国立銀行 (明治)

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明治国立銀行(こくりつぎんこう)とは、1872年(明治5年)の国立銀行条例に基づいて開設された金融機関である。

概要[編集]

第一国立銀行発行の十円兌換券(1873年

当時の大蔵少輔(おおくらしょうゆうまたはおおくらしょう)・伊藤博文のもとで制度が創られた。「国立銀行」とはアメリカのnational bank(現在では国法銀行と訳すことが多い)の直訳であり、「法によっててられた銀行」という意味である。したがって民間資本が法律に基づいて設立して経営したものであり、国が設立して経営した銀行ではない。金貨との交換義務を持つ兌換紙幣の発行権を持ち、当初は第一・第二・第四・第五の4行が設立された[1]

1876年明治9年)の国立銀行条例の改正で、不換紙幣の発行や、金禄公債を原資とする事も認められるようになると急増し、1879年までに153の国立銀行が開設された(これ以降は設立許可は認められなかった)。

銀行は設立順に番号を名乗っており、これを「ナンバー銀行」と呼ぶこともあり、一部は現存している。ただし、現在の八十二銀行は第十九銀行と六十三銀行が合併し、両者の数字の和を取って名付けられた銀行(82=19+63)であり、現在の富山第一銀行第三銀行無尽会社を発祥とする第二地方銀行であり、現在のセブン銀行第七国立銀行とは関係がないので、これら4行は国立銀行の番号を名乗っているわけではない。

1882年中央銀行である日本銀行(日銀)が開設されると、翌1883年の国立銀行条例の改正と1884年の兌換銀行券条例により、紙幣発行は唯一日銀のみで行うようになった[2]。その後もしばらくは国立銀行発行券が通用していたが、1896年に国立銀行営業満期前特別処分法が制定され、国立銀行券の発行が法律で停止され、普通銀行に転換することとなった[2]。これは、銀行の成長を促すために国の管理下から民間に委譲する目的が含まれていた[3]

現在、これらを前身として存続している銀行のうち、国立銀行時代のナンバーを引き継いでいない所の大半は、国家総動員法に伴う銀行の一県一行主義に基づいた戦時統合により、新たな法人として設立されているところが多い。このため、後身銀行である現在の銀行は、設立年月日をこの時期とし、国立銀行の設立日は「創業日」として扱われているケースが多い(例示すれば、現在の秋田銀行は、1879年1月の第四十八国立銀行の設立時を「創業日」、戦時統合に伴う現在の秋田銀行となった1941年10月20日を「設立日」としている。なお、この設立時以前にも「秋田銀行」という名称の銀行が第四十八銀行(第四十八国立銀行の後身行)とは別に存在していた。後述の項にもあるように、第四十八銀行と旧秋田銀行との戦時統合により、現在の秋田銀行となっている)。

主な国立銀行[編集]

国立銀行の多くは今日の銀行の起源になっている。以下に例示する。

銀行名 普通銀行転換後の行名 変遷 備考
第一国立銀行 第一銀行 帝国銀行(この時点で一旦法人格消滅)→第一銀行(新たな法人格を立ち上げて分割)→第一勧業銀行(この時点で再度法人格は消滅)→みずほ銀行[4]
第二国立銀行 第二銀行 →横浜興信銀行(現在の横浜銀行)に合併。
第三国立銀行 第三銀行[5] →1923年に当行等11行が保善銀行(安田銀行、富士銀行を経て現在のみずほ銀行)と合併。
第四国立銀行 第四銀行 創立時の商号のまま現存する最古の銀行。読みは「だいよん」ではなく「だいし」。
第五国立銀行 第五銀行 →1898年浪速銀行に合併され、十五銀行帝国銀行三井銀行さくら銀行を経て現在の三井住友銀行
第六国立銀行 肥後銀行 →1923年に当行等11行が保善銀行(安田銀行、富士銀行を経て現在のみずほ銀行)と合併。
第七国立銀行 第七銀行 →1904年に任意解散(1896年、当行及び第八十国立銀行の株主協同により土佐銀行四国銀行の前身)を設立し、業務を移管)。
第八国立銀行 →1886年第百三十四国立銀行に合併→第十一国立銀行と統合し愛知銀行 (東海銀行の前身)。現在の三菱UFJ銀行
第九国立銀行 第九銀行 →1907年に肥後銀行に合併。
第十国立銀行 第十銀行 →1941年に合併し山梨中央銀行
第十一国立銀行 十一銀行 第百三十四国立銀行と統合し愛知銀行 (東海銀行の前身)。現在の三菱UFJ銀行
第十二国立銀行 十二銀行 →1884年(明治17年)に第百二十三国立銀行と合併して金沢から富山に移転→1943年(昭和18年)に富山県内の3行(高岡銀行中越銀行富山銀行(現在の富山銀行とは無関係))と合併し北陸銀行となる[6]
第十三国立銀行 鴻池銀行 →1933年三十四銀行山口銀行(現在の山口銀行とは無関係)と合併し三和銀行となる。現在の三菱UFJ銀行
第十四国立銀行 第十四銀行 →1910年に長野から東京に移転した後、1918年に破産。
第十五国立銀行 十五銀行 →1944年に帝国銀行に合併。現在の三井住友銀行
第十六国立銀行 十六銀行
第十七国立銀行 十七銀行 →1945年に筑邦銀行(現在の筑邦銀行とは無関係)、嘉穂銀行福岡貯蓄銀行と合併し、福岡銀行
第十八国立銀行 十八銀行
第十九国立銀行 第十九銀行 六十三銀行と合併し八十二銀行(19+63=82)。
第二十国立銀行 二十銀行 →元伊予宇和島藩主伊達侯爵家の出資 本店?東京 支店?函館、小樽、釧路、根室→1912年に第一銀行(現:みずほ銀行)に合併。[7]
第二十一国立銀行 二十一銀行 →1929年に伊香銀行江北銀行と合併して湖北銀行となり、その後1942年に滋賀銀行に買収。
第二十二国立銀行 二十二銀行 →1923年に当行等11行が保善銀行(安田銀行、富士銀行を経て現在のみずほ銀行)と合併。
第二十三国立銀行 二十三銀行 →1927年大分銀行に合併され大分合同銀行。現在の大分銀行
第二十四国立銀行 →1882年に閉鎖命令[8]
第二十五国立銀行 二十五銀行 →1928年合併し敦賀二十五銀行(最終的には三和銀行(現:三菱UFJ銀行))に合併。
第二十六国立銀行 →1883年に閉鎖命令[9]
第二十七国立銀行 二十七銀行 →1920年に東京渡辺銀行に改称後、1927年に破産。
第二十八国立銀行 浜松二十八銀行 →静岡三十五銀行(現:静岡銀行)に合併。
第二十九国立銀行 第二十九銀行 →1934年八幡浜商業銀行、大洲銀行と合併し豫州銀行。現在の伊予銀行
第三十国立銀行 三十銀行 →1929年三十四銀行三和銀行の前身の一つ)に買収される。
第三十一国立銀行 →1888年第百四十八国立銀行に合併(最終的には三和銀行(現:三菱UFJ銀行)に合併)。
第三十二国立銀行 浪速銀行 →1920年に十五銀行に合併され、帝国銀行三井銀行さくら銀行を経て現在の三井住友銀行
第三十三国立銀行 三重銀行第三銀行両行合併後(2021年予定)の三十三銀行[10][11]とは無関係)→生糸会社にほぼすべての資本を投下した結果、資本の焦げ付きにより破綻、1892年に閉鎖命令[12]
第三十四国立銀行 三十四銀行 →1933年に鴻池銀行山口銀行(現在の山口銀行とは無関係)と合併し三和銀行となる。現在の三菱UFJ銀行
第三十五国立銀行 静岡三十五銀行 →1943年に遠州銀行と合併。現在の静岡銀行
第三十六国立銀行 第三十六銀行 →1942年に日本昼夜銀行に買収され、1943年に安田銀行富士銀行を経て現在のみずほ銀行)に合併。
第三十七国立銀行 高知銀行[13] →1923年に土佐銀行と合併し、四国銀行に改称。
第三十八国立銀行 三十八銀行 →1936年に五十六銀行など7行が合併して神戸銀行。現在の三井住友銀行
第三十九国立銀行 三十九銀行→(旧)群馬銀行 →1932年上州銀行とともに群馬大同銀行に吸収。現在の群馬銀行
第四十国立銀行 四十銀行 →1918年に四十一銀行と合併し八十一銀行(40+41=81)に改称後1921年に東海銀行(現在の三菱UFJ銀行とは無関係)に合併され、1927年に第一銀行(現在のみずほ銀行)に合併。
第四十一国立銀行 四十一銀行 →1918年に四十銀行と合併し八十一銀行(40+41=81)に改称後、1921年に東海銀行(現在の三菱UFJ銀行とは無関係)に合併され、1927年に第一銀行(現在のみずほ銀行)に合併。
第四十二国立銀行 北浜銀行 →1914年経営破綻。1919年摂陽銀行に改称後、1926年三十四銀行(現:三菱UFJ銀行)に合併。
第四十三国立銀行 四十三銀行 →1930年田辺銀行、紀伊貯蓄銀行、紀陽銀行(以上三行は現在の紀陽銀行)、大同銀行、三十四銀行(以上二行は三和銀行を経て三菱UFJ銀行)、六十八銀行(南都銀行の前身の一つ)の6行に分割買収された。
第四十四国立銀行 1882年に第三国立銀行(保善銀行、安田銀行、富士銀行を経て現在のみずほ銀行)に合併。
第四十五国立銀行 東京に設立、1898年(明治31年)に解散。
第四十六国立銀行 →岐阜に設立、愛知に移転し1898年(明治31年)、愛知実業銀行に改称、1927年、愛知農商銀行に買収されたが、1931年破産。
第四十七国立銀行 第四十七銀行 →1878年(明治11年)10月18日に千葉県に設立後、富山県へ移転[14]1943年(昭和18年)に十二銀行などと統合し北陸銀行[14]
第四十八国立銀行 第四十八銀行 1941年10月20日に、旧秋田銀行湯沢銀行と合併し、新たな法人として秋田銀行を設立。
第四十九国立銀行 第四十九銀行 →1908年に京都商工銀行に買収された後、1916年に第一銀行(現:みずほ銀行)に合併。
第五十国立銀行 土浦五十銀行 →1935年(昭和10年)に常磐銀行と統合し常陽銀行[15]
第五十一国立銀行 五十一銀行 →1940年に和泉銀行、寺田銀行、岸和田銀行等と合併し阪南銀行と名称変更、1942年に富田林銀行、辻林銀行等と合併後、1945年に住友銀行(現在の三井住友銀行)に合併される。
第五十二国立銀行 五十二銀行 →1937年仲田銀行と合併し、松山五十二銀行。現在の伊予銀行
第五十三国立銀行 →島根に設立、1904年浜田銀行に合併し、八束貯蓄銀行、松江銀行を経て現在の山陰合同銀行
第五十四国立銀行 →静岡に設立、1982年第三十五国立銀行に合併、現在の静岡銀行
第五十五国立銀行 五十五銀行 →兵庫に設立、1928年但馬銀行(現在の但馬銀行とは無関係)と合併、全但銀行を経て神戸銀行に合併、現在の三井住友銀行
第五十六国立銀行 五十六銀行 →1936年に三十八銀行など7行が合併して神戸銀行。現在の三井住友銀行
第五十七国立銀行 第五十七銀行 →1940年(昭和15年)に中越銀行北陸銀行の前身の一つ)に買収[14]
第五十八国立銀行 第五十八銀行 →1898年に百三十銀行(保善銀行、安田銀行、富士銀行を経て現在のみずほ銀行)に合併。
第五十九国立銀行 第五十九銀行 →1943年に県内4銀行との新設合併により、青森銀行
第六十国立銀行 →東京に設立、1898年営業満期解散。
第六十国立銀行 →東京に設立、1898年営業満期解散。
第六十一国立銀行 六十一銀行 →1912年に住友銀行(現:三井住友銀行)に買収。
第六十二国立銀行 水戸六十二銀行 →1907年(明治40年)に常磐銀行に改称後、1935年(昭和10年)に土浦五十銀行と統合し、常陽銀行[15]
第六十三国立銀行 六十三銀行 →第十九銀行と合併し八十二銀行(19+63=82)。
第六十四国立銀行 大津銀行 →1908年に近江銀行に営業譲渡し解散。
第六十五国立銀行 六十五銀行 →1928年に神戸岡崎銀行(現:三井住友銀行)に買収。
第六十六国立銀行 第六十六銀行 →1920年に県内6銀行と統合し(旧)藝備銀行広島銀行の前身)。
第六十七国立銀行 六十七銀行 →1941年、新設合併により荘内銀行として発足。
第六十八国立銀行 六十八銀行 →1934年に合併し南都銀行
第六十九国立銀行 六十九銀行 →1942年に長岡銀行と統合し長岡六十九銀行。現在の北越銀行
第七十国立銀行 七十銀行 →1909年に大雄銀行に改称後、1912年に黒羽商業銀行へと改称、1936年に足利銀行に合併。
第七十一国立銀行 村上銀行 →1938年に第四銀行に合併される。
第七十二国立銀行 1889年営業権譲渡し、山形県から佐賀県に移転した後、佐賀銀行(現在の佐賀銀行とは無関係)
第七十三国立銀行 第七十三銀行 →兵庫に設立、1931年業務廃止。
第七十四国立銀行 七十四銀行 →1920年に経営破綻。破綻処理の為に設立された横浜興信銀行(現:横浜銀行)に事業譲渡。
第七十五国立銀行 →石川に設立、1886年(明治19年)第四十五国立銀行に合併。
第七十六国立銀行 高須第七十六銀行 →1928年に大垣共立銀行に合併される。
第七十七国立銀行 七十七銀行 読みは「しちじゅうしち」。
第七十八国立銀行 八王子第七十八銀行 →1909年に任意解散。
第八十国立銀行 第八十銀行 →1897年に第七銀行(四国銀行の前身)に合併。
第八十一国立銀行 →株式会社に転換せず、満期解散し、両羽銀行が事業譲受→1965年に名称変更し山形銀行
第八十二国立銀行 第八十二銀行[16] →1897年に第三銀行(保善銀行、安田銀行、富士銀行を経て現在のみずほ銀行)に合併。
第八十三国立銀行 第八十三銀行 →三重に設立。1897年上野銀行を買収し第八十三上野銀行と改称、八十三銀行と再改称したのち、1920年百五銀行に合併。
第八十四国立銀行 八十四銀行 →1928年に昭和銀行に買収された後、1944年に安田銀行(富士銀行を経て現在のみずほ銀行)に合併[17]
第八十五国立銀行 第八十五銀行 埼玉銀行埼玉りそな銀行の前身の一つ)。
第八十六国立銀行 →第一合同銀行(現:中国銀行)に合併。
第八十七国立銀行 第八十七銀行 →1898年に百三十銀行(保善銀行、安田銀行、富士銀行を経て現在のみずほ銀行)に合併。
第八十八国立銀行 第八十八銀行 →後に経営破綻し、岩手殖産銀行(現:岩手銀行)や七十七銀行などが事業を譲受。
第八十九国立銀行 八十九銀行 →徳島に設立、1909年任意解散。
第九十国立銀行 第九十銀行 →経営破綻し、岩手殖産銀行(現:岩手銀行)が事業を譲受。
第九十一国立銀行 第九十一銀行 →1928年に十二銀行(北陸銀行の前身の一つ)に合併される。[14]
第九十二国立銀行 第九十二銀行 →東京に移転後、京和貯蓄銀行に改称後消滅。
第九十三国立銀行 三春銀行 →福島に設立、1942年東邦銀行に買収。
第九十四国立銀行 九十四銀行 →兵庫に設立、1917年三十八銀行に合併。現在の三井住友銀行
第九十五国立銀行 九十五銀行 →百三銀行、農商銀行、紀阪銀行、紀阪貯蓄銀行と改名した後、1925年に山口銀行(三和銀行(現:三菱UFJ銀行)の前身の一つ)に合併される。
第九十六国立銀行 柳川銀行 →福岡県南部18行と合併し、筑邦銀行(福岡銀行の前身の一つ)。
第九十七国立銀行 →佐賀に設立、1899年満期解散。
第九十八国立銀行 第九十八銀行 →1943年に千葉合同銀行、小見川農商銀行と合併し千葉銀行
第九十九国立銀行 九十九銀行 →1941年に親和銀行に買収。
第百国立銀行 第百銀行 →1927年に川崎銀行に合併され、川崎第百銀行、第百銀行と改称後、1943年に三菱銀行(現:三菱UFJ銀行)に合併。
第百一国立銀行 第百一銀行 →福島に設立、1906年営業免許取消、破産宣告。
第百二国立銀行 百二銀行 →長崎に設立、1897年任意解散。
第百三国立銀行 →1898年に日本商業銀行に買収され、1923年に当行等11行が保善銀行(安田銀行、富士銀行を経て現在のみずほ銀行)と合併。
第百四国立銀行 水戸百四銀行 →1914年(大正3年)に常磐銀行(旧:水戸六十二銀行)に合併[15]
第百五国立銀行 百五銀行
第百六国立銀行 佐賀百六銀行 →1941年に住友銀行(現:三井住友銀行)に買収。
第百七国立銀行 →1897年私立銀行(株式会社第百七銀行)となり、1934年に解散。
第百八国立銀行 →1883年に閉鎖命令[9]
第百九国立銀行 百九銀行 →1941年に大分合同銀行(現:大分銀行)に買収。
第百十国立銀行 百十銀行 →1944年に統合し山口銀行
第百十一国立銀行 取り付け騒ぎにより臨時休業が必要であるとの具申が京都府知事からあったことから同行の検査を行ったところ、多額の債務超過並びに法令違反が発覚し、営業継続が不可能と判断されたため、1898年に営業停止命令が下される[18]
第百十二国立銀行 第百十二銀行 →東京に設立、1900年任意解散。
第百十三国立銀行 百十三銀行 →1928年に北海道銀行(後の北海道拓殖銀行)に買収。
第百十四国立銀行 百十四銀行
第百十五国立銀行 湖南銀行 →三重→滋賀→兵庫へ移転、百十五銀行と改称。さらに和歌山に移転し1923年日高銀行に合併。1937年業務廃止、本支店土地建物等を紀陽銀行と田辺銀行(1941年紀陽銀行に合併)に譲渡のうえ紀南株式会社に改組し債権債務整理。
第百十六国立銀行 新発田銀行 →新潟に設立、1921年第四銀行に合併。
第百十七国立銀行 百十七銀行 →長野に設立、1940年飯田銀行設立に参加、1943年八十二銀行に合併。
第百十八国立銀行 →1880年に第百三十六国立銀行に合併され、その後1898年に百三十銀行(保善銀行、安田銀行、富士銀行を経て現在のみずほ銀行)に合併。
第百十九国立銀行 →1885年に第百四十九国立銀行と合併し、三菱合資会社銀行部を経て三菱銀行。現在の三菱UFJ銀行
第百二十一国立銀行 百二十一銀行 →1897年に三十四銀行(三和銀行(現:三菱UFJ銀行)の前身の一つ)に合併される。
第百二十二国立銀行 百二十二銀行 →三重に設立、1905年任意解散。
第百二十三国立銀行 富山藩士族らと富山の売薬行商人が共同で設立し、明治17年に第十二国立銀行(現:北陸銀行)と合併。[6]
第百二十四国立銀行 →静岡に設立、1882年第三十五国立銀行に合併。現在の静岡銀行
第百二十五国立銀行 第百二十五銀行 →山形に設立、1927年第百七銀行に買収。
第百二十六国立銀行 →1882年に閉鎖命令[8]
第百二十七国立銀行 →1881年に香川から高知に移転し、1896年に第三十七国立銀行に合併。
第百二十八国立銀行 百二十八銀行 →神奈川に設立、1928年業務廃止。営業の一部を十六銀行に譲渡。
第百二十九国立銀行 →1896年に大垣共立銀行が事業継承。
第百三十国立銀行 百三十銀行 →1923年に当行等11行が保善銀行(安田銀行、富士銀行を経て現在のみずほ銀行)と合併。
第百三十一国立銀行 →1881年第三十二国立銀行(十五銀行、帝国銀行、三井銀行、さくら銀行を経て現在の三井住友銀行)に合併。
第百三十二国立銀行 百三十二銀行 →神奈川に設立、1966年任意解散。
第百三十三国立銀行 百三十三銀行 →1933年に八幡銀行と統合し滋賀銀行
第百三十四国立銀行 百三十四銀行 →第十一国立銀行と統合し愛知銀行 (東海銀行の前身)。現在の三菱UFJ銀行
第百三十四国立銀行 百三十四銀行 →第十一国立銀行と統合し愛知銀行 (東海銀行の前身)。現在の三菱UFJ銀行
第百三十五国立銀行 →1899年に普通銀行に転換、九州商業銀行→1918年に熊本銀行に商号変更→1925年に飽田銀行・植木銀行と合併して、肥後協同銀行→1928年に株式会社肥後銀行に商号変更。
第百三十六国立銀行 第百三十六銀行 →1898年に百三十銀行(保善銀行、安田銀行、富士銀行を経て現在のみずほ銀行)に合併。
第百三十七国立銀行 第百三十七銀行 →1900年に共同貯蓄銀行を合併し、百三十七銀行と改称後、1942年に神戸銀行(現:三井住友銀行)及び丹和銀行(現:京都銀行)に分割買収される。
第百三十八国立銀行 百三十八銀行 →静岡に設立、1921年光明銀行及び天竜川銀行を合併、二俣銀行と改称。1939年浜松銀行に買収、現在の静岡銀行
第百三十九国立銀行 百三十九銀行 →1943年に第四銀行に買収。
第百四十国立銀行 →1881年に第六十七国立銀行(1941年に風間銀行、鶴岡銀行、出羽銀行と合併し、現在の荘内銀行)に合併。
第百四十一国立銀行 西条銀行 →愛媛に設立、1928年(旧)藝備銀行(現在の広島銀行)に合併。
第百四十二国立銀行 →1881年第三十二国立銀行(十五銀行、帝国銀行、三井銀行、さくら銀行を経て現在の三井住友銀行)に合併。
第百四十三国立銀行 →1880年第三十国立銀行に合併(最終的には三和銀行(現:三菱UFJ銀行)に合併。)。
第百四十四国立銀行 飫肥銀行 →宮崎に設立、1907年日州銀行新設に参加、日向中央銀行に合併されるも1928年任意解散。
第百四十五国立銀行 延岡銀行 →宮崎に設立、1989年日向興行銀行(現在の宮崎銀行)に合併。
第百四十六国立銀行 (旧)廣島銀行 →1920年に県内6銀行と合併し(旧)藝備銀行広島銀行の前身)。
第百四十七国立銀行 →県内他銀行と合併するなど変遷を経て、1944年鹿児島興業銀行となり、1952年鹿児島銀行と改称。
第百四十八国立銀行 山口銀行 →1933年鴻池銀行、三十四銀行と合併し三和銀行となる。現在の三菱UFJ銀行
第百四十九国立銀行 →1885年に第百十九国立銀行と合併し、三菱合資会社銀行部を経て三菱銀行となる。現在の三菱UFJ銀行
第百五十国立銀行 第百五十銀行 →青森→石川→東京→愛知と本店移転した後、1902年東北銀行(現在の東北銀行とは無関係)と改称。1904年破産。
第百五十一国立銀行 百五十一銀行 →熊本に設立、1902年任意解散。
第百五十二国立銀行 第百五十二銀行 →沖縄→鹿児島→東京→大阪と本店移転した後、1901年に解散。
第百五十三国立銀行 →1886年に第百十一国立銀行に合併。

脚注[編集]

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  1. ^ 第三は発起人の意見対立により開業に至らず当時欠番となっていた
  2. ^ a b 私立銀行と貯蓄銀行 - 『福井県史』通史編5 近現代
  3. ^ 常陽銀行の沿革 - 常陽銀行
  4. ^ みずほ銀行の金融機関コードは第一銀行から承継した「0001」。なお、法人格は富士銀行みずほコーポレート銀行のものとなっている。
  5. ^ 現在の第三銀行とは無関係。
  6. ^ a b 須山盛彰 『特集 富山売薬が育てた富山のものづくり -近代産業の基盤から先端産業まで-』 商工とやま 平成20年6月号 (富山商工会議所) (2008年6月)
  7. ^ 函館市史 通説編2 第二十銀行の活動函館市/函館市地域史料アーカイブ
  8. ^ a b 銀行局報告 第5次
  9. ^ a b 銀行局報告 第6次
  10. ^ 三重銀・第三銀統合 持ち株会社は「三十三FG」毎日新聞 2017年9月15日付
  11. ^ 三重銀行と第三銀行が21年合併 新行名は「三十三銀行」 中日新聞 2019年1月30日付
  12. ^ 銀行営業報告 第15次
  13. ^ 現在の高知銀行とは無関係。
  14. ^ a b c d 北陸銀行調査部百年史編纂班編 『創業百年史』 北陸銀行、1978年3月。
  15. ^ a b c 『常陽銀行二十年史』 常陽銀行、1955年。
  16. ^ 現存の八十二銀行とは無関係
  17. ^ 同行本店はその後三十四銀行三和銀行の前身)に営業譲渡された。
  18. ^ 大蔵省年報 明治31年度 318頁

関連項目[編集]