え竣工
リーガホテルゼスト高松
GazouBoshu.png
香川県高松市 1992年 アソシエイトホテル。旧ホテルリッチ高松から鞍替え。穴吹エンタープライズが運営。
リーガロイヤルホテル新居浜
RIHGA Royal Hotel Niihama.jpg
愛媛県新居浜市 1990年 アソシエイトホテル。以前は、ロイヤルホテルの連結子会社であった(株)リーガロイヤルホテル新居浜により、運営されていた。

2012年4月26日からは、リーガロイヤルホテル新居浜の株式及び債権の譲渡を受け、ブリーズベイホテル(株)が運営している。それと同時に、ロイヤルホテルとブリーズベイホテルの間でフランチャイズの契約を交わしており、名称や雇用は引き継がれている。

かつてのグループホテル[編集]

名称 画像 所在地 開業年 客室数 備考
ヒルトン成田
Hilton Narita Building.JPG
成田市 1993年 548室 (株)リーガロイヤルホテル成田が運営。
2001年(平成13年)に維新ホスピタリティ特別目的会社が買収し経営撤退するも、不動産譲渡損により250億円余りの特別損失が発生。ロイヤルホテル2001年(平成13年)3月期連結決算での債務超過状態を生じさせる一因となった。2002年(平成14年)に外観はそのままでヒルトン成田となる。
リーガグランドホテル
New asahi bld01 2816.jpg
大阪市北区 1958年 (株)朝日ビルディングが運営
旧・大阪グランドホテル
2008年3月31日にエリア再開発の為、閉鎖
リーガロイヤルホテル堺
RIHGA ROYAL HOTEL SAKAI & Portas Sakai.jpg
堺市堺区 1993年 241室 (株)ブリヂストン・リーガが運営
(株)アゴーラ・ホスピタリティーズに売却後、2012年10月1日にホテル・アゴーラ リージェンシー堺としてリブランドされた。
Rihga Royal New York a JW Marriott Hotel
リーガロイヤルホテルニューヨーク
The London NYC 8Av 54St sun jeh.jpg
151 West 54th Street, New York City, NY
ニューヨーク市マンハッタン西54丁目
1989年 Rihga Royal Hotel(NYC)Co.,Ltd.が運営。
54階建てで全室スイートルームという、ロイヤルホテル至上最大級の贅を尽くしたセントラルパークの西側に聳え立つ“バブルの塔”。2001年(平成13年)に米国籍の投資ファンドへ売却し経営撤退となり、JWマリオットと提携。しかし名称変更までは提携が維持された。2006年(平成18年)よりLuxury Hotels & Resort(アメリカ)による『ロンドンNYC(The London NYC)』として運営。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2017年夏に新ブランドのラグジュアリーホテルを開業 - ロイヤルホテル 2014年3月25日
  2. ^ ロイヤルホテル(現リーガロイヤルホテル) [大阪]│過去の代表作品│建築作品│株式会社 竹中工務店 - ウェイバックマシン(2011年4月21日アーカイブ分)

外部リンク[編集]

座標: 北緯34度41分25.76秒 東経135度29分14.41秒 / 北緯34.6904889度 東経135.4873361度 / 34.6904889; 135.4873361