唐桟

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唐桟(とうざん)とは、江戸時代以降にヨーロッパ船や中国船によってもたらされた綿織物およびそれを模倣して作った綿織物。

概要[編集]

主に、オランダ東インド会社と中国の船によって南アジア方面から持ち込まれた物を指し、コロマンデル海岸のセントトマス産とされる桟留(さんとめ)、ジャワ島産とされる咬𠺕吧(じゃがたら)、セイロン島産とされる錫蘭(せいらん)、ベンガル地方産とされる弁柄(べんがら)などがある[1]

また、唐桟という語が桟留の別称として用いた事例もある。これは桟留が唐桟の中でも特に珍重されていたこと、江戸時代中期から後期にかけて日本の綿織物産地でも国産の桟留が織られるようになったために、こうした和物と区別する意味で用いられていたとみられている。

享保年間に京都西陣において、外来の桟留を元にした和物の桟留を織る技術が確立されると、各地で同様の織物が作られるようになった。尾西地方の尾州縞、西濃地方の美濃縞、武蔵国入間郡の川唐(かわとう、同郡の川越が生産拠点となったため)などが知られた。

唐桟は武士の冬や庶民の晴着・羽織の材料として愛され、大奥でも重宝されたことから唐桟を「奥島」と呼んだとする俗説も生じた(ただし、大奥が整備される寛永年間には既に「奥島(奥縞)」の語が定着していたことから、あくまでも俗説で、実際には唐桟の産地が日本から遠く離れた海の奥にあったことに由来しているとされる)。

出典・脚注[編集]

  1. ^ 羽田 2017, p. 285.

参考文献[編集]

  • 林英夫「唐桟」(『国史大辞典 10』(吉川弘文館、1989年) ISBN 978-4-642-00510-4
  • 小笠原小枝「唐桟」(『日本史大事典 5』(平凡社、1993年) ISBN 978-4-642-00510-4
  • 荒野泰典「唐桟」(『日本歴史大事典 3』(小学館、2001年) ISBN 978-4-09-523003-0
  • 羽田正 『東インド会社とアジアの海』 講談社〈講談社学術文庫〉、2017年 

関連項目[編集]