宮崎放送

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
株式会社宮崎放送
Miyazaki Broadcasting Co.,Ltd.
Mrt logo.svg
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 MRT
本社所在地 日本の旗 日本
880-8639
宮崎県宮崎市橘通西4丁目6番7号
設立 1954年3月
業種 情報・通信業
法人番号 1350001001886 ウィキデータを編集
事業内容 ラジオ・テレビ放送
代表者 代表取締役社長 牧巌
資本金 162,000,000円
売上高 5,251,055,130円(2021年3月期)[1]
営業利益 108,339,022円(2021年3月期)[1]
経常利益 102,410,053円(2021年3月期)[1]
純利益 118,599,999円(2021年3月期)[1]
純資産 10,045,333.401円(2021年3月期)[1]
総資産 12,003,880.020円(2021年3月期)[1]
従業員数 113人(2021年3月31日現在)
主要株主 宮崎放送持株会(10%)
毎日新聞社(9.9%)
宮崎県(9.7%)
主要子会社 株式会社デンサン
株式会社MRTアド
外部リンク https://mrt.jp/
テンプレートを表示
宮崎放送
基本情報
英名 Miyazaki Broadcasting Co.,Ltd.
略称 MRT
本社 〒880-8639
宮崎県宮崎市橘通西
4丁目6番7号
演奏所 本社と同じ
公式サイト https://mrt.jp/
ラジオ
放送対象地域 宮崎県
系列 JRN / NRN系
愛称 MRTラジオ
呼出符号 JONF
呼出名称 みやざきほうそう
開局日 1954年7月1日
親局 / 出力 宮崎 936kHz /  5kW
テレビ
放送対象地域 宮崎県
ニュース系列 JNN
番組供給系列 TBSテレビネットワーク
愛称 MRTテレビ
MRT宮崎放送
呼出符号 JONF-DTV
呼出名称 みやざきほうそう
デジタルテレビジョン
開局日 1960年10月1日
リモコンキーID 6
デジタル親局 宮崎 15ch
アナログ親局 宮崎 10ch
ガイドチャンネル 10ch
主な中継局 中継局参照
主なアナログ中継局 アナログ放送概要参照
特記事項:
九州・沖縄地方の地上波テレビ局で唯一リモコンキーIDに6chを使う
テンプレートを表示
MRTセンター(演奏所、MRT micc、MRTパーキング)
デジタルハイビジョン中継車(2009年)
描かれているのはMRTのキャラクター(左からくーたん・ミーモ・ぴよ蔵)

株式会社宮崎放送(みやざきほうそう、Miyazaki Broadcasting Co., Ltd.)は、宮崎県放送対象地域とした中波放送(AMラジオ放送)事業とテレビジョン放送事業を行っている、特定地上基幹放送事業者である。略称はMRTMiyazaki Radio & Television)。

1954年(昭和29年)7月に、宮崎県最初の民放として開局した。ラジオ(コールサイン:JONF、宮崎 936 kHz / 5 kW)はJRN系列とNRNクロスネット局。テレビ(コールサイン:JONF-DTV、宮崎 15ch / 1 kW)はJNN系列。

概要[編集]

特別番組『2007 MRT夏祭り〜みやざきの底力〜』内の中継の様子
MRTが使用するビデオカメラパナソニック・AK-HC930)

親局送信所)はラジオがAM936kHz / FM90.4MHz、テレビが15ch(リモコンキーID:6ch)で送信しており、宮崎県外でも視聴・聴取が可能である。

社屋(演奏所)は宮崎市の中心市街地にある橘通りにあり[2]、関連施設として社屋内にテナントビルの「MRT micc」が、隣接して有料駐車場の「MRTパーキング」がある。これらを総称して「MRTセンター」または「MRT会館」と呼ぶ。

主な自社制作番組はテレビでは平日夕方(JST、以下同様)の報道情報番組『Check!』、水曜20時台の『わけもん!!』がある。『Check!』は1984年から開始した10時台のローカルワイド番組(2021年終了時は『あさトク!』)と、1974年10月に開始した18時台の報道番組(2021年終了時は『MRTニュース Next』)を2021年春の改編で統合したものである。

毎日新聞朝日新聞とは、1970年に開局したテレビ宮崎(UMK)と比較して関係が深い[3]地元紙宮崎日日新聞とも開局時には関係が深かったものの、テレビ宮崎の開局の際に「マスメディア集中排除原則に反することとなった」ことを理由として同紙はテレビ宮崎との関係を強めるようになった。ただし、2019年現在も宮日文化情報センターと宮日カルチャーMRTミック教室が社屋内に入居しているなど、一定の関係が残っている。

局ロゴとして2006年8月から2014年6月まで、波を基調とした赤いロゴマークを使用していた。ただし、1984年の開局30周年を機に改定されたローマン体のロゴが企業ロゴおよび社章で、放送設備などに状況に応じて使っていた[4]。「MRT micc」と同施設の実質的な駐車場の「MRTパーキング」では2018年現在も1984年からのMRTロゴがそのまま使われている。1984年までは細長いゴシック体が(末期はMが、Rが、Tがだった)使用されていた。また、2006年から開局以来はじめてシンボルキャラクターを制定し、「ミーモ」「くーたん」「ぴよ蔵」の3体がお披露目された。

2014年、開局60年に迎えた7月1日に、黄緑を基調に小文字で「mrt」表記の新しいロゴマークが制定された。同時に「宮崎放送」の和文ロゴも改定された[5]。ただ、東北放送(TBC)、北海道文化放送(UHB)と同様に、小文字はロゴのみで用いられている。

2027年の開催が予定されている第81回国民スポーツ大会国民体育大会を参照)に伴い宮崎県立宮崎工業高等学校第二グラウンド(宮崎県営野球場跡地)にプールおよび民間施設を整備する計画があり[6][7]、民間施設のひとつとしてMRT新社屋を建設、2025年7月の完成を目指すことを明らかにしている[8]

本社・支社[編集]

宮崎本社
〒880-8639 宮崎県宮崎市橘通西4丁目6番7号
JR日豊本線宮崎駅より徒歩15分
都城支社
宮崎県都城市中町13番7号 ライトハウスフェアリー201号室
延岡支社
宮崎県延岡市中町2丁目1番10号 マバラビル3階
日南支局
宮崎県日南市岩崎3丁目4番1号 Ittenほりかわ
東京支社
東京都中央区銀座6丁目4番1号 東海堂銀座ビル8階
大阪支社
大阪府大阪市北区梅田1丁目11番4号 大阪駅前第4ビル802号室
福岡支社
福岡県福岡市中央区天神4丁目1番18号 サンビル[9]

資本構成[編集]

企業・団体は当時の名称。[10][11][12][13]

2021年3月31日[編集]

資本金 発行済株式総数 株主数
162,000,000円 324,000株 136
株主 株式数 比率
宮崎放送持株会 32,400株 10.00%
毎日新聞社 32,000株 09.87%
宮崎県 31,500株 09.72%
宮崎銀行 16,200株 05.00%
日本生命保険 14,000株 04.32%
旭化成 12,000株 03.70%
東芝インフラシステムズ 10,000株 03.08%
朝日生命保険 10,000株 03.08%
第一生命保険 10,000株 03.08%

過去の資本構成[編集]

沿革[編集]

ラジオ開局まで[編集]

開局当時の社屋跡にある記念碑(宮崎市下北方町)

1953年5月30日、当時の郵政省が発表した「標準放送用周波数割当計画表」により、宮崎地区に1490kc、1kWが割り当てられたことから、宮崎県内でも民放局の開局が可能となった。ところが当時は、朝鮮戦争後の不景気(スターリン暴落)により、宮崎の財界では当初開局に向けた動きは全く見られなかった[14]。そこに目をつけたのは鹿児島県のラジオ南日本(現在のMBC南日本放送)であった。ラジオ南日本は宮崎への中継局設置を計画しており、宮崎市内の各方面にパンフレットや中継局設置に関する趣意書を配布するなどの活動を行っていた[15]

この動きに歯止めをかけた人物は、日向日日新聞(現在の宮崎日日新聞)社長の山口徳馬であった[15]。「鹿児島の電波が宮崎の空を飛ぶと、今に鹿児島資本に支配される。」などと、ラジオ南日本の誘いに乗りかけていた岩切章太郎宮崎交通社長、後に第2代MRT社長も兼務)や行政側(宮崎県など)をも巻き込み、1954年3月24日にラジオ宮崎(RMK:Radio Miyazaki K.K.)の設立にこぎつけた。ラジオ演奏所・送信所は当初、宮崎市日ノ出町128番地(1984年時点では宮崎県自動車学校、2021年現在は梅田学園DS 日ノ出校の地)に設置する予定であったが、航空大学校開校により航空機および無線施設の運用に支障がでるおそれが生じたことから断念し、二度の変更を経て宮崎市下北方町に決定された[16]。1954年7月1日に宮崎市下北方町(宮崎市立大宮小学校に隣接)からラジオ放送を開始。宮崎放送ではこの日を開局日としている。

ラジオ開局後[編集]

ラジオ宮崎が開局した1954年はデフレ下に加え風水害が頻発した一年であった。6月から8月にかけての長雨に加え、8月・9月には台風が4回も襲来し、宮崎県における農林業被害額は約150億円に上った(参考:1952年・1953年度の農林業所得が161億円である)。以上の要因により、第1期(1954年度)は690余万円の損失金を計上した[17]。なお、9月7日に襲来した台風13号でラジオ宮崎初の台風情報放送を行い、同月13日の台風12号では停電により停波したことから(当時自家発電装置は未整備)、宮崎県から払い下げを受けた広報車(通称マイクロカー、またはエノケン車と呼称)を用いて台風情報を伝えた[18]。第2期(1955年度)では東京支社・大阪支社の営業力強化などを実施し、神武景気の到来も相まってわずかながらの黒字に転換している[19]

ラジオ宮崎開局当初の周波数であった1490kcはラジオ山梨(現在のYBS山梨放送)と韓国群山市の米軍ビーコン局も使用しており、宮崎市周辺以外では夜間の混信により聴取不可能の状態に陥っていた。このため1956年10月1日に周波数は1480kc(当時日本唯一)に変更され、1956年11月に延岡中継局、1958年5月には都城中継局が設置された[20]。1956年の周波数変更と延岡局開局によりサービスエリアが拡大し混信がなくなったことから、第5期(1957年4月-9月)には繰越損失金がなくなり純利益金も計上、初の株主配当が実施された[19]

ニュースについては全国ニュースは共同通信社、宮崎のローカルニュースは日向日日新聞ラジオ部からの提供であったが、全国ニュースについては1956年5月1日から毎日新聞社西部本社、一部は大阪本社)に切り替えられた。日向日日新聞ラジオ部の初代部長は、後に宮崎日日新聞社やエフエム宮崎の社長を務めた黒木清次であった。日向日日新聞提供によるローカルニュースはその後「宮崎日日新聞ニュース」となり、テレビ宮崎 (UMK) 開局直前の1970年3月末まで続いた[21]。日頃のニュース番組こそ新聞社に依存していたが、これとは別途に録音ニュース番組が自社制作された。当初は毎日夕方に放送枠を設けていたが、専任担当者が1人のみで無理があったことから1959年11月から日曜夕方の15分番組となり、複数回の番組名変更を経て1962年4月まで続いた[22]

1960年頃の特徴として、ラジオの宮崎局・延岡局・都城局の各局から別番組が1日30分程度、地元スポンサーを付けて放送されたことが挙げられる。これは当時の延岡局・都城局がコールサインを持つ独立した有人局であったことから実現したもの。1960年4月1日の18時35分からの15分枠においては宮崎局では『歌う若草美人』(若草商店街提供)、延岡局では『銀天街アワー』(延岡商店商社提供)、都城局では『都城アワー』(都城商店商社提供)が放送されていた。この編成は1960年2月から1963年6月まで実施された[23]。なお、都城局は1962年5月、延岡局は1967年4月に無人局運用に切り替えられた[24]

アナログテレビ放送開始[編集]

アナログテレビ開局当時(1960年)の本社屋

1960年10月1日にはテレビ放送を開始。ニュースネットワークはTBS(当時の社名はラジオ東京)と繋がりがあったことや、九州各県の先発局がJNNに加盟していたこと、マイクロ回線事情を考慮した結果、JNNに加盟することとなった[25]

アナログテレビ放送開始に先立ち1960年7月に報道部を設置。ローカルニュースは『JNNテレビ夕刊』(月曜 - 土曜 18:45 - 18:55)の後半を差し替える形で放送し、また、最終版(平日21時台、土日22時台)の全国ニュース番組名(JNNニュース)を『日向日日新聞ニュース』と改題しており、『テレビ夕刊』終了後に起こったニュースがあれば全国ニュースから差し替えて放送していた。日曜日には『RMKローカル週間ニュース』が編成されており(サービス放送期間中の1960年9月25日より開始)、1960年12月11日から『週間郷土の話題』と番組名を変更し、1970年9月まで放送された。当時のNHK宮崎放送局は下りマイクロ回線未開通の影響で鹿児島局の電波をそのまま放送していたため、ラジオ宮崎のみがローカルテレビニュースを放送していた[26]。なお、1964年8月までは上りマイクロ回線が未開通だったため、ニュース素材(フィルム)を福岡のRKB毎日放送まで輸送しなければならなかった[27]

テレビ放送の送信所は当初宮崎市北部の丘陵地、平和台に設ける予定であったが、中継局を大量に設置する必要があったため鰐塚山に変更された[28]。この変更で親局のみで宮崎県内の約8割をカバーするに至った[28] が、鹿児島県側にもスピルオーバーが発生し、鹿児島県の放送局にも影響を及ぼすことになった。特に大隅半島では容易に視聴できたため、南日本放送は自社の視聴者確保のために急遽鹿屋中継局(同局初の中継局)の設置計画を立てることとなり[29]、ラジオ開局時と逆の事態が発生した。1961年7月には社名と略称を現在の宮崎放送(MRT:Miyazaki Radio & Television)に変更。1966年12月10日にカラー放送を開始した。

1980年代以降[編集]

1984年9月の開局30年を機に、本社機能を宮崎市中心部の橘通りに移転し、"MRT micc"とMRTパーキングを開業。1987年7月には、初代社屋隣にあったラジオ送信所も宮崎市一ツ葉に移転し、下北方町にあった初代社屋跡は住宅地となった。

1990年8月29日には音声多重放送クリアビジョンを、2006年12月には地上デジタル放送ワンセグの本放送を開始した。

2007年には関連企業のデンサン運営の下でポータルサイト「miten」(ミテン)を開設。宮崎放送の各番組との連動コンテンツや動画なども用意されている。

2008年からはキープみやざきビューティフルを発展させたAction みやざき エコライフキャンペーンをラジオ・テレビ双方で展開し、これに関連して2008年7月26日に宮崎県・都城市と「企業の森林づくり」事業の協定を締結した。宮崎放送では2008年からの10年間に渡り、都城市関之尾町にあるミーモの森を整備していく[30][31]

2021年5月17日、国際連合の「SDGsメディアコンパクト」に加盟した[32][33]

年表[編集]

  • 1953年(昭和28年)5月30日 - 「標準放送用周波数割当計画表」により宮崎に1490kc、1kWが割り当てられる。
  • 1954年(昭和29年)3月24日 - 岩切章太郎らによりラジオ宮崎(RMK) 設立。当時の社屋は、宮崎市下北方町にあった。
  • 1954年(昭和29年)3月25日 - ラジオ放送の予備免許交付。
  • 1954年(昭和29年)6月25日 - 試験電波発射(20:00・JST)。
  • 1954年(昭和29年)7月1日 - 全国34番目(山梨放送と同日)にラジオ放送の本放送開始(5:20・JST)。
  • 1956年(昭和31年)11月1日 - AMラジオの延岡放送局開局。
  • 1957年(昭和32年)10月22日 - アナログテレビ放送の予備免許交付。
  • 1958年(昭和33年)5月1日 - AMラジオの都城放送局開局。
  • 1960年(昭和35年)9月24日 - アナログテレビ放送のサービス放送開始。
  • 1960年(昭和35年)10月1日 - アナログテレビ放送の本放送開始、ニュースネットワークのJNNに加盟。
  • 1961年(昭和36年)7月1日 - 宮崎放送(MRT)に社名変更。社章改定、字体を制定。
  • 1963年(昭和38年)5月18日 - 現在も続くMRT招待高校野球の第1回を実施。
  • 1965年(昭和40年)5月2日 - ラジオ・JRNに発足と同時に加盟。
  • 1965年(昭和40年)5月3日 - ラジオ・NRNに発足と同時に加盟。
  • 1966年(昭和41年)12月10日 - カラー放送開始[34]
  • 1970年(昭和45年)12月1日 - 会社が労働組合に対してロックアウトを実施(1971年6月末まで)。これにより同年11月に開始したテレビ番組『太陽とみどりのワイドショー・フレッシュみやざき』(土曜12時)は3回で終了する[35]
  • 1974年(昭和49年)10月1日 - 開局20年を機に九州のJNN系列局初のニュースワイド番組『MRTニュースワイド』を開始(番組名を変えつつ2021年まで継続)
  • 1978年(昭和53年)5月13日 - 関連会社の「株式会社エム・アール・ティ会館」を設立。
  • 1978年(昭和53年)7月1日 - 現社屋のある土地に「MRT会館有料駐車場」を開業(1982年9月18日閉鎖)。
  • 1979年(昭和54年)6月30日 - 開局25周年による記念番組 TBSテレビ『8時だョ!全員集合』が宮崎市民会館(現在は解体)からザ・ドリフターズらを迎え全国へ生放送。
  • 1984年(昭和59年)4月15日 - MRTパーキング開業。
  • 1984年(昭和59年)7月1日 - 開局30周年、コーポレートアイデンティティ (CI) を実施、ロゴ・社旗を改定。
  • 1984年(昭和59年)9月1日 - MRTセンター(MRT社屋・MRT micc・MRTパーキングの総称)がオープン(社屋を現在地の橘通りに移転、MRT micc開業)。
  • 1984年(昭和59年)11月5日 - テレビ・平日朝のローカルワイド番組『おくさま9:30』を開始[36](番組名を変えつつ2021年まで継続)
  • 1987年(昭和62年)7月15日 - AMラジオの宮崎送信所を現在地の宮崎市一ツ葉に移転。
  • 1990年(平成2年)8月29日 - アナログテレビ放送で音声多重放送クリアビジョンを開始。
  • 1990年(平成2年)11月15日 - MRTセンターの業務運営を関連会社の「エムアールティ開発」に委託。
  • 1991年(平成3年)4月1日 - ラジオ終夜放送開始。
  • 1995年(平成7年)6月22日 - MRTセンターの業務運営をエムアールティ開発から独立した「エムアールティ・ミック」に委託。
  • 2003年(平成15年)6月4日 - 本社屋正面玄関に清涼飲料水のボトル缶で造られた簡易式爆発物が置かれ、それが爆発する。幸い同局社員、MRT miccテナント従業員および警備員等の出入りならびに同局付近に通行人はなく死傷者は出なかった。警察当局爆発物取締法違反で捜査中(公訴時効は2028年)。
  • 2006年(平成18年)2月 - 局キャラクター「ミーモ」「くーたん」「ぴよ蔵」誕生[37]
  • 2006年(平成18年)3月1日 - 地上デジタル放送に対応したマスターへ更新(NEC製)[37]
  • 2006年(平成18年)6月6日 - 地上デジタル放送の試験電波発射[37]
  • 2006年(平成18年)11月1日 - 地上デジタル放送のサイマル放送(サービス放送)を開始[37]
  • 2006年(平成18年)12月1日 - 地上デジタル放送・ワンセグの本放送開始。
  • 2007年(平成19年)- ポータルサイト「miten」を開設。
  • 2011年(平成23年)7月24日 - アナログ放送終了、同時にアナログテレビ送信施設廃止。
  • 2012年(平成24年)4月2日 - インターネットIPサイマルラジオ「radiko」に参加。12時より宮崎県内のみにて実用化試験配信を開始。
  • 2014年(平成26年)7月1日 - 開局60周年、大規模なものとしては2度目のコーポレートアイデンティティ (CI) を実施、ロゴ・社旗を現行のものに改定。
  • 2015年(平成27年)9月2日 - FM補完中継局の予備免許を受ける[38]
  • 2016年(平成28年)4月1日 - FM補完中継局(宮崎)の本放送開始[38][39]
  • 2016年(平成28年)8月9日 - FM補完中継局(延岡)の予備免許交付[40]
  • 2017年(平成29年)3月31日 - FM補完中継局(延岡)の本放送を開始[41]
  • 2020年(令和2年)3月9日 - テレビ放送、主調整室(マスター)設備を更新。(東芝製)メーカーもNEC製から東芝製に変更された。
  • 2021年(令和3年)5月17日 - 国連の「SDGsメディア・コンパクト」に加盟[32][33]
  • 2022年(令和4年)2月7日 - テレビのウォーターマークの位置を奥際に変更。

社史・記念誌関連[編集]

以下の書籍以外にも数冊発行している。

  • 1959年7月 『開局5周年記念誌・ラジオ宮崎』を発行[42]
  • 1964年7月 『開局10周年記念誌・10MRTのあゆみ』を発行[42]
  • 1984年12月 『宮崎放送三十年史』を発行(宮崎放送開局三十周年記念事業委員会・編、351ページ)
  • 1994年11月 『宮崎放送開局40周年記念誌』を発行(宮崎放送開局40周年記念事業委員会・編、171ページ)
  • 2004年12月 『MRT宮崎放送50年史』を発行(宮崎放送50周年記念事業委員会・編集、330ページ)

ラジオ[編集]

宮崎中波送信所(2007年12月)

ラジオ周波数[編集]

ラジオの放送時間は、5:00基点の24時間放送で、毎週月曜未明 1:00 - 5:00に休止。

AMラジオ放送
親局 呼出符号 周波数 空中線電力 備考
宮崎 JONF 936 kHz 5 kW 1954年3月25日予備免許
同年7月1日放送開始[43][44]
中継局 呼出符号 周波数 空中線電力 備考
延岡 JONL(廃止) 936 kHz[45] 1 kW 1956年8月3日予備免許
同年11月1日放送開始[46]
高千穂 1965年8月2日予備免許
1966年3月1日放送開始[47]
小林 1961年11月10日予備免許
1962年3月1日放送開始[48]
日南 1961年12月7日予備免許
1962年4月21日放送開始[49]
都城 JONM(廃止)[50] 100W 1957年11月8日予備免許
1958年5月1日放送開始[51]
串間 1962年5月9日予備免許
同年6月1日放送開始[52]
FM補完中継局
中継局 対応AM局 周波数 空中線電力 備考
宮崎[39] 宮崎送信所 90.4 MHz 1 kW 2015年9月2日予備免許交付[38]
2016年4月1日本放送開始[39]
延岡 延岡中継局 94.7 MHz 100W 2016年8月9日予備免許交付[40]
2017年3月31日本放送開始。

現在放送中の番組[編集]

2021年4月時点。詳細は、公式サイトの ラジオ基本番組表 を参照。

自社制作番組は太字

平日[編集]

月曜日 火曜日 水曜日 木曜日 金曜日
5 5:00 通販!なりゆき番組 隊長@谷隼人の風雲ラジオショッピングぅ長崎放送
5:10 世の光
5:20 心のともしび
5:25 Mint
5:30 生島ヒロシのおはよう一直線TBSラジオ
6
6:30 ENEOSプレゼンツ あさナビニッポン放送
6:40 河村通夫の大自然まるかじりライフマール
6:50 やまもとようこのマクロビーノ・ライフ 6:50 ラジオショッピング 6:50 ヒヨコで踊るラジオ 6:50 ラジオショッピング 6:50 森卓のいま知り
7 7:00 おはよう!ニュースキャッチ
▽7:10 お早う!ニュースネットワーク(ニッポン放送)
▽7:25 武田鉄矢・今朝の三枚おろし文化放送
▽7:45 歌のない歌謡曲JRN系企画ネット番組)
▽8:00 話題のアンテナ 日本全国8時です(TBSラジオ)
▽8:20 SUZUKIハッピーモーニング・羽田美智子のいってらっしゃい(ニッポン放送)
8
8:30 フレッシュAM!もぎたてラジオ
▽11:00 テレフォン人生相談(ニッポン放送)
9
10
11
11:55 MRTニュース&天気予報
12 12:00 スイッチ♪音Time
▽12:01 ランチタイムニュース(文化放送)
12:45 氷川きよし 限界突破RADIO(文化放送)
12:55 MRTニュース&天気予報
13 13:00 GO!GO!ワイド
14
15
16
16:20 GIFT〜未来への贈り物〜(TBSラジオ)
16:30 ミュージック・ジグソーパズル(文化放送)
16:40 あなたにハッピー・メロディ(ニッポン放送)
16:50 私たちの作文
17 17:00 ニュース・パレード(文化放送)
17:15 アーサー・ビナード 午後の三枚おろし(文化放送)
17:25 MRTラジオショッピング
17:30 ネットワークトゥデイ(TBSラジオ)
17:45 けいりんレースガイド
17:50 夕刊ラジオ ナイスキャッチ!
18
18:15 水木大介の元気じゃろかい?宮崎! 18:15 映画とか音楽とかについて割とガチで考えてみた 18:15 荻原次晴のニッポン応援団 18:15 お父様の夕焼け倶楽部 18:15 明日が見えるラジオ
18:45 ココロのオンガク 〜music for you〜(文化放送)
19 19:00 アフター6ジャンクション(TBSラジオ) 19:00 鶴光の噂のゴールデンリクエスト(ニッポン放送) 19:00 安東弘樹 Let’s Go Friday(ニッポン放送)
20 20:00 アフター6ジャンクション(TBSラジオ)
21 21:00 クラシック音楽 千夜一夜 21:00 Pandoradio! 21:00 さだまさし セイ!シュン49.69(文化放送) 21:00 DJmix Show REAL BEATS 21:00 レイチェルの金曜・夜カフェ
21:30 週刊 MUSIC PUNCH!
22 22:00 オールナイトニッポン MUSIC10(ニッポン放送) 22:00 オールナイトニッポンGOLD(ニッポン放送)
23
0 0:00 レコメン!(文化放送) 0:00 嵐・相葉雅紀のレコメン!アラシリミックス(文化放送)
1 1:00 オールナイトニッポン(ニッポン放送)
2 菅田将暉のオールナイトニッポン 星野源のオールナイトニッポン 乃木坂46のオールナイトニッポン ナインティナインのオールナイトニッポン 三四郎のオールナイトニッポン
3 3:00 CITY CHILL CLUB(TBSラジオ)
4

週末[編集]

土曜日 日曜日
5 5:00 サウンドスケッチ 5:00 はやしべさとし~叙情歌を道連れに~
5:10 世の光
5:15 藤田恵美のかみつれ雑貨店
5:20 現場の東海林です。斎藤安弘アンコーです。
5:30 水森英夫のチップイン歌謡曲(火曜会)
5:30 ラジオショッピング
5:45 旬!SHUN!ピックアップ
6 6:00 天理教の時間 6:00 1万年堂出版の時間
6:15 録音風物誌(火曜会) 6:15 ニッポン人物ア・ラ・100年
6:20 おはよう!ニッポン全国消防団(ニッポン放送)
6:25 心のともしび
6:30 土曜朝6時 木梨の会。(TBSラジオ) 6:30 今旬!インフォメーション
6:45 耳より健康便り
7 7:00 まいどあり~。 7:00 信仰の時間
7:10 潤子の素敵に朝!
7:15 元気スイッチ
7:30 小倉・IMALUの〇〇玉手箱 7:30 おやこ応援ラジオ♪[53]
7:45 晶子と県劇『知っ得!なっとく!』 7:45 健やかインフォメーション
8 8:00 話題のアンテナ 日本全国8時です(TBSラジオ) 8:00 地方創生プログラム ONE-J(TBSラジオ)
▽8:55 MRTニュース&天気予報
8:15 ヒヨコで踊るラジオ
8:30 バリ朝!土曜日
9
10 10:00 川上政行と葉山さつきのこんな二人でごめんなさい!RKB毎日放送
10:30 Sports radio CHEERS!
10:45 身近なことからSDGs
10:55 MRTニュース&天気予報
11 11:00 ひろさんの「ふるふるサタデー」 11:00 三宅裕司のサンデーヒットパラダイス(ニッポン放送)
11:30 ペアラジ宮崎サンシャインエフエムと共同制作)
11:45 人生100年、今からはじめる終活の時間
12 12:00 超☆ドッキングラジオ
▽14:00 んダモシタン西諸Radio
12:00 日曜午後の木もれ陽
12:55 MRTニュース&天気予報
13 13:00 爆笑問題の日曜サンデー(TBSラジオ)
14
15 15:00 GOGO競馬サンデー!毎日放送
15:40 いいものテンミニッツ!
15:50 青果物市況・MRTニュース&天気予報
16 16:00 ぶらり宮崎 さるき隊![54] 16:00 ゴリけんの九州・沖縄ぐるぐるマップ(RKB毎日放送)
16:55 MRTニュース&天気予報
17 17:00 今旬!いいもの百貨店 17:00 ドクター江藤のミュージックサプリ
17:15 おだや加奈子のへべすタイム 17:15 うまいもの見っけ
17:30 綾野さつきの今夜もさつき晴れ 17:30 音楽☆とらのアナ(火曜会)
17:45 ウィークエンドネットワーク(TBSラジオ)
17:50 みちこ先生のニコニコ通信南日本放送
18 18:00 明日への扉〜いのちのラジオ〜(1・2週目)
Toward the Future(3・4・5週目)(ラジオ大阪)
18:00 サンデーラジオ大学[55]
18:30 二見颯一のやまびこステーション
18:45 週刊 なるほど!ニッポン(ニッポン放送)
18:55 MRTニュース&天気予報
19 19:00 ユアヒットパレード・リターンズ 19:00 松村邦洋のOH-!邦自慢山口放送
19:30 芸人お試しラジオ「デドコロ」(火曜会)
20 20:00 土屋有だけどなんか質問ある? 20:00 道本晋一のフォーク横丁
20:30 福山雅治と荘口彰久の「地底人ラジオ」渋谷のラジオ
21 21:00 亀渕昭信のお宝POPS火曜会
21:30 be quiet
22 22:00 甲斐杏奈の今夜もcheck check! 22:00 ラジオ劇場 下町ロケット(九州朝日放送)
22:15 DJボビー 洋楽玉手箱(かしわプロダクション)
22:30 中山秀征の有楽町で逢いまSHOW(ニッポン放送)
23 23:00 日向坂46の「ひ」(文化放送) 23:00 かまいたちのヘイ!タクシー!(TBSラジオ)
23:30 SixTONESのオールナイトニッポンサタデースペシャル(ニッポン放送) 23:30 問わず語りの神田伯山(TBSラジオ)
0 0:00 ユアヒットパレード・リターンズ(再放送)
1 1:00 オードリーのオールナイトニッポン(ニッポン放送) (1:00 - 5:00 放送休止)
2
3 3:00 オールナイトニッポン0(ZERO)(ニッポン放送)
4

随時放送[編集]

特別番組[編集]

過去に放送した番組[編集]

テレビ[編集]

テレビネットワークの移り変わり[編集]

テレビチャンネル[編集]

デジタルテレビ放送の鰐塚山送信所およびFM補完中継局(親局、画像右)
画像左は元・アナログテレビ塔。2016年撮影

送信所が海抜1000mを超える鰐塚山にあるため、アナログ放送は隣県鹿児島県鹿児島市内や種子島を始め、四国愛媛県南予地方まで電波が届いた[58]。また、県北部の延岡局の電波は、海を挟んだ高知県土佐清水市大月町にも届く。高知新聞朝刊の第2テレビ面や産経新聞の高知県向けテレビ欄にはMRTの番組表が掲載されている。

JNN系列のリモコンキーID地
赤く塗られている地域がJNN系列がデジタル6chである。

九州の放送局では唯一、リモコンキーIDとしてキー局のTBSテレビと同じ「6」を使用している。 リモコンキーID(6)・物理チャンネル(15ch)ともにANN系列準キー局のABC朝日放送と同じである。

中継局[編集]

地上デジタル放送の中継局について開局順に記載[59]空中線電力が1W以上の中継局については太字で表記してある。

中継局 物理チャンネル 空中線電力 所在地
延岡 44ch 100W 延岡市(愛宕山)
串間 37ch 3W 串間市(第二高畑山)
日向 44ch 1W 日向市(米ノ山)
高千穂 19ch 10W 高千穂町(烏帽子岳)
真幸 30ch 3W えびの市(山神隧道上)
飯野 30ch 3W えびの市(八幡ヶ丘)
日南 39ch 0.3W 日南市(鼓ヶ嶽)
北五ヶ瀬 16ch 1W 五ヶ瀬町(桝形山)
入郷 30ch 1W 美郷町(清水岳)
東郷 19ch 1W 日向市(熊山)
日向西郷 39ch 1W 美郷町(造次郎山)
青島 22ch 0.3W 宮崎市(城山)
串間本城 37ch 0.1W 串間市(高尾城山)
五ヶ瀬 19ch 1W 五ヶ瀬町(鏡山)
北浦 49ch 0.3W 延岡市(森山)
酒谷 23ch 0.3W 日南市(男鈴山中腹)
日南細田 15ch 0.3W 日南市(滝ヶ平山)
日之影 30ch 0.1W 日之影町(東方高地)
須木 30ch 0.3W 小林市(鳥巣山)
日向八戸 29ch 0.3W 日之影町(星山)
岩戸 29ch 0.3W 高千穂町(城山)
日南南郷 30ch 0.1W 日南市(目井津港西側の山)
串間市木 26ch 0.3W 串間市(高畑山)
日向北川 29ch 0.1W 延岡市(宮原の上)
北諸塚 23ch 0.3W 諸塚村(星の久保)
南諸塚 38ch 0.3W 美郷町(尾佐渡)
椎葉 38ch 1W 椎葉村(上椎葉ダム北方の山)
宮崎内海 30ch 0.05W 宮崎市(内海駅西側山)
郷之原 30ch 0.05W 日南市(北郷町東方の山)
浦城 22ch 0.01W 延岡市(浦城東方の山)
北延岡 30ch 0.3W 延岡市(延商グラウンド上)
油津 47ch 0.01W 日南市(油津港東方の山)
折生迫 22ch 0.01W 宮崎市(生田山)
杉安 22ch 0.01W 西都市(杉安南方の丘)
高岡 22ch 0.01W 宮崎市(中央簡水配水池近)
日向草場 38ch 0.01W 日向市(翁神社の上)
門川 33ch 0.01W 門川町(城山団地側)
大王谷 33ch 0.01W 日向市(大王谷団地南)
佐土原 30ch 0.05W 宮崎市(弁天山)
美々津 22ch 0.01W 日向市(余瀬南方山斜面)
神門 22ch 0.01W[60]
(0.03W)[61]
美郷町(恋人の丘東方)
北島浦 26ch 0.01W 延岡市(宇津木)
南島浦 27ch 0.01W 延岡市(白浜地区)
平和が丘 30ch 0.01W 宮崎市(池内小学校校門)
えびの 47ch 0.01W えびの市(えびの高原)
高鍋 30ch 0.05W 高鍋町(舞鶴公園)

アナログ放送概要[編集]

2011年7月24日停波時点

現在放送中の番組[編集]

現在の番組の詳細は、公式サイトの テレビ基本番組表 を参照。

太字字幕放送

自社制作番組[編集]

TBSテレビ系列番組[編集]

※ネットワークセールス枠番組を除く
JNN九州ブロックネット番組

日本テレビ系番組[編集]

テレビ朝日系番組[編集]

テレビ東京系番組[編集]

民教協番組[編集]

過去に放送した番組[編集]

☆印:番組自体は継続中

自社制作
  • 北日向(30分間の特番、1961年4月16日)※初の自社制作番組。延岡アナログテレビ中継局の開局記念番組として制作された[65]
  • テレビ県民室(1961年10月-?)→県政ロータリー →朝のチャイム(1966年4月-1986年3月) →みやざき私たち(1986年4月-?)
    • 宮崎県の県政広報番組。『テレビ県民室』は月1回・毎月最終日曜に10分番組として放送、『朝のチャイム』は日曜朝に放送していた[66]
  • 若い道(45分間、1962年10月)※初の自社制作テレビドラマ[67]
  • 市政だより(1963年7月14日-?)→テレビ市庁
    • 宮崎市の市政広報番組[68]
  • 農事手帳(1964年5月-9月)※初のレギュラー制作番組、月1回放送
  • 岐路に立つ農村(30分間、1965年2月)※初の自社制作ドキュメンタリー
  • ふるさと紀行(1965年4月-1966年3月 ※初期の週一レギュラー番組) →新・ふるさと紀行(1966年4月-10月)
  • MRTサンデーショー(1965年10月-1970年9月)※初めて中継車を用いたレギュラー番組
  • MRTジャーナル(1966年11月-1968年3月)
  • みやざきあの人この人(1968年4月-1969年3月)
  • 「宮崎城物語」公演(1968年12月14日録画、69年1月放送)※初の舞台中継録画
  • 宮崎の若人'69(1969年7月-11月)
  • MRT歌謡曲選手権大会(1969年9月23日放送)※開局15周年記念番組
  • 宮崎カラー百景(1970年4月-9月)
  • 太陽とみどりのワイドショー・フレッシュみやざき(1970年11月)※生ワイド番組
  • しゃんしゃん宮崎(1972年4月-9月)※大型生ワイド番組
  • MRT母と子の手帳(1973年7月-1974年6月)
  • MRT'73夏 ふるさと探検(1973年7月-8月)
  • UP UP(1973年9月-12月)※MRT初のヤング音楽番組
  • わるんぼ 泣き虫 甘えんぼ(1974年10月-?、枠移動し1987年-?)
  • MRTニュースワイドMRTイブニング・ニュースMRT THE NEWSMRTニュース Next(1974年10月-2021年3月、2021年以降の『Check!』18時台の枠)
  • 赤ちゃんとママ(1976年4月-1978年3月)
  • 奥さんの料理コーナー・ひと味ちがいます(1977年5月-7月)
  • MRT土曜ワイド(1978年4月-1982年9月)※生ワイド番組
  • MRTふるさと回覧板[お母さんの救急箱、食い道楽、歯歯32、わるんぼ泣き虫甘えんぼ、カメラ散歩](1982年1月-1984年3月)
  • 土曜です MRT こんにちは(1982年10月-1984年3月)
  • MRT10人抜き 歌のチャンピオン(1984年4月-1989年3月)
  • おくさま9:30(1984年11月-1990年4月)→ MRT9♡30(1990年5月-1991年3月)→ チュンチュンあんてな(1991年4月-1998年3月)→ MRT生スタ955(1998年3月→2005年3月)→ アッパレ!miyazaki(2005年3月-2014年6月)→モーニングてらす(2014年7月-2020年3月)→あさトク!(2020年3月-2021年3月)
    • 平日朝9時・10時台放送のローカルワイド番組枠。2021年3月以降の『Check!』17時台に相当する。
  • ふるさとの祭り(1985年4月-?)
  • われら旧友・悪友(1987年4月-7月)
  • 日曜特集 報道いま宮崎(1988年1月-?)
  • 愛ランドみやざき(1989年4月-9月)※開局35周年記念クイズ番組
  • NOWナウ企業(1989年7月-?)
  • MRTザ・歌BAN(1989年10月-1991年3月)
  • まこちよかとこみやこんじょ(1991年1月-?)
  • GET!
  • MRTスプラッシュマガジン
  • 平成子育て日記
  • ゴジヤジ(2000年7月-) →土曜ゴジヤジ(2002年-2008年3月29日)
  • 元気だ宮崎!ふるさと6時間テレビ(2004年7月3日放送)※開局50周年記念テレビ特番
  • 土アップ(土曜、2007年4月7日-2009年3月28日)
  • 月刊みやざきイタダキッズ~もっと知りたい!宮崎の農業~(2007年10月21日-2015年3月28日)
  • チャイム 〜のびよ!宮崎の子どもたち〜(土曜、2008年4月-2009年3月28日)
  • ゴゴイチ!(2008年4月5日-2009年3月)
  • 恋旅CHU
  • 週刊アッパレくん!(2009年7月-?)
  • 宮崎元気印 情熱企業(2010年9月-?)
  • 愛wantCHU
  • MRTニュース サタデーNext(2012年4月-2016年9月)
  • 報道LIVE トコトン(土曜 16:30 - 17:30/2016年10月-2018年3月)
  • アッパレ!DoooN!(2013年10月-2014年6月)→DoooN!(2014年7月-2016年3月)<※現在の『つづくさんのどようだよ』枠>
  • 新・九州風土記(1964年10月-?)※九州民放6社による共同持ち回り制作番組
  • 九州再発見(1966年10月-70年3月)→人間ばんざい(1970年4月-72年3月)→コミュニティ1200万(1972年4月-76年12月)→新・九州再発見(1977年1月-78年3月)→出会いの朝・九州(1978年4月-79年9月)→窓をあけて九州(1979年10月-2012年3月)※JNN九州6社持ち回り共同制作番組
  • ワイドサタデー 朝日放送制作 制作協力:山陽放送瀬戸内海放送中国放送広島ホームテレビ大分放送南海放送四国放送RKB毎日放送九州朝日放送・宮崎放送(1970年10月-1983年3月)※多元中継ワイドショー、MRTは1972年以降105回担当
  • ウィークエンドBOX なまワイド九州 →新鮮!生ワイド九州(1988年10月-1991年12月)→※JNN九州ブロック共同制作番組
  • 恋と呼ぶには気持ち悪い(2021年4月11日 - 6月27日。BSフジ北海道文化放送他との共同制作による製作委員会方式)
毎日放送制作
CBCテレビ制作番組(全国ネットを除く)
テレビ朝日系
宮崎放送では、『土曜ロードショー』として土曜深夜に異時ネットしていた(スポンサーも自社で差し替え)。
なお、『ガンダムSEED』以降はTBSテレビ系列同時ネットで放送されている。

ほか多数

日本テレビ系

ほか多数

テレビ東京系

ほか

民教協
その他
テレビ宮崎開局まで放送されていたフジテレビ系の番組

ほか多数

放送対象地域外の受信[編集]

アナログテレビ放送開始時のサービスエリア(『日向日日新聞』1960年10月1日付12面)

宮崎放送は放送対象地域外(宮崎県外)でも視聴・聴取することもできる。宮崎放送側でも2007年7月期のラジオタイムテーブルで高知県の南西部、熊本県の球磨地方、大分県の南部、鹿児島県の大隅半島全域をサービスエリアとしている。

しかし、資料により公式のサービスエリアが異なることがある。鹿児島県を例にすると、テレビ開局時(1960年10月)の日向日日新聞(現在の宮崎日日新聞)に掲載された特集ではテレビの県外受信地域は鹿児島県の大隅半島および鹿児島湾沿岸地域となっていたが、『宮崎放送三十年史』などではその中から鹿児島湾沿岸が省かれ、西端が鹿屋市付近に狭められていた。更に『MRT宮崎放送50年史』ではほぼ県境に沿ったエリアに狭められた。

ただし、鹿児島県内でも広く受信可能な地域が存在することは事実であり、上述のとおり鰐塚山にテレビの親局を置いたことが鹿児島県の南日本放送(MBC)が鹿屋中継局を設置したきっかけとなった。1972年3月に志布志湾新大隅開発計画に関する報道特集を放送した際には、鹿児島県内の関係者でも話題となり放送時間の問い合わせがあったという。

ケーブルテレビ再送信局[編集]

BTV株式会社は宮崎・鹿児島両県に跨ってサービスエリアを持つケーブルテレビ局であり、2021年3月1日より曽於市財部町での区域外再放送を開始した[81]

アナウンサー[編集]

特記人物以外はアナウンス室アナウンス部に所属。

現在[編集]

異動[編集]

  • 1983年 田中正訓(-2007年12月、スポーツ局長)
  • 1989年 関知子(テレビ局長・業務部長)

退職[編集]

男性[編集]

女性[編集]


マスコットキャラクター[編集]

宮崎放送のマスコットキャラクターにはがベースカラーで、プロペラ、薄黄色のポシェット正面向きにぶら下げていて、モチーフ存在しないオリジナル造形ミーモテディベア風にアレンジした河童く〜たんピンク色のヒヨコぴよ蔵(ぴよぞう)がいる。ミーモが主役格で、他のキャラクターは小さく描かれていることが多い。2006年に赤いステーションロゴと一緒に初登場し、テレビ関連のマスコットキャラクターとしては珍しく、登場当初から複数体用意されている。2014年に黄緑色で『mrt』と表記された現行ロゴへの変更後もキャラクターは変更されていない。 着ぐるみに関しては、ミーモのみが用意されていて、それにはMRTのロゴがポシェットの部分にあしらっており、こちらは現行ロゴに変更されている。

登場場面

3体とも登場することもあるが、ミーモ単独が着ぐるみを中心に登場することもある。

  • 番組表 - 宮崎放送が3カ月おきに発行するタイムテーブルのこと。随所に3体が登場する。
  • 局名告知(放送開始・終了) - 2006年11月からロゴ変更前までミーモの着ぐるみが登場していた。
  • 天気予報 - 不定期にミーモの着ぐるみが世界各地を訪問する映像が放送される。
  • アイキャッチ - 3体が季節ごとに用意された映像(例:2007年8月は世界陸上にちなんで3体が陸上競技を行う場面)に登場する。
  • ファビコン - 宮崎放送の公式サイト上でミーモの顔がデザインとして採用されている。ロゴが変更された後も変更されなかったが、後にミーモの下にロゴを配置したデザインに変更した。これまでのものも一部のサブページで並行して使用される。
  • MRT招待高校野球 - 2007年の始球式にミーモの着ぐるみが登場。
  • ワンセグ用データ放送 - 読み込み中画面として、3体が季節ごとに用意された画像に登場。メインページの右側にも画像として登場。
  • ラジオカースクーピー』 - 赤いステーションロゴを使用していた頃に限り、車体のラッピングにキャラクターのデザインや車名にキャラクターの名前(ミーモ号・く〜たん号・ぴよ蔵号)が使われていた。
  • ベリカード - 2007年以降のデザインにマスコットキャラクターが使用されており、現在ではテレビのみに縮小され、MRTの部分のロゴを変更しただけのものとなっている。ラジオでは、2012年以降は別デザインで、マスコットキャラクターのラジオスタジオ風景を画かれており、『MRT936』と書かれている。また、FM補完中継局開局後は、デザインこそラジオ用と同じだが、ロゴの部分が大きく変更されている。

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑2021』コーケン出版、2021年12月10日、476頁。 
  2. ^ 宮崎市の地名(町名)としての「橘通」であり、道路としては高千穂通り国道10号)に面している。
  3. ^ 両紙の番組表(テレビ欄)で宮崎放送はテレビ宮崎の左側に掲載。なお、朝日新聞社は2018年時点でテレビ宮崎の株式を30,000株保有している(出典:有価証券報告書-第165期〈平成29年4月1日 - 平成30年3月31日〉、89ページ、朝日新聞社。EDINET提出書類)。
  4. ^ 会社案内(公式サイト内)
  5. ^ 2020年の『ダンロップフェニックストーナメント』ではスタッフクレジットで「mrt」のロゴが、製作著作クレジットで「宮崎放送」の和文ロゴが使われた(共同制作の毎日放送は『MBS』ロゴで表示)。
  6. ^ 県有グラウンド整備 事業者にゼネコン、県内業者『宮崎日日新聞』2021年6月10日配信。
  7. ^ 県プール整備運営事業者の決定について 宮崎県庁公式ウェブサイト、2021年6月9日更新。
  8. ^ “宮崎放送が新社屋建設へ 25年完成予定 /宮崎”. 毎日新聞. https://mainichi.jp/articles/20210620/ddl/k45/020/158000c 2021年6月20日閲覧。 
  9. ^ 同じビルには同じJNN系列局である長崎放送福岡支社が入居している。
  10. ^ 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑2021』コーケン出版、2021年12月10日、475頁。 
  11. ^ 日本民間放送連盟 『日本放送年鑑'78』洋文社、1978年12月、330頁。 
  12. ^ 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑'92』コーケン出版、1992年11月、451頁。 
  13. ^ 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑2003』コーケン出版、2003年11月、484頁。 
  14. ^ 『宮崎放送三十年史』pp.3-4
  15. ^ a b 『宮崎放送三十年史』p.4
  16. ^ 『宮崎放送三十年史』p.9
  17. ^ 『宮崎放送三十年史』pp.29-30
  18. ^ 『宮崎放送三十年史』pp.28-29
  19. ^ a b 『宮崎放送三十年史』p.32
  20. ^ 『宮崎放送三十年史』p.30
  21. ^ 『宮崎放送三十年史』pp.156-157
  22. ^ 『宮崎放送三十年史』pp.157-158
  23. ^ 『宮崎放送三十年史』p.34
  24. ^ 『宮崎放送三十年史』p.231
  25. ^ 『宮崎放送三十年史』p.52
  26. ^ 『宮崎放送三十年史』pp.160-161
  27. ^ 『宮崎放送三十年史』pp161-162
  28. ^ a b 『宮崎放送三十年史』pp.236-241
  29. ^ 『MBC50年の軌跡』南日本放送、2004年 p.41
  30. ^ 新たな取組のご紹介 -宮崎放送による森林づくり- 宮崎県公式ウェブサイト。
  31. ^ どげんかせんとイカン!東国原知事の軌跡 宮崎日日新聞公式ウェブサイト内。紙面には2008年7月27日掲載。
  32. ^ a b “MRTがSDGメディアコンパクトに加盟”. MRTニュース (株式会社宮崎放送). (2021年5月17日). http://mrt.jp/localnews/?newsid=00038399 2021年5月22日閲覧。 
  33. ^ a b UNIC Tokyo. “SDGメディア・コンパクト 参加企業(アルファベット順)”. 国際連合広報センター(UNIC). UNIC Tokyo. 2021年5月22日閲覧。
  34. ^ 宮崎放送側の設備としては、1972年3月18日にカラー中継車の導入をもって対応完了。
  35. ^ 『宮崎放送三十年史』pp.135-136
  36. ^ 「49年以降の主な制作番組」『宮崎放送三十年史』p.155
  37. ^ a b c d 樫元洋・編 『MRT社報』 宮崎放送、第375号(平成19年新年号)、2007年。
  38. ^ a b c 福岡県、熊本県及び宮崎県内における災害対策及び中波ラジオ難聴地域の一部解消に向けて-中波ラジオ放送のFM方式による補完中継局に予備免許を付与- - 総務省九州総合通信局・報道資料(2015年9月2日)
  39. ^ a b c AM!FM!どっちも、mrtラジオ
  40. ^ a b 熊本県及び宮崎県内における災害対策及び中波ラジオ難聴地域の一部解消に向けて 九州総合通信局報道資料 平成28年8月9日(国立国会図書館のアーカイブ:2016年9月2日収集)
  41. ^ “3月31日、延岡FM補完中継局が開局-MRT”. 夕刊デイリー (夕刊デイリー新聞社): p. 3. (2017年3月29日) 
  42. ^ a b 「主な出版物」『宮崎放送三十年史』口絵。
  43. ^ 開始当初の周波数は1490kc、出力は昼1kW・夜500Wだったが、1956年10月1日に周波数を1480kc、夜間出力を1kWに変更。1959年10月1日に周波数を920kc、1962年10月1日に周波数を1100kcにそれぞれ変更。1977年1月27日に送信出力を5kWに増力。1978年11月23日に周波数を1098kHzに変更したが、1981年11月13日に現在の周波数に変更(大分放送や外国との夜間の混信を緩和するため)。1987年7月15日に送信所を現在地の宮崎市一ツ葉に移転した。
  44. ^ 2008年6月に平日深夜帯に放送設備工事を実施。
    期間中は工事時間帯や1日だけ昼間にも停波し、工事を行った。
  45. ^ 1982年6月24日にプリエンファシスを導入(中継局は1983年3月25日に一律開始)し、1983年3月25日に延岡・小林中継局との同期放送開始。
  46. ^ 開始当初の周波数1060kc、出力は100Wだったが、1962年10月1日に周波数を920kcに変更。1963年3月19日に送信出力を1kWに増力。1978年11月23日に918kHzに変更したが、1983年3月25日に現在の周波数に変更(同期放送開始のため)。
  47. ^ 開始当初の周波数は1500kcだったが、1978年11月23日に周波数を1485kHzに変更。1984年9月21日に現在の周波数に変更(同期放送開始のため)した。
  48. ^ 開始当初の周波数は800kc、出力が100Wだったが、1963年12月1日に周波数を1460kcに変更。1978年11月23日に周波数を1458kHzに変更したが、1983年3月25日に現在の周波数に変更し(同期放送開始のため)、同時に送信出力を増力した。
  49. ^ 開始当初の周波数は800kc、出力は100Wだったが、1968年4月1日に周波数を1500kcに、1978年11月23日に1485kHzに変更。1984年9月21日に現在の周波数に変更(同期放送開始のため)し、1989年10月29日に送信出力を増力した。2007年に送信所を日南市吾田東2丁目から日南市楠原に移転した。
  50. ^ 現在"JONM"は奈良テレビ放送に割り当てされている。
  51. ^ 開始当初は周波数は1560kcでだったが、1978年11月23日に1557kHzに変更。1985年9月17日に現在の周波数に変更(同期放送開始のため)。
  52. ^ 開始当初の周波数は920kc、出力は50Wだったが、1977年1月28日に送信出力を100Wに増力し、1978年11月23日に周波数を918kHzに変更。1984年9月21日に現在の周波数に変更した(同期放送開始のため)。
  53. ^ 2021年3月までは日曜9:15-9:30
  54. ^ 2021年3月28日までは日曜 10:00 - 10:55
  55. ^ 2021年3月28日までは日曜 8:00-8:45
  56. ^ 放送開始以前に、当時のMRTラジオに歌謡ランキング番組がなかったため、『ザ・ベストテン』の立ち上げの際にTBS側からの依頼で当番組が立ち上げられることになった。
  57. ^ 日本テレビ系列は日本テレビネットワーク協議会に、テレビ朝日系列はスポーツニュース制作協定と一般番組供給部門に参加していない。
  58. ^ アナログテレビ放送開始時(『日向日日新聞』1960年10月1日)の広告による。『MRT宮崎放送50年史』にも掲載。
  59. ^ 宮崎県の開局済みのデジタル親局、及びデジタル中継局 - 総務省九州総合通信局ホームページ
  60. ^ 神門デジタルテレビ中継局の概要 (PDF) - 総務省 九州総合通信局
  61. ^ 無線局免許状等情報 株式会社宮崎放送 2018年11月1日付(MRT・神門デジタル中継局) - 総務省電波利用ホームページ
  62. ^ 『MRT宮崎放送開局60年記念誌』(2015年)において、ケーブルテレビ各局で放送される高校野球中継番組を「MRT制作」と紹介している。
  63. ^ 散歩シリーズ』3番組目だが、宮崎県では2番組目の放送となる。初代の『ちい散歩』はテレビ宮崎で放送した。
  64. ^ レギュラー番組時代(『人気者でいこう!』)はテレビ宮崎で放送した。
  65. ^ 『宮崎放送三十年史』p.117
  66. ^ 『宮崎放送三十年史』p.118
  67. ^ 『宮崎放送三十年史』pp.118-119
  68. ^ 『宮崎放送三十年史』p.120
  69. ^ a b 2017年3月をもって終了した「月曜プライム」(「土曜プライム」の改題・遅れネット)の後番組として放送。
  70. ^ テレビ宮崎が『スーパーモーニング』と同じく事件・芸能ニュースを扱っている『情報プレゼンター とくダネ!』(フジテレビ制作)を放送しており、『とくダネ!』と内容が類似していた『スーパーモーニング』から生活情報番組の『はなまるマーケット』への切り替えを希望する声が、MRTが公式サイトに設けていた掲示板(後に閉鎖)に多く寄せられていた。ただし、2009年春改編以前のMRTでは「8:30 - 11:30(当時。2009年3月30日以降は9:55 - 11:30)はローカル編成の扱いであるため、またテレビ朝日や『スーパーモーニング』のネットスポンサー側からの要請もあるため」との説明をその掲示板などで行っていた。
  71. ^ 「テレビ局ネットワーク」『アニメディア』1986年1月号、学研、 80頁。
  72. ^ a b 「テレビ局ネットワーク」『アニメディア』1986年9月号、学研、 83頁。
  73. ^ 宮崎放送は当初掲示板への回答で『Max Heart』も放送予定と2005年9月に回答していたが、遅れの幅を縮めるためか放送を断念し、『Splash Star』を放送して半年遅れに収まるようにした。
  74. ^ 初代司会者・児玉清時代の1996年10月にUMKから移行され、2002年12月に一旦打ち切られていた後、児玉没後の2012年4月7日から2017年9月30日まで放送。
  75. ^ 「テレビ局ネットーワーク」『アニメディア』1986年6月号、学研、 60頁。
  76. ^ 「テレビ局ネットワーク」『アニメディア』1989年4月号、学研、 101頁。
  77. ^ 前作(1974年度版)はテレビ宮崎にて放映。
  78. ^ 「全国縦断放映リスト」『アニメージュ』1987年2月号、徳間書店、 131頁。
  79. ^ 「テレビ局ネットーワーク」『アニメディア』1984年12月号、学研、 94頁。
  80. ^ 「テレビ局ネットーワーク」『アニメディア』1986年2月号、学研、 88頁。
  81. ^ 財部町にお住いのお客様へ【チャンネルスキャン方法】 - BTV株式会社 新着情報
  82. ^ https://miyabiz.com/personnelnews/category_87/item_9754.html
  83. ^ NHKウィークリーステラ1996年5月17日号全国アナウンサー名鑑
  84. ^ 岡三投資ナビ | 三重テレビ放送”. www.mietv.com. 2021年7月29日閲覧。
  85. ^ 茨城放送 企画事業部 業務案内”. 茨城放送. 2016年6月2日閲覧。
  86. ^ 松崎 美保” (日本語). Diversity of Our Lives 120通りの私たちの生き方. 津田塾大学. 2022年4月11日閲覧。

参考文献[編集]

  • 宮崎放送開局三十周年記念事業委員会・編『宮崎放送三十年史』1984年12月。
  • 宮崎放送開局40周年記念事業委員会・編『宮崎放送開局40周年記念誌』 1994年11月。
  • 宮崎放送50周年記念事業委員会・編集『MRT宮崎放送50年史』 2004年12月。

外部リンク[編集]