関東ローム層

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関東ローム層(かんとうロームそう)は、関東平野を広く覆う火山灰起源の地層群である[1][2]第四紀更新世の火山活動によるもので、関東地方の特に丘陵台地などを覆っている。

概要[編集]

関東ロームとは、関東地方西縁の富士山箱根山愛鷹山などの諸火山、北縁の浅間山榛名山赤城山男体山などの諸火山から関東平野に降下した更新世中期以降の火山砕屑物やその風成二次堆積物の総称である[3][4]。1881年にダーフィト・ブラウンスが成因不明のまま命名した[3][5]

風成二次堆積物とは火山周辺に堆積した火山砕屑物(火山灰など)が、風雨などによって再度運ばれて周辺に堆積したもので、関東ロームの場合は風で舞い上がって降下したものである。端的に述べると露出した土壌から飛散したホコリである。したがって、火山が噴火していないときにも降下物が供給される限りロームは堆積し続けており[6]、関東ロームは毎年0.1 - 0.2mm、100年で1cm - 2cm、1万年で1m近く、現在でも積もり続けている。火山灰起源の場合、粒径が3mm以下であれば風化作用を受けやすく、関東ロームではほとんどが粘土化している。関東ロームはその色から赤土とも呼ばれるが、これは含有する鉄分が風化により酸化したものである。また水中に堆積すると灰色を呈し、そこが古くは水面があった目安となることがある。

関東ロームの研究は、関東ローム団研グループ(関東ローム研究グループとも)が、1953年以来研究を行い、初めて地質学的な解明を行い日本の第四紀研究の先駆けとなった。その研究結果は1965年の『関東ローム』にまとめられている[3]。ローム層は出来た時代によってさらにいくつかの層に区分することができ、例えば南関東では古いほうから、「多摩ローム」「下末吉ローム」「武蔵野ローム」「立川ローム」の4層に区分される[7]

火山の大噴火がない時のローム層は毎年少しずつ堆積するが、火山の大噴火があった場合はローム層の間に軽石層やスコリア層などとして一気に厚く堆積する。有史以降の大きな層としては、1707年の富士山の宝永大噴火の時に形成された「宝永スコリア層」がある。また、ローム層の中に挟まれた軽石層やスコリア層の観察によって、有史以前の火山の噴火を知ることができる。

脚注[編集]

  1. ^ 関東ローム層|地震・防災関連用語集”. www5d.biglobe.ne.jp. 2021年3月17日閲覧。
  2. ^ 関東ローム層と関東平野”. 2021年3月24日閲覧。
  3. ^ a b c 出典 : 『新版 地学事典』平凡社 1996年、288頁
  4. ^ 第2版,世界大百科事典内言及, デジタル大辞泉,百科事典マイペディア,世界大百科事典. “関東ロームとは” (日本語). コトバンク. 2021年3月24日閲覧。
  5. ^ 三訂版,デジタル大辞泉,世界大百科事典内言及, ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,日本大百科全書(ニッポニカ),精選版 日本国語大辞典,旺文社日本史事典. “関東ローム層とは” (日本語). コトバンク. 2021年3月24日閲覧。
  6. ^ 出典 : 群馬大学教育学部早川由紀夫研究室 6章:過去の火山噴火を調べる、2013年2月閲覧
  7. ^ 地球のからくり”. nh.kanagawa-museum.jp. 2021年3月24日閲覧。

外部リンク[編集]