志布志湾

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志布志湾 (写真右部)、左上は桜島

志布志湾(しぶしわん)は、九州南部大隅半島東岸に面した円弧状の湾。有明湾と呼ばれることもある。

鹿児島県肝属郡肝付町火崎から宮崎県串間市都井岬まで、その円弧状の湾岸総延長は約80kmあるが、それらを結ぶ湾口は約20kmほど。

自然と地理[編集]

湾の南西の肝付町にあたる側の湾口の火崎のすぐ内側(西側)には支湾の内之浦湾がある。湾の奥にあたる北東から西側の海岸線は砂浜だが、湾口両側の南岸と都井岬周辺では海岸まで山地が迫っている。また、湾のほぼ北側中央にある志布志港の沖約5kmほどには、湾内唯一の島(無人島)で、ビロウなどの亜熱帯性植物が国の天然記念物に指定されている枇榔島(びろうじま)がある。小さな島だが、夏期には海水浴場キャンプ場として利用できる砂浜や簡素な施設があり、志布志港からの定期船があったが、平成15年頃より休業中。

産業[編集]

志布志国家石油備蓄基地

1980年に、新大隅開発計画として、沿岸の一部を埋め立て、工業地帯を建設しようとしたが、地元の反対運動が続き、大幅に規模が縮小された形で、志布志港周辺に漁業・物流用地、東串良町沖合に国家石油備蓄基地が建設された。

また、肝付町側の湾口には、1970年に国内初の人工衛星「おおすみ」を打ち上げた宇宙航空研究開発機構の施設内之浦宇宙空間観測所がある。

太平洋戦争[編集]

太平洋戦争末期には、アメリカ軍の上陸予定地と想定され(オリンピック作戦)、内之浦砲台や高崎砲台が整備された。豊予要塞から榴弾砲が移設されるなどして、合計7門の砲台が設置された。志布志湾に浮かぶ枇榔島と鬢垂島にも10センチと12センチの合計4門カノン砲が洞窟陣地に設置された[1]。内之浦地区には海軍のトーチカが4つ築かれ、2016年現在3つが現存している。また特攻艇震洋の基地も、火出ヶ岬や内之浦浜、小白木浜に設けられた。

関連項目[編集]

志布志大黒リゾートホテル

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 太佐順『砲台跡の夏草(日米決戦と志布志湾)』六興出版 ISBN 9784845371655

外部リンク[編集]