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京都銀行

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株式会社京都銀行
The Bank of Kyoto,Ltd.
Kyoto-bank-01.jpg
本店
(京都市下京区)
種類 株式会社
市場情報
東証1部 8369
略称 京銀
本社所在地 日本の旗 日本
600-8652
京都府京都市下京区烏丸通松原上る薬師前町700番地
設立 1941年10月1日
丹和銀行
業種 銀行業
金融機関コード 0158
SWIFTコード BOKFJPJZ
事業内容 銀行業ほか
代表者 代表取締役頭取 土井伸宏
資本金 421億300万円
(2016年3月31日現在)
発行済株式総数 3億7,920万3千株
(2016年3月31日現在)
純利益 連結:213億22百万円
単独:204億36百万円
(2016年3月期)
純資産 連結:6,530億53百万円
単独:6,430億25百万円
(2016年3月31日現在)
総資産 連結:8兆1,544億18百万円
単独:8兆1,436億67百万円
(2016年3月31日現在)
従業員数 連結:3,590人
単体:3,387人
(2016年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本生命保険 4.00%
東京海上日動火災保険 3.53%
明治安田生命保険 3.29%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口)2.52%
日本マスタートラスト信託銀行(信託口)2.10%
(2016年3月31日現在)
主要子会社 #関係会社参照
外部リンク http://www.kyotobank.co.jp/
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京都銀行のデータ
店舗数 169店
(本支店・出張所)
貸出金残高 4兆6,064億41百万円
預金残高 6兆4,107億36百万円
特記事項:
(2016年3月31日現在) 
『株式会社京都銀行 有価証券報告書 ‐ 第113期』に拠る。
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株式会社京都銀行(きょうとぎんこう、The Bank of Kyoto, Ltd.)は、京都府京都市下京区に本店を構え、京都府内を中心に営業している地方銀行である。総資産では地方銀行7位である。

概要

京都府の指定金融機関。企業キャッチフレーズは「飾らない銀行」。2004年から放映されている奇抜なテレビCM「ながーい、おつきあい」シリーズでも知られる。英字表記は『The Bank of Kyoto』であるが、各店鋪やATMでは『The Bank for Kyoto』と記されている。

戦後京都ではベンチャー企業が勃興し、オムロン任天堂村田製作所京セラワコール等の「京都銘柄」と称される地元企業を京銀は主力銀行として支え、それら企業の発展を背景に業容も拡大[1]。またそれら企業の株式を多数保有するため膨大な株式含み益を得ている[2]

かつては特筆的な業務として、1945年9月、第二次世界大戦の敗戦に伴う引き揚げ港として全国10港が指定されたが、段階的に役目は終了。1950年以降は舞鶴港が唯一の引き揚げ港を担い、1958年9月の最終船である白山丸の着岸で役目を終えた。この間京銀は地元銀行として全く経験のない引揚者持ち帰りの外貨両替業務を手掛けた[1]

2007年より、地元プロサッカークラブ京都サンガF.C.ユニフォームスポンサーとなる。翌年からは朝日放送ABCテレビ)の全国高校野球選手権大会中継の提供スポンサーも担う。なお、通常は出店地域のみで放送されている「ながーい、おつきあい」のCMは、特別番組などのスポンサーとなった際は未出店地域も含め全国に放映される。

1923年、(新)安田銀行(現:みずほ銀行)発足時に参画した同名の銀行とは無関係である。

店舗政策

京都府内の市町村と滋賀県大阪府奈良県兵庫県愛知県東京都に支店と出張所を持つ。

戦前まで、京都市内における銀行は東京市内(現:東京23区)と同じくほとんどが都市銀行の支店であり、地元の地銀は小規模のものが数行存在していたに過ぎなかった。しかも、そのいずれもが結局大手銀行への併合の道をたどり、京都大内銀行が安田銀行と当時福知山に本店を置いていた丹和銀行に分割譲渡されたのを最後に、戦時中において、京都市内では地元地銀が消滅してしまった。

戦後、地域産業発展のため地元資本による地銀の設立を求める声が起こり、また蜷川虎三京都府知事も中小企業金融の充実に積極的であったこと、加えて日銀京都支店を歴任した一万田尚登総裁も「大都会に本店銀行がないのは日本七不思議の一つである」と地元本店銀行の必要性を説いたことから[3]丹波丹後地区における戦時中の統合銀行であった丹和銀行が京都市内に進出した。すでに同行時代において、日本勧業銀行京都支店から京都府の本金庫(指定金融機関)業務を移管されていたこともあり、それに相応しい商号に変更する必要があるとして1951年に京都銀行に行名を改めた[3]。さらに1953年には本店を京都市の現在地(旧:高島屋跡)に移転している。その後京都市内における店舗拡大策として、都銀をはじめとした他銀行の支店の譲受や自主出店により店舗数を増やした、その一方で1980年代に府外支店の大部分を整理している[注釈 1]

京銀は後発であるため、京都市の指定金融機関には指定されず[注釈 2]、また市内シェア(預金1兆円以上の金融機関のみで)も三菱東京UFJ銀行京都中央信用金庫京都信用金庫三井住友銀行などと分け合っている[注釈 3]。旧三和銀行の流れを汲み、京都でのシェアが高いMUFGは、府内預金シェア約15%、貸出シェア10%で、預金・貸出とも当行に次ぐ2位。京都中央・京都信用金庫を抜いた模様[4]

京都府の出納機関業務を京都中央信金が固辞したため、京銀が烏丸高辻に本店を建設したとの話がある。また上記の経緯から京都市との結びつきは少ないが、府下の他市町村とは紐帯も強く、京都市以北では京都北都信用金庫と並び重要な地位をしめている。

近年は新たな収益源を獲得するため、再び府外への出店を積極的に進めている。2000年以降、隣県の滋賀県や奈良県・大阪府で、滋賀銀行南都銀行などとしのぎを削っている。兵庫県にも尼崎支店(2004年12月)、神戸支店(2005年9月)[注釈 4]、川西支店(2007年10月)、六甲道支店(同11月)を開設するに至っている[注釈 5]。2011年4月にはかつて撤退した名古屋支店[注釈 6]を再出店。それに先立って、2011年1月より中京広域圏テレビ愛知含む)でのテレビCM放送を開始している。さらに2015年12月には、東京支店を営業部に昇格し、人員を10名増員したほか、2016年7月19日には愛知県下2店目となる刈谷支店および刈谷住宅ローンプラザを刈谷市に開設した[5][6]。この方針に基づき2020年末までに首都圏中部圏における貸出金残高を合計1兆円までに伸ばしたいとしている[7]

京阪電気鉄道と提携して駅構内ATM「ステーションATMエキバンク」を主要駅に展開している。

沿革

関係会社

連結子会社

  • 烏丸商事株式会社
  • 京銀ビジネスサービス株式会社
  • 京都信用保証サービス株式会社
  • 京銀リース・キャピタル株式会社
  • 京都クレジットサービス株式会社
  • 京銀カードサービス株式会社
  • 株式会社京都総合経済研究所
  • 京銀証券準備株式会社

持分法適用関連会社

  • スカイオーシャン・アセットマネジメント株式会社

融資系列

(親密取引先を含む)

ほか

脚注

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注釈

  1. ^ 主な例として、1985年に名古屋支店他を三井銀行(現:三井住友銀行)に、1988年に神戸支店は、大阪銀行(現:近畿大阪銀行)にそれぞれ営業譲渡した。
  2. ^ 京都市指定金融機関は三和銀行UFJ銀行三菱東京UFJ銀行と変遷。
  3. ^ 都銀4行合計で預金約5兆円。京都市内の預金は1兆円以下であるが、京都市内にはみずほ銀行やりそな銀行滋賀銀行、京都府南部には南都銀行も多店舗展開している。地銀の滋賀・南都・北陸・北國・福井・但馬・池田の預金合計で約7000億円。
  4. ^ 1988年に廃止された旧神戸支店は、大阪銀行(現:近畿大阪銀行)に営業譲渡され旧店が撤退してから17年ぶりの出店である。
  5. ^ これは旧兵庫銀行の経営破綻など、同県内に有力地銀が存在しない状況も大きく影響している。またその為、京都銀行を含む県外地銀の進出攻勢が激しくなっている。
  6. ^ 1985年に廃止された旧名古屋支店は、三井銀行に営業譲渡され旧店が撤退してから26年ぶりの出店である。

出典

  1. ^ a b 『日本地方金融史』P 250
  2. ^ 『日本地方金融史』P 252
  3. ^ a b 『日本地方金融史』P 247
  4. ^ 「三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスの経営統合について」 添付資料 (PDF, 公正取引委員会報道発表資料 平成17年5月11日) 別添-第5-1-(2)-ア、別添-第5-2-(2)-ア
  5. ^ “京都銀、愛知県刈谷支店を開設 トヨタグループお膝元”. 日本経済新聞. (2016年7月20日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASFD19H0I_Z10C16A7L91000/ 2016年11月6日閲覧。 
  6. ^ “京都銀行 県内2店目「刈谷」開設 トヨタグループ技術を多数採用 地域密着PR”. 中部経済新聞. (2016年7月20日). http://www.chukei-news.co.jp/news/201607/20/articles_27839.php 2016年11月6日閲覧。 
  7. ^ “京都銀、首都圏と中部圏の貸金高1兆円に 20年メド”. 日本経済新聞. (2015年12月7日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASDF07H0T_X01C15A2EE8000/ 2016年11月6日閲覧。 
  8. ^ 楽々荘にまつわる物語”. 2007年9月10日閲覧。
  9. ^ a b c d e f 沿革(京都銀行)
  10. ^ “京都銀行、証券業に参入 来年に全額出資子会社”. 日本経済新聞. (2016年6月28日). http://www.nikkei.com/article/DGXLZO04137530X20C16A6LDA000/ 2016年11月6日閲覧。 
  11. ^ “京銀が証券子会社設立へ 資産運用ビジネスを強化”. 京都新聞. (2016年6月27日). http://www.kyoto-np.co.jp/economy/article/20160627000153 2016年11月6日閲覧。 

参考文献

  • 日経金融新聞編 地方金融史研究会著『日本地方金融史』日本経済新聞社、2003年。ISBN 4532350514

外部リンク