南埼玉郡

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埼玉県南埼玉郡の範囲(緑:宮代町 薄黄:後に他郡に編入された区域)

南埼玉郡(みなみさいたまぐん)は、埼玉県

人口34,073人、面積15.95km²、人口密度2,140人/km²。(2017年5月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域[編集]

上記の宮代町以外に、現在の行政区画のおおむね以下の区域に相当する。

上記のうち、草加市の区域は北足立郡に、久喜市の一部(大字鷲宮、上内、葛梅、中妻、久本寺および鷲宮一 - 六丁目、鷲宮中央一・二丁目、葛梅一 - 三丁目、栄一丁目)は北葛飾郡に編入されている。

歴史[編集]

郡発足までの沿革[編集]

  • 旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での、埼玉郡のうち後の当郡域の支配は以下の通り。●は村内に寺社領が、は村内に寺社除地(領主から年貢免除の特権を与えられた土地)が存在。幕府領は大竹左馬太郎支配所、佐々井半十郎支配所、小笠原甫三郎支配所、松村忠四郎支配所、荒井清兵衛支配所が管轄。詳細不明は村数に含めない。(13町229村)
  • 慶応4年
    • 6月19日1868年8月7日) - 忍藩士の山田政則が武蔵知県事に就任。下記を除く幕府領・旗本領を管轄。
    • 7月10日(1868年8月27日) - 旧幕府代官の桑山効が武蔵知県事に就任。青柳村(現草加市)・荻島村を管轄。
    • 各藩の領地替えにより、以下の変更が行われる。
      • 佐倉藩 → 武蔵知県事(山田) : 蓮谷村
      • 久留里藩 → 武蔵知県事(山田) : 葛梅村、中妻村
      • 岩槻藩 → 武蔵知県事(山田) : 樋ノ口村、千駄野村、加倉村、谷下村
      • 麦塚村(忍藩、武蔵知県事の相給)の忍藩領が武蔵知県事領、武蔵知県事領が忍藩領に変更
  • 明治元年
  • 明治2年
  • 明治4年
  • 1873年(明治6年)(6町225村)
    • 市宿町・久保宿町・新町・横町・林道町・富士宿町・新曲輪町・渋江町・田中町・江川新田・掛新田・長左衛門新田が合併して岩槻町となる。
    • 岩槻城跡および士族屋敷の区域をもって太田町が起立。
    • 佐太夫新田が平林寺村に編入。
  • 1874年(明治7年)(6町218村)
    • 小林村(現久喜市)・小林村新田が合併して西小林村となる。
    • 西谷原新田・東谷腹新田が合併して谷原新田となる。
    • 上蓮田村・下蓮田村が合併して蓮田村となる。
    • 日川新田が分割され、岡泉村・実ヶ谷村・黒浜村・長崎村に編入。
    • 吉郎兵衛新田が内牧村に、藤内新田が相野原村に、藤助新田が慈恩寺村にそれぞれ編入。

郡発足後の沿革[編集]

  • 1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法の埼玉県での施行により、埼玉郡のうち6町218村の区域に行政区画としての南埼玉郡が発足。郡役所は岩槻町に設置。
  • 1879年(明治12年)
    • 2ヶ所存在した青柳村、川崎村、後谷村、中曽根村がそれぞれ南青柳村(現草加市)、北青柳村(現久喜市)、南川崎村(現八潮市)、北川崎村(現越谷市)、南後谷村(現八潮市)、北後谷村(現越谷市)、南中曽根村(現春日部市)、北中曽根村(現久喜市)に改称。
    • 荻島村・平野村・辻村・新宿村・下新井村が、のちの北埼玉郡域に同名の村が存在することから南荻島村・南平野村・南辻村・南新宿村・南下新井村にそれぞれ改称。
    • 小林村(現越谷市)が東小林村に改称。
  • 1881年(明治14年) - 栢間村が分村して上栢間村・下栢間村となる。(6町219村)
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行に伴い、以下の町村が発足。(6町44村)
1.岩槻町 2.八條村 3.新和村 4.新方村 5.豊春村 6.大相模村 7.大袋村 8.荻島村 9.大山村 10.小林村 11.太田村 12.鷲宮村 13.和土村 14.川柳村 15.蒲生村 16.川通村 17.粕壁町 18.柏崎村 19.河合村 20.栢間村 21.武里村 22.内牧村 23.黒浜村 24.八幡村 25.増林村 26.久喜町 27.越ヶ谷町 28.大沢町 29.江面村 30.出羽村 31.三箇村 32.桜井村 33.清久村 34.菖蒲町 35.篠津村 36.慈恩寺村 37.潮止村 38.平野村 39.百間村 40.須賀村 41.綾瀬村 A.日勝組合村(紫:さいたま市 桃:越谷市 赤:春日部市 上橙:蓮田市 下橙:八潮市 黄:久喜市 青:白岡市 緑:宮代町 水色:草加市)
  • 1895年(明治27年)3月15日 - 日勝組合村(岡泉村・実ヶ谷村・千駄野村・小久喜村・上野田村・下野田村・爪田ヶ谷村・太田新井村・彦兵衛村)が合併して日勝村が発足。(6町36村)
  • 1896年(明治29年)8月1日 - 郡制を施行。
  • 1923年大正12年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 1926年(大正15年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 1933年昭和10年)4月17日 - 鷲宮村が町制施行して鷲宮町となる。(7町35村)
  • 1934年(昭和9年)10月1日 - 綾瀬村が改称・町制施行して蓮田町となる。(8町34村)
  • 1944年(昭和19年)4月1日 - 粕壁町・内牧村が合併して春日部町が発足〔粕壁という同音異字で使われていた漢字表記を春日部に変更〕。(8町33村)
  • 1954年(昭和29年)
    • 5月3日(8町25村)
      • 岩槻町・川通村・柏崎村・新和・和土村・河合村・慈恩寺村が合併し、改めて岩槻町が発足。
      • 蓮田町・黒浜村・平野村が合併し、改めて蓮田町が発足。
    • 7月1日(7町20村)
      • 春日部町・豊春村・武里村が北葛飾郡幸松村豊野村と合併して春日部市が発足、郡より離脱。
      • 久喜町・太田村・江面村・清久村が合併し、改めて久喜町が発足。
    • 9月1日(8町14村)
      • 菖蒲町・小林村・栢間村・三箇村および大山村の一部(大字上大崎)が合併し、改めて菖蒲町が発足。
      • 日勝村・篠津村・大山村の残部(大字下大崎、柴山、新井新田)が合併して白岡町が発足。
    • 11月3日(6町6村)
      • 岩槻町が市制施行して岩槻市となり、郡より離脱。
      • 越ヶ谷町・大沢町・新方村・蒲生村・増林村・出羽村・桜井村・大相模村・大袋村・荻島村が合併して越谷町が発足。
  • 1955年(昭和30年)
    • 1月1日 - 鷲宮町(わしのみやまち)が北葛飾郡桜田村の一部(大字八甫、西大輪、東大輪、外野、上川崎)と合併して北葛飾郡鷲宮町(わしみやまち)が発足し、郡より離脱。(5町6村)
    • 7月20日 - 百間村・須賀村が合併して宮代町が発足。(6町4村)
    • 8月1日 - 川柳村が北足立郡草加町に編入。郡より離脱。(6町3村)
    • 11月3日 - 北足立郡草加町の一部(旧川柳村のうち大字井原、上谷、麦塚)が越谷町に編入。
  • 1956年(昭和31年)
    • 1月1日 - 岩槻市の一部(大字川島および馬込の一部)が蓮田町に編入。
    • 9月28日
      • 八幡村・潮止村および八条村の一部(大字八条、鶴ヶ曽根、松之木、伊草、小作田)が合併して八潮村が発足。
      • 八条村の残部(大字立野堀)が北足立郡草加町に編入。(6町1村)
  • 1958年(昭和33年)11月3日 - 越谷町が市制施行して越谷市となり、郡より離脱。(5町1村)
  • 1964年(昭和39年)10月1日 - 八潮村が町制施行して八潮町となる。(6町)
  • 1971年(昭和46年)10月1日 - 久喜町が市制施行して久喜市となり、郡より離脱。(5町)
  • 1972年(昭和47年)
    • 1月15日 - 八潮町が市制施行して八潮市となり、郡より離脱。(4町)
    • 10月1日 - 蓮田町が市制施行して蓮田市となり、郡より離脱。(3町)
  • 2010年平成22年)3月23日 - 菖蒲町が久喜市および北葛飾郡鷲宮町、栗橋町と合併し、改めて久喜市が発足、郡より離脱。(2町)
  • 2012年(平成24年)10月1日 - 白岡町が市制施行して白岡市となり、郡より離脱。(1町)

変遷表[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 「旧高旧領取調帳」では葛飾郡と記載。
  2. ^ a b c d e f 「旧高旧領取調帳」には記載なし。
  3. ^ 記載は元西谷原村(西谷原新田)。
  4. ^ 記載は元東谷原村(東谷原新田)。

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典 11 埼玉県
  • 旧高旧領取調帳データベース
  • 南埼玉郡制誌(埼玉県立図書館・春日部市立図書館蔵)
  • 北葛飾郡制誌(埼玉県立図書館・春日部市立図書館蔵)
  • 埼玉県市町村合併史 上巻・下巻及び付図
  • 岩槻市史
  • 春日部市史
  • 越谷市史
  • 久喜市史
  • 八潮市史
  • 草加市史
  • 鷲宮町史
  • 杉戸町史

関連項目[編集]

先代:
埼玉郡
行政区の変遷
1879年 -
次代:
(現存)