宮崎県営野球場

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宮崎県営野球場
Miyazaki Prefectural Baseball Stadium
施設データ
所在地 宮崎県宮崎市錦本町4-9(宮崎県営総合運動場内)
座標 北緯31度55分21.1秒 東経131度25分45秒 / 北緯31.922528度 東経131.42917度 / 31.922528; 131.42917座標: 北緯31度55分21.1秒 東経131度25分45秒 / 北緯31.922528度 東経131.42917度 / 31.922528; 131.42917
開場 1936年11月10日
閉場 2001年3月31日
所有者 宮崎県
グラウンド 内野:クレー舗装
外野:天然芝
照明 なし
収容能力
グラウンドデータ
球場規模 グラウンド面積:-m2
両翼:100 m
中堅:110 m
フェンス m

宮崎県営野球場(みやざきけんえいやきゅうじょう)は、かつて宮崎県宮崎市の県営総合運動場内にあった野球場。2001年に閉鎖された[1]。宮崎県が運営管理を行っていた。

歴史[編集]

現在のJR宮崎駅に程近いところに位置していた県営総合運動場内に1936年11月開場。両翼100m・中堅110mで、高校野球社会人野球などアマチュア野球公式戦が行われていた。

またプロ野球では、当初は近鉄パールスが本球場で春季キャンプを行っており、近鉄パールスが愛媛県今治市にキャンプ地を移転した後[2]1959年から読売ジャイアンツ(巨人)が兵庫県明石市兵庫県立明石公園第一野球場)から宮崎へキャンプ地を移転して春季・秋季キャンプ1974年まで当球場で行っていた[2]

また総合運動場内には野球場の他、陸上競技場やテニスコートなどがあり、陸上競技場のトラックで王貞治森昌彦ら巨人軍の選手が春季キャンプ時に鍛錬のために走っていたこともあった[2]。しかしいずれの施設の老朽化が著しく、市南部の熊野地区で整備が進められていた宮崎県総合運動公園内に宮崎市営野球場(現宮崎県総合運動公園第二硬式野球場)が1974年に完成したのに伴って、1975年から巨人のキャンプ地は市営球場に移転。また県内アマチュア公式戦の主開催球場も市営球場に移った。

また宮崎県総合運動公園の整備事業進捗により、2001年宮崎県総合運動公園硬式野球場(サンマリンスタジアム宮崎)が完成したのに伴い、宮崎市内の県営野球場は2001年3月を以って閉鎖、用途廃止された。跡地の一部は現在、宮崎県立宮崎工業高等学校の第二グラウンドとなっており、現在内野席とフェンスは撤去されている。

なお、サンマリンスタジアムには「宮崎県営野球場」のエンブレムが掛かっているが、正式名称は上記のものである。

出典[編集]

施設概要[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 王さん驚く馬場さんよりデカイ216cm投手”. 日刊スポーツ (2013年11月14日). 2013年12月14日閲覧。
  2. ^ a b c 越智正典 (2017年3月2日). “こうして始まった巨人の宮崎キャンプ”. 東スポWEB. 東京スポーツ新聞社. http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/657290/ 2017年9月3日閲覧。 

関連項目[編集]