会席料理
会席料理(かいせきりょうり)は宴会や会食で用いられるコース形式の日本料理[1]。連歌や俳句の会席で、本膳料理を簡略化したもの[2]。 それ以前のもてなし料理であった本膳料理や茶懐石が飯と汁を最初に出していたのに対し、酒と酒肴を先に出し飯と汁を最後に出すのが特徴である[3]。 酒を飲むための料理を重視し、酒宴向きの構成になっている[4]。 一品ずつ順にできたてを客に出すが[3][5][6]、実際にはあらかじめ数品を卓上または膳に据えておいて、吸い物など熱いものだけをあとから逐次運ぶ運用としてもよい[7][6]。これは席の都合や客筋にもよる。
会席料理は高級料理屋で出す上等の料理を言う[8][9]。茶懐石は旬の材料を重んじるが、会席料理ははしりの品を珍重する[10][11]。茶懐石では手をかけない侘びた料理を貴び、品数をいたずらに増やすことは嫌うが、一方で会席料理は華美なもの、細工を凝らした料理をよしとし、品数も席の都合に合わせて増やしてよい[11]。江戸時代に豪奢なことで名高かった八百善の献立は、最後に出る飯・汁を除き実に十一種の酒肴が出たという[12]。 守貞謾稿は当時のせいろ蕎麦が十六文、一汁三菜相当くらいの会席料理(後述)を銀十匁と記している[13]。つまり会席料理の代価は蕎麦40~50人分に相当したものと思われる。
歴史
[編集]会席料理の形成期においては、即席料理や膳くずしなど、会席料理に類似する料理形式が存在した[14]。寛政年間に入ると、本膳を出すのではなく、酒と酒肴を最初に出す形式となり、会席料理形式が一般化した[14]。明治時代に入ると、献立の最後に香の物とご飯を出すようになり、明治時代後期には会席料理形式の献立が東京や京都の料理屋で定着した[14]。
献立
[編集]会席料理に決まった形式は無い[15]が、通常用いられる会席料理の献立は、吸物、刺身、焼物、煮物の一汁三菜が基本である[16][4]。 。 ここにお通し・揚げ物・蒸し物・和え物・酢の物などの肴が加えられ、最後に飯・味噌汁・香の物、水菓子となる。
「守貞謾稿」には「天保初めころから会席風と称する料理が現れるようになった」と記録があり、こうした会席料理が生まれた当時の献立は[13]:
- 吸い物
- 口取り肴
- 二つ物
- 刺身
- 茶碗
- 一汁一菜と飯と香の物
- 茶と茶菓子
このうち、二つ物とは甘煮と切り焼き魚がそれぞれひと鉢出てくるものだった。料理がすべて出尽くすと、結果としておおむね本膳料理+中酒膳に相当するものが出てくることになり、本膳料理の順序を変えて酒に合う肴を先に出しているだけと言える。
老舗の名店と呼ばれる和食店では、おおむね次のようになる[17][18]:
- 前菜
- 吸い物
- 刺身
- 口替わり
- 焼き物
- 煮物
- 酢の物
- 飯、香の物
- 水菓子
酢の物の前後に茶碗盛を配することもある[19]。
1959年の辻徳光の「料理全集」によると、上記の一汁三菜+酢の物の合間に揚物と蒸し物(茶碗蒸し)を出すのが基本的な献立としている(そして口替わりが基本的な献立に含まないとされている)[20]。また、料理は膳に乗せて配膳するものとしている。
- 前菜
- 前菜を出すようになったのは戦後からであり、西洋料理のオードブルや中国料理の冷菜の影響を受けて取り入れたものである[21][22]。それ以前の会席料理では吸い物を最初に出したものであった。お通し、突き出し、先付(さきつけ)などの異称がある[21]。先付という呼び方は吸い物より先に配膳することからきている[22]。
- 吸い物
- 古典的な会席料理は最初に吸い物が出る。現在でも老舗と呼ばれる歴史ある料理屋では吸い物から始まる[17]。献立の季節感を伝えるのが役目[23]。伝統的な会席料理では最初に吸い物、盃、刺身(または口取り)を膳に並べていっぺんに出す形式がよくつかわれた[4]。客が座に就いたとき最初に吸い物を出すことから、献立には座付きと表記されることもある[24]。吸い物の替わりに椀盛を出すこともある[25]。
- 椀盛
- 吸い物と煮物の中間のような汁[26][27]。吸い物よりも具をたっぷりと盛り、汁も澄まし汁をたっぷり張る[27]。用いる椀も、吸い物椀よりも大きめのもの(四寸五分くらい。対して吸い物椀は三寸六分から四寸二分くらい)を用いる[27]。具は真薯、ひりょうず、丸(がん。つくね団子のこと)などが好まれる[27]。関東では椀盛と呼び関西では煮物椀という[28][29]。本膳料理では平に相当する[26]。
- 刺身
- 御膳の向う側にあるから向付ともいう[24]。もともとは本膳料理の膾からきているので刺身でも酢の物でも構わないのだが、現在では酢の物は小丼や小皿として出されることが多い[5]。向付を酢の物にした場合は刺身を別に付ける[5]。古い宴会形式では刺身は大鉢盛りで出し客ごとに取り分けていた[30]。
- 口替わり
- もともとは本膳料理で出されていた硯蓋や口取りが原型である。口取りとは客が折詰にして持ち帰る用に日持ちのする蒲鉾や魚の甘煮などを言った。明治の頃から口取りを出す習慣は廃れ、その替わりに酒肴として適する料理を出す[31]。これを口替わりという。刺身、焼物と並んで料理の三役とされる[32][33]。料理の山場であり、海の幸、山の幸、里の幸を3品程度盛り合わせる[31][34]。出す順も、もとは吸い物、刺身の直後くらいの最初に出していたものが、現代ではコースの中頃で出す[31]。これは茶懐石の八寸に倣ったやりかた[34]。ただし、酒に合う小料理という点では実質的に前菜であり、現代の実運用では前菜が口替わり・八寸の役割を果たし、口替わりが省略される場合がある[35]。
- 鉢肴
- 焼物のこと。昔は鯛の浜焼きを大鉢に盛って客に出したことから鉢肴という[33]。焼魚は揚物やあんかけに替えてもよく、その場合には台の物とか鉢代わりと呼ばれる[33]。茶懐石に倣って預け鉢という名になることもある。
- 煮物
- 汁を煮含めた炊き合せ。関東風の献立では煮物と表記し関西風では炊き合せと呼ぶ[36]。伝統的な会席料理では飯の直前に出し料理の締めくくりとなる品[33]であって、飯の直前に出すことで飯のおかずになる品である[24]。現代の会席料理では中間程度に出す[33]。炊き合せに限らず、茶わん蒸しや蒸し物、あるいは和え物を用いてもよい[33][24]。
- 茶碗盛
- 古い献立では丼あるいは茶碗とも呼ばれ、煮物の後に出す、澄まし汁をたっぷり盛った吸い物の一種[37]。椀盛よりは実が少なく、塩味の澄まし仕立てとするが、椀盛で用いる塗椀は内側の色が濃いのに対し茶碗は内側が白いことから、見た目を損なわないよう椀盛より淡く味付けし、醤油は一滴程度とするのが流儀[5][38][37]。茶碗盛は茶碗蒸しに代えてもよい[5]。茶碗蒸しや土瓶蒸しは入れ物の分類からいうと茶碗盛に属する[39] 。茶懐石で用いる箸洗いも茶碗盛の一種である[37]。本膳料理の二の汁に対応する[40]。現代では茶碗盛は廃れ、止め椀と称して味噌汁にとって代わられた[41]。
- 強肴
- 一汁三菜の数に含まれない料理を出すときに用いる。品数や内容も決まりはなく、出さなくてもよい[42]。酢の物を強肴として出す例[17]があるが、それに限らず鮓、加工肉などの例もみられる。
- 止め椀
- 味噌汁を用いるのが通例となっている[43]が、季節やお席によっては雑炊や粕汁を用いる例もある[44]。
献立の例
[編集]- 先付(さきづけ)・・・ 前菜
- 椀物(わんもの)・・・ 吸い物、煮物
- 向付(むこうづけ)・・・ 刺身、膾
- 鉢肴(はちざかな) ・・・ 焼き物、焼魚
- 強肴(しいざかな) ・・・ 炊き合せ等
- 止め肴 ・・・ 原則として酢肴(酢の物)、または和え物
- 食事 ・・・ ご飯・止め椀(味噌汁)・香の物(漬物)
- 水菓子 ・・・果物
ご飯、止め椀、漬物は同時に供される。ただし上記以外にも油物(揚げ物)や蒸し物、鍋物が出ることがある。油物が供される場合には一般に強肴のあとである。飲み物は基本的に日本酒、または煎茶である。近年はほうじ茶やコーヒーが出されることもある。明治時代以降は肉も出される。シチューなどの洋食の皿が交えられたり、デザートとして洋菓子が供されたり、ご飯の代わりに蕎麦やうどんが出されることもあり、上記のような献立の流れに必ずしもとらわれるものではない。
以下に料亭や料理旅館で供される一般的な流れを記す。なお、店によって若干の違いがある。
- 先附
- 八寸
- お椀
- お造り
- 揚げ物
- 蓋物
- 台の物
- 食事(ご飯・香の物・止め椀)
- 甘味
会席料理をユネスコ無形文化遺産に
[編集]2011年ころから日本食をユネスコ無形文化遺産に提案しようとする動きが高まり、農林水産省主催の「日本食文化の世界無形文化遺産登録に向けた検討会」が設置された。第2回検討会では「会席料理を中心とした伝統を持つ特色ある独特の日本料理」という名称で登録する方針となった[45] 。 登録には5条件からなる登録基準を満たすことが求められており、その一つとして、関係する社会・集団が幅広く参加しており、その参加者の同意があることが必要となる[46]。言い換えれば、エリート層だけが用いる文化であってはならず、また世代を超えて継承されているものでなければならない[45]。 検討会は国内のさまざまな個人・団体に同意陳述書を求めたが、2011年9~11月下旬の時点で記入された同意陳述書は「会席料理を中心とした伝統を持つ特色ある独特の日本料理」についてだった[47]。
ところが、2011年11月に韓国が申請していた「李朝の宮廷料理」がユネスコ委員会に却下された。理由はエリート向けの文化であって社会に定着していないこと、および後継者による継承が行われていないことだった[47][45] 。 これを受け、第4回検討会では日本の庶民も用いる食事や風習に軸足を置きなおし、申請対象を「和食;日本人の伝統的な食文化」に変更する方針とし、同意陳述書も取り直すこととした[47][45] 。 2013年12月4日、「和食;日本人の伝統的な食文化」が無形文化遺産に登録された[47][45] [48]。
この結果を受けて、日本は和食文化を保護・継承する義務を負うこととなり、これを実施する主体として2015年2月「一般社団法人和食文化国民会議」を設置した[49] 。
脚注
[編集]
出典
[編集]- ↑ 『四季日本の料理 夏』講談社 ISBN 4-06-267452-1
- ↑ 広辞苑第5版
- 1 2 江原ほか 2009, p. 155.
- 1 2 3 赤羽ほか 1971, pp. 23–25.
- 1 2 3 4 5 日本料理 1962, p. 190.
- 1 2 平野 1982, pp. 253–254.
- ↑ 会席料理 1979, pp. 260–261.
- ↑ 日本料理技術選集25 1980, p. 248.
- ↑ 橋本 2015, pp. 73–75.
- ↑ 平野 1982, p. 254.
- 1 2 会席料理 1979, p. 243.
- ↑ 阿部 1982, pp. 39–40.
- 1 2 守貞謾稿 1927, pp. 113–114.
- 1 2 3 菊池ますみ『会席料理形式の形成と変化』一般社団法人 日本家政学会 食文化研究部会、2017年。doi:10.50859/jfcj.13.0_43。2022年7月28日閲覧。
- ↑ 日本料理技術選集25 1980, p. 260.
- ↑ 会席料理 1979, pp. 241, 256–257.
- 1 2 3 四季 日本の料理夏 1998, pp. 10, 16, 34.
- ↑ 会席料理 1979, pp. 241–244.
- ↑ 学苑 1956, pp. 106–107.
- ↑ 辻 1959, pp. 465–466.
- 1 2 学苑.
- 1 2 会席料理 1979, p. 248.
- ↑ 会席料理 1979, pp. 241, 248–255.
- 1 2 3 4 辻 1959, p. 466.
- ↑ 学苑 1956, pp. 108–109.
- 1 2 調理師全書 1969, p. 70.
- 1 2 3 4 後藤 1980, pp. 3–5.
- ↑ 魚谷 1936, p. 14.
- ↑ 料理用語・基本技術事典 1958, p. 180.
- ↑ 会席料理 1979, p. 261.
- 1 2 3 学苑 1956, pp. 107, 109–110.
- ↑ 大河内 1962, p. 103.
- 1 2 3 4 5 6 会席料理 1979, p. 252.
- 1 2 会席料理 1979, p. 251.
- ↑ 調理師全書 1969, p. 67.
- ↑ 学苑 1956, pp. 110.
- 1 2 3 料理用語・基本技術事典 1958, p. 110.
- ↑ 秋穂 1917, pp. 31, 118–189.
- ↑ 食物事典 1966, p. 201.
- ↑ 会席料理 1979, p. 247.
- ↑ 学苑 1956, pp. 107.
- ↑ 学苑 1956, pp. 111.
- ↑ 会席料理 1979, p. 249.
- ↑ 辻 1972, p. 36.
- 1 2 3 4 5 江原 2015, pp. 321–322.
- ↑ ユネスコ無形文化遺産について 2026.
- 1 2 3 4 チフィエルトカ 2016, pp. 30–154.
- ↑ “無形文化遺産”. 文化庁. 2026年6月6日閲覧。
- ↑ 江原 2015, pp. 323.
参考文献
[編集]- 広辞苑第5版[要文献特定詳細情報]
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- 『最新版 冠婚葬祭事典』講談社 1978.11.20 42頁
- 江原絢子、石川尚子『日本食物史』吉川弘文館、2009年。ISBN 978-4-642-08023-1。
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- 宮沢退助、阿部孤柳『会席料理』 25巻、柴田書店〈日本料理技術選集〉、1980年11月。
- 橋本直樹『食卓の日本史』勉誠出版、2015年12月、73-75頁。ISBN 978-4-585-230397。
- “日本料理”. 雄鶏社 (1962年). 2025年11月24日閲覧。
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- 宮沢退助 (1979年7月1日). “会席料理”. 柴田書店. doi:10.11501/12100650. 2025年7月23日閲覧。
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- カタジーナ・チフィエルトカ 著、安原美穂 訳『秘められた和食史』新泉社、2016年9月。ISBN 978-4-7877-1607-1。
- 江原絢子「ユネスコ無形文化遺産に登録された和食文化とその保護と継承」『日本調理科学会誌』第48巻第4号、2015年、320-324頁。