宮根誠司

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
Camera-photo Upload.svg 画像提供依頼:顔写真の画像提供をお願いします。2015年12月
みやね せいじ[1]
宮根 誠司
Replace this image JA.svg
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 島根県大田市[1]
生年月日 1963年4月27日(53歳)[1]
血液型 B型[1]
最終学歴 関西大学経済学部卒業(1987年)[2]
所属事務所 テイクオフ(TakeOFF)
職歴 朝日放送アナウンサー・アナウンス部課長[要出典]
(1987年 - 2004年)
活動期間 1987年 -
ジャンル フリーアナウンサー司会者
配偶者 あり[3]
出演番組・活動
現在 情報ライブ ミヤネ屋
Mr.サンデー』など
過去 おはよう朝日です

宮根 誠司(みやね せいじ、1963年4月27日 - [1])は、日本フリーアナウンサータレント司会者。元朝日放送アナウンサー[1]島根県大田市出身[1]関西大学経済学部進学以降は大阪府大阪市在住[要出典]テイクオフ(TakeOFF)所属[1]

来歴[編集]

局アナ時代[編集]

島根県立大田高等学校卒業後、浪人生活[4]を経て関西大学経済学部に入学。大学卒業後の1987年朝日放送(以下、ABC)へ入社[5]。元々アナウンサーを志してはいなかったが[2]、就職活動中にふと立ち寄った就職課で朝日放送の募集掲示を見て軽い気持ちで応募し、面接でのトークが成功して採用された[2][5]。新人時代はアナウンサーとしての基礎知識がなくなかなか担当番組がもらえずニュース読みを続けたという[2]

1989年にはABCラジオABCラジオシティ』で小林千絵と共演した[要出典]1990年4月、[要出典]ABCテレビおはよう朝日です』(以下、おは朝)に代打で出演したことが転機となり、同番組のリポーターになった[2]2年上の先輩・岡元昇とともに司会を務め、主にスポーツコーナーやスポーツ新聞の芸能面紹介などを担当する[要出典]

1994年からは『おは朝』の単独司会を務める[2]従来、『おは朝』は朝の爽やかな情報番組を掲げていたが、宮根の単独司会を機に、長年使われたテーマ曲やスタジオの変更、芸能情報コーナーの拡大等、大幅なリニューアルを実施[要出典]

スポーツ実況の機会もあり、フリー転身後も、ABCテレビの阪神タイガース戦中継で副音声を務めることがある[要出典]

フリー転身後[編集]

2004年3月末でアナウンス部課長職を最後に[要出典]ABCを退社[1]。同年4月より、フロム・ファーストプロダクション大阪支社に所属し、フリーとなる。やしきたかじんがABC社長らを説得したことがフリーになる決め手となったという[6]その時、当時アナウンス部長の和沙哲郎をはじめ社員が宮根を引き止めたと言う[要出典]

フリー転身後も局アナ時代からレギュラー出演していた『おは朝』、『食べて元気!ほらね』にはフリーの立場でしばらく引き続き出演。

2005年4月から1年間、MBSっちゅ〜ねん!』にレギュラー出演。さらに同年11月からは読売テレビ激テレ★金曜日』で司会を務め、テレビ大阪(TVO)を除く在阪準キー局全てでレギュラー番組を持った。

読売テレビでのレギュラー番組『ミヤネ屋』が全国ネット化し、全国的に知名度を上げた(後述)。

以降の宮根は在京キー局発の全国ネットのテレビ番組に、決して頻度は多くないもののゲスト出演するようになる。なお、テレビ朝日系列(古巣・ABCテレビ除く)は2009年3月18日放送の『ワイド!スクランブル』VTR出演のみで、テレビ東京系列全国ネット番組の出演歴は、TVO制作を含めてもない。

2010年3月を以って『おは朝』を降板した(後述)。

2006年7月31日から、金曜のみの放送だった『激テレ』をリニューアルし、新たに月 - 金の帯番組情報ライブ ミヤネ屋』(以下『ミヤネ屋』)をスタートさせた。『ミヤネ屋』のスタートに伴い、平日は『おは朝』と掛け持ちで朝と夕方の生番組の司会を務めることとなる。宮根は『ミヤネ屋』の第1回で、キー局である日本テレビの本社(日テレタワー)に行って『午後は○○おもいッきりテレビ』本番終了後に、司会のみのもんた本人と対談し、第2回では『ザ・ワイド』(2007年9月末で終了)の司会草野仁と対談した。宮根が、みの・草野と共演した番宣用スポットも制作された。

2007年10月1日からは『ミヤネ屋』が関東地区長野県を除いて、『ザ・ワイド』の後番組として13:55 - 16:43(金曜のみ16:50)の枠に移動し、ネット番組に昇格した。2008年1月7日からはテレビ信州でも放送開始し、同年3月31日からは日本テレビでも放送開始した。これによって、全国ネット番組となった。

2008年の『鳥人間コンテスト選手権大会』では、「チームミヤネ屋」のパイロットとしてプロペラのない機体で飛行距離を競う滑空機部門に出場。300m越えを目標とし、301.30mで有名人新記録を樹立。

2009年3月22日東京マラソンに参加。宮根は参加前に『ミヤネ屋』内で「4時間30分を切らなければ丸刈りにする」と宣言した。しかし結果は正式記録で5時間56分09秒(スタートライン通過までのロスタイムを除いた参考記録で5時間40分)。目標を果たせなかったことから、翌日の生放送中にバリカンを入れられ丸刈り頭になった[7]

2012年1月6日発売『女性セブン』にて、再婚前から交際していた飲食店経営の女性との間に、再婚後に生まれた隠し子がいることが報じられた。宮根は番組冒頭で、この報道を認め、謝罪した[8]

2012年12月16日フジテレビ選挙特別番組FNN総選挙2012 ニッポンの決意 JAPAN'S DECISION』でメインキャスターを務める。自身初の選挙特番のメインキャスター担当となった。

新事務所設立[編集]

2010年3月末でフロム・ファーストプロダクションとの契約を解消。これに伴い『おは朝』を降板。3月1日に東京都で設立した事務所である株式会社テイクオフ(TakeOFF)へ4月1日付で移籍した[9]。フリー転身当初からマネージャーを務めた横山武が代表を務める会社である[9]。宮根は所属第1号タレントであり共同出資者でもある[10]

同月より、在京キー局制作番組初のレギュラー番組としてフジテレビにて『Mr.サンデー』(フジテレビ・関西テレビ共同制作)を開始。また、『おは朝』で共演したクマガイタツロウたつをと共に「宮根誠司と2T」を結成し、初代エンディングテーマソング「Hey!Mr.サンデー」の作詞・作曲・歌唱を担当している。

人物[編集]

妻と娘がいる[3]。身長173cm[1]

ゴルフ野球ギターを趣味としている[1]

  • 韓国観光大使であるという[11]
  • 局アナ時代、フリーになりたかったがテレビ局に言いだせなくて悩んでいたとき、やしきたかじんに相談したことがあった。半年後、やしきから電話があり料亭に呼び出された。呼び出された料亭の個室に行ってみたら、やしきたかじんとテレビ局の社長がいた。そして、やしきが社長に「こいつテレビ局を辞めてフリーになりたがってるんですよ」と言ってくれた。これが決め手となり宮根はフリーになることができた[12]
  • 「島根のみのもんた」と称され、ステレオタイプの関西人像を唱えたり、大阪でも特異な人物を「大阪のおばちゃん」と関西代表にすることがある。だが、父親は大阪府出身であるものの、自身は島根県の出身であり、生粋の関西人ではないので近畿方言関西弁ではない発音をすることがある。これらのことにより、「ニセ関西人」と批判されることもあり、2009年には『週刊文春』でその批判に対するインタビューが行われたことがある[13]
  • 学生時代からタモリのファンで追っかけをしていた。浪人時代にタモリのライブを観たことがあり、ニッポン放送タモリのオールナイトニッポン』も熱心に聴いていた[14][15]。2014年1月13日、フジテレビ系『笑っていいとも!』のコーナー「テレフォンショッキング」に出演し、タモリと初めて対面した[15][16]

詳細情報[編集]

現在の出演番組[編集]

単発司会

過去の出演番組[編集]

ABCアナウンサー時代[編集]

ABC退社以降[編集]

レギュラー出演
単発司会・ゲスト出演

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

イベント[編集]

  • ダイワハウススペシャル プロ野球オールスタースポーツフェスティバル(日本プロ野球選手会・讀賣テレビ放送主催、2012年12月6日開催、2013年1月6日日本テレビ系列放送)司会

備考・出典[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e f g h i j k Take Off Mg > Talent > 宮根誠司(Seiji Miyane)
  2. ^ a b c d e f インタビュー 09|宮根アナウンサー | 関大には、人がいる
  3. ^ a b 宮根誠司“二度とこいつ(妻)を裏切っては駄目”と心に誓う│NEWSポストセブン NEWSポストセブン 2012.01.06 16:00
  4. ^ 宮根誠司、タモリと念願の初対面「かなり追っかけでした」― オリコン 2014-01-13 12:48
  5. ^ a b LEADERS NOW! [在学生・卒業生インタビュー番組作りの重点は"生活者目線"]”. 関西大学 (2009年3月1日). 2016年1月6日閲覧。
  6. ^ <私の恩人>宮根誠司 フリーになる時…テレビ局幹部に気持ちを伝えてくれた、たかじんさん | THE PAGE(ザ・ページ) 2013.07.28 11:46
  7. ^ 東京マラソン完走も丸刈りの宮根誠司、来年の公約は「TVで言えないこと」。”. Narinari.com (2009年3月23日). 2012年12月20日閲覧。
  8. ^ 宮根誠司アナ 週刊誌の隠し子報道認め謝罪「全て事実です」 ― スポニチ 2012年1月6日 14:05
  9. ^ a b 宮根誠司アナ気合十分!東京都内に新会社設立 - 『Sponichi Annex』2010年4月14日付
  10. ^ 宮根誠司アナが事務所移籍 “盟友”と新事務所を共同出資で設立 - 『オリコンキャリアニュース』2010年4月15日付ウェブ記事
  11. ^ 実は、韓国観光大使です。 - 『宮根誠司オフィシャルブログ「宮根のブログ屋」』2008年09月12日付
  12. ^ 2016年3月30日放送、フジテレビ『ごきげんよう夜のSP 31年間の感謝をこめて 大物だらけの2時間!』で宮根自身が述べた
  13. ^ 「ミヤネ屋宮根「ニセ大阪人」批判に答える」 - 週刊文春2009年10月29日号
  14. ^ “宮根アナ、いいともでタモリと初対面 (2/2)”. デイリースポーツ. (2014年1月13日). http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2014/01/13/1p_0006633935.shtml 2014年2月26日閲覧。 
  15. ^ a b “宮根誠司、タモリと念願の初対面「かなり追っかけでした」”. ORICON STYLE (オリコン). (2014年1月13日). http://www.oricon.co.jp/news/2032897/full/ 2014年2月26日閲覧。 
  16. ^ “宮根アナ、いいともでタモリと初対面 (1/2)”. デイリースポーツ. (2014年1月13日). http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2014/01/13/1p_0006633935.shtml 2014年2月26日閲覧。 
  17. ^ 当日は『情報ライブ ミヤネ屋』が高校サッカー中継により休止のために実現となった。[要出典]
  18. ^ スペシャルウィークの一環として起用され、桑原や小川恵理子(かつて『おはよう朝日です』で共演)と共演。本来「私の通信簿」は水曜14時台のコーナーだが、『情報ライブ ミヤネ屋』がある都合上、事前収録したうえ13時台に繰り上げられた。[要出典]
  19. ^ 同日は木曜日だったが、同曜日レギュラーのダイアンは欠席で、喜多ゆかりABCアナ(かつて『おはよう朝日です』で共演)と火曜日レギュラーの鈴木淳史が代役を務めていた。[要出典]
  20. ^ 宮根アナ&松平アナ「あさが来た」出演!生保の社長役「存在感」”. スポニチアネックス (2016年2月19日). 2016年2月19日閲覧。

外部リンク[編集]